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2012
07.28

中国大返し旅:津山城

Category: 城めぐり
岡山から1時間ばかりローカル線を乗り継いで「津山」という中国山脈の盆地へやって参りました。
津山駅

城下町に入る「今津屋橋」を渡りますが、何やら怪しげな雲行きです。
今にも大粒の雨が降ってきそうですね。先を急ぎます。
今津屋橋より

城への大手通りはノスタルジックな雰囲気で、いかにも老舗という店ばかりです。
大手通り

駅から15分ほど歩くと城の正面が見えてきます。
あまり有名でない「森忠政」という武将の銅像があります。
この方が津山城を最初に築いた方で、「本能寺の変」で信長とともに横死した「森蘭丸」の末弟だそうです。
一応、清和源氏の流れを汲む末裔で関ヶ原の後に美作一国を賜り、18万石で入封したとのこと。

森氏は4代で改易となり、その後は徳川家康の次男:秀康の子孫が松平姓で幕末まで続きました。
やはり親藩だから、この地においてはやや大きすぎると思える城が維持できたのですね。
森忠政像

ということで「いざ登城!」と思ったら、滝のような雨が降り出しました。
入口のすぐ上にあった「鶴山館」という藩校の跡で、しばし雨宿りです。
みるみるうちに周りは池のような水溜りになりました。
夜ニュースを見たら「津山地方の集中豪雨」と流れたくらいの凄まじい雨でした。
30分ほどしたら小降りになってやや明るくなったので、次の予定もあり急いで再出発です。

二の丸を歩いていたら、2004年に復元された「備中櫓」が見えてきました。
備中櫓

そしていよいよ本丸への石段を登ります。
この城の規模を感じさせる大きくて格調の高い石段ではないでしょうか。
本丸への石段

小高い丘の頂上にある本丸跡です。右手の櫓群跡が見事です。
本丸

城の南側が入口で、ここは北側の最も高い位置にある「粟積櫓」があったところです。
なんとも見晴らしがいいですね。薄日も差してきました。
山間の盆地であることが、よく分かります。
粟積櫓跡から

本丸の西側にある天守台です。ここに幕末まで4層5階の大天守があったそうです。
天守台

天守台の内部です。大きくて内部の構造が分かります。
こういう建築方式で天守は建てられるのですね。
江戸城や安土城の天守台はさらにデカかったのが理解できました。
天守台内部

その天守台のすぐ南隣にあるのが、先ほど紹介したこの城のシンボル「備中櫓」です。
本丸からの備中櫓

内部は2階建てで、櫓にしては珍しく畳が敷いてあります。これはくつろげます。
2階の奥にある「御上段」という貴賓席ですかね。
備中櫓二階御上段

集中豪雨のせいでロスタイムがありました。
もうちょっと見ていたいのですが、津山駅に急ぎます。
16:40発の列車に乗らないと次は何時間待ちになるか分かりません。
列車が通常に動いていればいいのですが・・・中国路の旅つづく。
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