スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- |スポンサー広告  

甲州の旅:勝沼氏館

甲府駅前のビジネスホテルに宿泊し、翌日は武田氏滅亡の後を追うように甲州路を歩きます。
甲府から30分、先ずは「勝沼ぶどう郷」駅で下車します。
IMG_20150904_082656.jpg

高台にある駅なので、甲府盆地を見ながら下って行きます。
IMG_20150904_083136.jpg

途中、ぶどう畑の中に「シャトー勝沼」というワイナリー工場がありました。
IMG_20150904_084852.jpg

歩く道の両側には葡萄がたわわに実っています。手を伸ばして食べたい!ドロボウになりますね。
IMG_20150904_085312.jpg

30分ほど歩いて、「勝沼氏館」へ到着です。
IMG_20150904_090142.jpg

周りに堀をめぐらし、中世の武家の館跡がありました。
県立のワインセンターを建設しようとして、偶然発見された遺跡です。
勝沼氏とは武田氏の親戚筋だそうで、この一帯を治めていました。
IMG_20150904_090311.jpg

裏門から入る形になりました。
IMG_20150904_090340.jpg

屋敷の部屋が区画されてあります。
IMG_20150904_090533.jpg

台所の場所まで特定できるのですね。
IMG_20150904_090631.jpg

堀の内側は土塁で防御しており、まさしく武家のたたずまいです。
IMG_20150904_090726.jpg

全景はこんな感じ。
IMG_20150904_090740.jpg

正面から退出します。
IMG_20150904_091100.jpg

表に出ると、空堀がめぐらされてあります。
IMG_20150904_091123.jpg

やはりこちらが道路に面しているので、正面でした。
IMG_20150904_091334.jpg

せっかく勝沼に来たのだから、荷物にはなりますが葡萄をお土産に持って帰りましょう。
近くの直販店に寄って、いろいろな品種を品定めしました。
好みの一品を購入し、リュックに入れても傷つかないように厳重に箱詰めしてもらいました。
IMG_20150904_093709.jpg

さて、織田・徳川軍に新府を追われた武田勝頼は勝沼から大月の岩殿山城へ逃げ込みを図ります。
「勝沼ぶどう郷駅」には戻らず、私も勝頼と同じ道を歩いてみる気になりました。
こちらは勝頼一行も一泊したという由緒ある大善寺であります。
IMG_20150904_095022.jpg

しばらく行くと、「近藤勇」の像がありました。
近藤率いる「甲陽鎮撫隊」はここで板垣退助率いる政府軍と戦いますが、あっけなく江戸へ敗走します。
IMG_20150904_095603.jpg

それらの歴史に思いを馳せながら山間の道を大月方面へ歩いて行きます。
途中、茨城からいらしたという街道歩きの同年輩の方と鉢合わせ。
お互いに同好の士ということで立ち話をして別れました。
IMG_20150904_100011.jpg

1時間ほど歩いて、次の「甲斐大和駅」に到着。ここからは電車で大月へ向かいます。
IMG_20150904_105809.jpg

駅の反対側には、大月の岩殿山城に逃げ込み再起を図ろうとした武田勝頼の雄姿がありました。
ここで岩殿山城主の小山田信茂の裏切りを知り、川沿いの天目山方面に落ち延びて行きましたが、
もはや最後と少数の一族だけで自刃して果てることになります。
IMG_20150904_110413.jpg

スポンサーサイト

2015/09/26 19:56 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

甲州の旅:新府城

八ヶ岳高原線を南下、清里などを通り小淵沢で中央線に乗り換え、2時間以上かけて新府という駅に到着しました。
そこから歩いて10分くらいで「新府城」の入り口にやってきました。
手前の道が旧甲州街道のようです。
IMG_20150903_151417.jpg

新府城とは武田信玄亡き後、「長篠の合戦」に敗北した武田勝頼が甲府の館ではとても織田軍を防ぎきれないと思い、
甲府の代わりに新しく城を築いて「新府城」と命名したものであります。
本丸は神社になっており、そこへは真っ直ぐな階段がありますが、そちらは登らないで左手の大手道を登って行きましょう。
IMG_20150903_151608.jpg

