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宇都宮に宿泊、早朝JR日光線に乗車し今市駅で下車して日光の杉並木を歩きます。
今市駅に降り立つと、雪を被った山々が見えます。ここはまだ冬なのですね。
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町中を通り、左手に神社がある交差点で国道を右斜めに入って行くと杉並木の街道となります。
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こんな感じで国道に沿って、江戸時代からの道が続きます。
自動車もOKなのですが、朝早いので人も自動車も全く通りません。
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しばらく行くと、長い年月を経て街道が地盤沈下しています。
杉並木と道との段差を解消する工事をところどころでやっていました。
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時折り開けたところに民家があり、道はきれいな石畳にしてあります。
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杉木立は長い年月で高くなり、うっそうとした静けさの中をひたすら日光へ向かいます。
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こちらは「砲弾打込杉」といって、戊辰戦争の際に官軍と幕軍と戦った名残があります。
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5~6km歩いたでしょうか、このように街道と国道が一緒になっているところもあります。
仕方がないので、車道をおそるおそる歩くことになります。
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「並木太郎」という名木がありました。
杉並木を歩いているのに全く鼻がムズムズしません。何故でしょうか?
こちらは季節がまだ冬なので、花粉が飛んでいないのですね。
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杉並木が終わってしばらく行くと、JR日光駅のクラシックな駅舎がありました。
今まで休憩するところがなかったので、ここの待合室で一休みします。
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おお!休憩後、駅を出ると眼前に日光の山並みが迫ってきています。
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さらに2kmほど歩いて行くと、日光の入り口へ到着です。
これは家康の神号である「東照大権現」の名付け親である天海大僧正の銅像であります。
2000年「葵徳川三代」で天海役の金田龍之介さんが仏のような顔をしながら「東照大明神」を支持する金池院崇伝を論破する場面が思い出されます。
秀吉が「豊国大明神」と名乗った豊臣家は滅びたよ!と。
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銅像の反対側には朱塗りの「神橋」が見えます。
ここを渡るのに通行料がかかるそうで、私はパスしました。
料金は300円ですが、渡る人はまずいませんね。
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川向こうの道路を渡り、いよいよ世界遺産「日光」へ。
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「東照宮」へ観光客が続々と集まってきています。
こんなに人が沢山いるのに、川のところまで歩いている人は誰もいませんでした。
皆さん全員、車で(駅からはバスで)来ているのでしょう。
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入口左にある「五重塔」です。雪がまだ残っています。
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今回は「表門」のみ写して、混んでいる東照宮はパスしました。
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左に向い「二荒山神社」方向へ向かいます。
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「夫婦杉」だそうです。連れてきてあげればよかったかと・・・
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今回はこちらの三代将軍:徳川家光を祀った「大猷院」の見学をしました。
「日光山輪王寺」という寺院です。ちなみに「東照宮」は神社です。
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「うまろきゃ」という破魔矢を作った仏様だそうです。おっかなそう。
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立派な本殿ですが、家光の遺言で「東照宮(家康)を凌いではならぬ」ということだそうです。
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こちらは家光の墓所への「竜宮門」です。わりと質素ですね。
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一番豪華だったのは、こちらの入口にあった「夜叉門」でしょうか。
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「鼓楼」の周りの灯籠は各大名家の寄進だったそうです。
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帰りは再び今市まで歩いて、1時間に1本ある鬼怒川方面から来る東武特急に乗ろうと思っていましたが、
なんと1本だけ休日運行の東武日光始発特急があるということを知り、それで帰ってこれました。
ということで、この日は20kmも歩いてないので体が物足りない感じでありました。

これにて日光まで到達、次回は「白河の関」を目指します。
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