函館から札幌へ向い1泊し、それから再度函館へ戻ってくるという旅行計画です。
3時間半の列車の旅でしたが、横揺れが激しく乗り心地のよくない車両でした。
それでも満員で、2時間に1本しか特急がないのはJR北海道が赤字だからでしょうか。
長い道中でしたが、隣に座っていたオジさんが鉄道の専門家でいろいろ詳しい話を聞いて退屈しませんでした。
これが到着した札幌駅です。清潔感のある立派な駅舎です。さすが北海道の玄関口です。
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早速、札幌みそラーメンで腹ごしらえをして、市内観光に出かけます。
本日は生憎の雨となりました。先ずは赤レンガ造りの旧道庁へ。
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内部には赤じゅうたんが敷かれ、階段の風格などはさすが明治の建物という感じです。
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そしてこれは、あの有名な時計台ですね。うっかりすると見逃すようなところにありました。
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それから「大通り公園」に出て、テレビ塔に登ります。雲っていて遠くが望めません。
晴れていたら、大倉山のジャンプ台が見えたことでしょう。残念!
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札幌の町はどこもキレイで整然としています。どうも人工的に造られたような感じで落ち着きません。
この繁華街である「狸小路」は人間味があって、いい雰囲気ですね。
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さらに雨の中を「中島公園」まで歩いて行きました。
ここで雨が激しくなり、観光を中止してホテルに入ることにしました。
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こちらが今宵の宿「さっぽろ芸文館」です。1泊朝食付きで5200円と札幌の宿としては格安です。
(部屋も広くてしっかりしていました。旧厚生年金会館です。)
チェックインの際、横の話が聞こえてきて、今夜隣の「ニトリ文化ホール」で五輪真弓コンサートがあるそうです。
ホテルの方に聞いたら、夕方6時から当日券を販売するとのこと。
早めに夕食を済ませ、当日券を買いに行ったらいい席をゲットでき、旅先で充実した夜を過ごすことができました。
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翌朝、雨は上がりました。前日あまり見られなかった「大通り公園」を端から端まで散策。
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そして北の方へ歩いて行き、北海道大学の構内に入って行きました。
あちらに見えるのが「ポプラ並木」です。北大は広い!
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内部は1つの村のようです。
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クラーク博士の胸像ですね。歩いている学生さんに尋ねたら、有名な全身の銅像はここじゃなくて羊が丘展望台にあるそうです。
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北大から札幌駅はとても近く、こんな大都市の駅近辺に広大な敷地を持てる大学は他にないことでしょう。
昨日とは反対側の北口から駅舎を眺めます。JRタワーの威容が見えます。
昼前には札幌を後にして、再び函館へ。
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午後2時には函館に着いて、今度は函館見物です。いつもながらあわただしい旅であります。
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港町らしい赤レンガの「金森倉庫」が並んでいます。
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そしてこれから向かうのは、時代を感じさせる昔ながらの旧家を訪ねます。
そういう家は港を見下ろす山手にあるもんです。
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いいですね、この感じ。こういう風情のある町並がとても好きです。
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お目当ては、明治後期に金融業で財を成したという相馬哲平さんのお屋敷です。
和洋折衷の贅を尽くした見応えある邸宅です。いい仕事してました。
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この蔵の古さがなんとも言えません。
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函館の散策を終え、夕方5時を過ぎると少し冷えてきました。
北海道の旅のシメは「函館ラーメン」にしました。こちらは塩味です。
私の好みとしては、町もラーメンも函館の方が性に合いそうです。
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函館駅前のホテルへ泊まり、翌早朝「スーパー白鳥+新幹線」で帰途に着きました。
北海道への旅おわり
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10月上旬に函館で所用があり、前日から出発し東北の最果て青森を探索してみました。
東北新幹線経由で青森まで東京から3時間半、列車好きの私には丁度よい時間でした。
午後の2時前に青森駅に降り立ちます。
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駅の裏側は遊歩道があり、ベイブリッジが美しい弧を描いています。
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こちらはかつての青函連絡船の「八甲田丸」で、係留され内部が展示されています。
横浜の山下公園前にある氷川丸と同じ状況ですね。
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右手の三角形の高い建物が「青森県観光物産館」で、青森のAをデザインした建築であります。
後であそこへも行ってみましょう。
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先ずは近場にあった「ねぶたの家 ワ・ラッセ」に寄ってみました。
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内部を暗くして、ホンモノの「ねぶた」が展示してあります。
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大きくて明るく迫力があります。
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観光客が何人もいて、その大きさが分かると思います。
練り歩く熱気が伝わってきますね。
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そして次ぎは向こう側に見えたAの形の物産館まで歩いて行きました。
青森で一番高い建物じゃないでしょうか。最上階が展望ラウンジになっています。
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展望ラウンジに上ると、遠く八甲田山の山並みも見えます。
映画にもなった新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を思い出しました。
確か成功した弘前連隊のリーダーが高倉健で、死者多数の青森連隊が北大路欣也でしたね。
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こちらは海側で、下北半島が見えます。
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物産館からさらに1kmくらい歩いて、青森の歴史を知るために「郷土館」を訪れてみました。
