所用で金沢を訪れる機会があり、今年開業した北陸新幹線にやっと乗る事ができました。
乗り心地はまあまあでしたが、車窓が山とトンネルばかりで退屈でした。
これでは飛行機と変わらず列車の旅というより「移動手段」という感じでしたね。
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3年ぶりの金沢です。今回は新幹線開業に伴い観光客でごった返していました。
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駅の喧騒を離れ、市内を歩いて武家屋敷の辺りまで来ました。
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この風景はいいですね。金沢らしさが感じられます。
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早めに「香林坊」(金沢の繁華街)に着いてしまったので、荷物を泊まるホテルに預けましょう。
いやー繁華街に面したおシャレなホテルです。
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さて散策に出かけましょう。交差点には昔からあるようなお地蔵さん。
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かつての金沢城内に建てられた「21世紀美術館」、この建物は円形でどこからでも入れる奇抜な設計になっています。
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美術館から道路を隔てた向こう側には、金沢城の高石垣が見えます。
今回は金沢城の石垣めぐりが主眼であります。
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最近復元された櫓台からは、これも復元して間もない「いもり堀」が見渡せます。
北陸新幹線の開通に伴って、金沢城の復元作業が急ピッチで進められています。
この堀も一旦は埋め立てて陸軍用地やテニスコートになっていたものを掘り返して作ったのでしょう。
それなら取り壊さずに最初から保存しておけばよかったのにと思います。
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城内を登って行くと、本丸に入城する鉄門跡の石垣がありました。
見事な「切り込みハギ」で作られています。石と石の隙間がないですね。
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高台からは、これも復元された五十間長屋が見渡せます。ここへの入場は有料ですが、今回はパス。
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坂を下りてきて下からのアングルです。
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橋爪門と続櫓のショットです。新し過ぎますね。
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こちらは兼六園に向かう石川門で見つけた造られた時代の違う石垣同士です。
左側が「打ち込みハギ」ですから戦国末期の築城初期の石垣、右側は「切り込みハギ」ですから江戸時代に作り直したものでしょうか。
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さて、これも復元された河北門を通って城外へ向かいます。
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新丸広場から振り返ると金沢城の前景が見渡せます。
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大手門から退出し、大手堀をめぐります。ここら辺りは昔ながらの風景でホッとします。
観光目的での復元ばかりでは少し疲れてしまいます。
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最後に最近「ブラタモリ」でも放送された「玉泉院庭園」に寄ってみました。
係りの人に聞いてみたら、ここもこの3月に合わせて復元されたものとのこと。
入場はタダですから文句は言いますまい。
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歴代藩主の庭園だったのが明治に廃され、そのままになっていたものを2年かけて復元したそうです。
この美しいパッチワークのような石垣は見事ですが、やはり組み直したものなのでしょうか。
岐阜の岩村城や奈良の高取城の荒々しい石垣の方が満足度は高い気がします。
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金沢城の石垣めぐりを終え、再び香林坊へ戻って来ました。
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北陸の旅つづく・・・
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2015.05.22 喜多方を歩く
会津に行ったついでに蔵の町・喜多方でラーメンを食べてきました。
会津大学で用事を済ませ、その日は東山温泉というところで1泊しました。
山間のいい温泉で、会津松平家の別邸だったところでした。
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翌日そのまま横浜へ帰るのももったいないので、喜多方まで足を伸ばしてみました。
昔から「北方」と呼ばれていた地域ですが、縁起のよさから「喜多方」という字で書くようになったそうです。(駅の看板より)
