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近畿北部の旅:龍野城

日本地図を見ながら「城めぐり」で行ってない場所を検討していたら、近畿地方の日本海側(若狭)と太平洋側(和歌山・三重)であることに気づきました。
そこで寒くなる前に日本海側から先に攻めることにしました。
最初に降り立ったのは姫路から姫新線で20分、「本竜野」という駅であります。
もう40年くらい前でしょうか、「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」の舞台となった町でもあります。
「揖保(いぼ)の糸」という有名な「そうめん」がありますが、ここが本家だったのですね!
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その揖保川を渡ります。水が清らかなので、「そうめん」もうまいのでしょう。
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龍野橋を渡る時に右手に山が見えます。
「城めぐり」の勘で分かりますが、あの山がかつては山城だったはずです。
生憎の雨なので、今日は山城は止めときます。
あの麓あたりが江戸期の龍野城があるようです。
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なかなか古い町並みが残っていて、私の好きな雰囲気です。
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ここは「そうめん」とともに「薄口醤油」で有名な町で、今回はパスしましたが「醤油資料館」がありました。
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寅さんの映画のタイトルでもあった「夕焼け小焼け」は、作詞家・三木露風がこの龍野で生まれたからです。
ここが露風の生家であります。
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「夕焼け小焼けの赤とんぼ♪」・・・作曲・山田耕作で有名な「赤とんぼ」の歌詞が思い出されます。
ここのガイドの方に「そうめん」が食べられる店と「男はつらいよ」のロケがあった旅館を教えてもらいました。
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露風の生家からすぐ近くに龍野城はありました。
戦国期までは赤松氏の城でしたが、江戸期の途中で脇坂氏が入封して明治まで藩主となりました。
5万5千石ながら、堀田家と養子縁組して譜代大名となりました。
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その辺の歴史はお隣の「歴史文化資料館」でおさらいをいたしました。
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さて、お腹も空いたことなので早々に下城して「そうめん」を食べましょう。
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振り返ると再建された隅櫓がお城の雰囲気を際立たせていました。
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櫓から少し歩いたところに「霞亭」という露風生家のガイドさんに教えてもらったお店がありました。
この名前は龍野城が霞城と言われていたからです。
そういえば、川を渡る時に山裾が霞んでいましたもんね。
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こちらでいただいたのは暖かい「にゅうめん」であります。
大粒の甘い梅も入っていて、おいしかった。750円オススメです。
ここ龍野は「梅園」でも有名だそうです。
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そして最後は「男はつらいよ」のロケが行われたという「梅玉旅館」に寄ってみました。
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誰もいらっしゃらないので、入って行って声をかけたら80歳くらいのオジさんが応対してくれました。
「男はつらいよ」の記念品があると聞いて伺ったのですが・・・と
それは、旅館の食堂に飾られてありました。
太地喜和子さん、宇野重吉さん、岡田嘉子さん・・・皆さんお亡くなりになりましたね。
それに主役の渥美さんも亡くなっています。1976年ですから39年前の作品です。
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しばらく写真を眺めていたら、オジさんが説明に来てくださいました。
下の写真で寅さんが挨拶している人たちの中で、右から2番目がオジさんだそうです。
写真では髪も黒々としていたので、右端の方かと勘違いしてました。40年の歳月を感じます。
映画で太地喜和子さんが使ったという日傘や浴衣が飾ってありましたが、オジさんの奥様の物だそうです。
話でオジさんは、この「梅玉旅館」のオーナーであることが分かりました。
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旅館を出ると、道沿いに白壁が続きお城の山が霞んでいました。
雨に濡れている城下町を後にします。
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その後、今宵の宿である姫路へ再び戻ります。
雨が降り続いているので、アーケード街を歩くことにしましょう。
駅から姫路城に向かうメインストリートの右側に大小2つのアーケードがありました。
そのうち細い方の道を通ってホテルへと向かいます。
この薄暗くて、いかがわしいような道の方がいいですね。
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ホテルに荷物を預けた後で、通った時に当たりをつけていた店に入ってみましょう。
オヤジが「穴子」を焼いていて、店の外にいい匂いが漂ってきます。
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そして注文したのがコレ。「あなご丼」950円なり!うまかった。
この簡略さがいいよね。
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姫路は観光地ながら、1本道を外すと庶民的で安い店が多く、ウロウロするのが楽しい町です。
コーヒー飲んでいても、ケーキを追加注文したらなんと100円で安くてビックリしました。またこの町に来たいな。
近畿北部の旅つづく・・・

