2015
10.30

山陽の旅:倉敷~岡山

Category: 城めぐり
旅の最終日は米子を早朝に立ち、岡山県の総社から「鬼の城」という古代の山城を攻めるつもりでしたが、生憎の雨。
山城は無理と判断し、同じ岡山県の倉敷に降り立ちました。
倉敷には30年ぶりくらいです。
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早速、美観地区まで歩いてみました。駅から僅か10分くらいです。
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土塀の白さが美しいところです。
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石橋の向こうに見えるクラシックな建物は観光案内所です。
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かつて泊まったこともあるアイビースクウェアにも寄ってみました。
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午前中は倉敷で過ごし、午後からは城めぐりの旅に戻ります。
この天気では山城は厳しいので、平地の城をめぐります。
倉敷から電車で10分、岡山の手前の「庭瀬」という駅で降ります。
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歩いてすぐのところに堀で囲まれた神社が見えて来ました。
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小さいですが、ここにかつては「庭瀬城」があったのです。
明治維新まで板倉氏の居城でした。
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この町は水運が発達していたのですね。家々の周りが堀で囲まれています。
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すぐ近くには「撫川(なつかわ)城」もあり、2つで1つの城を成していたようです。
秀吉の中国攻めの際には、毛利方の最前線の城でした。
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こちらは石垣がよく残されてあります。
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本丸風ですが、こちらは庭瀬城の「西の丸」だったようです。
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周囲の町並みはかつての城下町風の町屋があちこちにあります。
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外堀にはかつての船着場や蔵が復元されてあり、往時を偲ぶことができます。
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こちらのお寺も城郭の一部だった面影がありますね。
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日本にはまだまだこんなところも残っているんだと思える庭瀬を後にし、新幹線で帰るため岡山駅に着きました。
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少しですが時間があったので、岡山城に行くことにしました。
2011年に「城めぐり」を始めた時に最初に訪れた城です。
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重厚な雰囲気の櫓門です。
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空襲で消失し、鉄筋コンクリートで復元されました。
現存していれば国宝の城だったことでしょう。
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こちらは岡山駅に帰る途中に見つけた「西之丸西手櫓」、本物風でしたので調べたらやはり重文のホンモノでした。
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ということで大急ぎで岡山城を見物し、新幹線で横浜に帰って来ました。山陰・山陽の旅おわり。
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2015
10.22