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駅前でお茶を飲みたくなったので見回すと、おあつらえ向きに私好みの喫茶店がありました。
レンガ造りで駅舎ともマッチしています。
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昭和の雰囲気を残す落ち着いた店です。
店主によると明治時代からの造りだそうです。
この辺りは戦災を受けなかったとのこと、よかったですね。
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さて町の散策を始めるとすぐに観光馬車がありました。
この馬の大きさと丈夫そうな脚に注目。相当な馬力でしょうね。
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駅前から続く道は、このようにきれいに整備されています。
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喫茶店で仕入れた情報を元に蔵を見るなら「甲斐本家」へということで、30分歩いてやって来ました。
入場料は400円。
味噌・醤油の醸造や生糸業で財を成し、大正時代に4代目によって建てられた邸宅です。
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黒漆喰で固められた蔵と応接間が見事に調和しています。
上の写真が住居用で、こちらの写真は来客用の建物です。L字型に棟続きになっています。
内部の造りが凝っていて一級の檜・紫檀・黒檀を使って職人の技がちりばめられています。
総工費は今の金額で5億円はかかったそうです。
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今まで「城めぐり」で見てきた大名屋敷以上の出来で、これが江戸の時代ならば
「商人の分際で!」とお咎めを受けるほどの豪華さでした。
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喜多方のシメは、「甲斐本家」の案内嬢に聞いた「松食堂」でラーメンを1杯。
観光客は他の有名店に入るそうですが、地元の方はここがおススメとのこと。
メニューはラーメンとチャーシュウメンしかなく、600円の素朴なお味でした。
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喜多方への旅おしまい
所用で広島県の呉へ行ったついでに、瀬戸内沿いに「城めぐり」の旅をしてきました。
最初に向かったのは、帝国海軍の呉鎮守府庁舎が残っていると聞き海上自衛隊の基地へ。
門の正面にある建物ですね。
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日曜日でかつ事前申請がないと中には入れてもらえないそうで、仕方なく辺りを見渡して付近の歩道橋から写してみました。
明治40年に建てられたレンガ造りの重厚な建物です。よく戦災で残ったものです。
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さて次は「大和ミュージアム」へ行ったのですが、まだ開館時間の9時に間があり付近を散策です。
これはミュージアム前にある戦艦「長門」の巨大な錨・主砲・スクリューです。
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こちらは「海上自衛隊資料館」で巨大な実物の潜水艦が展示してあります。
「大和ミュージアム」の後で見学しましたが、自衛隊の掃海作業や潜水艦の展示がありました。
この潜水艦の内部にも入れ、艦内での生活の様子が分かります。
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9時の開館を待って、中に入ると中央に「大和」の10分の1の長さのミニチュアがあります。
「大和」の全長は267mですから、26mちょいはあります。
それでもこの存在感、本物を見たらどれだけの迫力でしょうか。
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館内には実物の零戦や特攻用の潜水艇なども展示されてあります。
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この巨大な鉄の塊が水に浮き、高速で移動し、巨砲をぶっ放すとはなんとも驚きです。
そして大和も武蔵も長門などの戦艦は、全て海の藻屑となりました。もったいない話です。
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鎮守府長官邸が入船山公園に残されてあるということで、次はそちらに向かいます。
途中、海上自衛隊の学校らしきところを通りましたが、新人セーラーが列を組んで行進してました。
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軍港だった呉を見渡す高台に鎮守府長官邸はあり、この辺は喧騒を離れ静かなたたずまいです。
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明治に建てられた司令長官の住居兼迎賓館で、和洋折衷の造りとなっていました。
よくぞ戦中戦後を通じて残され、今では重要文化財となっています。
「坂の上の雲」の撮影にも使われたとボランティアの方が説明してくれました。
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次はJR呉線に1時間半揺られ、山陽本線と交差する三原駅にやってきました。
戦国末期の知将で毛利元就の三男である小早川隆景の居城・三原城の見学です。
駅を降りて0分で到着ですが、天守台が新幹線の駅で分断されてますね。こりゃーヒドイ!