見学者は私一人しかおらず、ちょっと寂しかったけど独占状態でした。
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夕暮れになり町の中心地へ戻って来ました。
この道が駅前から続く青森のメインストリートですね。
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駅前のアーケード街で老舗の食堂をみつけて、入ってみました。
注文は青森名物の「ほたて定食」にしてみました。
これぐらいのボリュームで十分、おいしくいただきました。
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食事が終わると青森駅はすっかり夜の帳が降りていました。
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翌朝は青森から函館へJRで移動しました。度々訪れている函館駅です。
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用事まで少し時間があったので、昼飯を食べるために五稜郭の近くまで歩いてみました。
ノスタルジックな函館の市電が通り過ぎて行きます。
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函館に来ると必ず立ち寄ります「ラッキーピエロ」有名なハンバーガー屋さんです。
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チキンバーガーが350円、コーラも入れて500円くらいだったと思います。
ボリュームがすごくて、いつもこれだけで満腹になります。
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そして午後に用事を済ませて、翌朝には札幌に向いました。
右側のブルーの列車が札幌行き「スーパー北斗3号」、今回はこれに乗ります。
ちなみにディーゼル車でした。函館~札幌間は電化されてないとはね。
左側のグリーンの列車が新青森行き「スーパー白鳥16号」翌々日の帰着日にはこれに乗ります。
ちなみにこちらは電車であります。
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2014.10.19 官兵衛の墓
この週末に所用で博多を再び訪れました。
少し時間があったので、崇福寺にある黒田官兵衛(如水)の墓に参り、福岡城にも寄ってみました。
前日仕事が終わってから飛行機で来て、駅前のホテルに宿泊しました。
発展を続ける博多の駅ビル。横浜より大都会のような風格です。
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官兵衛の眠る崇福寺へ歩いていると、「祇園山笠」で有名な櫛田神社を通りがかりました。
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創建は757年といいますから、古い由緒ある神社であります。
祭神は大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)の三神です。
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歩くこと30分、福岡県庁や九大医学部が近くにある千代というところでした。
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土塀沿いに一般の方の墓があるところを通って行きます。
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一番奥まったところに門があり、この中が黒田家52万石の墓所であります。
ちなみに入場は無料です。
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大きな墓が並んでいて壮観です。
あの赤茶けた古そうな墓が官兵衛さんのものでありましょうか。
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入ってすぐ左手には、大河ドラマの関係で作成されたような官兵衛と息子・長政の説明板があります。
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途中は通り過ぎて、長政公の墓前に伺いました。
官兵衛さんのと比べると白くて新しい気がします。後の時代に作り変えたのでしょうかね。
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こちらが官兵衛(如水)の墓です。一際風格がありますね。
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官兵衛と長政の間に黒くて小さい墓がありますね。
これは大河ドラマにもちょこっと出てくる長政の弟「熊之助」の墓です。
多分これから放映されるネタばれになりますが、
朝鮮の役(慶長)で官兵衛と長政を追って朝鮮に渡ろうとして船が転覆し、僅か16歳で亡くなったのであります。
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アップでどうぞ。なにやら撰文が刻まれています。当時のものとして現存する貴重なお墓です。
そこへ同年輩の男性が一人現れました。
あいさつして言葉を交わすと、福岡在住のその方も「城めぐり」が趣味で、100名城スタンプラリーを成し遂げたそうです。
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お城の話に熱中していたら、大勢の観光客がゾロゾロとやってきました。
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翌日、用事を済ませ夕方の飛行機まで時間があったので今度は福岡城に寄ってみました。
2年ぶり2度目の訪問です。
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小ぶりな「祈念櫓」です。どこぞの寺に移していたものを再度移築したとのこと。
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天守へと登る「鉄御門跡」です。ちなみに天守の存在は確認されていません。
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こちらが天守台の外側の石垣です。
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そして更に奥に進むと、前回訪れなかった「多門櫓」がありました。
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僅かに残されている福岡城の遺構です。重要文化財でもあります。
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そして「大濠公園駅」から地下鉄に乗るために歩いて行くと、「大手門」がありました。
周りを歩いていると、福岡城の巨大さが実感できます。さすがに52万石のお城ですね。
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ということで夕方の飛行機で横浜へ戻ってきました。博多はよかところですばい。

平戸桟橋から1時間半バスに揺られ、今宵の宿である佐世保にやってきました。
左手に予約していたセントラルホテルが見えます。
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ホテルの部屋に荷物を置き、夕食がてら佐世保の町を散策です。
佐世保に来たら、やはり佐世保バーガーでしょう。ホテルで紹介された「ビッグマン」という店に入りました。
ベーコンバーガー600円、味はまあまあでしたが、少しお高い気がします。
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バーガーだけでは満足感を得られず、アーケード街を散策。なかなか広くて賑やかです。
地方都市にしては若い人が多く歩いていて活気があります。いい町ですね。
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アーケードの途中で見つけた昭和の雰囲気の喫茶店「白十字パーラー」へ入店。