城郭を回りこむ形で山道を進むと、南大手門の位置にやって来ました。
左手のくぼみは三日月堀の名残のようです。
IMG_20150903_152211.jpg

この辺りは西三の丸のようです。東三の丸も手前にありました。
IMG_20150903_152859.jpg

「馬出(うまだし)」と言って、兵を繰り出すための待機所ですね。
IMG_20150903_153050.jpg

やや登って来たところが二の丸であります。
かなり大規模な城郭で、甲州流築城術の最高傑作ということです。
IMG_20150903_153308.jpg

登りつめた位置にある本丸に到達しました。
IMG_20150903_153555.jpg

東側から時計回りに登って来て、本丸の高台からは北側が遠望できます。
IMG_20150903_153718.jpg

この城は実戦に使われること無く、織田・徳川連合軍に追われた武田勝頼は城に火を放ち大月方面に逃れて行きます。
ここには武田家臣団の慰霊碑が並んでいます。
IMG_20150903_153938.jpg

中央にある一際大きなのが勝頼のものですね。
IMG_20150903_154100.jpg

さらに右手にも家臣たちが続いています。武田家滅亡の悲劇が十分に伝わってくる光景です。
IMG_20150903_154141.jpg

新府城の経緯が書いてありました。
IMG_20150903_154340.jpg

歩いてきた地形がよく分かる表示です。大した規模ですね。
IMG_20150903_154712.jpg

本丸の平地には大きい館もあったことでしょう。
IMG_20150903_154818.jpg

城内を見渡せないようする「シトミの構え」だそうです。甲州流でしょうね。
IMG_20150903_154940.jpg

さて、近道となっている神社の階段を降りて行きましょう。雨が降り出しました。
IMG_20150903_155300.jpg

北側の堀に出っ張っている「出構え」を確認してみましょう。
IMG_20150903_160122.jpg

上の地図の現在地から見ると、手前が「東出構え」で奥の方に「西出構え」が見て取れました。
IMG_20150903_160154.jpg

雨が強く振ってきたので、新府駅にとって返し甲府行きの電車を待ちます。
今宵は甲府泊まりです。これにて47都道府県全ての県庁所在地に滞在宿泊したことになりました。
IMG_20150903_162402.jpg

ホームの反対側から見える新府城のあった山並みを眺めながら、明日の予定である勝頼敗走ルートの歩行計画が頭を過ぎります。
IMG_20150903_162641.jpg

甲州の旅つづく・・・

2015/09/18 08:30 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

信州の旅:龍岡城

臼田駅を越え、次の目的地:龍岡城へやって来ました。
城の手前には五稜郭を形どった公園がありました。
IMG_20150903_114103.jpg

また、臼田出身の彫刻家である川村吾蔵さんという方の記念館もあります。
この方は戦後にマッカーサーの胸像を造ったことで有名だそうです。
IMG_20150903_114235.jpg

早速、龍岡城の石垣が見えてきましたが、堀は埋め立てられて右手には学校のプールがあります。
IMG_20150903_114307.jpg

結構きれいな石垣ですが、堀がありません。道になっています。
IMG_20150903_114336.jpg

小学校に通じる入り口があったので、入ってみましょう。
田舎ですので、あまり注意する人もいないことでしょう。
この辺りの門が「ぴんころ地蔵」に移設されたのでありましょう。
IMG_20150903_114500.jpg

本丸は完全に小学校の敷地となっており、見る影もありません。
IMG_20150903_114546.jpg

校庭の右手には築城当時の巨大な「御台所櫓」が残っており、学校の施設として活用されて来たとのこと。
IMG_20150903_114612.jpg

中央部分には堀が残ってあり、木橋が架けられ往時の雰囲気がありますね。
IMG_20150903_114928.jpg

文久3年(1863年)に三河国奥殿藩の藩主・松平乗謨(のりかた)という殿様が、分領である信濃国佐久郡への藩庁移転と陣屋新築の許可を幕府から得て築城したものです。
この殿様は進取の学問が好きで、函館の五稜郭と同じ西洋式の城郭を欲しかったみたいです。
IMG_20150903_115211.jpg

でもこの堀の狭さでは城の役目というより、五稜郭をコピーした屋敷というお遊び精神ではないでしょうか。
IMG_20150903_115429.jpg

桜のシーズンならいい景色でしょうね。
IMG_20150903_120102.jpg

この方が藩主・松平乗謨さん。
明治以降は日本赤十字社の前身である博愛社の設立と育成に貢献したそうです。
僅か2万石弱の大名で、伯爵までになったのだから廃藩後の功績が随分あったのでしょう。
IMG_20150903_120826.jpg

