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奥埼玉への旅③松山城・吉見百穴(東松山市)

次は武蔵嵐山から3駅池袋の方へ上った東松山駅で下車します。
ここら辺りで田園地帯から都会へと雰囲気が変わる境目です。
東松山は結構な都会なのですね。ここからバスに乗りましょう。
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「吉見百穴前」というバス停で下車し、川沿いを歩いて行くと土手に赤い文字で「百穴」と書いてありました。
川の向こうの山が「百穴」でしょうか。
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橋を渡って先づ「松山城」を攻めたいと思います。
すぐに階段があって城に行けるようですが、大手道という雰囲気ではありません。
道路側から行きやすいように人為的に階段が造られたようです。
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案内図を見ると、かなりの規模の山城のようで、この階段の上がすぐに本丸となっているようです。
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後世に造られたであろう急峻な山道を登って行きます。
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すぐに本丸に到着。本来は反対側から大手道を登るのでしょうが、ショートカットしました。
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木々が生い茂ってなければ、遠くまで見渡せて城としての機能が十分果たせたと思います。
戦国時代はこの城をめぐって、上杉・武田・北条の争奪戦が繰り広げられたといいます。
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さて、「吉見百穴」方面に行くため「兵糧倉」と書いてある辺りを降りて行きます。
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アリャー!こちら側は断崖絶壁となっていて、降りるルートがありません。
仕方なく横に生えている木の根っこを伝って、滑らないよう下って行きます。
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下り終わり上を見上げるとコケの生えた沢という状態です。
上ろうとしていたお兄さんに「急で危険ですよ。」とアドバイスしたので、断念したようです。
よく見ると、左側に鎖があるようですから、もう少し先に行ったら鎖を伝って降りられたようです。
危険を冒して怪我などぜずに済んで、よかったものです。
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ここは「岩室観音堂」という岩窟になっていました。
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祠にお地蔵様が祀られています。
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こちら側には石仏が何体も置かれていました。
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なかなか荘厳な雰囲気のお堂でありました。
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道路を隔てた反対側にあるもう1つの目玉「吉見百穴」を見学しましょう。
昔、教科書で「ひゃくけつ」と書いてあったと記憶しているのですが、今は「ひゃくあな」と呼ぶようです。
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なんとも奇妙な光景ですね。
当初は住居説もありましたが、その後古墳時代の墓穴ということが判明したようです。
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この岩山の中には戦時中に軍需工場を作る目的でトンネルが縦横に掘られています。
かつての中島飛行機、今の富士重工の前身ですね。
終戦で計画は頓挫しました。
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中は空間がとても広く、まさに空襲を受けない生産工場が出来る計画だったのですね。
夏でも冷房なしで働けそうです。
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山に登って横穴を観察すると、1つの穴に数人の遺骸が安置できる構造になっています。
古代人にとっては一家一穴の必需品だったのでしょう。
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吉見百穴なかなかの奇観の場所でありました。
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埼玉の奥地は横浜からは行きづらい場所ですが、往復5時間以上かけても満足度の高い城と遺跡の穴場でした。

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2017/11/21 18:03 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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