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2015/11/28 09:44 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

九州・秋月城

博多に出張があり、夕食後町中を歩いていると「R2-D2」が動き回っていました。
どうやら後ろにいる黒人のモノのようです。
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翌日は少し足を伸ばして、「秋月の乱」で有名な福岡の小京都「秋月」へ行ってみました。
博多から鹿児島本線で南下し、「基山」というところで甘木鉄道に乗り換えます。
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終点の「甘木」で下車し、そこから更に20分バスに乗りました。
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少し手前のバス停で下車して歩いてみました。
古い石橋があります。
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落ち着いた城下町のようですね。
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上級武士の武家屋敷も保存されているようですが、まだ早朝なので開いていません。
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こちらの石段を登ると「秋月城」であります。
移築された長屋門が残っています。
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ここを登ると二の丸でしょうか。何もなさそうです。
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隣の広大な三の丸は中学校になっていました。今時珍しい木造です。
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さて、本丸は福岡藩主・黒田長政の三男・黒田長興を祀った垂裕神社となっています。
ここ秋月は黒田家の支藩で5万石を有していました。
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訪れたのが10月だったので、紅葉のシーズンにはまだ早かったようです。
有名な黒門(大手門)が木々で隠れてましたね。
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なかなか渋い風情のあるお城です。
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この石橋を渡ったところに大手門があったのでしょうが、今は中学校の敷地となって閉ざされています。
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桜の季節には訪れる人も多い、大手道です。葛餅で有名なお店があるようです。
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散策している間に開館時間になったので、入館してみました。
日本国中旅していますが、地方地方に文化や歴史があることを痛感します。
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朝早くから活動したので、昼過ぎの飛行機に乗り夕方には帰宅できました。

