大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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関西への旅①近江八幡城・大津城

昨年12月に滋賀・京都・岐阜への旅に行きました。 
その際に6つの城めぐりもこなして来ましたので、順次ご紹介して行きます。
新幹線で西に向かう途上、新富士駅あたりでは今日も富士の雄姿がよく見えました。
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米原で乗り換え、近江八幡駅で下車します。
2013年に観音寺城を訪れた時以来、2度目の訪問です。
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駅から真っ直ぐ琵琶湖の方へ歩いて行きます。
実はこの途中で近江牛の名店で昼食を取ろうとしたのですが、平日なのに20人くらい待っていました。
仕方なく、前回訪れたこともあるうどん屋さんで定食をいただきました。
これはこれで満足の昼食で安上がりとなりました。
正面のあの山頂に目指す「近江八幡城」があります。
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歩くこと20分くらいで、近江八幡名物の「八幡堀」が見えてきました。
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ここではよく時代劇なども撮影しているんですよね。
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こちらは前回も訪れた「日牟礼八幡」です。
藤原不比等が参拝したというから、大変歴史のある神社です。
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今回は山頂のお城を目指しますが、かなり険しそうなので行きはロープウェイにいたします。軟弱な私をお許しください。
あの左手の山は、多分「安土山」だと思います。(5年前に登城済み)
今回も時間があれば再度行こうかと思っていたのですが、冬の日は夕暮れが早かった。
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ロープウェイを降りると早速石垣が現れます。
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そしてその先には雄大な琵琶湖が広がっています。
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またまた少し歩くと石垣があります。
算木積みを用いていますので、比較的近世(桃山後期)のものでしょうか。
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北側の方にも琵琶湖が広がり、この城を攻め上るのはかなりしんどい状態ですね。
右手の奥は長浜でしょう。
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1周してロープウェイの乗り場に戻って来ると、この辺りが二の丸でした。
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更に階段を登って行くと、そこが本丸のようで「瑞龍寺」というお寺になっています。
菊の紋章があるので、皇室の関係なのでしょうか。
(日蓮宗の門跡ですが、代々皇女を貫主に迎え入れたとのこと)
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由緒あるお寺のようですが、豊臣秀次公を祀ってあるようです。
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さて、あまり楽をせず帰りは徒歩で下りて行きましょう。
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結構険しくて、下山するのに30分くらいかかりました。
下りてく人は完全な登山装備でしたもんね。
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下りて来たところは、かつて武家屋敷があったところでした。
今では公園となっていますが、秀次公の屋敷などがあったのでしょう。
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そして隅のほうには、訪れる人もなくひっそりと秀次公の銅像がありました。
本当に悲運の武将という雰囲気でした。
ドラマなどではダメ人間のように脚色されていますが、私はそんなに劣っている人とは思えません。
お拾(豊臣秀頼)が生まれたのがマズかっただけじゃないかと思います。
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夕暮れも近づいてきたので、宿泊先の大津へとやってきました。
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あと1つくらいはお城を回りたかったので、ここならまだ行けると歩いてやってきました。
京阪電車の浜大津駅です。
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調べてみると、この辺りがお城だったはずですが・・・
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上の歩道橋の下に石碑だけがありました。
関ヶ原の合戦の前に東軍の京極高次が立てこもった大津城なのであります。
西軍の大軍によって落城しましたが、この頑張りが家康に評価され京極家は若狭一国8万5千石の大名に出世しました。
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琵琶湖の西岸を望むと比叡山がそびえ立っています。
いつかは訪れてみたいものです。
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夜の帳が下り、宿泊のホテルへ向かうため東海道を歩いていくとなつかしいものを見つけました。
5年前に東海道53次を歩いた時にも発見した「此付近露国皇太子遭難之地」という石碑です。
そうここで1891年に大津事件が起きたのでした。
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まぎれもなく、この道は東海道なんだなという風情を感じながら1泊目のホテルへと向かいました。
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関西への旅つづく・・・
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柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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