2014
05.30

9日目:白河~矢吹

Category: おくのほそ道
白河
岩手の方へ所用があり前日の用事がキャンセルとなったため新白河で途中下車して「おくのほそ道」旅の歩を少し進めてみました。
先日帰宅の途に着いた新白河駅へ再び降り立ちました。
あの時の芭蕉さんの銅像があちらに見えます。
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新白河駅から東へ真っ直ぐに延びる道路を延々と進むと道幅が徐々に狭くなって、畦道という雰囲気になります。
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そして突き当たるところが「南湖公園」。
白河藩主松平定信が身分の差を越え庶民が憩えるように開放した日本最古の公園だそうです。
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すれ違った地元の方に「右か左かどちら周りの方が景観がいいのでしょうか?」と尋ねると
「車の通らない右回りのほうがいいのでは」ということで、南回りを選択。
なぜかそこには、一羽の白鳥がいました。
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湖の中には小島があり、この辺には地元の中学生たちがスケッチに来ていました。
湖畔にレストランなどもあり、休日はかなりの人出があることでしょう。
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「おくのほそ道」ルートからは少し迂回しますが、次に向ったのは中世の山城「白川城」。
先日寄った「白河小峰城」のボランティアの方に教えてもらったところです。
ついでだから寄ってみました。小高い丘が見えたのですぐに分かりました。
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一応古い石碑があり、登るとどんなところでしょうか?
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階段を登ると何の変哲もない本丸風のところがあるだけで、もうちょっと整備してほしい気がしました。
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この日はとても暑い日で、昼食は何か冷たい麺類でもと思っていたら、
例のごとく白河市内は食堂が沢山あり、街道沿いの中華店で今年最初の「冷やし中華」をいただきました。
600円ですごいボリューム、さすがグルメ王国白河でした。

阿武隈川を渡り「女石」というところに来ると、会津へ向う道との分岐点になります。
「戊辰戦争」で亡くなった仙台藩士の慰霊碑があります。
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上の写真の道路を隔てて反対側には「遊女志げ女の碑」がありました。
解説を読むと、「官軍参謀世良修蔵と情を結んだため、会津藩士に殺された。」とのことです。
世良は「八重の桜」でも仙台藩や会津藩を敵視したことで、悪役になっていました。
戊辰の東北戦争ではいつも傲慢で憎たらしい役柄の長州藩士として描かれます。
「越後生まれのしげは、幼くて白河の妓楼坂田屋に身を売られ、性格が温和でみんなにかわいがられました。」とあります。
そういう背景があったのですね。戦争とは惨いものです。
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白河を過ぎて、しばらく国道4号を歩いて行くと「萱根」という集落に分岐します。
のどかな風景が広がってきます。
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この辺は裕福な農家が多いのでしょう。わりと広い高級な住宅が連なっています。
中にはこんな立派な門構えのお宅もあります。
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小田川というところを通りがかったら、朱色の衣装が目立つ大きなお地蔵さんが見えました。
武光地蔵」といって、近くに寄ると大きくてやや不気味な雰囲気です。
別名「首切り地蔵」という名で、実際に首の周りが切れていた跡が残っていました。
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さて先を急ぎます。矢吹というJRの駅で16:13の電車に乗り、郡山から盛岡へ向かいます。
あと1時間ほどしか時間がありませんが、間に合うでしょうか。
踏瀬」という落ち着いた住宅の並ぶ集落を過ぎ、松平定信が2000本の松を植えたという街道を一路「矢吹」へ。
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上の写真からは、ただひたすら電車に間に合うために歩いたので写真を撮る余裕がありませんでした。
矢吹の町中に入って来たのが16時くらい。あと10分ほどしかありません。
初めての道なので、駅がどのくらい先にあるのかは地図で判断するしかないのです。
間に合わないと次ぎの電車は1時間後です。仕方が無い走りましょう。
駅に到着して、階段を駆け上りホームにたどりついたのはなんと発車1分前でした。

こちらは盛岡のホテルに着いてからのショット。盛岡駅と右手には雪の残った「岩出山」が見えます。
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2014
05.23

