FC2ブログ

関西への旅③(加納城・郡上八幡城)

次は京都から岐阜で途中下車して郡上八幡まで向かいました。

朝の8:30京都駅の0番線から「特急ワイドビューひだ5号」に乗り込みます。
現在では1日1本しかない関西始発のJR東海の特急列車であります。
IMG_20171203_083242.jpg 
そして岐阜駅で下車して、正面とは反対側の加納口へ出ます。
なぜこちら側を「加納口」というかが後で分かります。
IMG_20171203_095948.jpg
時間が1時間しかないので、タクシーをすっ飛ばして住宅街の石垣のあるところで下車。
IMG_20171203_100835.jpg
ここは岐阜駅からも1.5kmくらいしか離れていない住宅地のど真ん中にある加納城であります。
あの徳川家康が天下普請で造らせた岐阜の中心となったお城でした。
当初は奥平氏が10万石で入城した城でもあります。
IMG_20171203_100910.jpg
本丸だけが公園として残っていますが、この石垣の外は内堀だったのでしょう。
IMG_20171203_101354.jpg
本丸内部は広々とした平地となっていて、いくつもの館があったのでしょうね。
内側は土塁で固められています。
IMG_20171203_101507.jpg
外部の石垣は崩れかけていますが、この辺は水濠の跡なのでしょう。
IMG_20171203_102214.jpg
時間がないので、足早に再度岐阜駅に向かいます。
IMG_20171203_103057.jpg
せっかくですから、正面に回って黄金の信長公にあいさつだけでもして岐阜を出発することにしましょう。
IMG_20171203_103907.jpg
岐阜から高山線に乗り40分、美濃太田というところで下車します。
ここからは長良川鉄道に乗り換えて1時間30分くらい各駅停車の旅となります。
車両にトイレがついていないので、水分を控えて乗り込みます。
IMG_20171203_125107.jpg
さほど退屈もせず、郡上八幡駅に到着しました。
IMG_20171203_125316.jpg
ここからは古い商店街を通り抜け、山の上を目指します。
IMG_20171203_133137.jpg
中腹まで登ったところで、山内一豊と千代?さんの像が駐車場にありました。
千代さんとは司馬遼太郎が「功名が辻」で名付けた名前で本名は不明だそうです。
頂上の天守閣も見えてきましたね。
IMG_20171203_135248.jpg
こういった九十九折の山道を登って行きます。石垣が見えてきました。
IMG_20171203_140206.jpg
昭和8年の再建天守ですが、なかなかの風格です。
IMG_20171203_140507.jpg
このスロープからの眺めは絵になりますね。
IMG_20171203_141635.jpg
木造で再建されたので、本物の優雅さがあります。
IMG_20171203_141830.jpg
木造4層5階の天守閣は大垣城を模したものだそうです。
IMG_20171203_141919.jpg
天守最上階から岐阜の北部を眺めた風景です。
IMG_20171203_142704.jpg
最後に天守の威容を眺めながら、郡上八幡を去ることにしましょう。
今宵の宿は多治見にとってあるので、再びあの長い長良川鉄道に乗らればなりません。
IMG_20171203_143427.jpg

