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2011
10.15

国宝:彦根城

Category: 城めぐり
次の目的地へは名鉄で終点の岐阜で降り、JRの岐阜駅に乗り換えます。
駅前には8月の末に訪れた時に見た黄金の信長像が見えますが、今回は素通りして駅ビルで昼食です。
昼食を済ませ12:49発の大垣行きに乗ります。
前回の安土から岐阜もそうでしたが、名古屋方面から関西への乗り継ぎがとても不便です。
新幹線はスーッといけるのですが、各駅停車では大垣と米原で必ず列車を乗り換えます。
なんとかならんもんでしょうか、JRさんよ!

ということで、午後の2時くらいに彦根に到着。
5年前に家族旅行で寄ったことがありますが、その時とはお城を観る目が違います。
ここもいつものように城下町の定番、駅前の大通りを真っ直ぐ行くと彦根城です。
約10分くらい歩くと見えて来ました。佐和口の多門櫓といいます。
佐和口多門櫓
表門から石段を登って行きます。相変わらず急傾斜ですね。
表門山道

石段を登ると、写真の右手から回り込むように橋が架けられています。
面白い形をした入口ですが、「天秤櫓」といいます。彦根城の名物でしょうね。
敵を迎え撃つ時には、この橋を落として入口を閉ざすのでしょう。
天秤櫓
次の「太鼓門櫓」を通過するともうすぐ城の本丸ですが、櫓の中では特別の展示物があるようです。
入ってみましょう。
井伊直政の鎧
どうやら、有名な戦国武将たちの鎧兜が20体くらい陳列されていて、試着もできるようです。
上の赤いのが、この城ゆかりの井伊直政のもの。いわゆる「井伊の赤備え」というやつですね。

下の黒いのは御大:徳川家康のもの。ライバル石田三成のもありました。
徳川家康の鎧
さあ、いよいよ天守です。
正面からのカット。壮大な山の上に築かれた城郭のわりには、私にはなんとなく可愛らしく見えます。
失礼、落ち着いたたたずまいと申し上げておきましょう。
彦根城天守1
これが天守の裏側からのカット。こちらは荒々しさを感じますね。
彦根城天守2
その後、西の丸「三重櫓」を見て黒門口へ下って行きます。
堀を渡ると「玄宮園」という庭園があります。
うすぼんやりと、真ん中の山の上に天守が望まれます。(肉眼でははっきりと見えます。)
玄宮園
庭園を散策し、入ってきた佐和口に向う途中に訪れる人もなくひっそりと井伊直弼の銅像が・・・。
井伊直弼像
イメージが悪いのか人気ないですねー。少しかわいそーになったので弁明を少し。
直弼の曾孫で彦根市長だった方の奥様で井伊文子さんという方がいます。
その方は歌人としても有名で、その方の歌碑が銅像の横にありました。
そこには「一身に 責負ひまして 立ちましし 大老ありてこそ 開港はなりぬ」と刻まれていました。

直弼の銅像から少し離れたところに「花の生涯」のレリーフがありました。
記念すべき大河第1作の遺産ですね。(写真右手の奥に直弼像が小さく見えます。)
花の生涯
これを眺めていたら、中年のオバサマたちの一団が訪れました。
そこで大河ドラマの話になったようなので、ずうずしくも話に割り込みました。
「主演の井伊直弼には尾上松緑、長野主繕には中井貴一のお父さん・・・そうそう佐田啓二、村山たか役には淡島千景でしたね。」
「向こうに井伊直弼の銅像もありますから、寄ってみて下さい。」と
オバサマたち、しばらく大河の話で盛り上がっていました。

そぞろお堀端を歩いて、直弼が青春時代を過ごした屋敷や井伊家の現当主の家などをみていたら夕暮れ時になってしまいました。
彦根城夕暮れ
当初の予定では、犬山城と彦根城の国宝2城を散策したら日帰りで戻るつもりでした。
ところがここで気が変わりました。こういうことが出来るのが一人旅のいいところです。

そうだ、せっかくここまで来たのだからあそこに行こう!
ということで、次の目的地に向けて17:50発の列車に乗り彦根を後にしました。
さあて、今夜はどこに泊まりましょうか。
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コメント
 こんばんは。彦根城は時代劇でも頻繁に登場しますし、趣のある良いお城だと思います。最近は「ひこにゃん」のおかげで一般的な観光客が増加していて何よりですが。「お城旅」を満喫されたようで良かったです。

 「花の生涯」を放映していた時はまだ生まれていなかったので当然ながら未見ですが、うちの親は見ていたようです。佐田啓二さんがカッコよかったと申しておりました。惜しくも若くして亡くなられたそうですね。
A☆六文銭dot 2011.10.16 23:18 | 編集
コメントありがとうございます。
A☆六文銭さんのお蔭で、新しい趣味ができ楽しんでます。
家族には「ひこにゃん」をおみやげに持って帰りました。

佐田啓二さんは息子の中井貴一さんより2枚目でしたね。
同じNHKの「虹の設計」という番組に出演中に確か自動車事故で亡くなりました。
連続ドラマの放映中に主役が亡くなったので、とても驚いた記憶があります。

そうですね。今の竹野内豊さんのようなタイプだったような・・・子供の頃の記憶ですが。
柴 銑次郎dot 2011.10.17 22:56 | 編集
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