2015
10.22

山陰の旅:月山富田城・米子城

Category: 城めぐり
益田を早朝に立ち、山陰線にて「ドジョウすくい」で有名な安来に向かいます。
水の旨い益田は柿本人麿の出身地でもあったのですね。
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始発の電車は、最初はガラガラでしたがすぐに満席になりました。
4人ボックス席に座っていたところ、世界を放浪しているようなご老人(日本人)と血縁ではないイタリア人ハーフの娘、
それに子供を抱いた30代のカメラマンというバラバラの組み合わせの3人組が途中乗り込んで来ました。
話の内容も奇想天外で、松江に帰るカメラマンについて来た放浪老人は急遽、松江から隠岐の島へ渡る段取りになったようです。
また、イタリア人ハーフは山口から東京に帰りたかったようで、無理やり迂回させられて米子から岡山経由で東京に向かうそうです。
ハチャメチャな会話の中に私も参加して、下車する安来までの時間を退屈しませんでした。
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安来からバスを乗り継ぎ、山間の富田城跡にやって来ました。
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昼飯時で店を探していたら、おあつらえ向きに1軒の「桜」カフェというところがありました。
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客は誰もいませんが、女主人のおススメで「餅ピザ」を頼んだところ意外と美味しく満足でありました。
コーヒーとサービスデザートもつけて貰って千円しなかった。
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腹ごしらえを済ませ、さて城攻めです。
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関ヶ原以降にここを領した堀尾吉晴の墓があるということで、手を合わせてきました。
安定期に入ると堀尾氏は松江城を築き、富田城は廃城になりました。
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先ずは「千畳平」を目指します。
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ここに兵を集めたということです。
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尼子氏の忠臣:山中鹿之助の銅像がありました。
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話は有名です。
この城に篭城し、ついには毛利氏に滅ぼされた尼子氏の再興を願った鹿之助でしたが、この地の出身だそうです。
そうか、それでさっき昼飯を食べたところは「三日月公園」だったのですね。
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「中山御殿跡」が見えてきました。山の麓に屋敷を構えていたようです。
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あの山の上が富田城の本丸ですね。
石垣造りの門が見えます。堀尾氏の時代のものでしょう。
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なかなか険しい大手道であります。
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下はしっかりと石畳で舗装されてあります。
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10分ほど登ると二の丸の石垣が見えてきました。
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ここが二の丸です。井戸もあったということです。
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眺めは素晴らしいですね。田園地帯の向こうに遠く宍道湖も望めます。
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こちらは細長い形をした本丸です。
前を歩いているご婦人は、登るのに大変だと思い石畳の道を引き返して来たので
私が「せっかくここまで来て、本丸まで行かないのは損ですよ!」と励ましてあげた方であります。
城攻めの良さが分かっていただけたかしら。
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再びバスに乗り安来に戻り、隣の駅の米子に着きました。
今宵はここでの泊まりとなります。明日出発が早いので駅前のホテルを確保しています。
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米子ではもう一仕事残っていました。米子城攻めです。
駅から歩くこと15分、米子城の石垣が見えてきました。
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こちらは「内膳丸」という出丸です。
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本丸へ突入です。なかなかしっかりとした石垣が続いています。
戦国末期は秀吉の家臣であった中村一氏が領有していましたが、江戸期になると鳥取:池田氏の支城となってしまいました。
こういう経過に鳥取とは風土の違う米子が鳥取県に併合された理由が残っているようです。
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おー!宍道湖につながる中海が見えます。
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ここには当初、吉川広家が築いた四重天守とその後、中村一氏の五重天守が並立していた古写真が残されています。
維新後に天守は破却されたといいますが、もったいない話です。
維持されていれば国宝級の2天守だったのにね。
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米子の町とバックには霊峰:大山が望まれ、もう少し宣伝すればいいような眺めのgoodな城でありました。
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