ふと富士山が見たくなって、御殿場線に乗り込みました。
ついでに「城めぐり」もということで、北条早雲が旗揚げしたという興国寺城にも足を延ばしました。
国府津から御殿場線に乗り換え、しばらく行くと車窓から富士が見えてきました。
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1時間くらい乗って、御殿場が近づいてくるとさらに大きくなります。
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そして御殿場駅付近で、富士は最大になりました。これはスゴイ!
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御殿場を過ぎると徐々に小さくなり、列車の後方を見ることになるので終わりという感じです。
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そして御殿場線の終着駅の沼津に到着しました。
1時間40分の乗車でしたが、結構満足できました。
反省点としては沼津から乗車して富士を前方に見るルートの方がよかったかなという気がしました。
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さて次は沼津駅から更に2駅進み、原駅というところで下車します。
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ここは東海道53次の宿場町であったところで、5年前の「53次歩き旅」の時もここを通過したのでありました。
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当時もこんな本陣跡の石碑あったのかしら、記憶にありません。
あの日は雨が降っていたような気がします。
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本日は快晴、歩道橋から富士も見えますが手前の愛鷹山が邪魔になって、先っちょしか見えませんね。
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この道を真っ直ぐ行った突き当りに目指す「興国寺城」はあるようです。
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駅から歩くこと30分で到着しました。
天気はいいですが風が冷たかった。幸いなことに海風で後ろからの風でまだましでした。
5年前の東海道の時はまともに正面から風を受け、止めたくなる日もありましたもんね。
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大手道を歩きますが、人っ子一人いませんね。訪問者は私1人のようです。
左右のこの辺りは、築城当時は沼地だったようです。
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この辺りはもう二の丸で一段高くなったところは本丸だそうです。
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本丸の奥まったところは神社になっています。
更にその上の盛り土がスゴイことになっています。
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北条早雲(伊勢新九郎)が今川氏からここを与えられ、伊豆一国を切り取る足掛かりとなった城だということです。
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本丸の上は天守台となっていて、石垣が積み上げられています。
これは早雲の時代のものではなく、戦国後期に作られたものでしょう。
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土塁の上から登って来た方向を眺めると、城下町と相模湾が見渡せる絶好の立地といえます。
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天守台の更に奥には大きな堀切があり、その向こうは詰めの丸らしき構造になっています。
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堀切の下にも行けたので、下りてみます。そして詰めの丸にも行ける階段が整備してありました。
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最後の砦となる場所もちゃんと確保されてあります。
フェンスのある向こう側は東海道新幹線の線路となっていました。
ここからも富士の頭が白く覗いていました。
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なかなかいいじゃありませんか。
久々に大河を観るというワクワク感が伝わってきました。
主役の鈴木亮平さんはまだ出てきていませんが、薩摩の清らかな自然や風土が楽しめました。
どこでロケしたのでしょうか?城下町は知覧のようでしたが石垣や石畳はどこでしょうか?
(調べたところあの苔むした石畳は加治木の「龍門司坂」というところでした。)
西郷家のスタジオセットもスゴイですね。リアルに丹念に作られていました。

西郷さんの両親が風間杜夫さんと松坂慶子さん、大久保さんのお父さんが平田満さんですか!
これではまるで映画「蒲田行進曲」の再来でしたね。
28年前の大河「翔ぶが如く」の大久保どん(鹿賀丈史さん)も島津斉興で出ていたし、西郷どん(西田敏行さん)がナレーションでした。
NHKも押さえるところは押さえてあると思いました。ナレーションは市原悦子さんよりよかったのではと思いましたね。

さて来週以降主役の登場ですが、どういう展開になるのでしょうか。
結構「泣かせ」のドラマになるような予感がしました。
あの夏
昨年12月に滋賀・京都・岐阜への旅に行きました。 
その際に6つの城めぐりもこなして来ましたので、順次ご紹介して行きます。
新幹線で西に向かう途上、新富士駅あたりでは今日も富士の雄姿がよく見えました。
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米原で乗り換え、近江八幡駅で下車します。
2013年に観音寺城を訪れた時以来、2度目の訪問です。
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駅から真っ直ぐ琵琶湖の方へ歩いて行きます。
実はこの途中で近江牛の名店で昼食を取ろうとしたのですが、平日なのに20人くらい待っていました。
仕方なく、前回訪れたこともあるうどん屋さんで定食をいただきました。
これはこれで満足の昼食で安上がりとなりました。
正面のあの山頂に目指す「近江八幡城」があります。
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歩くこと20分くらいで、近江八幡名物の「八幡堀」が見えてきました。
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ここではよく時代劇なども撮影しているんですよね。
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こちらは前回も訪れた「日牟礼八幡」です。
藤原不比等が参拝したというから、大変歴史のある神社です。
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今回は山頂のお城を目指しますが、かなり険しそうなので行きはロープウェイにいたします。軟弱な私をお許しください。
あの左手の山は、多分「安土山」だと思います。(5年前に登城済み)
今回も時間があれば再度行こうかと思っていたのですが、冬の日は夕暮れが早かった。
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ロープウェイを降りると早速石垣が現れます。
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そしてその先には雄大な琵琶湖が広がっています。
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またまた少し歩くと石垣があります。
算木積みを用いていますので、比較的近世(桃山後期)のものでしょうか。
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北側の方にも琵琶湖が広がり、この城を攻め上るのはかなりしんどい状態ですね。
右手の奥は長浜でしょう。
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1周してロープウェイの乗り場に戻って来ると、この辺りが二の丸でした。