築城後僅か1年で明治維新を迎え、城跡は良好な状態で残されたようです。
石垣なんかしっかりしてますね。
IMG_20150903_121007.jpg

龍岡城駅に向かって歩いていると、城跡から200mくらい離れたところに大手門らしき枡形がありました。
ここから先が城内だったのですね。
IMG_20150903_121537.jpg

そして龍岡城駅から次の目的地に向け、八ヶ岳高原線に再び乗車します。
IMG_20150903_124217.jpg

甲州の旅へつづく・・・

2015/09/11 18:02 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

信州の旅:伴野(ともの)城

7月に台風の来襲で中断した信州・佐久の「城めぐり」の続きを実施してきました。
早朝に東京駅から北陸新幹線で佐久平まで行き、南下する八ヶ岳高原線に乗り換えます。
IMG_20150903_085814.jpg

10分ほど乗車して、終点の中込駅に到着です。(八ヶ岳高原線は中央線の小淵沢までですが、この電車は中込止まり)
ここからは徒歩となります。まだ9時過ぎです。
IMG_20150903_091555.jpg

千曲川を渡り、最初の訪問地である伴野城へと向かいます。
IMG_20150903_092605.jpg

この辺りは鯉料理が有名なんですね。
昭和30年代に橋幸夫が歌った「佐久の鯉太郎」という股旅歌謡を覚えてますが、知っている人は皆無でしょうね。
そうこうするうちに城跡らしきところが前方に見えてきました。
IMG_20150903_093201.jpg

お城の手前に「ぴんころ地蔵」というところがありました。聞いたことがあります。
門の手前の左側にお地蔵さんはありましたが、私はそれよりもこの門の方に気をとられてしまいました。
立派な門だと思って通りすぎると、門の裏側に次に訪れる「龍岡城の門を移築した」と書かれてありました。
どうも視点が地蔵よりも「城めぐり」状態になっているようです。
IMG_20150903_093250.jpg

後ろを振り返ると、この成田山薬師寺の参道があり、「ぴんころ地蔵」の参拝客でも週末は賑わうようです。
IMG_20150903_093315.jpg

奥に進むとご本尊の薬師寺がありました。
IMG_20150903_093524.jpg

上の写真からすぐ左側に出る道を行くと、伴野城本丸の北東部にあたる細い堀と土塁がありました。
お寺や「ぴんころ地蔵」は城の二の丸にあたるようです。
IMG_20150903_093819.jpg

堀に沿って歩いて行くと入り口があったので、登城してみましょう。
IMG_20150903_094002.jpg

本丸の中は公園として整備されています。
IMG_20150903_094034.jpg

先ほどの土塁の内側です。
IMG_20150903_094057.jpg

伴野氏は鎌倉時代に遡る甲斐源氏の名門だったのですね。
IMG_20150903_094431.jpg

堀に架かる土橋の上から正面入り口のショットです。
IMG_20150903_094526.jpg

かつて櫓があったであろうところは大伴神社になっており、その前には樹齢何百年にもなる大木が反りながらそびえています。
IMG_20150903_095032.jpg

それでは次の龍岡城に向かって佐久甲州街道を南下します。
ここにもかつての街道にあった大木がしっかり残されています。いい景色です。
IMG_20150903_095618.jpg

いつもながらの街道歩きの風景が続きます。
IMG_20150903_100917.jpg

地方の名家は古い様式を守りながら家の改築を重ねているのでしょう。頭が下がります。
IMG_20150903_103217.jpg

それぞれの町に入ると門構えが明らかに違う家があります。多分、かつては名主だった家格なのでしょう。
IMG_20150903_104041.jpg

臼田という町に入ってくると大きい病院もあり、喫茶店を見つけ11時に早めの昼食をとりました。
ビルの2階の奥まったところにあったのですが、意外とおいしくハンバーグ定食コーヒー付きで700円也。
前方のお稲荷さんのところを左折します。
IMG_20150903_111527.jpg

再度、千曲川を渡り龍岡城に向かいます。
IMG_20150903_111732.jpg

信州の旅つづく・・・
歩行ルート ⇒ 地図

2015/09/05 13:29 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

 | BLOG TOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。