大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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栃木:唐沢山城(前編)

この連休にJRの「休日おでかけパス」(乗り放題で2760円)を使って、続100名城に指定された栃木県にある唐沢山城などを訪れてみました。
休日はグリーン車も安いので、大船から乗り込みましたがガラガラです。
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2時間ほど乗車して、久喜駅で東武鉄道に乗り換えます。
やっぱりグリーン車は落ち着きますね。まだまだ乗っていたい気持ちでした。
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途中の館林駅で乗り換えて、佐野方面へ向かいます。
佐野を過ぎてから見えてきた山の上に唐沢山城があるようです。
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佐野線は2両のみのいかにもローカル線といった風情でした。
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こちらが最寄り駅の田沼というところです。
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鄙びた駅ながら駅前にタクシー会社があったので、時間短縮のためタクシーを利用して一路山頂に到着です。
やはり連休ですね。駐車場は満杯でした。
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さすが続100名城に選定された城。入り口の石垣で造られた枡形は立派なものです。
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入城してすぐに「天狗岩」との表示があります。行ってみましょう。
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タモリが見たら興味を持ちそうな大きな堆積岩がありました。
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櫓のような見張台があった場所のようです。
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全体図や見所を紹介している看板がありましたが、かなり規模の大きな山城だったようです。
藤原秀郷の流れをくむ佐野氏の居城で、あの上杉謙信の猛攻を幾度と無く退けた名城でもあります。
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「大炊の井」と名付けられた井戸には今でも満々と水をたたえていました。
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今では唐沢山神社となっている主郭部分へ行けるのはこの道だけのようです。
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こちらは三の丸の外側にある空堀と土塁です。
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すぐには本丸に突入せずに三の丸を回りこんで搦め手側を覗いてみましょう。
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奥の方の曲輪に行ってみると、案外広くて館などが建てられた場所がありました。
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更にその先は空堀となっていますが、まだ先に曲輪があるようです。
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ここが最先端の出丸のようです。
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主郭部に戻ってみると、土塁の上の方は石垣で固められています。
江戸期以前には関東に石垣の城はないと言われていますが、以前訪れた群馬の金山城も同じような造りでした。
近江の穴太衆(あのうしゅう)がいなくてもここ北関東では石垣の技術があったのかもしれません。
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搦め手側にも立派な石造りの門があり、ここから主郭部へ入城することにしましょう。
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見所が多いのでつづく・・・

伊豆の旅:河村城

江川邸から世界遺産の反射炉を回ろうかと思ったのですが、もう1つ行きたいお城があったので、
沼津に出て御殿場線に乗り換えました。
今日も車窓から富士山がきれいに見えます。
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初めてここ山北駅で下車してみました。
ここは首都圏からも近くて、ローカル線を感じることのできる路線です。
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駅の反対側に回り込むと、いかにも登山道という道に出てきました。
この先に目指す河村城があります。
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手軽に行けるハイキングコースのようで、案内はちゃんとしてありますね。
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大して高い山ではなさそうですが、中高年には厳しい坂が続きます。
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延々と続くこの坂を見上げた時には少しひるむ気持ちが出ましたが、行かないわけにはいきません。
さあ、元気を出して登りましょう。
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土塁が見えてきたので、頂上は近いと思われます。
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城の命運を握る水の手もちゃんと用意されていますね。
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主郭と曲輪(くるわ)を分ける堀もきれいに復元されています。後で上から覗いてみましょう。
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本来の大手道ではなく、ハイキングコースとして造られた山道を登ったのできつかったけれど短時間で本丸にたどり着きました。
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ここは下の石に描かれている左側の主郭部分ですが、かなりの広がりを持つ山城だったのですね。
あまり有名ではない城ですが、掘り出し物のようなところで来てよかった。
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先ほどの堀を上から見てみると、北条氏特有の畝堀(うねぼり)でありました。
箱根にある山中城(100名城の1つ)と同じような形で、よく復元してあります。
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更に先の曲輪へ行ってみましょう。
この辺りには大きな館があったのではないでしょうか。
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またまた畝堀を越えて曲輪が続いています。
土橋でここはつながっていたようです。
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橋を渡ったところには現代の水の手である水道が完備されていたのにはビックリ。
公園として整備しているので当たり前なのかもしれませんが、山城の雰囲気には場違いな気もします。
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先ほどの土橋の下に降りてきて、畝堀を確認します。
土橋がコンクリート製なのが興ざめですね。
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菜の花の向こうには相模湾や小田原の町が望め、ここが北条氏の出城だったことが伺われます。
秀吉の北条攻めであえなく落城して、廃城になった歴史を感じる風景でもあります。
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さて帰りはハイキングコースではない本来の山道を下って行きましょう。
人が通った跡があれば、麓には行くことができるはずです。
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畑のあるところまで下りてくると、向こう側の山に東名高速が通り、川沿いには御殿場線が通る山北の町が見えてきました。
箱根の山を迂回するこのルートは、人も鉄道もアップダウンを回避できる自然の交通路だったようです。
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山の麓から河村城を見上げると、高低差はさほどなく天然の地形をうまく利用したモデル的な山城であったことが理解できました。
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伊豆の旅おわり。

