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日頃の散歩と水泳で鍛えている体力がどの程度のものなのか試してみたく、
思いついて昨日は東海道の旧道を歩いてみました。
横浜の自宅を朝8時にスタートして、先ずは戸塚宿へと向かいます。

柏尾川のほとりの住宅街をのんびり歩き始めました。
柏尾川

国道1号線にぶつかると「戸塚」の地名の元となった「冨塚八幡宮」があります。
ここで一旦お参りです。
冨塚八幡宮

芭蕉の句碑などもありますね。
芭蕉の碑

戸塚宿~JR戸塚駅を通過してさらに国道沿いを保土ヶ谷方面に行きます。
街道沿いには農家もあり、軒下にこんな風に作物を売っています。
人が誰もいないので、玄関から声をかけて買うのでしょうね。
農家の軒下

古い土蔵のある家もあり、ところどころに時代が取り残されています。
蔵の家

戸塚宿を過ぎたあたりで中間点でしょうか。歩数計をみるとすでに9kmは歩いてます。
腹も減ってきていますし、休みもとっていないので目に入った「かっぱ寿司」(回転ずし)で昼食をとりました。

食後さらに歩いて東戸塚を過ぎるあたりには高層マンションが立ち並び、新旧のコントラストが見られます。
東戸塚の高層マンション

マンション群を左手にみながら、高台の旧道を進みます。
こんな道ですが、れっきとした東海道なのであります。
品濃の旧道

だらだらと続く坂を登る途中に「焼餅坂」という表示があります。
かつての旅人が汗をかいて一休みする茶店で焼餅を出していたことからのネーミングだそうです。
焼餅坂

坂を登り切ったところの平地に「境之木」の標識があります。
ここが武蔵国と相模国の境目だそうです。
右手には境木小学校と境木中学校という名前の学校が並んでありました。
境木

途中こんな立派な門構えの住宅もあり、江戸時代からの名主か名士のお家なんでしょうね。
ホント、旧道沿いには広い家が多くあります。しかも横に広くて平屋です。
上に伸びるのは土地が狭いからですね。
門構え

これが有名な「権太坂」です。
名前の由来は、坂の名前を問われた老人が耳が遠いため自分の名前を聞かれたと勘違いし
「権太」と言ったことから名づけられたそうです。

今回の私は下りでしたが、江戸から来る旅人が最初に経験するきつい登りだったのでしょう。
でも私の感覚では、登りはきついだけですが下りの方が足の筋肉を使う(体重を支えるため)のでダメージが大きい気がします。
権太坂

保土ヶ谷宿に入ると、営業はしていませんがこんな旅籠の建物が残っています。
ここでもところどころに古い住居が残っています。
この辺にくると歩行距離も15kmを越え、30~40分に1回は休みたくなります。
でも日頃のトレーニングの成果か、マメや靴擦れなどはありませんね。
旅籠跡

相鉄線の天王町駅を過ぎると、古い商店街に入って行きます。
このくらいの道幅が旧東海道なのでありましょう。
松原商店街

こんな頑丈な蔵があったので、不思議に思ったら裏側に「○○質店」とかすれたペンキで書かれていました。
なーるほど、質草を保管するわけですね。
質屋の蔵

浅間下の歩道橋で横浜のシンボル「ランドマークタワー」が見えました。ゴールは間近です。
ランドマークタワー

ゴール目標にしていた「本覚寺」です。幕末にアメリカ領事館があったところです。
高台にあり横浜の港が一望できます。ハリスの眺めた風景です。
本覚寺

この山門はアメリカ領事館の時代に白ペンキで塗られていたこともある実物です。
このお寺なかなかいいですね。休むベンチやトイレもあり訪問者への気配りを感じます。
山門

本覚寺から見た「青木橋」です。この左手が神奈川宿となります。
丁度16時で約8時間の行程でありました。
ここから横浜駅まで歩き、自宅へ向いました。電車だと僅か30分弱の距離です。
青木橋

自宅に戻り歩数計を確認すると、38200歩22.9kmとなっていました。
足、腰、首の縦のラインの疲れはあるものの靴擦れや筋肉痛のダメージはほとんどありません。
これなら4万歩24kmくらいまでは守備範囲と考えていいようです。

今回の歩きでよーく分かったこと。
①食事とトイレは出来る時にする。特に用はなくても見つけたらとりあえず行く。
②コンビニこそ歩く者のサービスエリア。事前に地図でチェックしておいて活用しましょう。
③休憩はほぼ1時間おきに。とる間隔は最初長めに後半は短めに。20kmを越えるとドッと疲れてくる。
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