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4日目:小山~宇都宮

4月になると忙しくなるので、3月中に日光までは歩を進めたいと思い再び「おくのほそ道」旅を続けました。
通しての4日目は小山から宇都宮までであります。
大船から湘南新宿ラインに乗り込みます。
2時間の長丁場なので、トイレのある車両に陣取ります。
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休日の早朝、しかも大船始発なので社内はガラガラです。
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都内や埼玉のターミナルを抜けて、10時半頃に小山駅に到着しました。
前回見逃した小山城へ向って、駅前を西に歩くと国道4号線にぶつかります。
ここら辺は「小山評定通り」というのですね。
徳川家康が関ヶ原の戦いの前に上杉征伐へ向った際に、上方で石田三成ら西軍が蜂起したとの連絡をここ小山で受け、
福島正則ら豊臣恩顧の大名たちにどうするかの決意を促した場所であります。
現在の小山市役所のあたりだったとのことです。
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駅から10分ほどで小山城の大手に着きます。
春祭りの準備が施されているようです。地元では祇園城と呼ばれています。
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中世には小山氏の居城でしたが、北条氏がその後台頭しました。
空堀に北条氏の築城術が残されています。
秀吉の北条征伐後は家康の家臣である本多正純が入城しましたが、正純が関ヶ原の後で宇都宮に移った後は廃城になりました。
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お城の真ん中を突っ切って、4号線を北上します。
JR両毛線を超える橋を渡ると、左手にこれから向う日光の男体山の雪を被った雄姿が見えました。
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その右手には、あのテレビCMで有名だった「小山ゆうえんち」の跡地が巨大ショッピングセンターに様変わりしていました。
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曾良の日記にも出てくる「喜沢」というところで壬生街道を進みます。
小山カントリークラブの真ん中を突っ切って行くと、途中ゴルフ客以外でも入れる道があるので進むと古墳がありました。
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ちょっと右をのぞくと、そこはもうフェアウェイになっていてゴルファーがプレイしてました。
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2時間ほど歩いて腹も減ってきて、食事をするところを探していたらレストランみたいなところを見つけました。
「ドッグカフェ山水」とあり、犬を連れた人は右から、食事だけの人は左からと入口が別々になっていました。
いろいろあるメニューから生姜焼き定食を注文、味もまずまずでした。
この辺は民家を改装したような食事どころが多いですね。
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壬生への街道沿いには古墳が多く残されています。
こちらは「摩利支天古墳」と名付けられた前方後円墳であります。
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これが前方部。
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こちらが後円部です。
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日光街道ではとても珍しいですね。道の両側に一里塚が残されています。
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飯塚一里塚の銘があり、右側の方にはしなびれかけた細木がなんとか残存しています。
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近くには下野国の国府もあり、ここら辺は古い時代から開けていたのでしょう。
街道沿いには遠くから目印となるような大木もあります。
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壬生町に入って、本日の目的地が近づいてきました。
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街道を左に反れ、思川を渡ります。
川向こうには雪を頂いた日光の山並みが迫ってきます。
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今回の目的地である「大神(おおみわ)神社」に15時過ぎに到着。
芭蕉もここの「室の八嶋」に寄ったことを記してあります。
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細長い参道を歩いて奥へ行きます。
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あの道鏡もここにいたのですか。知らなかった。
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苔生した芭蕉碑がありました。
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ちょっとスケールが小さいような気もしますが、ここがあの「室の八嶋」です。
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8つの祠には、筑波・天満・鹿嶋・雷電・浅間・熊野・二荒山・香取の神々が祀られています。
ここにお参りすると、これらの神社にお参りしたのと同じご利益があるみたいです。
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大物主命が祀られている本殿です。
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さて大神神社に参った後は、芭蕉のたどった道から外れて東武宇都宮線で本日の宿である宇都宮へ向かいました。
東武宇都宮駅に着いたのが夕方5時頃でしたが、まだ明るいので宇都宮城を訪ねてみました。
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平成19年に木造で再建された櫓や堀がありました。
小山から移ってきた本多正純の居城でしたが、正純の改易後は譜代大名がめまぐるしく変わりました。
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お城を訪れた後は、オリオン商店街というアーケード街のコーヒーショップで一休み。
さて宇都宮といえば「餃子」
お店のお兄さんに「餃子を食べるのにおススメの店はありますか?」と尋ねると
「この先を真っ直ぐ行って右折したところに『めんめん』という店が評判」とのこと。
コーヒーを飲み終わって行ってみると数人が並んでいます。
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前に並んでいる夫婦連れに聞くと、午後6時開店だそうです。あと5分ですね。
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ご夫婦は千葉から餃子食べ歩きにいらしたそうで、せっかくですから同じテーブルにご一緒させてもらいました。
羽餃子といってました。パリパリの皮がおいしさを引き立てていました。
1皿に6個あって350円。それとラーメンが600円でした。
3個食べてから写真を撮ることに気付いたので、3個に減った状態です。
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この日は明日の日光行きを考慮して、JR宇都宮駅近くのホテルニューイタヤに宿泊。
1泊朝食バイキング付で6000円でありました。

