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2011.10.22 福井:丸岡城
彦根を後にして向ったのは福井です。
北陸本線を敦賀で一旦乗り換え、各駅で2時間かけて福井に到着。
夜行列車はつまらんですね。車窓からの風景も楽しめません。

夜8時頃に福井駅に着いたので、「20時以降のチェックインなら朝食付きで4千円」という駅前ホテルを見つけ予約。
ここは以前、出張で泊まったことがあるまあまあのところです。
少し冷えていたので、駅中で蕎麦など食べてからホテルへ。
明日も朝早いから夜遊びなどはしません。

早く寝たので、翌朝は快い目覚めです。
本日の目的地は、「現存十二天守」の1つ丸岡城です。
北陸に現存しているのは、ここだけですから日帰りしていたら、また来る必要があることに気付いたのです。
福井駅前から本丸岡行きのバスに乗り込みます。
8:12発です。1時間に1本しかありませんから、これを逃すと大変です。

乗客は3、4人。これじゃ赤字でしょうね。
中に1人、同じようなリュックを担いでペットボトル持参の中年男性がいます。
バスを降りてから話しかけたら、「日本100名城スタンプラリー」をやってる方でした。
やっぱり同好の方でしたね。
のどかな田舎道を40分かけて丸岡城に着きました。
丸岡城天守
犬山城よりこじんまりとした「侘び」の風情があります。
手前のかすかに「一筆啓上」と言う文字が読み取れる碑は、徳川家康の重臣:本多作左衛門の手紙からのものです。
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
日本一短い手紙として有名なこの一文は、作左が長篠の戦いの陣中から妻あてに書いた手紙です。
この「お仙」は嫡子仙千代のことで後に丸岡城主となります。
一筆啓上
周囲の堀も埋め立てられて、道路や住宅になっています。
小さい城なので1時間もすれば見終わり、丁度1時間後にやってくるバスに乗り込んで再び福井へ。

福井市内に入って来たところで寺町のあたりを通過するルートだったので、知り合いの住職へメールしてみました。
都合よく空いていて、福井城のお堀端のレストランで昼食。
久しぶりの再会だったので、奢ってもらいました。ラッキー!持つべきものは友人ですね。

これは珍しい「御廊下橋」といわれる木製の屋根のある橋を復元したものです。
福井城
城内本丸は県庁や警察本部になっていて、見るべきものは少ないです。
これが、「北ノ荘」から「福井」へと地名変更した時の語源となった「福の井」。
福の井
福井城のお堀の回りは遊歩道となっていて、散歩に適したつくりになっています。
福井城から福井駅はすぐ近くですが、ここはすぐには帰らず「北ノ荘城」の遺構を見てみましょう。
駅から5分ほど歩いた繁華街のすぐ横にありました。
お市の方と浅井三姉妹のそろい踏みです。(手前の一番小さい子が江)
「江」のゆかりの地ということで、観光客も多かったですね。
浅井親子
北ノ荘城の立派な石垣の上に鎮座するのが柴田勝家の銅像。
多分これが最初に出来た像なのでしょうね。
柴田勝家
というわけで、日帰り予定がつい福井・丸岡まで足を延ばすことになりました。
そうですね。やはり丸岡城まで再度ということは難しいので、今回行けてよかったです。
午後の3時前に福井を後にして、特急と米原で新幹線に乗り継ぎ夜の8時には横浜の自宅に戻ってきました。
これで十二天守のうち4天守ゲットしました。
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