2015
03.25

近隣の城:茅ヶ崎城

Category: 城めぐり
別の日に今度は横浜市営地下鉄の「センター南駅」で下車し、横浜市内でも保存状態のよい「茅ヶ崎城」へ行ってきました。
駅からは歩いて5分くらい、住宅地を抜けると木々に覆われた小高い丘が見えてきます。
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登るとすぐに土塁の跡が現れます。この辺りですから北条氏の築城でしょうか。
以前訪れた近くの小机城と連携を取っていたのでしょう。
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なかなか立派な土塁跡で八王子の滝山城や小机城の築城技術とよく似ています。
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昭和52年の古写真がありました。当時周りはほとんどが田圃だったのですね。
かなり大規模な砦という感じです。
今では周りは全て住宅になっています。
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「土橋」という表示があります。
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その「土橋」を東郭から撮ったものです。向こう側が中郭。
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こちらは東郭。
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土橋を渡って中郭側へ歩いてみました。
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中郭は広々としています。
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蔵の跡でしょうか。建屋の礎石が残っています。
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先ほど歩いて来た土塁の内側の様子です。要塞ですね。
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次は茅ヶ崎城から北に10分くらい歩くと古代の遺跡があるとのことで、やって来ました。
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「大塚・歳勝土遺跡」といって、弥生時代中期の遺跡だそうです。
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そして奥へさらに歩いて行くと、公園内には古民家も残されていました。
この辺りは新興住宅地だと思っていましたが、古代や戦国時代の遺跡も残っているのですね。
昔からわりと住み易い土地柄だったのでしょう。
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最寄の「センター北駅」に向かうと、駅前は近代的なオシャレな町並みになっていてビックリ。
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阪急デパートの地下で昼食をとり、帰宅の途に着きました。
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2015
03.25

近隣の城:玉縄城・大庭城

Category: 城めぐり
冬の休日に近場の港南台から辻堂まで歩いて、2つの城めぐりをしてきました。
歩いたコース⇒地図
大船駅の西側へ出てくると、白い上半身だけの大船観音が見えてきます。
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フラワーセンターのトンネルを過ぎるとかつての城下風のところに龍寶寺という古刹がありました。
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玉縄城は小高い山の上にありましたが、今では清泉女学院の敷地となっています。
勝手に見学はできないので、事務局を訪れ書類で見学の許可を得ます。
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そして守衛さんに入り口の鍵を開けてもらい登城です。
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この高台がかつての玉縄城の遺構であります。
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単なる原っぱにしか見えませんが、土塁「諏訪壇」というものらしい。
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学校のグラウンドの方に降りて行くと、これも遺構らしい巨石が残されていました。
かつては北条氏の要の城であり、北条氏滅亡後は徳川家康の重臣であった本多正信の居城であったのですが、
その後の城主であった長沢松平氏が大多喜へ転封になった後は廃城になったとのことです。
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玉縄城の後は藤沢に出て、かつて東海道を歩いた時に通った赤い橋を渡ります。なつかしい!
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そして引地川沿いを歩いて行くと、向こう側に大庭城らしい小高い丘が見えてきました。
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丘の麓は「船地蔵」という地名になっていて、船に乗ったお地蔵さんが祀られていました。
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さて大庭城への登城です。
石垣が整備されていますが公園となっているので、かつてのものではないですね。
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しかし、土塁の跡は本物のような気がします。
中世から北条氏の時代までは城の機能はあったようですが、上記の玉縄城が出来たことにより廃城になりました。
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丘の上は案外と広く、館がいくつもあったのではないでしょうか。
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かなり大規模な城であったことが伺われますが、大きさゆえに守りが難しかったのかもしれません。
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片隅にある石碑だけが、ここがかつて城であったことを教えてくれるのみです。
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トータルで20kmくらい歩いたので、休日の散歩としては充実した2つの城めぐりでありました。
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2015
03.13

