米倉斉加年さんが亡くなられたとの記事を見ました。
最近あまりテレビなどへは頻繁には出られてなかったですが、たまに見かけた時には元気そうな感じでした。
出先で急死されたようで、もう80歳になられていたのですね。

大河ファンとして、先ず最初に思い出されるのは、1967年「三姉妹」での薩摩の刺客:中村半次郎役です。
憶えている方もほとんどいないでしょうが、半次郎のニヒルな雰囲気を僅かながら記憶しています。

それと強烈だったのは1976年「風と雲と虹と」での国司でありながら将門の乱をたきつける皇族・興世王ですね。
いかにも公家風の何を考えているか分からないような策士ぶりでした。
この演技が1996年「秀吉」での今川義元役に「かぶる」と思うのは私だけでしょうか。
それと翌年の「花神」の桂小五郎などは秀逸でした。知性と神経質さをうまく表現した名演技でもありました。

あとは「男はつらいよ」での学者肌で寅さんから恋の手ほどきを受ける役や警察官の役で出ていたのが思い出されます。
そういったちょっと変で不器用な役柄をうまく演じることのできる役者さんでした。

またまた貴重なバイプレーヤーを亡くしました。ご冥福をお祈りします。
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今回の「おくのほそ道」旅も最終日の5日目(通算14日目)になりました。
この日の東北地方は梅雨明けして、カンカン照りの中で国道4号線を歩くのは過酷でした。
すでに旅も5日目に入り、足はもうクタクタ。
途中の大河原というところで早めに切り上げ、仙台へは電車で向い横浜へ戻って来ました。
歩かずに涼しい電車に乗っているのはなんと楽チンなんでしょう。リベンジは次回にいたします。

歩行ルート⇒ 白石~大河原

前日の中華料理屋「東天閣」のお姉さん(話をしたら私と同年齢でした)にぜひにと勧められ、
白石城の城主である片倉家の菩提寺:傑山寺を朝一番に訪れました。
正面に鎮座されますのは、初代:片倉小十郎景綱公であります。平成24年に建立。
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片倉小十郎といえば、あの1987年の大河「独眼竜政宗」で政宗の懐刀として活躍した人物で、西郷輝彦さんの名演が思い出されます。
慎重な方だったのでしょう。「墓が敵にあばかれぬよう」、この一本杉を墓標としたそうです。
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さて次ぎは「白石城」に向かいました。2度目の訪問です。
一国一城令に反して、伊達家の家臣である片倉小十郎は特別にここ白石に城を持つことができました。
徳川家康も小十郎の力を認めたのでありましょう。
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幕府をはばかり天守ではなく、「大櫓」と呼んだそうです。1995年に木造で再建。
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さて、白石川を渡り仙台へ向け北上して行きます。
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大型トラックが行き交う国道4号線をたんたんと歩き続けます。
この日は東北地方も梅雨明けし、朝から容赦なく照りつける太陽の下、過酷な汗だらけの旅となりました。
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もういい加減歩き疲れた頃に、国道沿いの田圃の中に1軒の床屋さんを見つけました。
何でこんな辺鄙なところに床屋があるのだろうと思いながら、通り過ぎました。
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通り過ぎた後でどうも気になって、どうせ帰ったら床屋に行くつもりだし、休憩ついで寄ろうという気になりました。
話しながらゆっくり髪をカットしてもらい、すっかりリフレッシュできました。
30代の白石出身のオーナーで、国道沿いの中古車販売の店を床屋に模様替えしたそうです。
歩いて旅をしていると聞いて、冷たいスポーツドリンクを差し入れてくれました。
「Loop」というお店でした。
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正午を過ぎたあたりで大河原の宿場に入ってきました。
宿場の入口には江戸の頃からあるような古社があります。
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かつての宿場には、こんなシャレた洋館もありました。整骨院のようです。
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蔵王連山が遠くに見える国道を歩きますが、やっとここで食事がとれました。
「CoCo一番」というカレーチェーン店を見つけ、カツカレーをいただきました。
東北はこういうチェーン店でも米がうまいのです。カレーがなくなっても米だけでも食べれました。
「おくのほそ道」ではいつも米を満腹まで食べてしまうので、どんなに歩いても体重は増えて帰りますね。
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大河原の中心街に入ってくると、古くからの町並が僅かながら残っています。
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真上に太陽があり日陰がほとんどなく、これ以上旅を続けることに身の危険を感じ始めました。
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旅を続けるならば、白石川を渡らずに川の左岸を仙台方向へ進んで行きます。
しかしながら、午後の2時に決断し川を渡りJR東北本線の「大河原駅」へと向かいます。
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そして大河原駅から電車にて仙台駅に向かいました。
もう少し歩を進めたかったのですが、この気候条件ではギブアップです。
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30分で仙台駅に到着。お土産は定番の「萩の月」を買い込んで一路新幹線で帰宅の途へ。
5日間の旅が終わりました。真夏はお休みですね。
暖かいもてなしの飯坂温泉「入船旅館」を出立し、4日目は白石を目指します。
いよいよ長かった福島県から宮城県に入ります。

