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2013
08.09

52草津~53大津

Category: 東海道53次
今日は石部宿を出立し、53次の最後:大津宿まで歩を進めます。
ところで、手堅く融通が効かないような人のことを「石部の金吉」といいますが、
石部の近くに金山があったことからとても堅いもののセットで、ここの出身ということになってます。
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石部からその金山とJR草津線の間の道を歩いて行きます、細い道を通勤の車が前後から来て往生しました。
しかも途中から雨が降り始め、気の使う道のりでありました。
今回の旅で本降りの雨は初めてですので、途中の如来堂で合羽と傘を取り出して装備を直します。
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石部から1時間ほど歩くと、大そう立派なお屋敷が見えてきました。
「旧和中散本舗」の石柱が見えます。薬の販売で財をなした大角家の邸宅であります。
徳川家康がこの地で腹痛を起こした時にここの薬で治ったということで、小堀遠州作の庭もある豪商の姿を今に伝えるものです。
そういえば、この街道沿いに「大角さん」という家が数軒ありましたね。
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この辺は石部と草津の間の宿で、まだのどかな田園風景が残っています。
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どんどん琵琶湖の方に近づいていますが、こんな石柱もありました。
丁度東経136度の子午線を通過ということです。
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東海道では数少ない足利将軍の名残ですが、私が注目したのは「金」へんに「句でなくム」でなんと読むのかしらということです。
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近くの交差点に答えがありました。「まがり」と読むのですね。
道中こんな遊びもありませんとね。
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この幅の道が延々と続くのが東海道らしい「たたずまい」であります。
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草津宿の少し手前です、この辺りには「目川田楽」の茶店が多くあったといいます。
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新幹線と国道1号を越えて、さらに水無川となった草津川を越えた左手の方が草津宿です。
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このトンネルの上が草津川で天井川になっています。この交差点で中仙道と合流します。
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上の交差点の右手にあった標柱です。「左中仙道美のぢ 右東海道いせみち」とあります。
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草津宿での見所はこの「田中七佐衛門本陣」です。入館料は200円と割安。
東海道で本陣の中まで見れるのは二川とここだけですね。
ここを見るために昼間に草津を通過できるようスケジュールしました。
草津泊まりでは夕方か早朝になり本陣が開いてませんもんね。
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本陣を見学してから表に出て向う大津方面への草津宿の町並です。なんとなく名残はありますね。
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そろそろ昼時で食事でもと思いますが、草津でもあまり食べるところはありません。
やっと寿司屋を見つけて入店。時間が少し早いのか客は私一人でした。
水口でもそうでしたが、この辺は京大阪の食が影響してか箱寿司が目につきます。その箱寿司セットを注文900円なり。
箱寿司のネタを聞いてみたら「鱧(はも)」ですって。とてもおいしかった。
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ほんと東海道を歩いていて食べられるのは、うどん、そば、団子、餅にちょっと贅沢といえば寿司くらいです。
でもこの選択は間違っていませんでした。入った寿司屋さん以降食べるところは大津までありませんでした。
旅に慣れると、こういうカンは発達してきます。

大津の手前の瀬田あたりで、ため池のほとりに「立場跡」の石碑があります。
のどかな風景もここらくらいまでで、これからは大津・京都といった都会へ向って行きます。
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今日の泊まりである大津が近づいた余裕から、「近江国府跡」という表示につい寄り道をしてしまいました。
だだっ広いところに石柱と館みたいのが建っていました。
ちょっと前に行った多賀城みたいなとこですが、住宅地に突然空き地があるという空間でした。
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さていよいよ「瀬田の唐橋」を渡ります。
右手に見えるのは瀬田川の中州にある「滋賀青年会館アープしが」であります。奥の方は琵琶湖。
今宵の私の宿でして、1泊朝食付きで6000円です。
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これが戦乱で幾たびも焼け落とされ、政争の舞台となった「瀬田の唐橋」です。
武田信玄もここに御旗を立てたかったと言い残して、亡くなりました。
そういう歴史を経て、今は擬宝珠(タマネギのようなヤツ)が青空に映えるのみであります。
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草津から4時間、とりあえずリュックをホテルに置き、陽も高いので旅をさらに続けます。
大津にはまだまだ古い家並みが残されています。
例の朱塗りの連子格子も健在。やや色が海老茶になっていますかね。
「こういうメンテナンスに自治体からお金は出ているのですか?」とおそるおそる尋ねたら、
「まったく個人の費用で賄っている。」との返事でした。やはりお金持ちにしかできませんよね。
玄関の横にある梯子みたいなものは、倒してベンチや花台になる昔ながらの「ばったん床几」というものだそうです。
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琵琶湖を見ようと膳所(ぜぜ)城跡へ向うと、お城のような建物がありました。
膳所城ではなく、お城を意識した市民センターでありました。
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膳所城の大手門がありました。
徳川家康に命じられた天下普請の第1号の城で、築城名人:藤堂高虎の縄張りによるものであります。
「瀬田の唐橋を征する者は天下を征する」と言われてましたもんね。
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今では公園になっている本丸から、夕暮れの琵琶湖に架かる「近江大橋」を望みます。
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本日は木曽義仲や松尾芭蕉が眠る「義仲寺」まで行こうと思ってましたが、すでに午後の7時を過ぎて閉まってました。
仕方ないですが、明日も出立は早朝ですから中は見られませんね。本日の行程はこれで終了とします。
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ホテルの部屋からは琵琶湖を行き交うボートの練習が見え、「琵琶湖周航の歌」が思い出される風情でした。
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