8日目:白河の関

Category: おくのほそ道
急な雨に打たれた前夜は新白河の駅前に宿泊し、晴天の本日は「白河の関」を目指します。
芭蕉も昨日歩いた「境の明神」があるところが「白河の関」だと思っていたみたいですが、
そうではないことが分かりわざわざ迂回したといいます。
朝の7時半に「ホテルプレザント白河」を出立、朝食付きで4980円とリーズナブルでした。
やはりみちのくの早朝は寒いですね。10度を下回っています。
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前日通った道を7kmほど戻る形になります。
昨日は雨でしたので、左手に見えていた看板を無視して通り過ぎましたが、今日は立ち寄ってみましょう。
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金売吉次(かねうりきちじ)は源義経を手助けした商人ですが、ここで盗賊に襲われ亡くなったそうです。
墓が3つあるのは3兄弟とのことです。
日光に向う途中の壬生にも墓がありましたが、そこでは病死したことになっていました。
みちのくを行き来する商売人が「金売吉次」というブランドで何人かいたのでしょうね。
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「白河の関」に向う分岐点に来ました。
ここから山道を抜けて行きます。6.5kmという表示がありますね。
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途中道が分かれるところに石柱があります。
車があまり通らなそうな右の道を行くことにしました。
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案の定、誰とも会いません。数台の車とすれ違っただけです。
やや勾配のきつい峠を越えて行きます。
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こんな山奥にまで人は田圃を造っているのですね。
山ツツジの中に「おくのほそ道」という石柱があります。なんとものどかな風景です。
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田園を抜け、歩くこと3時間で「白河の関」に到着です。ホテルから13kmくらいですね。
古代の関の跡ですので、長らくどこにあるか特定できなかったのですが、
芭蕉より後に「寛政の改革」で有名な松平定信(この地の領主)がここに定めたといいます。
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古代の関ですが、敵の侵入を妨げるための空堀で囲まれています。
まあ一種の砦だったのですね。
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周りは「白河関の森公園」となっていて、山道では誰にも会わなかったのに車では大勢の人が訪れていました。
要するに車や電車で行けるところだけが混んでいるというわけですね。
やはり芭蕉の銅像があります。
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公園の隅の方には関所の建物や古民家がありました。
中をのぞいてみましょう。
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古民家の中には五月人形が飾られていました。
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手前の囲炉裏ではアルバイトのおばちゃんたちが弁当の時間です。
私もお茶と漬物をいただきました。
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そろそろ昼飯時ですが、白河駅の方に戻ってから探しましょう。
丁度12時過ぎに出発するバスがあったので、それで白河駅前まで行きます。
この駅舎なかなかいいですね。大正年間の木造建築だそうです。
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白河というところは意外にもグルメタウンで、人口が5~6万人くらいしかいないのに食堂がたくさんあります。
中でもラーメン屋と蕎麦屋が多く、近隣からも人がやってくるみたいです。
そして私が町中を歩いて見つけたのが、この店「グリル銀座」。
なんとも昭和の香りのするレトロな洋食屋さんです。
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中に入って席に着くと、これです。茶色のレザーのソファー、いい感じです。
注文したのはハンバーグ&チキンソテー定食でコーヒーが付いて950円。
この千円をちょっと切る値段がうれしい。
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昼食をとった後は、駅の北側に回って「小峰城」を確認してみましょう。
前回訪れた時も震災の影響で石垣が崩れ入場できませんでしたが、今回も遅々として工事は進んでないようです。
国の文化財ですのでヒョイヒョイと積み上げるわけにはいかないようで、元のとおりに戻す作業に手間取っている様子です。
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フェンス越しに天守と前御門を望みます。早く入場できるようになればいいのですが。
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さらに西側の堀の方へ行くと、こちらの石垣は大丈夫なようです。
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小峰城を後にして、市内中心部を歩いて3km先の新白河駅に戻ってきました。
さてここから新幹線に乗って横浜に帰るとしましょう。次回はここから再スタートですね。
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2014
05.16