山陰の旅:月山富田城・米子城

Category: 城めぐり
益田を早朝に立ち、山陰線にて「ドジョウすくい」で有名な安来に向かいます。
水の旨い益田は柿本人麿の出身地でもあったのですね。
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始発の電車は、最初はガラガラでしたがすぐに満席になりました。
4人ボックス席に座っていたところ、世界を放浪しているようなご老人(日本人)と血縁ではないイタリア人ハーフの娘、
それに子供を抱いた30代のカメラマンというバラバラの組み合わせの3人組が途中乗り込んで来ました。
話の内容も奇想天外で、松江に帰るカメラマンについて来た放浪老人は急遽、松江から隠岐の島へ渡る段取りになったようです。
また、イタリア人ハーフは山口から東京に帰りたかったようで、無理やり迂回させられて米子から岡山経由で東京に向かうそうです。
ハチャメチャな会話の中に私も参加して、下車する安来までの時間を退屈しませんでした。
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安来からバスを乗り継ぎ、山間の富田城跡にやって来ました。
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昼飯時で店を探していたら、おあつらえ向きに1軒の「桜」カフェというところがありました。
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客は誰もいませんが、女主人のおススメで「餅ピザ」を頼んだところ意外と美味しく満足でありました。
コーヒーとサービスデザートもつけて貰って千円しなかった。
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腹ごしらえを済ませ、さて城攻めです。
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関ヶ原以降にここを領した堀尾吉晴の墓があるということで、手を合わせてきました。
安定期に入ると堀尾氏は松江城を築き、富田城は廃城になりました。
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先ずは「千畳平」を目指します。
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ここに兵を集めたということです。
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尼子氏の忠臣:山中鹿之助の銅像がありました。
「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話は有名です。
この城に篭城し、ついには毛利氏に滅ぼされた尼子氏の再興を願った鹿之助でしたが、この地の出身だそうです。
そうか、それでさっき昼飯を食べたところは「三日月公園」だったのですね。
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「中山御殿跡」が見えてきました。山の麓に屋敷を構えていたようです。
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あの山の上が富田城の本丸ですね。
石垣造りの門が見えます。堀尾氏の時代のものでしょう。
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なかなか険しい大手道であります。
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下はしっかりと石畳で舗装されてあります。
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10分ほど登ると二の丸の石垣が見えてきました。
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ここが二の丸です。井戸もあったということです。
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眺めは素晴らしいですね。田園地帯の向こうに遠く宍道湖も望めます。
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こちらは細長い形をした本丸です。
前を歩いているご婦人は、登るのに大変だと思い石畳の道を引き返して来たので
私が「せっかくここまで来て、本丸まで行かないのは損ですよ!」と励ましてあげた方であります。
城攻めの良さが分かっていただけたかしら。
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再びバスに乗り安来に戻り、隣の駅の米子に着きました。
今宵はここでの泊まりとなります。明日出発が早いので駅前のホテルを確保しています。
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米子ではもう一仕事残っていました。米子城攻めです。
駅から歩くこと15分、米子城の石垣が見えてきました。
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こちらは「内膳丸」という出丸です。
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本丸へ突入です。なかなかしっかりとした石垣が続いています。
戦国末期は秀吉の家臣であった中村一氏が領有していましたが、江戸期になると鳥取:池田氏の支城となってしまいました。
こういう経過に鳥取とは風土の違う米子が鳥取県に併合された理由が残っているようです。
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おー!宍道湖につながる中海が見えます。
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ここには当初、吉川広家が築いた四重天守とその後、中村一氏の五重天守が並立していた古写真が残されています。
維新後に天守は破却されたといいますが、もったいない話です。
維持されていれば国宝級の2天守だったのにね。
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米子の町とバックには霊峰:大山が望まれ、もう少し宣伝すればいいような眺めのgoodな城でありました。
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2015
10.16

山陰の旅:大内氏館・津和野城

Category: 城めぐり
両親の墓参りの帰りに山陰を旅してきました。
山口宇部空港行きのJAL機です。
前日にインターネットで座席指定をしたところ、「広い席」とのマークがあったのでトライしてみました。
普通席でこんな広いシートがあったのですね。しかも満席なのに隣2席は空席でした。
VIPシートだったのかもしれません。ラッキー!
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墓参りの翌日は津和野に向かおうとしましたが、朝早く少し時間があったので山口駅に下車してみました。
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駅から歩くこと20分、前回寄った時に見逃した「大内氏館跡」へやって来ました。
庭園が復元されてあります。
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今では「龍福寺」というお寺になっています。
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辺りを散策すると、とても県庁所在地とは思えないような静かな「たたずまい」です。
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2時間ほど時間をつぶして、11時過ぎには津和野に到着です。
そうそう、列車で向かいに座っていたカップルがここからSLに乗って戻ると言っていました。
休日はなかなか切符がとれないそうです。
山を越えて、ここはもう島根県になります。
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こちらも落ち着いた城下町ですね。
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お城は町外れにあり、津和野高校の敷地に古い櫓が残されてありました。
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道路の反対側は山城である津和野城の麓の居館跡が公園となっていました。
この山の山頂が津和野城であります。
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ありがたいことにリフトが用意されてあります。往復で450円ですが私は片道だけで350円でした。
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ダイレクトにお城ではなく、尾根伝いにこんな道を歩いて行きます。
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途中、監視用の出丸がありました。行ってみましょう。
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おおー、津和野の町が見渡せます。
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10分ほど行くと、こんな看板があり、リフトを降りてから15分くらいで着くのは丁度いい感じですね。
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いよいよ登城です。ここには櫓があったようです。
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搦め手側の門も確認しておきましょう。
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ここら辺りは「三の丸」で見上げる石垣の上が「本丸」となります。
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こちらが「本丸」からの風景です。
雄大な造りで、竹田城に匹敵する「天空の城」ですね。
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後になりましたが、こちら側からが本来の表門です。
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ここからも津和野の町がよく見えます。
津和野城は当初は坂崎氏が入封しましたが、その後は亀井氏が4万石で明治維新まで続きました。
亀井氏・・・あまりよく知りません。坂崎氏はあの千姫事件の坂崎出羽守ですね。
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帰りはリフトを使わず徒歩で下りましたが、かなり険しかったので上りはリフト使用でよかったと思います。
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下りてくると、そこは「太鼓谷稲荷神社」の境内でありました。
休日だったので、大勢の人が訪れていました。
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町に戻って来ると、午後になって観光客が増えています。
掘割には鯉が泳ぐことで有名です。
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白壁と石畳のコントラストが美しい!
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津和野を後にし、今宵の宿をとった益田に到着です。
津和野で食べた昼飯も蕎麦と稲荷寿司だったのですが、ここでの晩飯も蕎麦と丼のセットになりました。
蕎麦屋以外に美味そうな店がないのも理由ですが、山陰はとにかく蕎麦が美味い!
しかも喉が乾いていたからか、出てきた水がおいしかった。思わず「おかわり」しました。
益田の水はおいしくて有名だそうですよ。
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山陰の旅つづく・・・
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2015
10.11