千葉:館山城・鋸山

Category: 城めぐり
翌日は房総半島の南端をぐるっと回って、館山と鋸山に登って帰って来ました。
宿のオヤジさんに民宿の前からバスが出ているということを聞き、試しに乗ってみました。
鴨川シーワールドを通り、仁右衛門島というところが終点でありました。
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すぐ目の前にある島への船賃が予想外に高かったので止めて、最寄の太海駅から館山に向かうことにしました。
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30分で館山駅に到着。南国のコロニアル風の駅舎が印象的であります。
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駅から南へ歩くこと30分。山の上に館山城が見えてきました。
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山の上に登ると、東京湾の外海となる相模湾の方向が望まれます。
右手に見えるのが三浦半島です。
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こちらは市立博物館となっている犬山城を模した模擬天守であります。
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模擬とはいえ、なかなか見栄えのよい城ですね。
ここにはかつて南総里見八犬伝で有名な里見氏の居城があったそうです。
見なかったのですが、博物館の中もそれらの展示が中心だと聞きました。
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城の裏側に下りて行くと、訪れる人も少なくひっそりとしたところに八剣士のモデルになった方々の墓が祀られてありました。
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城山をぐるっと周り、海岸線に出てみました。館山湾です。
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そこから駅の反対側に出て、昼食を済ませ電車に乗り浜金谷へ向かいました。
浜金谷からは久里浜へのフェリーが出ているので、それに乗って自宅に帰ろうとの計画でした。
ところが浜金谷に着くと、眼前に鋸山が見えて登りたくなりました。
まだ昼過ぎだったので、体力が余っていたのでしょう。
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登りきると、「百尺観音」が出迎えてくれます。
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大汗かいて山頂まで来ました。絶景です。
「地獄のぞき」と言われているところです。
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「千五百羅漢」です。
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そして夕暮れが近づく頃には「日本寺大仏」を拝むことができました。
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それから下山し、予定していた久里浜フェリーの16:30発で帰途に着きました。
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充実の二日間、南房総の旅でありました。おわり

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2015
03.08

千葉:久留里城・大多喜城

Category: 城めぐり
冬場は寒いところより温暖なところの「城めぐり」ということで、今回は房総半島の中央を横断してみました。
朝早いアクアライン経由の高速バスで木更津へ向かい、そこから久留里線に初めて乗ってみました。
僅か1両しかないのですね。
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電車に、いや電化されてなくてディーゼル車に揺られながら45分で久留里駅に到着しました。
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駅前から歩いて行くと、旧城下町風のところに湧き水がありました。
久留里は名水の町なのですね。一杯口にしましたが、清々しい味でありました。
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歩くこと30分で麓の駐車場を経て、山の中腹にある二の丸に到達しました。
ここには、城址資料館の建物がありました。
元々は里見氏の城でしたが、里見氏滅亡後の江戸時代には2~3万石の譜代大名の藩になりました。
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山道を登って本丸を目指します。
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本丸には浜松城を模した模擬天守が建てられていますが、かつてのお城とは全く異なる形の展望台であります。
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こちらは模擬天守の奥にある本物の天守台、こちらの方が見ごたえがありますね。
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眼下には三の丸跡が広がっています。一面は田んぼと化してかつての面影は全くありません。
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久留里城を後にして、次は大多喜城を目指します。
列車を経由すると久留里から大多喜へは、木更津に戻り五井に行き、そこから小湊鉄道をナビされます。
そういう大回りのルートは面白くないので、徒歩でショートカットして小湊鉄道の月崎駅へと歩きます。
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5~6kmくらい歩いたでしょうか、月崎に到着です。
腹が減ったので、駅前に1軒だけある山崎デイリーでパンとおにぎりを入手。
オバちゃんに久留里から歩いて来た。と言ったら、ビックリしてました。
ここらで歩く人はいないのでしょうね。
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しばし待つと2時間おきくらいの電車が来て、飛び乗りました。
切符の券売機もなかったので、どうするのかと思っていたら若い女性の車掌さんが来て、こんな切符を購入。
なんとも今時レトロな切符でありました。
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20分ほどで小湊鉄道の終点:上総中野駅に到着。
ここから いすみ鉄道の大多喜駅へ向かいます。
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40分ほど待って、いすみ鉄道の黄色い電車がやって来ました。
まさにローカル線の旅ですね。
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またまた乗ること20分で大多喜駅に到着です。
ローカル線は乗る時間より待つ時間の方が多いのです。
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さっそく大多喜城に登城します。
駅から山のほうに歩いてすぐの大多喜高校が、かつての大多喜城であります。
高校の校舎の前に「二の丸薬医門」が残されてありました。水戸城もこんな感じでしたね。
ちなみに高校の敷地ですが、見学はOKとのこと。
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高校の上の山には博物館である再建天守がありました。こちらは会津城似であります。
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眼下には、かつての二の丸であった高校のグラウンドが広がっています。
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本丸の一角には大多喜藩の初代藩主であった徳川四天王の一人:本多忠勝を大河ドラマにという幟がはためいていました。
さて願いは通じるでありましょうか。
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古い城下町の名残を残す大多喜の町を散策、すぐ近くにもこういうのどかなところがあったのですね。
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今宵の宿は、いすみ鉄道で外房線の大原に出て安房天津の民宿にしました。
オヤジ一人で切り盛りしていて、とても忙しそうでしたが2食付きで6500円。
豪華な夕食に満腹でありました。
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千葉の城めぐりつづく・・・
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2015
03.01