歩行地図⇒ 飯坂温泉~白石

こちらが「入船旅館」です。外観はちょっとショボイですが居心地は最高でした。
温泉も源泉がボコボコ湧き出ていて、疲れた体にはよーーく効きました。
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この辺りの中心となっていた桑折(こおり)へ向かいます。
途中「松原寺」という表示がありましたので、高台にあるその寺の坂を登ってみました。
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すると伊達(独眼竜政宗の先祖の出身地)の町が眼下に広がっていました。
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東北自動車道や新幹線、JR東北線などを横切って、どんどん進んで行くと
伊達氏の分家である桑折氏の菩提寺である「桑折寺」がありました。
門前町の様子が残っています。
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しばらく歩くと旧郡役所の洋館が残されてあり、無料で観覧できます。
明治の洋館という雰囲気でありました。
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この横にも芭蕉さんの銅像がありました。
顔の造りが飯坂温泉駅前の銅像とそっくりでしたから、きっと作者が同じなのでありましょう。
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旧郡役所の正面には桑折の町が広がっています。
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旧宿場の風情が残っていますね。
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JR桑折駅の近くに追分を確認できる地点がありました。
右に行くと「奥州街道」、左に行くと「羽州街道」であります。当然私は右に向かいます。
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そしてしばらく行くと、「谷地一里塚」の標識。
奥州街道の一里塚はほとんどが撤去されて跡のみです。
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古墳があるという看板を見つけて寄ってみました。
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石を積み上げた豪族の墓のようです。
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眺めがいいので、しばしここで休憩です。
足は疲れていますが、まだ梅雨が明けていなかったので炎天下ではないのが幸いでした。
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その後、国見の町中にあった「ひふみ食堂」というところで腹ごしらえを済ませ、
横浜から歩いて「おくのほそ道」をたどっていると話したら、お店のお姉さんが「桃の天然水」の氷になったボトルを差し入れてくれました。
国見峠を登って行く途中には、奥州藤原氏が押し寄せる源頼朝軍を迎え撃つために築いた防塁の跡があります。
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峠道の両側にはたわわに実った桃の畑が続いています。
誰も盗る人はいないのでしょうね。柵も塀もありません。ちょっと頂きたくなりますね。
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この国見峠が意外と大変でした。いつまでもダラダラと登りが続きます。
こういうのが一番やっかいです。まだかよー!
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そしてやっとこさ、貝田宿に着きました。福島県最北の宿場ですね。
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今の東北本線の東側に旧東北本線の軌道跡が残っています。
道路の幅からして、当時は単線だったのですね。
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無人のJR貝田駅で一休みしましょう。トイレもね。
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疲れてくると、休む場所を見つけるとすぐに休みたくなります。
貝田を過ぎると4号線も片側1車線になりますが、ついに宮城県白石市に入りました。
長かった福島県ともお別れです。
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宮城県の最初の宿場は「越河(こすごう)」という落ち着いた集落でありました。
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そして延々と歩いて、本日の目的地である白石へ到着です。
泊まりは駅のすぐ横にある「パシフィックホテル白石」です。
しばし休んでから夕食に出かけましょう。
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ホテルで食事処の案内図をもらって、ふらふら歩いていたら「東天閣」という名の隠れ家のような店を見つけました。
勇気を出して入ってみましょう。
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中に入ってみると、うなぎの寝床のように細長く意外にシャレた店造りでした。
白石でこんなお店に出会えるとは、これも旅の醍醐味ですね。
中華もボリュームがあり美味しかった。
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ホテルに帰り、冷蔵庫を開けると昼間食堂でもらった「桃の天然水」がまだ氷のままでした。
結局翌日の午前中まで氷でしたから、丸1日もったわけですね。
今日もクタクタでバタンキューです。今回の旅もあと1日となりました。
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三日目は二本松の「智恵子の湯」を出発し、芭蕉の立ち寄った「飯坂温泉」へと向かいます。
2泊続けて温泉宿となりましたが、疲れた体には「いい湯」であります。

