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奥埼玉への旅②菅谷館(嵐山町)

「カフェわ」という名前の店でしたが、ケーキで小腹を満たして次の目的地である菅谷館へ向かいました。
ここは大きな公園になっていて、県立博物館や教育会館などの施設が広々とした緑の中にありました。
中世の武家の館が大きく様変わりしたようでありました。
早速、土塁で固められたかつての門があったところを入城して行きます。
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三の郭という看板がありましたので、木々が無い頃には広い平地が続いていたのでしょう。
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名族・畠山氏の菅谷館がここら辺りにあったそうです。
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空堀が残されてあります。
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こちらは空堀に偶然水が溜まって、水堀になっています。
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その内側は二の郭で、この造りは鎌倉時代ではなく中世から戦国にかけてのものですね。
大きな館があったことでしょう。
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おや、小高いところに人影が!
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ここから鎌倉の北条に立ち向かい、横浜の二俣川で横死した武将・畠山重忠さんですね。
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複雑な構造をした中世武家の屋敷の跡がよく分かります。
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土橋を渡り本丸へ突入です。
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やはりここの空堀が最も深い構造になっています。
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主郭内は広々として、大きな屋敷があったことでしょう。
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周りは土塁で守られています。
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搦め手側にも行けるようです。ここを回れば元来た道に戻れそうです。
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主郭を囲む二の郭もかなり高い位置にあることが分かりました。
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埼玉北部には杉山城といい、この菅谷館といい、戦国前期の遺構がいい保存状態で残されているのを知り、新鮮な驚きを感じました。
次は東上線に乗り、東松山駅へと向かいます。

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2017/11/18 17:46 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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