「国家安康」「君臣豊楽」

Category: 家康
毎週のように出張が重なり、ブログの更新が滞っております。
今週末も京都に出向いた際に、出発までに少し時間があったので早朝に駅前のホテルから方広寺まで歩いてみました。
そう、「大坂の陣」の引き金となった「方広寺鐘銘問題」で物議となった梵鐘の実物を確認するためですね。

豊臣家が寄進した方広寺の鐘に家康を呪詛する言葉が刻まれている。
と徳川方が難癖をつけて開戦に至ったいわくつきの鐘であります。
京都駅から歩いて20分ほど、かつては方広寺の大仏殿があったところに明治以降に再建した秀吉を祀った豊国神社があります。
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その隣に今ではひっそりと方広寺がありますが、表の巨石は秀吉の栄華が十分偲ばれます。
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お寺に入るとすぐにその梵鐘がありました。
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なーるほど、これがあの有名な「国家安康」「君臣豊楽」ですか納得!
徳川方もよく見つけましたね。
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この鐘を確認できたので、次の目的地に新幹線で向かうために足早に京都駅に戻りました。
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2015
10.03

甲州の旅:岩殿山城

Category: 城めぐり
甲州の旅、最後に訪れたのは武田勝頼が逃げ込もうとした大月にある岩殿山城です。
勝頼の無念を晴らすためにやって来ました大月駅、右手に見えるあの山に登るのですね。
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駅からは深い峡谷を渡ります。天然の要害ですね。
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ハイキングコースとしてかなり整備されてあります。
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お城跡ということで冠木門がありました。
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山の中腹にはかつては館があったのでしょう。それらしき建物があります。
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隅の方には櫓跡らしき盛り土もあります。
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「ふれあいの館」という休憩施設ですね。
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ここからが本格的な登山となります。道が急です。
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岩山を削った道を延々と登って行きます。
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この自然の岩を使った城門を突破するのは至難の業です。
武田勝頼がここに籠ろうとした気持ちも分かりますね。
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大汗をかいて、やっとこさ山頂が見えてきました。
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言わば、ここが最後に自刃するための「詰めの丸」です。
ここまで逃げて来られても援軍が無ければ、どっちみち負けですもんね。
武田氏の滅亡は避けられなかったでしょう。
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大月の町並みが一望できます。雲がなければ富士の雄姿も見れたことでしょう。
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下って来て再び見上げると、すごい断崖絶壁だったと認識できました。
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大月から高尾~八王子~横浜と乗り継いで自宅に帰って来ました。
そうそう、お土産の葡萄開けてみましょう。大事に包装してもらったので無傷です。
大粒で甘くてみずみずしく、今まで食べた中で№1の葡萄でした。
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