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次は武蔵嵐山から3駅池袋の方へ上った東松山駅で下車します。
ここら辺りで田園地帯から都会へと雰囲気が変わる境目です。
東松山は結構な都会なのですね。ここからバスに乗りましょう。
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「吉見百穴前」というバス停で下車し、川沿いを歩いて行くと土手に赤い文字で「百穴」と書いてありました。
川の向こうの山が「百穴」でしょうか。
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橋を渡って先づ「松山城」を攻めたいと思います。
すぐに階段があって城に行けるようですが、大手道という雰囲気ではありません。
道路側から行きやすいように人為的に階段が造られたようです。
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案内図を見ると、かなりの規模の山城のようで、この階段の上がすぐに本丸となっているようです。
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後世に造られたであろう急峻な山道を登って行きます。
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すぐに本丸に到着。本来は反対側から大手道を登るのでしょうが、ショートカットしました。
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木々が生い茂ってなければ、遠くまで見渡せて城としての機能が十分果たせたと思います。
戦国時代はこの城をめぐって、上杉・武田・北条の争奪戦が繰り広げられたといいます。
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さて、「吉見百穴」方面に行くため「兵糧倉」と書いてある辺りを降りて行きます。
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アリャー!こちら側は断崖絶壁となっていて、降りるルートがありません。
仕方なく横に生えている木の根っこを伝って、滑らないよう下って行きます。
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下り終わり上を見上げるとコケの生えた沢という状態です。
上ろうとしていたお兄さんに「急で危険ですよ。」とアドバイスしたので、断念したようです。
よく見ると、左側に鎖があるようですから、もう少し先に行ったら鎖を伝って降りられたようです。
危険を冒して怪我などぜずに済んで、よかったものです。
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ここは「岩室観音堂」という岩窟になっていました。
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祠にお地蔵様が祀られています。
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こちら側には石仏が何体も置かれていました。
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なかなか荘厳な雰囲気のお堂でありました。
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道路を隔てた反対側にあるもう1つの目玉「吉見百穴」を見学しましょう。
昔、教科書で「ひゃくけつ」と書いてあったと記憶しているのですが、今は「ひゃくあな」と呼ぶようです。
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なんとも奇妙な光景ですね。
当初は住居説もありましたが、その後古墳時代の墓穴ということが判明したようです。
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この岩山の中には戦時中に軍需工場を作る目的でトンネルが縦横に掘られています。
かつての中島飛行機、今の富士重工の前身ですね。
終戦で計画は頓挫しました。
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中は空間がとても広く、まさに空襲を受けない生産工場が出来る計画だったのですね。
夏でも冷房なしで働けそうです。
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山に登って横穴を観察すると、1つの穴に数人の遺骸が安置できる構造になっています。
古代人にとっては一家一穴の必需品だったのでしょう。
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吉見百穴なかなかの奇観の場所でありました。
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埼玉の奥地は横浜からは行きづらい場所ですが、往復5時間以上かけても満足度の高い城と遺跡の穴場でした。
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こちらは本日の「おんな城主 直虎」の舞台となった二俣城であります。
今年の2月に小雨の降る中、訪れたのを思い出します。
この地で徳川家康の嫡男・信康は悲運にも自害させられたのであります。
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ところで信康の死後、中村梅雀さんのナレーションでは「天正17年9月15日・・・」と私には聞こえましたが、
これでは信康事件は本能寺の変(天正10年)より後になってしまいますよ。
天正7年の間違いだったのでしょうね、NHKさん!
