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大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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名参謀とは

今宵は名参謀と言われた人たちをご紹介しましょう。

先ずは65年「太閤記」の竹中半兵衛(福田善之)と黒田官兵衛(田村高廣)。
半兵衛役の福田さんは、元々は役者じゃなく脚本家と聞いていますが、
繊細なインテリ風の雰囲気で、病弱な半兵衛にピッタリでした。

田村さんの官兵衛はいかにも豪胆で意地っ張り風が侍らしくステキでした。
独自の意見を常に持っているようで、頼りになるというイメージ。
最大の活躍場面は本能寺後の毛利との和睦、秀吉を励ましながらの
「中国大返し」の場面だったでしょう。

81年「おんな太閤記」と2000年「葵徳川三代」で家康の腹心である
本多正信役を2度も演じたのが、神山繁さん。
この方、声も大きく押し出しも強いのでわりと悪役が多いですが、
大河で2度も同じ役をやるとは、よっぽどイメージが合っていたのでしょうね。

名参謀として主役に寄り添うように尽くしていたのが、
87年「独眼竜政宗」の片倉小十郎(西郷輝彦)ですね。
少年の時から傳役(もりやく)として政宗に従います。
疱瘡で政宗が片目を病んだ時、放っていては腐ってしまうので
小十郎が短刀で目玉をえぐり出すのです。
それ以来、死ぬまで政宗のことだけを思いながらの人生でした。
時には身を賭して意見を言い、政宗の暴走を諌めます。
政宗も怒りながらも小十郎の意見に最後は考え直すのです。
大河史上最高の主従関係でしたね。

あとは91年「太平記」の高帥直(柄本明)ですかね。
足利家代々の執事として尊氏に従います。
幕府成立後は、ややもすると傲慢さと好色さが出てきて内乱の火種を作りますが、
基本的には武家の棟梁である尊氏を尊敬していました。
色と欲に弱い人間的な参謀として、わりと嫌いではありませんでした。
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プロフィール

柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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