スポンサーサイト

2018/01/30 21:04 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

関西への旅②伏見稲荷と伏見城

大津を早朝に出発して、次は京都の伏見にやってきました。

伏見稲荷は始めての訪問です。
予想以上に大勢の人がいましたが、半数は外国人でした。
IMG_20171202_091831.jpg 
入場は無料なので人が多いのでしょうか、それにしても立派な門で寄付や賽銭が多いのかも。
IMG_20171202_092037.jpg
油揚げを咥えたお稲荷さんがいました。
IMG_20171202_092135.jpg
これがあの有名な千本鳥居ですか。
IMG_20171202_092737.jpg
あまりにも人が多いので、わき道に逸れることにしました。
IMG_20171202_093253.jpg
どんどん進んで行くと一人も観光客がいなくなり、竹林に入って行きます。
IMG_20171202_094145.jpg
滝があって、水ごりをしてる人などもいるところを通るとこんなところに出て来ました。
伏見稲荷の裏道ですね。
IMG_20171202_095008.jpg
さて次は桃山駅にやってきました。なんとも質素な駅です。
IMG_20171202_103605.jpg
伏見の町とは反対側の山を登って行きます。
かつては車道にもこんな石畳が敷かれてあったのではないでしょうか。
IMG_20171202_103857.jpg
大手道の坂を登りきると、そこは明治天皇陵。
そうかつては豊臣秀吉の隠居城であった伏見城の跡地なのであります。
IMG_20171202_104228.jpg
雰囲気が明治神宮に似ていますが、玉砂利が敷き詰められた本丸への道を歩いて行きます。
IMG_20171202_104336.jpg
途中左手には桓武天皇陵もありましたが、今回は時間の都合でカットしました。
IMG_20171202_104634.jpg
小高いところが平坦になっているそれらしいところに到着しました。
IMG_20171202_105450.jpg
これぞ明治天皇の陵(みささぎ)、かつての伏見城本丸でもあります。
IMG_20171202_105614.jpg
恐れ多いことですが、少しだけアップにさせていただきます。
IMG_20171202_105636.jpg
陵墓の反対側を眺めると、桃山の南側が開け、この右手に伏見の城下町が広がっています。
つまり伏見は近江から京都を経由して大坂へ向かう交通の要衝だったわけで、秀吉がここに目をつけたのは当然の成り行きだったのです。
IMG_20171202_105817.jpg
天皇陵の先を下りて行くと、昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の陵墓もありました。
IMG_20171202_111214.jpg
ちょっと天皇陵より小ぶりですが、立派なものです。
IMG_20171202_111352.jpg
階段の下からはこれほどの段差があり、伏見城の大手道からはここを登るのが登城ルートではなかったのでしょうか。
つまり玉砂利の道は後に陵墓を建設した際に通されたもののように感じました。
IMG_20171202_111921.jpg
最後にこれは伏見の町に戻り、御香宮神社に寄った時に発見した伏見城の石垣の残骸であります。
今も残してあるのですね。
IMG_20171202_131949.jpg

2018/01/16 21:48 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

富士山と興国寺城

ふと富士山が見たくなって、御殿場線に乗り込みました。

ついでに「城めぐり」もということで、北条早雲が旗揚げしたという興国寺城にも足を延ばしました。
国府津から御殿場線に乗り換え、しばらく行くと車窓から富士が見えてきました。
IMG_20180111_095457.jpg 
1時間くらい乗って、御殿場が近づいてくるとさらに大きくなります。
IMG_20180111_105230.jpg
そして御殿場駅付近で、富士は最大になりました。これはスゴイ!
IMG_20180111_110015.jpg
御殿場を過ぎると徐々に小さくなり、列車の後方を見ることになるので終わりという感じです。
IMG_20180111_110256.jpg
そして御殿場線の終着駅の沼津に到着しました。
1時間40分の乗車でしたが、結構満足できました。
反省点としては沼津から乗車して富士を前方に見るルートの方がよかったかなという気がしました。
IMG_20180111_113042.jpg
さて次は沼津駅から更に2駅進み、原駅というところで下車します。
IMG_20180111_115029.jpg
ここは東海道53次の宿場町であったところで、5年前の「53次歩き旅」の時もここを通過したのでありました。
IMG_20180111_115253.jpg
当時もこんな本陣跡の石碑あったのかしら、記憶にありません。
あの日は雨が降っていたような気がします。
IMG_20180111_115750.jpg
本日は快晴、歩道橋から富士も見えますが手前の愛鷹山が邪魔になって、先っちょしか見えませんね。
IMG_20180111_120556.jpg
この道を真っ直ぐ行った突き当りに目指す「興国寺城」はあるようです。
IMG_20180111_120651.jpg
駅から歩くこと30分で到着しました。
天気はいいですが風が冷たかった。幸いなことに海風で後ろからの風でまだましでした。
5年前の東海道の時はまともに正面から風を受け、止めたくなる日もありましたもんね。
IMG_20180111_124549.jpg
大手道を歩きますが、人っ子一人いませんね。訪問者は私1人のようです。
左右のこの辺りは、築城当時は沼地だったようです。
IMG_20180111_124730.jpg
この辺りはもう二の丸で一段高くなったところは本丸だそうです。
IMG_20180111_124913.jpg
本丸の奥まったところは神社になっています。
更にその上の盛り土がスゴイことになっています。
IMG_20180111_125107.jpg
北条早雲(伊勢新九郎)が今川氏からここを与えられ、伊豆一国を切り取る足掛かりとなった城だということです。
IMG_20180111_125519.jpg
本丸の上は天守台となっていて、石垣が積み上げられています。
これは早雲の時代のものではなく、戦国後期に作られたものでしょう。
IMG_20180111_130038.jpg
土塁の上から登って来た方向を眺めると、城下町と相模湾が見渡せる絶好の立地といえます。
IMG_20180111_130534.jpg
天守台の更に奥には大きな堀切があり、その向こうは詰めの丸らしき構造になっています。
IMG_20180111_130252.jpg 
堀切の下にも行けたので、下りてみます。そして詰めの丸にも行ける階段が整備してありました。
IMG_20180111_130723.jpg
最後の砦となる場所もちゃんと確保されてあります。
フェンスのある向こう側は東海道新幹線の線路となっていました。
ここからも富士の頭が白く覗いていました。
IMG_20180111_131100.jpg