伊豆の旅:江川邸

韮山城を下りて次は近くにある江川邸へ向かいます。
三の丸方面に行く途中には古く苔むした熊野神社がありました。
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三の丸は韮山高校のテニスコートとなっていて、そこからは切り通しで外に出られるようです。
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城山の外は自然の池が外堀となっています。
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本丸方面を見上げると、こんな感じです。
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次はこの地の代官を長く務めていた江川太郎左衛門の邸宅を訪れました。
数分歩くと立派な門構えと銅板の屋根が見えてきました。
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この外観は大河「篤姫」や今年の「西郷どん」でもロケに使われたそうです。
今回は島津久光の邸宅であったようです。
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入場料500円を払って屋敷の中に入ってみました。
江川家は清和源氏の血を引く名家で、頼朝の家臣になってからずっとこの地を治めていました。
徳川の世になっても代官として、伊豆・相模・武蔵に領地を持っていたということですから、信頼が厚かったのでしょう。
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上を見上げるとすごい構造になっています。
日蓮上人を泊めたこともあり、その時に揮毫してもらった書付を天井に置いてあるので火事や災害に合わなかったという言い伝えがあります。
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これは幕末の有名人でもある江川太郎左衛門(坦庵)が造った大砲。
江川家の当主は代々太郎左衛門を名乗るのですが、特にこの坦庵さんは頭がよくていろいろな発明をしています。
一番有名なのが世界遺産でもある反射炉で、そこでこの大砲を造ったのであります。
(砲筒のみレプリカで台車はホンモノ)
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もう1つ大きな発明は、このパン釜です。
今の乾パンのようなものを保存食としてこの石釜で作ったそうです。
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本宅の外にもいくつか倉が建っており、代官屋敷の風格がありました。
江川家は頭のいい家柄のようで、坦庵さんの後も東大医学部の教授などを輩出していて名家の血筋を今に残しているようです。
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全くの偶然ですが、訪れた日が全国のパン屋さんが決めた「パンの日」ということでビックリ!
庭には「パン祖江川坦庵先生邸」という記念碑がありました。つづく・・・
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伊豆の旅:韮山城

朝に横浜を出て、伊豆の韮山というところにやって来ました。
三島で乗り換えた伊豆箱根鉄道には派手なラッピングが施されてありました。
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三島から30分で鄙びた韮山駅に到着です。
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韮山反射炉が世界遺産になったので、駅からの道はきれいに整備してあります。
歩道も広く、この地の歴史的人物などがタイルに記述されてありました。
(源頼朝、北条氏、北条早雲、江川太郎左衛門など)
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駅近くの保育園も新しく、すでに5月のような鯉幟がはためいていました。
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しばらく歩くと、頼朝と北条政子の像が現れ、ここが頼朝が流されていた「蛭ヶ小島」であることを知りました。
頼朝の隠棲していたここは、当時は沼地の中の島のような環境だったのでしょうね。
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さらに歩いて山へ向かうと切り通しの道が続いています。
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そこを越えるといかにも人工的な土塁が現れました。
どうやらここは目指す韮山城の一角のようです。
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池のほとりにも人為的な船着場のような場所があります。
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登り口があるので、この上あたりが韮山城の本丸なのでしょう。
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山の中腹に出ると韮山高校から登ってくる道と更に上に登る道が交差していました。
多分この広い道の方が大手道なのでありましょう。
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登りきったところがやや開けていて、建物の礎石らしきものがあります。
更に奥があるので、さしずめ二の丸あたりでしょうか。
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細長い山の稜線を利用していくつもの郭が形成されているようです。
大して期待していなかったのですが、なかなかの城郭ですね。
ここは後北条氏の初代早雲の本城だったところです。
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それほど高い山ではありませんが、ほぼ平地全体を見渡せます。
この風景を見ていると、ここが伊豆の中心のように思えます。
さすが北条早雲!いいところに目をつけましたね。
ちなみに通称:北条早雲は生きている時は、北条とも早雲とも名乗らなかったそうです。(本名は伊勢宗瑞)
2代目以降が北条氏を名乗り、戒名として早雲としたのですね。
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隅の方まで歩いて行くと、土塁で造られた空堀がありました。
いわゆる北条氏の築城術の様子がよく表れています。
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この階段を登ったところが本丸でした。
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本丸の方からはずーっと土塁が続いています。
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後ろから攻められることはなく、前は土塁で守られています。
後に豊臣秀吉軍が数万の大軍で押し寄せて来ても、数ヶ月持ちこたえたくらいの堅固な造りなので、
戦国前期の槍や弓矢あたりでは落城させることは不可能だったでしょう。
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山の麓は韮山高校の敷地になっており、ここに館を置き平時ではそこで生活をしていたことが推測できます。
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はるか向こうには富士の高嶺も垣間見え、気候温暖な当地は早雲ならずとも手に入れたい要衝の地だと思われます。
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本日は雲も少なく、富士の絶景を堪能できました。つづく・・・
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「西郷どんスペシャル」の感想・・・大河主役のDNA

先週の日曜日に「西郷どんスペシャル」と銘打ち、NHK大河ドラマの時間帯を使って
主役の鈴木亮平さんと島津斉彬役の渡辺謙さんのトーク番組がありました。
来週には斉彬の死期が迫っているこの週に特別番組で「変革」のバトンを斉彬から西郷に渡したいというNHKサイドの思惑が感じられる内容でもありました。

それに対しては一部に「大河ドラマの時間を使って、わざわざトークの番組を放映するのはドラマの流れに水を差すやり方」という意見もありましたが、
謙さんの「薩摩での御前相撲で鈴木亮平と対面する前にはあまり接触しないよう心がけていた。」という意見に
同じく謙さんが演じた87年「独眼竜政宗」で秀吉役の勝新が初対面の謙さんに対して同じような態度をしていた。というエピソードを聞いて、
大河ファンの私としては、これはやはり「大河主役のDNA」の伝達式のトーク番組であったと心熱くなる思いでありました。

斉彬から西郷へのメッセージとともに大河主役としての心意気を渡辺謙から鈴木亮平へ伝えるという儀式のような番組で、今週からのドラマの見方を再確認する仕切りなおしの時間であったと個人的には評価するものであります。

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プロフィール

柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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