FC2ブログ
2013
05.19

石薬師~庄野~亀山

Category: 東海道53次
東海道の旅の続きは朝7時半に四日市宿を出立!
朝から日差しが強く、今日も陽に焼けそうです。
一日が終わりホテルで腕時計をとったら、くっきりと跡がついてました。

右手に立派な格子戸のお屋敷がありました。
説明板を読むと江戸時代から続く薬屋さんだそうです。
現在も左手に「鈴木薬局」という看板が見えますから、現役なんですね。たいしたもんだ。
130506_075857.jpg

日永というところでトイレ休憩でお世話になった「興正寺」というお寺さんですが、
なかなか風格があったので由緒書を読んでみました。
織田信長の家臣:滝川一益が寺領を寄進し、諸役を免除するという文書が残っているそうです。
山門は江戸時代初期のもので三重県では最古のものとのこと。
130506_082610.jpg

ここもトイレが借りられる浄土真宗高田派でしたね。
そういう庇護の元に川堤を築く際にもわざわざお寺を迂回したとあったので、眺めてみると「なあるほど!」といった景観でありました。
130506_082928.jpg

こちらは日本橋から丁度100里目の日永(ひなが)一里塚跡。
なんか家と家に挟まれたところにあって寂しいですね。
三重県はもちょっと一里塚を大事に扱わんといけませんね。失ってからは遅いですよ。
130506_084212.jpg

しばらく行くと「日永の追分」、右が東海道で左に行くと伊勢神宮への道となります。
この裏こは清水が湧き出ていて、何人かが水をわざわざ汲みに来ていました。
130506_090204.jpg

日永から内部(うつべ)は歴史が古い土地柄のようで、ボランティアの方たちがやっている「うつべ町かど博物館」というところがありました。
内部は「ないぶ」かと思ったら「うつべ」と読むと教えてくれました。
町の歴史についての展示があり、ここにも歴史を守ってくれる人がいるんだと感心いたしました。
130506_095319.jpg

上の写真から右手の方に登って行くと急坂があり、「杖衝坂(つえつきざか)」と名付けられています。
松尾芭蕉がここで落馬して「歩行(かち)ならば杖衝坂を落馬かな」と詠んだそうです。
この句は季語がないのが特徴で、芭蕉も落馬したので照れ隠しにあわてて作ったのでしょうか。
130506_101623.jpg

杖衝坂を登りきると「血塚社」という意味深な場所がありました。
ヤマトタケルが出血した足を洗い流したところと伝えられているそうです。
日本のいろんな歴史が残されている土地柄なんですね。
130506_102318.jpg

坂の上の台地には落ち着いた街道が続いてます。
ここは車もあまり通らず、古い落ち着いた民家が並んでいて街道の中でも歩きやすい絶好の場所だと感じました。
平屋が中心で2階建てがほとんどありませんね。
130506_112440.jpg

四日市から10km、石薬師宿に到着です。
この石薬師や次の庄野は鉄道網から外れ、昔日の面影が多々残されているようですね。
130506_120405.jpg

石薬師の中心であった「小澤本陣跡」です。やっぱり残されてありましたね。
宿帳には浅野内匠頭や大岡越前守の名前もあるそうです。
130506_121646.jpg

すぐ近くには明治の歌人「佐佐木信綱資料館」もあります。右隣が生家だとのこと。
「卯の花の匂う垣根に~♪」の出だしで有名な童謡「夏は来ぬ」の作詞者でもあります。
館内にはそのメロディが流れてました。
130506_122834.jpg

国道1号を横切ってすぐに宿場名の由来となった「石薬師寺」がありました。
奈良時代に創建された由緒正しいお寺さんであります。
落ち着いたたたずまいに気持ちが洗われます。
130506_124103.jpg

宿場の外れには石薬師一里塚跡が残されています。
なんとまあ、のどかな日本の農村の原風景ではないでしょうか。
130506_130304.jpg

次ぎの庄野宿へ向う道はこんな状況。これでも立派な「東海道」であります。
130506_130541.jpg

庄野へは僅か3kmで到着。
130506_135842.jpg

ここは石薬師以上に昔が残されていますね。
130506_135905.jpg

庄野宿の真ん中あたりに「庄野宿資料館」がありました。入場は無料です。
130506_140537.jpg

ご婦人の方が親切に説明してくださいます。
これは江戸時代の「高札」が残されていて、墨は消えていますが書かれた部分だけ盛り上がって判読できます。
こんな大きい高札は初めてです。

説明の方に私が横浜から歩いて来たことを告げ、「二川」や「舞坂」の資料館のことを話すと大変興味を持たれていました。
今度参考に訪問されるそうです。
130506_141435.jpg

本陣跡の石碑しかありませんね。残念です。
130506_144209.jpg

庄野宿を過ぎ、亀山に向う途中の川俣神社に「スダジイ」の看板が。
なんじゃらほい、「スダのジイさん」のことじゃろかと思ったら、
なんと立派な「椎の木」でありました。日立の「この木何の木」みたいですね。
130506_144658.jpg

そんなこんなで庄野から8km、夕方には亀山宿に入ってきました。
今夜の宿は亀山にとってありますが、亀山の各家々にはこんな木札が掛けられています。
130506_174545.jpg

昔の屋号ですね。東海道の風情を少しでも残そうとしているのでしょう。
130506_175241.jpg

亀山宿の中心で本陣などがあった場所ですが、全く面影はありません。
石薬師から庄野と歩いて来たので、亀山はすごい大都会という気がします。
130506_183714.jpg

やはり城下町ですね。枡形がくっきりと残されています。
「灯ともし頃」です、宿に入り食事でもとりましょう。
130506_184324.jpg

本日の歩いた距離は26km 43000歩でありました。
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://taiganohibi.blog117.fc2.com/tb.php/290-7a4c94ba
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top