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一応天守台の上は公園となっています。
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天守台を見上げる西側は「隆景広場」と名付けられてはいますが、駅裏で人通りも少なく寂しいところです。
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片隅にある隆景像もなんとなくつまらなそうです。
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瀬戸内海に面して巨大な天守台をもつ三原城は、毛利家の東側を守る要として小早川隆景が晩年に心血を注ぎ築城しました。
瀬戸内海に浮かぶように見えるので「浮城」と呼ばれました。
鉄道用地として無残な形になり、最近やっと公園化の動きがあるようですが「後の祭り」という気持ちがしますね。
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三原から尾道などにも寄って、夕方に福山に到着です。
ここもお城の中を鉄道が通ってますが、三原に比べるとなんとか景観を保ってます。
駅の北側に本丸の石垣や天守がありますが、南側に来てみるとこちらにも石垣の跡がありました。
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福山の駅前のホテルに1泊して、駅南側のバスターミナルから翌朝は「鞆の浦」へ向かいます。
バスに40分くらい揺られ、のどかな鞆の浦へ到着です。
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「鞆の浦」は古代より瀬戸内海航路の要衝として発展したところです。
手前の蔵が「いろは丸資料館」となっています。
「いろは丸」とは坂本龍馬の海援隊が所有していたものですが、ここの沖で紀州の大型船と衝突して沈没した船です。
その遺品が展示され、事後の龍馬と紀州藩との交渉経過がジオラマで説明されてあります。
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この常夜灯(江戸時代の灯台ですね)は日本でも最大規模のものだそうです。
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こちらは上の写真のすぐ近くにある「大田家住宅」です。
保命酒というこちらの特産の酒屋さんの家で、江戸時代の商家が良好に保存されています。
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細い道を真っ直ぐ進んで行くと小高い丘があり、「歴史民族資料館」となっていました。
そしてここが「鞆城跡」でありました。石垣の石だけが雑然と置かれてあります。
この辺りに室町幕府の最後の将軍・足利義昭は逼塞して、打倒信長に執念を燃やしていたのでしょうか。
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再び海側に戻って来て回って行くと、対岸の「仙酔島」が見え、かつての鞆の浦の雰囲気がうかがわれます。
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この辺りの港の石組みも江戸の頃よりのものという感じがしますね。
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町並みも古い家屋が残っていて、過去にタイムスリップしたような感覚になります。
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午前中で鞆の浦から福山に戻ってきて、福山からは新幹線「のぞみ」が1時間に1本停車するのでダイレクトに横浜へ帰って来れました。
駅のホームからは分断された福山城の櫓が線路越しに見えていました。
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瀬戸内の旅おわり
九州の旅の最後は、人吉から都城を抜け鹿児島まで行ってみました。
人吉の旅館から肥薩線経由で都城へ向かうことにしましたが、国宝の「青井阿蘇神社」というところがあるとのことで立ち寄ってみました。
この茅葺が国宝ですか。この建築様式の貴重さがよく分かりませんでした。
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10:08発の「いさぶろう号」に乗ります。
肥薩線の建設に功績のあった人の名前だそうです。
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普通車ですが、事前の座席指定が必要です。内部はクラシックなデザインの展望列車です。
かつてはこの線が鹿児島本線で、人吉~吉松を経由して鹿児島までを結んでいます。
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ご覧のように霧島連山の中を通過するので、ループ線やスイッチバックを使ってゆっくりと登り下りします。
途中風景を眺めるために停車したり、駅では5分くらい停まってイベントなどがある観光列車です。
中央右にうっすらと桜島が見えました。
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途中、吉松というところで吉都線に乗り換え3時間掛けて都城に到着です。
ここは都城西部にある都島公園というところで、かつての広大な城の一部のようです。
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公園の外周はこんな風に盛り土がされていて、中世の土塁の名残ではないでしょうか。
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今度は道路を隔てた向こう側にある神社のところを散策。
神社と本丸跡の間が掘割となっています。
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見晴らしのよいところには櫓跡らしき遺構がありました。
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本丸中心部には、それらしき歴史資料館が建てられていましたが、本日は休館日のようです。
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ここ都城は島津氏の発祥の地ということで、島津邸を訪れてみましたがここも休館。
どうも月曜日に訪れたのがタイミングが悪かったようです。
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夕方16時に都城を出発、日豊本線で鹿児島へと向かいます。
1時間半ほど列車に揺られていると、桜島の雄姿が車窓から見えてきました。
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本日はほとんどが列車の旅でした。