歩行地図⇒ 二本松~飯坂温泉

両脇に田圃が広がる田園地帯を北に進んで行きます。
遠くに見えるあの山を縫って行くのでしょう。
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一応道が分かれるところは地図を確認しながら進みますが、だんだん山を上がって行きます。
みちのくはどこまでも田圃が続いてます。
実はこれが大きな間違いでして、歩行地図を見ればお分かりのように北に行くつもりが西へ向っていたのでした。
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途中に「寿福院大日如来」という看板があったので、寄ってみました。
ここを過ぎたところで携帯の方位計を確認したら、完全に北ではなく西に向ってました。
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戻るのもしゃくだから、どこかに抜けるだろうと進んでいくと「山ノ入」という集落に来ました。
コミュニティバスのバス停もあり、待っていれば元の街道へ行けるのかもしれません。
など思いながら、先に進むと昔からあったであろう石板が並んでいます。
多分この道も旧街道として使われていたのでしょう。
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かなり歩いたところでギブアップ。
山の中にある1軒の農家(周りには家はありません)に声をかけてみました。
「済みません。ここはどこでしょうか?」
耳の遠いお婆さんしかいないので、話が通じません。
しばらくして私より年上の息子さんらしいオジサンが現れました。
事情を説明して、松川の手前の「八丁目」という宿場町に行く道を教えてもらいました。
まだ3kmくらい歩いたでしょうか、やっと旧街道の「八丁目」にたどりつきました。
この辺の住宅は、かつての宿場の屋号を軒先に掲げています。
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全部で5kmくらいロスしたでしょうか、朝からもう疲れましたね。
この時の失敗から、やはり地図やGPSを駆使できる端末を持参したほうがいいなと感じました。
(必要性を感じて、老眼にもよく見えるタブレットを先日購入しました。次回からの武器ですね。)

後ろを振り返ると、かつての宿場町らしい道が続いてました。
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この辺りから街道には、このような桃の自動販売機が設置されてあります。
2個で100円とか4個で300円とか都会の半額ですね。
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たんたんと歩いて昼過ぎになりました。
特に食べ物屋さんもなかったので、途中のコンビニで食料を仕入れました。
そして食べるところはこの神社にしましょう。
街道歩きはコンビニと寺社には助けられます。
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昼食を終え、みちのくの大動脈である4号線を超えて「伏拝」という由緒ありげな地名を通って行きます。
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小高い山になっているところを旧街道に沿って歩いて行きます。
誰とも会いません。たまに車がすれ違うだけです。
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途中「共楽公園」の手前で白い猫がたたずんでいました。野良猫でしょうか。
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するとすぐに福島の町が眼前に広がってきました。
山を越えて目指す街が見えてくると感激しますね。
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山を下るところで「舟繋ぎ石」という標識がありました。
ヤマトタケルが東夷征伐の時に舟を繋いだという伝説があるそうです。
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そして15時過ぎに福島の町にやっとこさ到着です。
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駅前には芭蕉と曾良の銅像がやっぱりありました。
みちのくは芭蕉と義経ゆかりのものが多いです。
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疲れてはいますが、まだ本日の予定が残っています。
飯坂温泉に向う手前に芭蕉も立ち寄った「医王寺」があります。
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町から離れた奥にあるので、軽く考えていましたが大層立派なお寺です。
ここも入館時間が過ぎていましたが、入らせてもらいました。2日連続ですね。
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義経を信奉する芭蕉もここは訪れたいところだったようです。
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ここには義経に従った佐藤兄弟のお墓があります。
義経を挟んで佐藤兄弟の銅像がありました。観光用ですかね。
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さて疲れた体にムチ打って、飯坂温泉に向かいます。
通常は福島駅から福島交通飯坂線に乗って20分くらいのところです。
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途中には「片岡鶴太郎美術庭園」という看板もあり、鶴太郎画伯の作品が置かれてあるのでしょう。
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温泉街に入ってきました。
古くからの温泉なので、旧来のお屋敷もあります。
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「飯坂温泉駅」に到着です。建て替えてクラシックモダンな駅舎になっています。
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駅前の橋を渡ったら、もうあと5分で宿には着きます。
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こちらがお世話になった旅館「入船」の部屋であります。
和風旅館はあまり慣れていませんが、ぐっすり眠れました。
サービスもよく2食付温泉ありで6千円、最高のコストパフォーマンスでした。
食事も部屋出しだったので、給仕してくれた娘さんに「こんなに安くていいんですか?」と聞いたら
「家族だけでやっているので。」との返事でした。オススメです!
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二日目(通算11日目)は郡山のホテルを朝の7:30に出立、次の目的地の二本松に向かいます。

