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2018.09.26 群馬:岩櫃城
大河「真田丸」で有名になった群馬原町にある岩櫃(いわびつ)城へ行ってきました。
真田ブームが去った後の城跡はどうなっているのでしょうか?
大船から3時間の長丁場なので、高崎までリラックスできるグリーン車で向かいます。
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更に高崎から1時間の吾妻線に乗り換えます。
今日は曇っていて赤城山は見ることができません。
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吾妻線は乗り心地のよくないロングシートでしたが、1箇所だけこういう座席がありました。
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草津の手前の「群馬原町」という駅で下車します。
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目指す岩櫃城までは徒歩1時間の道のりですが、登りなので大変そうです。
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ほー熊が出るのですか、注意しないといけませんね。
武器を持っていないのがやや不安です。
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20分ほど歩いて「東の木戸跡」という標識がありました。
ここからが城内なのでしょう。
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途中、遊水地があり平坦になっていて少し息をつきます。
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かなり大きな池のようで、この辺りの水源なのでしょう。
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おー遥か彼方に岩櫃山が見えてきました。あの中腹あたりが岩櫃城なのでしょうね。
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左手には「真田街道」と名付けられた隣の駅である郷原に抜ける間道があるようです。
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登り始めて40分で岩櫃城の入り口に到着です。
もう衣服は汗だくですが、休憩は我慢して本丸を目指します。
この後ろの方には案内所や駐車場なども整備されていて、ほとんどの方が車で来ているようです。
ちなみに徒歩での城攻めは本日は私1人だったのかも。
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大手道はもう無くなっているようで、登山用の尾根道を上がります。
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この辺りはかつての大手道のような雰囲気が残っています。
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山の中腹には「中城跡」という開けた場所がありました。
ここには館などがあったのでしょう。
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本来の道ではない、かなり険しい土塁のへこみ部分を登って行きます。
雨が降ったら滑って登れなかったことでしょう。
この辺りからやぶ蚊が増えてきて、はらうのに大変でした。
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登りきったところには最大の堀切があり、この上が本丸部分のようです。
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この土塁と堀切は見事ですね。
中世の山城の造りですが、難攻不落という感じです。
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さー最後の登りです。
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平らに開けた本丸へ到着です。1mくらいの段差がある2段構造になっています。
予定どうり丁度1時間かかりました。
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ここは真田の本拠地:上田から領地の沼田をつなぐ重要拠点だったのです。
いざという時には、ここに逃げ込めば当分の間はしのげることでしょう。
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本丸からは群馬原町の駅や途中の遊水地まで見渡せます。
こりゃー戦略的に見事な山城ですね。
武田氏が織田信長に対抗するために築いた「新府城」の造りと似てるような気がしました。
そうそう、あそこも真田昌幸の縄張りでしたもんね。
ゆくゆくは武田勝頼をここへ迎え入れる考えだったと言われています。
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そしてまたこの堀切がスゴイ!
この風景はまさに戦国そのものですね。
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下って行く途中の風景はのどかで、あの時代にもこの辺りで米とかの農作物を栽培していたことでしょう。
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途中の小高いところには岩櫃神社が祀られていましたが、ここも岩櫃城の出丸だったところです。
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そんなこんなで、群馬原町駅に戻りまた4時間かけて横浜に帰ってきました。おわり
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