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大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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北陸の旅:高岡城・富山城

福井からまたまた特急サンダーバードで向ったのは「高岡」。1時間ちょっとです。
ここにも100名城の1つがあると聞き、やってきました。
そういえば、富山県のお城ってあまり思い浮かびませんよね。

駅前は北陸新幹線の駅舎新築で仮設の状態です。
駅からは現実を見せられるようなシャッター通り商店街が続きます。
果たして新幹線開通でなんとかなるもんでしょうか。
10分ほど歩くと、うっそうとした水掘が見えてきました。高岡城です。
水堀

お堀端を大手道の方へ行くと、さらにその先に朱塗りの橋「駐春橋」が見えたのでそちらから登城します。
駐春橋

二の丸を通り過ぎて、次の堀を渡るともう本丸です。
樹木と堀に囲まれた城郭というより「公園」という雰囲気が色濃く感じられます。
後で説明を読んだら、前田利長の隠居城として建てたが僅か6年で一国一城令で廃城となったそうです。
だからあまり「お城」という実戦感がないのですね。
本丸跡

本丸の奥には前田利長公の銅像がありました。長兜がとても印象的ですよね。
前田利長像

さらに奥に行くと、またもや朱塗りの橋が。「朝陽橋」といいます。
土塁作りの水掘と木立が特徴的なお城?で、落ち着いた庭園風のたたずまいです。
朝陽橋

全体の散策を終え、大手口から退出しようとしたら「高山右近像」がありました。
この城の縄張り(設計)は彼によるものだそうです。
高山右近像

次に訪れたのは高岡から特急で10分ほどの今日の宿泊地「富山」であります。
ここも新幹線の工事で仮設の駅舎となっていて、食事やお土産購入に不自由してます。
富山駅

到着が午後3時頃だったので、先ずはホテルにチェックインしてから駅の観光案内所へ出向きます。
富山では公共機関が無料でレンタサイクルを運営しています。観光に力を入れようとしているのですね。
富山ほどの町ですから、大きな城址があると思ったのですが地図を見ると小さい。
加賀前田家の支藩10万石の城下町だったのですがねえ。
唯一残る遺構「千歳御門」です。
千歳御門

明治維新での廃城後、お城をあまり大事にしてこなかったのでしょう。
失った物の大きさを行政が認識して、模擬天守の「郷土博物館」前は復元工事真っ盛りです。
郷土博物館

シンボルとして建設した富山城(博物館)ですが、実体に則してない復元だったので評価がイマイチのようです。
でも真新しい石垣でも天守があるとないとでは大違い。それなりの雰囲気が出てきます。
富山城①

堀と石垣と天守。3点セットで見上げるとなかなかいいじゃありませんか。
新しい富山城の築城に応援したくなりました。
富山城②

こちらは同じ城址公園内にあった櫓風の美術館です。こちらの石垣はホンモノのような気がします。
佐藤記念美術館

自転車を利用したので、夕方まで市内のあちこちを散策できました。
これは観光名所にもなっている池田屋という旧薬問屋のお土産屋さんですね。
こういった土塀作りの店がまだ残っているようです。大事に守ってください。
池田屋安兵衛


最近大河で顔なじみの俳優さんが続けて亡くなりました。

馬渕晴子さん、「春日局」と「葵徳川三代」で2度も大蔵卿局を演じました。
馬渕さんの訃報を聞いて、すぐに「大蔵卿局」を連想しました。

もう1人は大滝秀治さん。
なんと言っても一番の思い出は「独眼竜政宗」の虎哉和尚ですね。
あの有名な「梵天丸もかくありたい」の名場面ですよ。
それと「八代将軍吉宗」での吉宗の父:光貞ですかね。
70代80代になったら、こういう老人(ユーモアと厳しさと少しイジワルさを持った)になりたいなと思ってました。

お二方のご冥福をお祈りします。
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プロフィール

柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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