河津桜と下田城

Category: 城めぐり
昨日、河津桜と下田城を探索に南伊豆へ出向いてみました。
特急踊り子号で10時過ぎに河津駅に到着しました。
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朝早いのですが、すでに大勢の人が来ています。
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「伊豆の踊り子」さんと桜と菜の花、春らしい取り合わせですね。
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天気もよく、桜は満開です。
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川沿いに桜並木が何kmも続いて、壮観ですね。
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引き続き、伊豆急下田駅に移動しました。
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昼を過ぎてお腹も空いてきたので、歩いていて見つけた店で「金目鯛の煮魚定食」を注文。
脂が乗った金目鯛が肉厚でとても満足でした。
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宝福寺というところに龍馬像と「唐人お吉記念館」が併設されてありました。
なんでここに龍馬像があるかというと、
海が時化て、たまたまこの宝福寺に滞在していた土佐の山内容堂のところへ
これも船待ちしていた幕臣:勝海舟が訪れて、坂本龍馬の脱藩の許しを乞うたそうです。
容堂は勝の訴えを聞き入れ、酒の飲めぬ勝に酒を振舞ったとのこと。
その際、自前の扇子に「鯨海酔侯」と揮毫したものが残っています。
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こちらは「唐人お吉」の墓。
幕末の下田開港時のアメリカ総領事ハリスの世話役となり、ハリスが去った後は不遇となって
明治23年に大雨の日に入水自殺したという悲劇の女性でありました。
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さて、港の方に来てみると「ペリー上陸の地」というモニュメントがありました。
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その近くの小高い山が今では下田公園となっている下田城であります。
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「鵜島城」とも言うんですね。
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さすが北条式の築城、堀切が深いですね。
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正面は下田港に面していて、かつては戦国大名:北条の水軍の城であったといいます。
豊臣側の加藤嘉明らの率いる淡路水軍が来襲し、約50日にわたって籠城した後に開城したとのこと。
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細長い出丸もあったようです。
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本丸と出丸をつなぐ土橋ですね。
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一番高いところが本丸で、周囲が見渡せます。休憩用のベンチがうれしい。
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港をグルッと回って、対岸にある吉田松陰ゆかりの地へ行ってみましょう。
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歩いて30分で弁天島へ、もう午後の2時半です。
大河「花燃ゆ」でも描かれましたが、吉田松陰が黒船に乗り込もうとして小船で漕ぎ出した場所であります。
「踏海の朝」と題された金子重輔との像。
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この沖に停泊していた「サスケハナ号」を松蔭は目指したのですね。
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感傷にひたる時間はなく、3時8分発の踊り子号に間に合うよう、大急ぎで伊豆急下田駅にとって返しました。
この日は桜見物で自由席は超満員、指定席をなんとか確保していたので楽チンで帰宅できたのは幸い。
乗降客がとても多かったので、列車の到着が20分も遅れたのには納得でした。
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