2018/01/12 09:36 |城めぐりCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  

「西郷どん」第1回を観て

なかなかいいじゃありませんか。
久々に大河を観るというワクワク感が伝わってきました。
主役の鈴木亮平さんはまだ出てきていませんが、薩摩の清らかな自然や風土が楽しめました。
どこでロケしたのでしょうか?城下町は知覧のようでしたが石垣や石畳はどこでしょうか?
(調べたところあの苔むした石畳は加治木の「龍門司坂」というところでした。)
西郷家のスタジオセットもスゴイですね。リアルに丹念に作られていました。

西郷さんの両親が風間杜夫さんと松坂慶子さん、大久保さんのお父さんが平田満さんですか!
これではまるで映画「蒲田行進曲」の再来でしたね。
28年前の大河「翔ぶが如く」の大久保どん(鹿賀丈史さん)も島津斉興で出ていたし、西郷どん(西田敏行さん)がナレーションでした。
NHKも押さえるところは押さえてあると思いました。ナレーションは市原悦子さんよりよかったのではと思いましたね。

さて来週以降主役の登場ですが、どういう展開になるのでしょうか。
結構「泣かせ」のドラマになるような予感がしました。
あの夏

2018/01/08 12:38 |西郷どんCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

関西への旅①近江八幡城・大津城

昨年12月に滋賀・京都・岐阜への旅に行きました。 

その際に6つの城めぐりもこなして来ましたので、順次ご紹介して行きます。
新幹線で西に向かう途上、新富士駅あたりでは今日も富士の雄姿がよく見えました。
IMG_20171201_102714.jpg 
米原で乗り換え、近江八幡駅で下車します。
2013年に観音寺城を訪れた時以来、2度目の訪問です。
IMG_20171201_124104.jpg 
駅から真っ直ぐ琵琶湖の方へ歩いて行きます。
実はこの途中で近江牛の名店で昼食を取ろうとしたのですが、平日なのに20人くらい待っていました。
仕方なく、前回訪れたこともあるうどん屋さんで定食をいただきました。
これはこれで満足の昼食で安上がりとなりました。
正面のあの山頂に目指す「近江八幡城」があります。
IMG_20171201_133038.jpg 
歩くこと20分くらいで、近江八幡名物の「八幡堀」が見えてきました。
IMG_20171201_133727.jpg 
ここではよく時代劇なども撮影しているんですよね。
IMG_20171201_134004.jpg 
こちらは前回も訪れた「日牟礼八幡」です。
藤原不比等が参拝したというから、大変歴史のある神社です。
IMG_20171201_134328.jpg 
今回は山頂のお城を目指しますが、かなり険しそうなので行きはロープウェイにいたします。軟弱な私をお許しください。
あの左手の山は、多分「安土山」だと思います。(5年前に登城済み)
今回も時間があれば再度行こうかと思っていたのですが、冬の日は夕暮れが早かった。
IMG_20171201_140350.jpg 
ロープウェイを降りると早速石垣が現れます。
IMG_20171201_140743.jpg 
そしてその先には雄大な琵琶湖が広がっています。
IMG_20171201_141233.jpg 
またまた少し歩くと石垣があります。
算木積みを用いていますので、比較的近世(桃山後期)のものでしょうか。
IMG_20171201_141546.jpg 
