日曜日に「軍師 官兵衛」を観た後に9時からTBSの「ルーズヴェルト・ゲーム」というドラマを観ました。
そう、池井戸潤原作であの昨年大ヒットした「半沢直樹」のスタッフが作る第二弾であります。

主演に唐沢寿明さんをもってきて、脇に江口洋介さんを配しています。
はーーん、これはフジTVでかつてヒットした「白い巨塔」のパクリではありませんか。
あの時は、権力欲むき出しの財前教授に唐沢、人道的に生きる正義感の里見医師に江口という配役でしたが、
今回は唐沢がいい人風の社長で、江口が悪い人風の専務という第1回の印象でありました。
唐沢が前半ずーっと押さえた演技でいて、最後の方で半沢風に爆発しましたね。

多分観られた皆さんも「半沢直樹」+「白い巨塔」という印象を持たれたのではないでしょうか。
特に私が注目したのがナレーションの山根基世さんでありました。
女性でありながら重厚で落ち着いたナレーションは特筆ものです。
同じ山根さんのナレーションが「半沢」らしさを醸し出していると言えるでしょう。

山根さんはNHK出身のアナウンサーで、『朗読の加賀美幸子、ニュースの森田美由紀、ナレーションの山根基世』と称されていたそうです。
3人ともNHKを代表する名女性アナウンサーですね。
NHKを退職されて民放へも出演されることになったのは、歓迎すべきことです。
「軍師 官兵衛」のナレーションで藤村志保さんの代役となった広瀬修子アナもお仲間だそうです。
そういえば、お二人は声の雰囲気が似てますね。

山根基世さんと言えば、私の思い出はやはり91年「太平記」のナレーションがナンバーワンであります。
鎌倉末期から南北朝の混乱に次ぐ混乱のドロドロした時代をよくもまあ大河ドラマに出来たと感心する作品でした。
その混沌とするドラマで冷静な語りを淡々とされていた山根アナのナレーションがとてもマッチしていました。

「ルーズヴェルト・ゲーム」期待して観てみましょう。
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会社に新入社員が入ってきて、ソフトウェアの開発ですので先ずはプログラミング教えています。
毎日デスクワークばかりで、たまには外に出よう!ということで
会社のある田町から時計周りに山手線を一周することにしました。
そう、私が正月に歩いたコースですね。
全員が首都圏以外の出身者であり、東京を知るいいチャンスでもありました。

恵比寿で休憩後、渋谷のハチ公前で記念撮影。
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それから明治神宮に向い学習成就を祈願して参拝します。
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昼食を新宿でとった後、ALTA前で撮影。もう「笑っていいとも」はやっていないのですね。
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その後、高田馬場の私が40年前に通っていた喫茶店で雑談して目白の坂を登って池袋に到着。
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大塚で最後の休憩をとり、16時を回ったところで終了と相成りました。
約20kmくらいは歩いたでしょうか。
最後は山手線一チープな田端駅南口で記念撮影して、山手線で田町駅前の会社に戻ってきました。
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今朝の新聞で蟹江敬三さんが亡くなったことを知りました。
胃がんで今年1月から体調を崩されていたとのこと。
昨日チラッとTV朝日の予告編(今日放映の松下由樹さん主演2時間ドラマ)に出ていたので、お元気だと思っていました。
昨年すでに撮影が終わっていたのでしょうね。
好きな個性派の俳優さんでしたので、とても残念です。

蟹江さんといえば、やはり90年「翔ぶが如く」の大山格之助役でしょう。
薩摩藩の内部闘争で起こった京都・寺田屋事件では血しぶきを受けて相手に立ちはだかった鬼の形相を鮮烈に覚えてます。
大河ドラマの中でも名シーンの1つではないでしょうか。

それと西南戦争に敗れ、当時の鹿児島県令であった大山は捕らえられて東京に護送され大久保利通(鹿賀丈史さん)と対面するところですね。
大久保を憎々しげに罵倒し、唾を吐きかけて連れて行かれるところも圧巻でした。
その後、大山は処刑されるのですね。

