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東北の城下町を歩く:弘前

東北の城下町で最後に訪れたのは弘前です。
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弘前市民の宝である弘前城周辺を歩いてみます。
東門が見えますが、そのまま堀の周りを北上します。
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北側の蓮池に回ると、眼前には岩木山の雄姿が飛び込んできました。
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そして西側の堀を突き進むと、朱塗りの橋が見えてきました。
あそこから本丸へ入城いたしましょう。
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これはまた立派な大銀杏がありますね。根元がむき出しになっています。
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おや、本丸への枡形越に天守が見えています。
そうそう今は石垣の修復期間中で、天守は本丸中央に移動したのですね。
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この突端に天守はあったのですが、きれいに石垣が取り払われて工事の足場が組まれています。
堀も埋め立てられています。10年くらいは工事が続くようです。
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天守台を残して上はすっかり無くなりました。
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そして、こちらがその天守。岩木山との2ショットが撮れるようになりました。
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追手門を後にして再び弘前駅に戻り、新青森から新幹線で東京方面へ帰るとしましょう。
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東北の城下町を歩く、おわり。

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2017/07/12 10:18 |未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

東北の城下町を歩く:大館

由利本荘から秋田を経由して盛岡で1泊ます。
盛岡からは花輪線で3時間かけて大館へと向かいました。
途中、滝沢駅を過ぎたあたりでしょうか、岩手山の雄姿が車窓を横切りました。
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花輪線は終盤の南十和田駅でスイッチバックします。
その時写した車両です。東北のローカル線でよく使われるディーゼル車です。
対面式の2人掛けがあり、そこに座っていると何時間でもくつろげます。
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昼過ぎにやっとこさ大館駅に到着です。
駅前を見渡すと食事どころはなく、名物の駅弁である鳥飯を駅の待合室でいただきました。
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駅前には「忠犬ハチ公」の銅像が鎮座しています。
そうここは秋田犬のふるさとなのでありました。
ちなみに後ろの建物に駅弁のお店が近々オープンするので、食事はできそうです。
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大館の中心街に30分ほどかけて歩いて行くことにしましょう。
川を渡る時に山肌に「大」の字が見えます。大文字焼きでしょうか。
後で調べたら、旧盆に「大文字まつり」が行われ、河川敷では花火が打上げられるそうです。
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大館城の堀池に到達しました。城の風情を残すのはこの辺りだけでしょうか。
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内側はやはり土塁で固められています。
秋田に移った佐竹氏の分家が統治し、明治維新まで続きました。
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本丸には樹齢数百年と思われる立派な柳の木が植えられています。
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かつての大手口にあった堀は今では道路となっていて、そこに架けられた朱塗りの橋を渡ります。
そこにはなんと、秋田犬博物館がありました。
入場料は200円との記述でしたが、料金所もないのでそのまま見学してしまいました。
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最後に住宅地の奥の方まで歩いて行くと、スマホに「真田幸村の墓」という表示が現れました。
墓場の中を探すと、中心部にメンテナンス工事中の由緒ありげなお墓が3つありました。
左端の墓石には「信濃国・・・ 真田左衛門佐幸村」の文字が見てとれました。
ここ大館にも江戸時代?に熱烈なファンがいた証なのでありましょうね。
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2017/07/08 09:36 |街道をゆくCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

東北の城下町を歩く:由利本荘

鶴岡に泊まった翌日は、羽越本線を各駅停車で北上し羽後本荘駅で下車します。
1度は訪れたかった町ですが、駅前はパッとしませんね。
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駅から歩くこと10分くらいでお堀が見えてきました。
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これはこれは立派な大手門が復元してありました。
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最上氏の改易後は一時期は幕府の重臣:本多正純が5万5千石で左遷されてきましたが、
それ以降は六郷氏が明治維新まで2万2千石で入封しました。
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さすが大名家、2万2千石でも本丸へ続くアプローチは荘厳な造りとなっています。
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登って行くと、櫓風のものや城壁が再現してありました。
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小高いところにはかつて鉄砲櫓と称される建造物があったようです。
向こうの三の丸に見えるのは由利本荘市の市庁舎であります。多分そこが居館であったのでしょう。
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本丸中心部は本荘神社となっていました。
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やはり本丸からは城下町が一望できますね。
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本丸の反対側の崖を下りて行くと堀というか池があり、その向こうに見える建物は温泉施設でありました。
午前中ではありますが、大勢のご老人がくつろいでいました。
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2017/07/02 09:25 |街道をゆくCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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