2015
12.11

近畿北部の旅:小浜城

Category: 城めぐり
二日間雨に打たれましたが、今日は曇りで傘の心配はなさそうです。
早朝に宮津を立ち、東舞鶴から小浜に立ち寄り琵琶湖のほとり彦根まで脚を伸ばそうと思います。
朝食時に宿の仲居さんが、「宮津城の城門が小学校に残されている。」と言われたので、駅に向かう途中に寄ってみました。
川沿いは、数年前に河川改修時に城壁風に修復した道が続いてます。
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ありました。これが宮津城の門ですね。宮津小学校の立派な校門となっています。
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次に歩いて行くと、室町時代の守護だった一色氏の終焉の地がありました。細川氏に滅ぼされたのです。
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再び京都丹後鉄道に乗ります。
宮津は福知山方面と豊岡方面との分岐点ですが、乗客は思いのほか少なかった。
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途中は若狭湾の風景が楽しめ、あっという間の30分でした。
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終点の西舞鶴から1駅だけJRで乗り継ぎ、東舞鶴へ降り立ちます。
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こちらは、かつての帝国海軍の鎮守府が置かれていた関係で多くの武器弾薬を保存していた倉庫が残されてあります。
それらを記念して「赤レンガ博物館」というものもあり、入ってみました。
これが意外と面白く、レンガの歴史や組み立て方など、あるいは日本及び世界の代表的建築などが説明してありました。
一見の価値あり!
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かつてここら辺には日露戦争で活躍した戦艦が停泊していたのでしょう。
また、終戦の時には満州や朝鮮から引き上げてくる人たちで一杯だったのでしょうか。まさに「岸壁の母」です。
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東舞鶴の駅前からは碁盤の目のように区画が整備されてあり、
横の通り名は、日露戦争で活躍した戦艦や巡洋艦の名前になっていました。縦は一条とか二条です。
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さらに列車を乗り継いで昼前には小浜駅に到着しました。
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駅前で腹ごしらえを済ませ、メインストリートを歩いて行くと右手に見える病院は「杉田玄白記念」と冠してます。
杉田玄白は小浜藩士だったのですね。
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そして左手には幕末の「尊皇攘夷運動」の指導者である梅田雲浜の銅像がありました。
この方も小浜藩出身だったのです。
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小浜城を目指して20分ほど歩くと橋を渡ります。
向こう側にそれらしき緑が見えてきました。
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本丸は藩祖・酒井忠勝を祀る神社となっています。
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石垣はかなり破壊されています。譜代の酒井氏の城ですから明治維新後は保存されなかったのでしょう。
12万石の面影は全くありません。
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「雲浜城」という別名があるのですね。
川の中州に建てられ、橋を落とせば鉄壁の防御で持ちこたえることができそうです。
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天守台に登ってみましょう。
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本丸周囲はかつての堀まで埋め立てられています。
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川の中央に巨大な城郭があったことはかすかに想像出来ますが、二の丸は全て住宅ですね。なんともはや・・・
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この日は小浜線、北陸本線を3時間乗り継いで、琵琶湖のほとり彦根までやって来ました。
夕闇の中に彦根城が幻想的にライトアップしてありました。
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近畿北部の旅つづく・・・
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