2000年「葵徳川三代」の時にも似たようなシチュエーションがありました。
福島正則役の蟹江さんが、関ヶ原の戦いに敗れて捕らえられた石田三成(江守徹さん)に暴言を吐き、これも唾を吐きかけた?ような記憶があります。
どうも蟹江さんと言えば、エキセントリックなテンションで唾を吐くというイメージが私には強くあり、混同しているかもしれません。

いろいろ思い出深いシーンがある蟹江さん、強烈に太く短く生きられた気がします。
ご冥福をお祈りします。
宇都宮に宿泊、早朝JR日光線に乗車し今市駅で下車して日光の杉並木を歩きます。
今市駅に降り立つと、雪を被った山々が見えます。ここはまだ冬なのですね。
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町中を通り、左手に神社がある交差点で国道を右斜めに入って行くと杉並木の街道となります。
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こんな感じで国道に沿って、江戸時代からの道が続きます。
自動車もOKなのですが、朝早いので人も自動車も全く通りません。
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しばらく行くと、長い年月を経て街道が地盤沈下しています。
杉並木と道との段差を解消する工事をところどころでやっていました。
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時折り開けたところに民家があり、道はきれいな石畳にしてあります。
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杉木立は長い年月で高くなり、うっそうとした静けさの中をひたすら日光へ向かいます。
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こちらは「砲弾打込杉」といって、戊辰戦争の際に官軍と幕軍と戦った名残があります。
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5~6km歩いたでしょうか、このように街道と国道が一緒になっているところもあります。
仕方がないので、車道をおそるおそる歩くことになります。
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「並木太郎」という名木がありました。
杉並木を歩いているのに全く鼻がムズムズしません。何故でしょうか?
こちらは季節がまだ冬なので、花粉が飛んでいないのですね。
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杉並木が終わってしばらく行くと、JR日光駅のクラシックな駅舎がありました。
今まで休憩するところがなかったので、ここの待合室で一休みします。
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おお!休憩後、駅を出ると眼前に日光の山並みが迫ってきています。
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さらに2kmほど歩いて行くと、日光の入り口へ到着です。
これは家康の神号である「東照大権現」の名付け親である天海大僧正の銅像であります。
2000年「葵徳川三代」で天海役の金田龍之介さんが仏のような顔をしながら「東照大明神」を支持する金池院崇伝を論破する場面が思い出されます。
秀吉が「豊国大明神」と名乗った豊臣家は滅びたよ!と。
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銅像の反対側には朱塗りの「神橋」が見えます。
ここを渡るのに通行料がかかるそうで、私はパスしました。
料金は300円ですが、渡る人はまずいませんね。
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川向こうの道路を渡り、いよいよ世界遺産「日光」へ。
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「東照宮」へ観光客が続々と集まってきています。
こんなに人が沢山いるのに、川のところまで歩いている人は誰もいませんでした。
皆さん全員、車で(駅からはバスで)来ているのでしょう。
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入口左にある「五重塔」です。雪がまだ残っています。
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今回は「表門」のみ写して、混んでいる東照宮はパスしました。
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左に向い「二荒山神社」方向へ向かいます。
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「夫婦杉」だそうです。連れてきてあげればよかったかと・・・
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今回はこちらの三代将軍:徳川家光を祀った「大猷院」の見学をしました。
「日光山輪王寺」という寺院です。ちなみに「東照宮」は神社です。
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「うまろきゃ」という破魔矢を作った仏様だそうです。おっかなそう。
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立派な本殿ですが、家光の遺言で「東照宮(家康)を凌いではならぬ」ということだそうです。
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こちらは家光の墓所への「竜宮門」です。わりと質素ですね。
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一番豪華だったのは、こちらの入口にあった「夜叉門」でしょうか。
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「鼓楼」の周りの灯籠は各大名家の寄進だったそうです。
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帰りは再び今市まで歩いて、1時間に1本ある鬼怒川方面から来る東武特急に乗ろうと思っていましたが、
なんと1本だけ休日運行の東武日光始発特急があるということを知り、それで帰ってこれました。
ということで、この日は20kmも歩いてないので体が物足りない感じでありました。

これにて日光まで到達、次回は「白河の関」を目指します。