北側の方にも琵琶湖が広がり、この城を攻め上るのはかなりしんどい状態ですね。
右手の奥は長浜でしょう。
IMG_20171201_142114.jpg 
1周してロープウェイの乗り場に戻って来ると、この辺りが二の丸でした。
IMG_20171201_143027.jpg 
更に階段を登って行くと、そこが本丸のようで「瑞龍寺」というお寺になっています。
菊の紋章があるので、皇室の関係なのでしょうか。
(日蓮宗の門跡ですが、代々皇女を貫主に迎え入れたとのこと)
IMG_20171201_143242.jpg 
由緒あるお寺のようですが、豊臣秀次公を祀ってあるようです。
IMG_20171201_143442.jpg 
さて、あまり楽をせず帰りは徒歩で下りて行きましょう。
IMG_20171201_144101.jpg 
結構険しくて、下山するのに30分くらいかかりました。
下りてく人は完全な登山装備でしたもんね。
IMG_20171201_145520.jpg 
下りて来たところは、かつて武家屋敷があったところでした。
今では公園となっていますが、秀次公の屋敷などがあったのでしょう。
IMG_20171201_150801.jpg 
そして隅のほうには、訪れる人もなくひっそりと秀次公の銅像がありました。
本当に悲運の武将という雰囲気でした。
ドラマなどではダメ人間のように脚色されていますが、私はそんなに劣っている人とは思えません。
お拾(豊臣秀頼)が生まれたのがマズかっただけじゃないかと思います。
IMG_20171201_151601.jpg 
夕暮れも近づいてきたので、宿泊先の大津へとやってきました。
IMG_20171201_163535.jpg 
あと1つくらいはお城を回りたかったので、ここならまだ行けると歩いてやってきました。
京阪電車の浜大津駅です。
IMG_20171201_165033.jpg 
調べてみると、この辺りがお城だったはずですが・・・
IMG_20171201_165229.jpg 
上の歩道橋の下に石碑だけがありました。
関ヶ原の合戦の前に東軍の京極高次が立てこもった大津城なのであります。
西軍の大軍によって落城しましたが、この頑張りが家康に評価され京極家は若狭一国8万5千石の大名に出世しました。
IMG_20171201_165321.jpg 
琵琶湖の西岸を望むと比叡山がそびえ立っています。
いつかは訪れてみたいものです。
IMG_20171201_165726.jpg 
夜の帳が下り、宿泊のホテルへ向かうため東海道を歩いていくとなつかしいものを見つけました。
5年前に東海道53次を歩いた時にも発見した「此付近露国皇太子遭難之地」という石碑です。
そうここで1891年に大津事件が起きたのでした。
IMG_20171201_171851.jpg 
まぎれもなく、この道は東海道なんだなという風情を感じながら1泊目のホテルへと向かいました。
IMG_20171201_172120.jpg
関西への旅つづく・・・

2018/01/06 21:58 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

謹賀新年

明けましておめでとうございます。今年もご愛顧お願い申し上げます。
IMG_20171203_141635.jpg
郡上八幡城(近日公開予定)

2018/01/01 17:11 |未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

 | BLOG TOP |