「抹茶白玉アイス」500円を注文、なかなかこれが安い旨いでした。
アイスの先っちょについていた「ぽると」というクッキーが美味しかったので、帰りにお土産として購入しました。
カレーやトルコライスなどの洋食もやっているようなので、またの時は食事をしてみましょう。
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翌朝8時半、長崎行きの列車に乗り込みます。
途中、諫早でこちらの島原電鉄に乗り換えてローカル線の旅を続けます。
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11時前に島原駅に到着です。
ローカル鉄道の駅ですが、大層立派な駅舎であります。
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駅から歩いて5分くらいのところにお目当ての島原城はありました。
駅舎も立派でしたが、このお城の風格も立派ですね。
僅か4万石のお城とはとても思えません。
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分不相応なお城を建てた松倉氏は、わずか2代で改易になり、その後は譜代の大名が入府したといいます。
松倉氏が重税を課したので、一揆やあの有名な「島原の乱」が勃発してしまったのですね。
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昭和39年に再建された天守です。
破風(切妻風の三角形の屋根)を持たない5重5層の大天守です。
数十万石の大大名の雰囲気です。
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キリシタン姿のガイド嬢にモデルになってもらいました。
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門を出た右側の方に武家屋敷が残されているというので、向かいました。
正面があの噴火した普賢岳だと思っていたら、普賢岳は後ろに隠れている方だということです。
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下級武士の屋敷が並んでいたという場所が保存されています。
中央に湧水の水路が設けられて往時の面影がしのばれます。
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茅葺の質素な造りですね。
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こんな感じで慎ましやかに暮らしていたのでしょう。
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売店で売っていた島原名物の「かんざらし」というものを食べてみました。
もち米で丸めた白玉を冷やして密に漬けて食べるという素朴なデザートです。
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13時半に島原を後にして、諫早から特急に乗り継いで福岡に戻りました。
帰りは福岡空港からは羽田行きの飛行機でしたが、この飛行機に乗っている1時間半が長いこと長いこと。
ローカル線の旅だと何時間でも乗っていられるのに、単なる移動である飛行機が我慢タイムであることが認識できました。
西九州の旅おわり
2014.10.06 平戸城
暖かいもてなしの朝餉をいただき「高木旅館」を早朝に出発して、今日は九州の西のはずれ「平戸」を目指します。
唐津のメインストリートを唐津駅に向って30分ほど歩きます。かつての大手道でしょうか。
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唐津駅はわりと近代的な駅舎でした。ここからJR筑肥線で伊万里へと向かいます。
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50分かけて伊万里駅に到着。道路を隔てた松島鉄道に乗り換えます。
出発まで40分ほどあったので、駅前のガストでお茶します。
このディーゼル車に乗って平戸の入口まで行きます。
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車内はこんな感じで、かなりリラックスできます。ローカル線はいいですね。
70分乗りましたが、もう少し乗っていたい気分です。
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11時過ぎに日本最西端の駅「たびら平戸口」へ到着です。
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ここからは徒歩です。対岸に見える平戸島まで九州本土と結ばれている「平戸大橋」を渡るために大きく迂回します。
海を隔てて向こう側には目的の「平戸城」が見えます。
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これが「平戸大橋」です。ここは徒歩でも渡れます。北九州の若戸大橋にも似てますね。
丁度この写真を撮ったところにレストランがあったので、そこで昼食をとりました。
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1時間くらいは歩いたでしょうか。「平戸城」の大手道に到着です。
かつては「亀岡城」とも呼ばれ、今は亀岡神社の境内になっています。
平戸松浦氏6万石の居城でありました。
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立派な枡形が残されています。10万石クラスのものですね。
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結構奥行きの広い城ですね。なかなか天守にたどり着きません。
「亀岡神社」が見えてきました。
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神社の境内には「中山愛子」像とありました。
幕末に藩主の娘・愛子様が京都の公家・大納言中山家に嫁ぎ、生まれた娘が明治天皇の生母となりました。
孝明天皇のお手つきになったのです。ですから、この像の主は明治天皇の祖母というわけです。
この方は平戸出身だったのですね。
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「狸櫓」とありました。
変な名前だと思ったら、床下に狸が住み着いたことから名付けられているそうです。
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丘の頂上を目指し登って行きます。
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高台には模擬天守が築かれています。登ってみましょう。
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四方がよく見え、絶景が広がります。こちらは港の方角です。
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「北虎口門」から港町の方へ降りて行きましょう。
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平戸市役所を通り過ぎたあたりに、かつての城門が残されてありました。
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その向こうには幸橋(オランダ橋)という石橋があります。
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港を歩いていると右側の丘の上には常に平戸城が見えています。
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港の外れには「オランダ商館」の跡が残されています。
鎖国が実施され、長崎の出島に移る前はここがオランダの貿易拠点でした。
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駆け足で平戸をめぐり、次ぎは15時丁度に平戸桟橋から出るバスで本日の宿泊地・佐世保へ向かいます。