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更に階段を登って行くと、そこが本丸のようで「瑞龍寺」というお寺になっています。
菊の紋章があるので、皇室の関係なのでしょうか。
(日蓮宗の門跡ですが、代々皇女を貫主に迎え入れたとのこと)
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由緒あるお寺のようですが、豊臣秀次公を祀ってあるようです。
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さて、あまり楽をせず帰りは徒歩で下りて行きましょう。
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結構険しくて、下山するのに30分くらいかかりました。
下りてく人は完全な登山装備でしたもんね。
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下りて来たところは、かつて武家屋敷があったところでした。
今では公園となっていますが、秀次公の屋敷などがあったのでしょう。
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そして隅のほうには、訪れる人もなくひっそりと秀次公の銅像がありました。
本当に悲運の武将という雰囲気でした。
ドラマなどではダメ人間のように脚色されていますが、私はそんなに劣っている人とは思えません。
お拾(豊臣秀頼)が生まれたのがマズかっただけじゃないかと思います。
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夕暮れも近づいてきたので、宿泊先の大津へとやってきました。
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あと1つくらいはお城を回りたかったので、ここならまだ行けると歩いてやってきました。
京阪電車の浜大津駅です。
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調べてみると、この辺りがお城だったはずですが・・・
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上の歩道橋の下に石碑だけがありました。
関ヶ原の合戦の前に東軍の京極高次が立てこもった大津城なのであります。
西軍の大軍によって落城しましたが、この頑張りが家康に評価され京極家は若狭一国8万5千石の大名に出世しました。
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琵琶湖の西岸を望むと比叡山がそびえ立っています。
いつかは訪れてみたいものです。
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夜の帳が下り、宿泊のホテルへ向かうため東海道を歩いていくとなつかしいものを見つけました。
5年前に東海道53次を歩いた時にも発見した「此付近露国皇太子遭難之地」という石碑です。
そうここで1891年に大津事件が起きたのでした。
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まぎれもなく、この道は東海道なんだなという風情を感じながら1泊目のホテルへと向かいました。
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関西への旅つづく・・・
2018.01.01 謹賀新年
明けましておめでとうございます。今年もご愛顧お願い申し上げます。
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郡上八幡城(近日公開予定)
ついに本佐倉城に突入です。
自動販売機までラッピングされていて、地元の力の入れ具合を感じます。
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かなり巨大な城郭で千葉ナンバー1かも。「千葉氏恐るべし」という感想です。
これは時間的に全部は見切れないことでしょう。
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先ずは東山に登って、遠くを見渡してみました。
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入り口の手前は段々になっていて、郭が並んでいたようです。
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「城山」と「奥の山」の分岐点に来ました。
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城山の入り口に向かう土塁です。
ここから攻撃を受けたら、攻め手は大損害をこうむります。
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主郭への入り口には門があったようです。
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中は平らで広々としていて塀や館が点在していたことでしょう。
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次は「奥の山」へ向かいましょう。
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こちらは更に広くなっていて、奥のこんもりとしたところには「妙見宮」という神社があったということです。
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「奥の山」の裏側は広大な倉跡があり、長期間の籠城も可能みたいです。スゴイですね。
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この辺りは多くの武士が居住できる館群も存在したのでしょうか。
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東山との間に狭くなっている虎口(出入り口)があったので、そこから退出することにしましょう。
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振り返ると山々全体が城郭となっていて、この城の大きさに脱帽する思いでした。
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次の目的地に向かうために歩いていると乗車する京成線の電車が見えました。
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感動の余韻を残しながら京成線の大佐倉駅へ到着です。
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乗車すること僅か2駅、京成臼井駅に到着しました。
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歩くこと15分くらいで小高い山城風の築山が見えてきました。
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ここは上杉謙信をも敗走させたという臼井城であります。
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入るとすぐに広大な二の丸が広がっていて、子供たちがサッカーをやっていました。
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二の丸横に広がる空堀です。
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土橋を渡ったところが本丸のようです。
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広い本丸で館がいくつもあったのでしょうが、今は樹木が繁っています。
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本丸の向こう側には印旛沼が見えますが、かつては城の近くまであって天然の堀となっていたのではないでしょうか。
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これだけの急斜面ですから、上杉の猛攻からも撃退できたのでしょうね。
中央の小高いマンションの向こうが臼井駅になります。
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1日で千葉の3城をめぐりましたが、なかなかの名城ありで感動の連続でありました。