西の京、山口へ

Category: 街道をゆく
「おくのほそ道」の途中ですが、ふと思いついて西の京、山口に立ち寄ってみました。
朝の9時過ぎに小倉から新幹線こだまの自由席先頭車両に乗り込みますと、なんと私一人でした。
以前、東北新幹線の八戸で同じ経験をしましたが、これで2冠達成ですね。
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新山口で山口線に乗り換え、初めて降り立つ山口駅です。
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20分ほど歩いて、丘の中腹に建つ「ザビエル記念聖堂」へ到着です。
工事中でブルーシートがかかってます。
山口にはあまり高い建物がないので、市内のどこからでも見えるそうです。
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戦国時代に来日したスペインの宣教師ザビエルは京都での布教を諦め、失意の中ここ山口で活動しました。
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この辺は「亀山公園」と言われてます。山頂に登ると幕末の藩主「毛利敬親(たかちか)公」の銅像がありました。
家臣の言うことに何でも「そうせい(そうしなさい)」と寛容な殿様で、「そうせい公」と言われたそうです。
ここからは市内が一望でき、これから行こうとする「香山公園」も眼下に見えました。
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丘を下って山口県庁の方へ向かいます。
長州藩は山陰の萩に藩庁がありましたが、動乱の幕末に萩ではあまりにも時間がかかるため、ここ山口に藩庁を移動しました。
その時の名残の門が保存されてあります。
ここを高杉晋作や桂小五郎たちが闊歩したわけですね。
今はとても県庁所在地とは思えないような静かなたたずまいです。
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この門の右手には近代的な県庁舎が建てられているのですが、大正時代の旧県庁舎もあってレトロな雰囲気を残してます。
重厚なつくりで現在は県政資料館として開放されています。
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県庁のさらに奥に進んで行くと、本日の見所である「瑠璃光寺」がありました。
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そして山すそに建つ「五重塔」です。
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さすが「西の京」といわれる風情がありますね。
ここら辺が「香山公園」といわれるところです。
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その後、大内氏の遺跡を求め館跡などをめぐりましたが、石碑のみでコレといったものはありませんでした。
「築山跡」といわれるところに立ち寄った際にレトロな写真館を発見。
あとで調べたら、もう営業はしていないが明治20年代の建物であるそうです。
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昨年訪れた萩もそうでしたが、ここ山口も時代の流れから取り残されたような町並で好感が持てました。
やはり持論である「新幹線が通らない町はいけてる」を実感した次第であります。
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2014
05.09

7日目:黒羽~白河

Category: おくのほそ道
本日は今回の旅の目玉、黒羽からついに奥州白河への30km超の道のりを踏破します。
宿泊した「ホテル花月」を8時前に出発!
前日は夕食の場所を見つけるために近所を散策しましたが、結局なくてホテルのレストランで摂りました。
これが正解、わりとおいしい和食にありつけました。
たまたま隣で食事をされていた50代の男性も「おくのほそ道」を歩いているということで、長時間話が盛り上がりました。
この方は健脚で、東海道はもちろん五街道全てを踏破したそうで今回も真っ黒に日焼けしていました。
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黒羽の中心街を抜けて福島方面へ北上して行きます。
こちらは土蔵を改造したような足利銀行黒羽支店です。国の文化財の指定を受けていました。
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とにかく100年前から変わらないような風景の中を今日は延々と歩いて行きます。
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4時間歩いて、昨夜レストランの仲居さんに教えてもらってた昼食の場所に到着。
伊王野の道の駅でやっている蕎麦がおいしくて評判とのことでしたが・・・
やはり連休中ということもあり、並んでますね。
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ここのそば粉は大きな水車で回す石臼で挽いているのです。
わざわざ並んで食べるという習性がないのでここは諦め、どこかあるさと休憩だけとって再びスタートします。
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1時間ほど行くと国道294号線を分岐する芦野宿の表示をみつけました。
かつては白河へ向う途中の最大の宿場町で、芭蕉も立ち寄っています。
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この辺りに本陣があったのでしょうか。
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上の石碑の反対側を見ると「丁子屋(ちょうじや)」さんという鰻屋がありました。
そういえば、ホテルの仲居さんが昼食として鰻屋さんのことも言ってました。
「あそこは予約しないとダメでしょう。」と言っていたのを思い出しました。
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一応ものは相談、女将らしき人に「一人ですが、予約なしでは食べられませんか?」
「鰻を多く使う特上以外なら注文できます。」とあっさりOKになりました。
料金体系がはっきりしていて、(小)鰻1切れ=1400円。(大)鰻2切れ=2800円。
そして頼んだのが写真の(並)鰻1.5切れ=2100円でありました。
でもサービス?で1.75切れになっていました。350円分得したみたい。
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女将に静岡の丸子宿にも「丁子屋」という「とろろ汁」の老舗があるよ。と言ったら
女将もご存知で、向こうさんから連絡もあったという話をしてました。
腹ごしらえをして、少し先に行くと「石の美術館」という建物がありました。
ここ芦野や白河は石の産地でもあります。
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芦野宿からほど近いところに、ぜひ立ち寄りたい芭蕉スポットがあります。
「おくのほそ道」マニアならご存知の「遊行柳」であります。
田圃の畦道を真っ直ぐ歩いて行くと左手にこんもりとした柳の木が見えてきました。
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そう、これが西行法師も芭蕉も蕪村も立ち寄った「遊行柳」です。
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連休中なのに私しか訪れる人がいないのが不思議な気持ちです。
ほんと車社会とは車で出かけるところにはわんさか人がいるのに、歩いて行くところは閑散としています。
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「田一枚 植えて立ち去る 柳かな」とここで芭蕉は詠みました。
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「遊行柳」から更に2時間、国道294号線を北上したところに「泉田の一里塚跡」が残されていました。
時刻はすでに午後の4時になろうとしています。
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栃木県と福島県の県境、下野と陸奥の国の国境が近くなってきました。
江戸時代からあるであろうお地蔵様が旅人を見下ろしています。
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ついに「境の明神」へやってきました。これは栃木(下野)側の明神。
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そして県境を越えて福島県に入ります。これからが本当の「みちのく」であります。
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こちらが福島(陸奥)側の明神です。
大相撲の「二所の関部屋」の語源となったのが、この二つの社と書いてありました。
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だんだん空模様が怪しくなってきました。
白河に入ってきて2時間ほど歩いていると、ついに雨と風が強くなってきました。
昼間の晴天がウソのように温度も下がってきました。
あわてて雨具を取り出し、今宵の宿である新白河のホテルまでの山道を急ぎます。
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小1時間ほど歩いて薄暗くなった午後7時過ぎにホテルに到着。
本日は過去最高の55000歩、33kmをなんとか乗り越えました。
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2014
05.05

