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大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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九州の旅:久留米城・宇土城

博多で1泊の後、南下して久留米にやって来ました。
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駅前には4mもある大きなタイヤが展示されています。
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そう、ここ久留米はかつての有馬氏21万石の城下町から今ではブリヂストンの企業城下町へと変貌しています。
二の丸、三の丸はブリヂストンの工場となっています。
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歩くこと20分、石垣と堀が見えてきました。久留米城です。
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今では篠山神社になっているようです。土橋を渡ります。
一応「枡形」が残されていますね。
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本丸の中は全くの神社ですね。とても静かなたたずまいです。
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7つの櫓があったといいますから、こちらは乾櫓跡です。
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ここは月見櫓跡、周りは高石垣で守られています。
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本丸御殿のあったところは、神社の本殿となっています。
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仕事に向かう途中で立ち寄ったので、足早に通過しました。
大きな筑後川を渡ると、橋から小高い城跡が望めます。
北西側は筑後川が天然の堀になっているのですね。
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仕事を終え、久留米で1泊しさらに南下して熊本も通過して宇土というところにやって来ました。
相当なマニアでもない限り訪れることはない町でしょう。
意外に近代的な駅舎に少し感動。
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宇土城を目指して歩いて行くと、ノスタルジックな石橋がありました。
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この雰囲気、いい感じです。かつての掘割の名残でしょう。
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かつての城下町に入ると、お城までの大手道が一直線で続いています。
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駅から歩くこと30分、正面の山の上が宇土城だと思っていたのですが、
そちらは古い宇土城で戦国末期の宇土城は手前の左手にある宇土高校あたりだそうです。
という看板がありました。
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早速、看板横の階段を駆け上がると本丸跡が広がっていました。
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「関ヶ原の戦い」で石田三成とともに敗れた小西行長の居城だったところですね。
堺の商人の家に生まれ、秀吉に見出されて肥後半国18万石の大名に出世した行長ですが、
宇土を統治したのは僅か10年あまり。
知性派の大名だったので、将来性が惜しまれる負組の一人でした。
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「関ヶ原」の後は、加藤清正がここを隠居城にする予定でしたが、その死去により叶いませんでした。
行長や清正の無念が感じられる本丸跡ですが、早咲きの桜が1本だけ風情を感じます。
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宇土高校側に降りて行くと、ここがかつての城だったことを示す石垣が残されてありました。
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遺構と思われるのはここら辺りだけで、徳川時代になり破却されたので全く跡形も残っていません。
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九州の旅、さらに南下・・・
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柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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