鹿児島中央駅前のホテルにチェックインすると駅ビル越しにここからも桜島が見えています。
鹿児島ではいつも駅の表側に泊まりますが、今回初めて裏側のホテルに泊まってみました。
以前と違い、こちら側も開けてきているのですね。
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翌朝は朝早くから鹿児島市内を探索です。
鹿児島城へ向かっていると、おなじみの西郷さんの銅像の前を通過しました。
上野の銅像と違い、こちらは軍服姿なのでいかめしい感じです。
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城壁が見えてきましたが、守るための城という造りではありません。お館ですね。
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この橋からのショットが一番お城らしいところでしょうか。
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枡形を通過して登城します。
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西南戦争の弾痕の跡が生々しく残っています。激しい戦いだったのでしょう。
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おやー、中に入ると「篤姫様」が迎えてくれます。
多分、2008年大河「篤姫」の後に作られたのかしらね。
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城の内部はお屋敷ではなく、「黎明館」という博物館になっていました。
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午後には福岡の大野城から始めた南九州の旅を終え、鹿児島空港から横浜へ帰宅しました。
空港の向こう側には昨日列車で越えてきた「韓国岳」(中央)に続く霧島連山がくっきりと見えていました。
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九州の旅、おしまい。
宇土では食事をするところが見つからず、電車で20分の八代で昼食をとることにしました。
駅前の昭和の香りがする喫茶店「鈴蘭館」で650円のハンバーグと魚フライのランチしかもコーヒー付きをいただいて、八代城へ出陣です。
駅舎のバックの煙突から煙が出て、いかにも工業地帯という雰囲気の町です。
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歩いて30分、立派な堀と石垣が見えてきました。
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かなり大掛りな縄張りが絵で示されています。
北西には4層5階の大天守と小天守があったのですね。
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元和の一国一城令の例外で、肥後では熊本城とここが存続を許されました。
薩摩の島津氏への抑えと天草・島原のキリシタンを配慮してのことでした。
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この先に大天守があったようです。なかなかの城ぶりですね。
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南側の大手から入り、北側に抜けグルッと内堀沿いに戻って来ます。
堀の広さや石垣の高さなど一線級のお城がまさか八代にあるとは思ってもいませんでした。
実際に来てみないと分からないものですね。
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駅への戻りはアーケードの商店街を抜けると、流行の「クマもん」がたなびいていました。
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今日は忙しい。宇土から八代を経て、夕方の16時には肥薩線の人吉駅に到着です。
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丁度の時刻なので、駅前の「からくり時計」が動き出しました。
かなり大きなもので、最上階から眺めているのは人吉城の殿様でしょうか。
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忙しいですが、夕暮れまでに人吉城を確認です。
歩いて15分くらいで橋を渡ると、お城が見えてきました。
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鎌倉時代に地頭だった相良氏が江戸時代も2万石で領地としていました。
僅か2万石の大名の城としては、かなりの風格があります。
統治が長かったので、領民からの上前が多かったのでしょう。

この右手の石垣には特徴があります。
幕末の五稜郭などにも採用されたヨーロッパの築城技術による「武者がえし」が確認できます。
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こちらは復元された門かしら。
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立派な大手口ですね。これで2万石とは・・・かなりの重税を課したのでは?
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ちゃんと枡形もあり、一流の縄張りであることが伺われます。
鎌倉以来の古い武家ですから、戦国大名とは格式が違うのかしらね。
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階段を登りつめると、杉木立に覆われた二の丸であります。
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そして、こちらが本丸跡。
天守は置かれず、護摩堂があったそうです。
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二の丸から三の丸を望みます。かなりの高台にあります。
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これは逆に三の丸から二の丸を望むところ。
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宿に向かう途中で、大手門を確認できました。
この手前の橋を渡り、右方向へ階段を登ると大手門があったそうです。
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多門櫓が復元されてあります。右手の橋があるところが上の大手門となります。
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人吉で1泊後、九州の旅さらに南下・・・