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伊豆の旅:韮山城

朝に横浜を出て、伊豆の韮山というところにやって来ました。
三島で乗り換えた伊豆箱根鉄道には派手なラッピングが施されてありました。
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三島から30分で鄙びた韮山駅に到着です。
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韮山反射炉が世界遺産になったので、駅からの道はきれいに整備してあります。
歩道も広く、この地の歴史的人物などがタイルに記述されてありました。
(源頼朝、北条氏、北条早雲、江川太郎左衛門など)
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駅近くの保育園も新しく、すでに5月のような鯉幟がはためいていました。
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しばらく歩くと、頼朝と北条政子の像が現れ、ここが頼朝が流されていた「蛭ヶ小島」であることを知りました。
頼朝の隠棲していたここは、当時は沼地の中の島のような環境だったのでしょうね。
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さらに歩いて山へ向かうと切り通しの道が続いています。
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そこを越えるといかにも人工的な土塁が現れました。
どうやらここは目指す韮山城の一角のようです。
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池のほとりにも人為的な船着場のような場所があります。
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登り口があるので、この上あたりが韮山城の本丸なのでしょう。
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山の中腹に出ると韮山高校から登ってくる道と更に上に登る道が交差していました。
多分この広い道の方が大手道なのでありましょう。
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登りきったところがやや開けていて、建物の礎石らしきものがあります。
更に奥があるので、さしずめ二の丸あたりでしょうか。
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細長い山の稜線を利用していくつもの郭が形成されているようです。
大して期待していなかったのですが、なかなかの城郭ですね。
ここは後北条氏の初代早雲の本城だったところです。
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それほど高い山ではありませんが、ほぼ平地全体を見渡せます。
この風景を見ていると、ここが伊豆の中心のように思えます。
さすが北条早雲!いいところに目をつけましたね。
ちなみに通称:北条早雲は生きている時は、北条とも早雲とも名乗らなかったそうです。(本名は伊勢宗瑞)
2代目以降が北条氏を名乗り、戒名として早雲としたのですね。
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隅の方まで歩いて行くと、土塁で造られた空堀がありました。
いわゆる北条氏の築城術の様子がよく表れています。
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この階段を登ったところが本丸でした。
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本丸の方からはずーっと土塁が続いています。
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後ろから攻められることはなく、前は土塁で守られています。
後に豊臣秀吉軍が数万の大軍で押し寄せて来ても、数ヶ月持ちこたえたくらいの堅固な造りなので、
戦国前期の槍や弓矢あたりでは落城させることは不可能だったでしょう。
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山の麓は韮山高校の敷地になっており、ここに館を置き平時ではそこで生活をしていたことが推測できます。
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はるか向こうには富士の高嶺も垣間見え、気候温暖な当地は早雲ならずとも手に入れたい要衝の地だと思われます。
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本日は雲も少なく、富士の絶景を堪能できました。つづく・・・
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2018/04/14 14:06 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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