歩行地図⇒ 郡山~二本松

ホテルの前のアーケード街です。朝早いので人通りがありません。
今日はここから30kmほど歩きます。
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郡山の町外れに昔からあるような(実際は新しい?)お店があります。和菓子屋さんでしょうか。
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歩き始めて1時間半、街道らしい松並木が見えてきました。
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左手には石仏や石板が見えます。旧道らしいたたずまいです。
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日和田というところで蔵造りの牛乳屋さんがあります。都会では見かけない雰囲気です。
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蛇骨地蔵堂」という由緒ありげなお寺があります。寄ってみましょう。
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お堂の横には見事な枝振りの松もありました。
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そこからしばらく行くと、芭蕉が「花かつみ」を探して彷徨ったという「安積(あさか)山」が公園になっていました。
花かつみ」とは郡山では「姫じゃが」としているそうです。
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公園内は松林となっていました。
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松に囲まれた美しい街道沿いをさらに進みます。
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歩き始めて6時間、途中休むところもあまりなく本宮の町に入ってきました。
奥州街道は今ではあまり歩く人もなく、コンビニ以外での食料調達が難しいところです。
今回も食事処は本宮かなと思っていたら、蔵造りのお店を見つけました。ランチやっているようです。
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お店の名前もズバリ「カフェ蔵」。元々あった蔵を改造したそうです。
インテリアが凝っていますね。全てのテーブルの台座はシンガーミシンです。
オムライスとコーヒーのセットで850円也。
後でトイレを使いましたが、田舎には珍しく最高級のウォシュレットでした。
オーナーのセンスが光ってましたね。
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本宮は近隣では大きい町で、伝統的な宿場の風情が残っています。
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こちらは町の北側の様子です。南側の方が華やかでした。
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本宮を過ぎると左手には「安達太良山」が見えてきます。
二本松地方のシンボルですね。
城めぐりで二本松城を訪れた際にも見て感激しました。
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延々と歩き続けて、16時過ぎに二本松へ到着。
駅前の「二本松少年隊」と久しぶりの再会です。
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街道沿いには「二本松神社」があります。
丹羽氏が入封した江戸初期に遷宮されたとのこと。
上まで登ろうとしましたが、大きな蜂が飛んでいたので諦めて先に進みます。
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二本松の町を更に東に進んで行きます。だんだん夕暮れが迫ってきています。
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二本松の東を流れる阿武隈川を渡って、安達ケ原へと急ぎます。
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鬼婆伝説の観世寺に参ろうと来たのですが、アチャー18時前なのでもう閉まってますね。
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丁度お中元を持って来た女性が中に入って行くところだったので、住職に取り次いでもらいました。
「わざわざ横浜から歩いてきたから、一目なりとも見せてください。」と
言ってはみるもんですね。住職が出ていらして、「見るだけならどうぞ。」ですって!もうかった。
芭蕉も子規も来訪しているんだ。
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この岩屋に鬼婆は住んでいたのでしょうか。
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住職に感謝しつつ、寺の裏側に回ると公園化の一環で鉄筋の五重塔が建設されていました。
こんなんで鬼婆の霊を鎮めることができるのでしょうかね。
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帰ろうとしたら、阿武隈川の河原に大きな杉の木と塚のようなものが見えるので、下りてみました。
するとそこが鬼婆の墓である「黒塚」でした。
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黒塚を後にして、再度阿武隈川を渡り今宵の宿である「智恵子の湯」に到着したのは19時前でありました。
そう二本松は詩人:高村光太郎の夫人:智恵子さんのふるさとなのであります。
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30km以上歩き詰めで、本日はクタクタになりました。
みちのくの旅は、休むところが少なく歩き通しなのでかなり過酷な旅になりそうです。
この時期、東北はまだ梅雨が明けておらず曇り空だったのが幸いでした。