2015/11/21 10:02 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

北上の旅:鳥海柵(とのみのさく)・胆沢(いざわ)城

北上川に沿って南下していく旅は、金ヶ崎という駅で降りてみると意外な発見がありました。
朝起きて外を覗くと昨夜は暗くて分かりませんでしたが、すぐ近くを大河:北上川が流れてました。
岩手はこの川に沿って発展したことが歩くと理解できます。
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さて、早朝の列車に乗り「金ヶ崎」という聞きなれないローカル駅で下車します。
遺跡「胆沢城」まで歩こうという計画です。3~4kmくらいでしょうか。
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ところが途中で左手に「武家屋敷」という看板を見つけ、寄ってみることにしました。
案内所が設けられてあり、今から鍵を開けようとしていたご婦人にどういうところなのか聞いてから散策に向かいます。
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こういう道を歩いて行くと武家屋敷があるそうです。
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上級士族の屋敷を連想していましたが、映画「たそがれ清兵衛」に出てくるような50石以下の下級武士の住宅そのものでした。
中にはボランティアの方もいて、説明を受けました。
外は復元工事の真っ最中であります。
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その隣には町営の真新しい歴史館があり、ただ1人の入館者である私のために右手の方が説明してくださいました。
ここは古代から交通の要衝で、江戸期には伊達藩の最前線で南部藩と接する重要な場所なので伊達家の一族が統治していたとのこと。
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歴史館を出て歩いて行くと、立派な上級武士の門構えのお屋敷があり女性が入ろうとしていました。
「ここは何ですか?」と尋ねるとレストランだそうです。
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せっかくですから、コーヒーと「ゆべし」をいただくことにしました。うーむ落ち着く!
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次は歴史館の方にお聞きした「鳥海柵(とのみのさく)」へ1kmほど迂回することにしました。
平安時代後期の「前九年合戦」の舞台となったところです。
源頼義・義家父子の朝廷方と奥州の安倍氏が長きにわたり戦った場所です。
93年の大河「炎立つ」でこの辺のことは詳しく描かれてあり、
源頼義(佐藤慶)、源義家(佐藤浩市)で対する安倍頼良は(里見浩太郎)でしたね。
そして鳥海柵を守るのが頼良の三男・安倍宗任は(川野太郎)でした。
柵とは出城みたいなものでしょう。
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かなり広い敷地ですが、奥の方に回りこんで行きます。
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おう!脇には空堀があります。やはりここは城跡なのですね。
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今や田んぼととなっていますが、まさに「兵どもが夢のあと」ですね。
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さて、本来の目的である「胆沢城」を目指して胆沢川を渡ります。
この川も北上川へ流れ込んでいるのです。
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標識が見えてきましたが、さてどこが胆沢城なのでしょうか。
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田んぼの間を歩いて行くと、かすかにそれらしいものが見えますが、アレでしょうか。
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端から端まではかなり広大な敷地だったようです。
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平安時代の初期に坂上田村麻呂が蝦夷討伐のために築いたと言われますが、
ここに朝廷の最前線として平安末期まで鎮守府が置かれていました。
その名残がこの八幡宮ですね。
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ぐるっと回って正面の政庁跡に戻ってきました。
なんだ、さっきの鳥居から真っ直ぐ歩いてくればよかったみたい。
同じ古代政庁ですから、かつて訪れたことのある大宰府や多賀城などと様子が似てます。
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この石碑が正面のようです。
朝廷に敵対し田村麻呂に降伏した蝦夷の棟梁アテルイですが、この辺では東北の英雄ではないでしょうか。
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そして水沢駅まで歩を進め、一ノ関駅から新幹線で横浜へ戻って来ました。
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「炎立つ」で出てきた奥六郡(胆沢郡、江刺郡、和賀郡、紫波郡、稗貫郡、岩手郡)という地名、歩いてようやく理解できました。
北上の旅おわり

2015/11/13 10:30 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

北上の旅:高水寺城・花巻城

丁度去年の今頃、奥州平泉まで芭蕉の歩いた「奥のほそみち」を踏破したのを思い出し、
盛岡から平泉の間を「城めぐり」しながら南下してみました。
盛岡から列車で20分、「紫波中央」というところで降りてみました。
意外と新しい町並みですね。盛岡のベッドダウンなのでしょう。
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駅の出口とは反対側を北上川の方へ30分くらい歩いて行くと、小高い丘が見えてきました。
いかにも中世の山城風です。
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城山公園として整備されてあるようです。いざ登城です。
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わりと平坦な大手道?を歩いて行きます。
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左手には空堀が見えてきました。やはりここは城だったのですね。
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三の丸を越えたあたりに「若殿屋敷跡」という看板がありました。
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広大な敷地があり、戦時だけではなく日常生活ができるお屋敷があったのでしょう。
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南端からは北上川の流れが一望できます。
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さらに上には二の丸があり、ここもかなり広いようです。
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「高水寺城」の説明書きがありました。
室町幕府の管領だった斯波氏のお城だったのですね。
斯波=紫波の関係には気付きませんでした。
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さらに小高いところが本丸のようです。行ってみましょう。
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「御殿跡」となっています。
管領・斯波氏の居城でしたから、当時の東北ではナンバー1のお城じゃないでしょうか。
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次は東北本線を更に南下して「花巻」にやってきました。
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歩いて10分くらいで大手門があったところに到着です。
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城門が復元されてあるようです。
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復元されたのはここだけのようですが、南部藩の支城としては立派な造りです。
一国一城令の例外として明治維新まで存続しました。
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本丸の隅櫓方向からの眺めです。
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本丸は内堀で囲まれていて、土橋を渡って門があったようです。
その向こうの二の丸は小学校の校庭になっています。
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内堀もなかなかの広さがあったようですね。
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高台の本丸を守る反対側は北上川に流れ込む川を自然の堀とする造りになっています。
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今宵の宿は花巻から列車で10分ほどの北上でホテルを取りました。
北上の旅つづく・・・

2015/11/06 13:38 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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