6日目:雲厳寺~黒羽

Category: おくのほそ道
芭蕉の道のりを追う「みちのく一人旅」、今回は新幹線を那須塩原駅で降りて山奥の名刹「雲厳寺」へ向かいます。
東京から新幹線に乗って約1時間、思いのほか早く到着しました。
ほとんどの観光客は温泉地のある西口に行きますから、私の降り立った東口は閑散としています。
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1日4本しかない「雲厳寺」行きのバスを待つこと30分、僅か3人の客を乗せて10:05に出発です。
料金は終点まで行っても均一の200円と格安。
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山間の細い道をクネクネと1時間、黒羽の中心を抜け「雲厳寺」へ着く頃になると乗客は私一人になりました。
そしてバスを降りるとすぐに荘厳な山門があります。
ここ「雲厳寺」は芭蕉の師である住職もいた関係で、立ち寄って「木啄も庵はやぶらず夏木立」という句を詠んでいます。
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朱塗りの橋の下にはせせらぎが流れています。
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静寂の中に重厚な造りの本堂があります。古いけど清潔な雰囲気です。
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こちらは鐘楼ですね。
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お寺の方針なのでしょう。近くには観光客目当ての食べ物屋や売店は一切ありません。
丁度昼時になったので、那須塩原駅で購入しておいた駅弁をバス停のベンチでいただきました。
さてこれから黒羽までの15kmくらいの道のりを歩きます。
道中は山と水田と鯉幟という日本の原風景が続いていました。
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時折り、このような石碑があります。
芭蕉は「雲厳寺」も含め、黒羽に2週間ほど滞在しました。
まさにここ黒羽は「芭蕉の里」なのであります。
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こんな山間の道を延々と歩きます。
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1時間半ほど歩いて小休止したいと思っていたら、なんとカフェレストランの看板がありました。
道を外れた民家の玄関には「糸」というネーミングが、亡くなられたお婆さんの名前らしい。
去年4月に開店したとのこと、雲厳寺と黒羽の中間地点でいい立地なのかもしれません。
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中はこんな具合に日本家屋の状態にテーブル席があります。
なかなかシャレた雰囲気で、こんな田舎にと言っては失礼ながら意外な発見でありました。
コーヒーとスイーツのセットで730円、器も上品でオススメです。金土日のみの営業だそうです。
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さらに1時間歩いて黒羽の中心地の手前にある「大雄寺(だいおうじ)」に立ち寄ります。
黒羽藩主大関氏の菩提寺ですね。
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不気味な羅漢の石像が並んでいます。
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奥の方には大関家累代の墓があります。
僅か2万石程度の大名ですが、南北朝からの名家です。
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こちらは茅葺の総門、とてもシブいですね。
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そこから歩いてすぐの「黒羽芭蕉の館」へ向かいました。
入館料は300円、芭蕉の足跡と大関家の歴史が展示してあります。
午後の4時過ぎですが、入館者は私一人とはちと寂しい。
広場にある馬に乗った芭蕉と曾良の像です。
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「黒羽芭蕉の館」のさらに奥は黒羽城址となっています。
というより、館自体が黒羽城の三の丸に建っているのですね。
土塁の跡がくっきりと残っています。
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本丸の全景です。
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本丸の隅櫓が復元してありました。
ここに登ると雪を被った那須連山が見渡せます。逆光で写真は無理でした。
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そして午後5時を過ぎ城址公園を下ると、那珂川を渡る橋の対岸に今宵泊まる「ホテル花月」が見えてきました。
温泉宿ですが1泊朝食付きで6480円とリーズナブルです。
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