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大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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茨城:水戸城

JR佐倉駅から成田線、鹿島線、それと鹿島臨海鉄道を乗り継いで2時間半、水戸へ到着しました。
目指すは徳川御三家の居城:水戸城です。
午後の3時にやっとこさ水戸駅に到着。
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お城の方角である北口にでると、黄門様一行がお出迎えです。
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先ずは右手の方の搦め手から本丸を目指します。
二の丸の手前に義公(徳川光圀つまり黄門様)生誕の地という神社がありました。
わりと新しいもののようです。
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本丸と二の丸の間には大きな空掘があり、JR水郡線になっています。
右手が本丸で中央に大手橋が架かっています。
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本丸へ向って坂を登りながら振り返ると、本丸の隅櫓があったところという記述がありました。
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さていよいよ本丸への橋を渡ります。
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なんとそこは水戸第一高校の敷地でありました。
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看板があり、関係者以外は立ち入り禁止であるが、史跡見学はOKとのこと。
三の丸から移設された「薬医門」が保存されてありました。
これが水戸城として残された唯一の建造物らしい。なんとまあ・・・
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本丸から二の丸へ向う大手道です。両側に学校が並んでいます。
水戸城のほとんどが学校になったのですね。それはそれで有効活用ですが、なんとなく残念。
同じ御三家でも名古屋城や和歌山城の現状とはまるで違う形状になっています。
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三の丸へ進む手前に「大日本史編纂之地」という真新しい石碑がありました。
この右手の立派な門や白壁は何の施設かと思いきや、水戸第二中学校の校門でありました。
やはり黄門様の御威光はすごい。
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二の丸から三の丸へ渡る橋です。この下の空堀は道路になっています。
橋を渡ったところに藩校の弘道館があるはずです。
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弘道館は二年前の大震災で壊滅的なダメージを受けて、現在補修工事中で中に入れません。
ここは震災の1週間前に偕楽園を訪れた後に寄った場所であり、その有様に愕然としました。
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三の丸の弘道館公園を抜けると、大層格式のある建物がありました。
水戸市役所でしょうか?横浜のキング(神奈川県庁)に似ていますね。
ここも震災の被害を受けて、北側の仮庁舎で業務を行っているとのこと。
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この立派な建物の前には三の丸空掘の遺構が残されていました。
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その後、空堀前の道路を千波湖に向って下って行きました。
千波湖大橋を渡り、湖畔に到着する頃には夜の帳が降りてきました。
千波湖から眺める水戸駅、水戸城方面です。この湖が城を守る天然の外堀となっていたようです。
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そして水戸発の「スーパーひたち」に乗車し、上野経由2時間で横浜へ帰ってきました。
秋の1日、東関東日帰りの旅おわり。
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プロフィール

柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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