9月15日とは1600年(慶長5年)の関ヶ原合戦と同じ日だったのですね。
「カフェわ」という名前の店でしたが、ケーキで小腹を満たして次の目的地である菅谷館へ向かいました。
ここは大きな公園になっていて、県立博物館や教育会館などの施設が広々とした緑の中にありました。
中世の武家の館が大きく様変わりしたようでありました。
早速、土塁で固められたかつての門があったところを入城して行きます。
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三の郭という看板がありましたので、木々が無い頃には広い平地が続いていたのでしょう。
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名族・畠山氏の菅谷館がここら辺りにあったそうです。
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空堀が残されてあります。
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こちらは空堀に偶然水が溜まって、水堀になっています。
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その内側は二の郭で、この造りは鎌倉時代ではなく中世から戦国にかけてのものですね。
大きな館があったことでしょう。
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おや、小高いところに人影が!
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ここから鎌倉の北条に立ち向かい、横浜の二俣川で横死した武将・畠山重忠さんですね。
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複雑な構造をした中世武家の屋敷の跡がよく分かります。
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土橋を渡り本丸へ突入です。
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やはりここの空堀が最も深い構造になっています。
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主郭内は広々として、大きな屋敷があったことでしょう。
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周りは土塁で守られています。
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搦め手側にも行けるようです。ここを回れば元来た道に戻れそうです。
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主郭を囲む二の郭もかなり高い位置にあることが分かりました。
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埼玉北部には杉山城といい、この菅谷館といい、戦国前期の遺構がいい保存状態で残されているのを知り、新鮮な驚きを感じました。
次は東上線に乗り、東松山駅へと向かいます。
今年「続100名城」に選ばれたという杉山城に行ってきました。
中世の山城の教科書的な城という記事を見つけて、朝7時に横浜の自宅を出発し3時間かけてたどりつきました。
場所は東武東上線の武蔵嵐山駅という東上線の終点近くの田園地帯にあります。
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東上線武蔵嵐山駅からのどかな畑の中を歩くこと30分くらいで、杉山城と思われる小高い丘が近くなりました。
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麓に着くと「大手入口」という看板があり助かりました。今はお寺の敷地にもなっているようです。
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このお寺の奥が城跡のようです。いかにも中世の山城という雰囲気ですね。
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丘を駆け上がると、土塁と堀で防御された城の形状が見えてきました。
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城郭へ通じるのは細い土橋だけで、固い防御性を感じます。
この城の造り方が後北条氏のもののようであるのに、出土品がそれより以前の山内上杉氏のものが多く、
築城の人物や時代が不明であることが「杉山城問題」となっています。
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土橋を渡ったところが三の丸となっています。
続100名城の幟が見えますね。
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さて右手の「食い違い虎口」を登ると二の丸でしょうか。
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おおー、かなり広い敷地の二の丸であります。この辺りには館があったのでしょう。
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二の丸の外側を見ると、土塁と堀で堅固に守られています。
中世の山城としては確かに手本となるような築城技術があります。
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そしてあの細い土橋を渡って行く事にしましょう。
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やはり本丸の入り口は最後の虎口で固く固く守られていますね。
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そしてここが若干狭めの本丸です。あの一段高いところにも館があったのでしょうね。
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2008年に比企郡嵐山町近辺にある菅谷館、小倉城、松山城に追加される形で国の史跡になりました。
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本丸の裏側にも下りてみましょう。
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高い土塁で確実に守られています。
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本丸からは周りの空堀や隣接する中学校などが眺望できます。
あまり有名な城跡ではありませんでしたが、中世の山城として満足度のかなり高いものでありました。
意外な掘り出し物という感想でした。
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駅の反対側にある次の目的地まで小1時間歩いて行きましょう。
街道沿いを歩いていると、道祖神や古い墓石があります。
この辺りは古くからの街道があり、人の往来もあったことがしのばれます。
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ふと右手を見ると、簡素な喫茶店があったので寄ってみることにしました。
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朝から電車と歩き詰めで、ホッとするティータイムであります。
私と同年輩のご夫婦でやられていて、開業6年だそうです。
奥さんだけで始めて、旦那さんがリタイアしてから加わったそうです。
巨峰のショートケーキとコーヒーで750円。おいしかった!
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さて次は菅谷館跡へ、つづく・・・