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2014/03/28 08:59 |おくのほそ道COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

3日目:古河~小山

「おくのほそ道」の旅、3日目は茨城県古河から栃木県小山まで歩きました。
昨晩は暗くてよく分かりませんでしたが、泊まったのはわりと立派なホテルでした。
「ホテル山水」というところで、朝食付きで5600円とリーズナブル。
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このホテルの周りは旧武家屋敷で、ホテルの前も塀が立派なお屋敷でかつては古河藩の家老筋のお宅だそうです。
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初めて訪れましたが、城下町らしい落ち着いたたたずまいの町並でした。
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こちらが古河のメインストリートですね。
日光街道は埼玉県からダイレクトに栃木県に行くと思ってましたが、古河だけは茨城県でかすめるように茨城を通過します。
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そしていつのまにか野木という宿場を通過しますが、ここからが栃木県となります。
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かつての豪農でしょうか。立派な門構えのお家もありますね。
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これまた立派な山門を有する「法音寺」というお寺です。
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由緒正しきお寺なのでしょう。芭蕉の句碑がありました。
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東京から70km地点にきました。もう小山市内に入っています。
昨日の30kmがかなりこたえているようで、今日はまだ10kmくらいしか歩いてないのに疲れています。
なんとなく足が重い、どこが痛いとかというわけではなく、腰と太ももの疲れですね。
東海道の時も大丈夫でしたが、マメや靴擦れは全く発生しないのが救いです。
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芭蕉が春日部の次に泊まったという間々田宿に来ました。
こちらには間々田八幡という有名な神社があるということで、立ち寄ってみました。
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源頼朝が奥州攻めの際に植えたという「頼朝手植えの松」がありました。(実際は2代目か3代目くらいだそうです)
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広大な敷地を持つ神社で、今では一部が市民公園となっています。
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20kmくらい歩いてきて、小山市の中心部に入ってきました。
こちらも「須賀神社」といって由緒正しきところらしいですが、バテ気味で寄り道する余裕がありません。
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きれいに整備された歩道が続き、駅が近くなったようです。
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十字路を右に曲がるとJR小山駅が見えてきました。
新幹線も停まる駅なので、駅舎が立派ですね。千住から70km歩いてきたゴールインです。
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今まで北関東は歩いたことがなかったのですが、案外落ち着いた町並が続くところでした。
しかも小山から横浜は湘南新宿ラインで1本です。新幹線も使わずに僅か2時間で帰ってこれました。
次回は小山スタートなので、小山城なども見学してから日光へ向かいましょう。

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2014/03/20 09:34 |おくのほそ道COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

2日目:春日部~古河

「おくのほそ道」紀行の二日目は、埼玉県越谷を立ち茨城県の古河に向かいました。
越谷の宿を朝8時前に立って、1時間ほど歩くと春日部に入ってきました。
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さらにそこから2時間、粕壁(旧名)宿の入口に芭蕉が泊まったという「東陽寺」があります。
門の右手には芭蕉の碑が目立たずにありました。
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こちらが今の春日部の中心街です。ところどころに粕壁という表示もありましたね。
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途中、国道沿いの蕎麦屋で昼飯をすませ、次の宿場である杉戸へ12時前に入ってきました。
中央の丸いボールは地球儀で、ここ杉戸はラスベガスなんかと同じ緯度だそうです。
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杉戸の中心街には「本陣跡地前」という交差点もありますが、本陣跡の確認はできませんでした。
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かつての庄屋さんのような建物も残されていて、往時を偲ばせてくれます。
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ただひたすら歩いて、午後の3時過ぎには幸手(こうで)宿に到着です。
東海道の時と違って観光名所がないので、歩く距離は進みますが体の疲労はかなり溜まってきます。
珍しく喫茶店を見つけたので、すぐに飛び込みました。
コーヒー1杯200円と格安です。
周りを見ると年配の方々が多く、ボランティアの方がやっているとのこと。
千住から芭蕉の跡を追って歩いていると説明したら、皆さんビックリしていました。
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少し休んで元気が出てきました。
今日の目的地の古河まではまだ10km以上。
もう午後の4時ですから果たして日没までに到着できるでしょうか。

東海道でもよく見かけた枡形が残されています。
白須賀宿での説明を覚えていますが、「曲尺手(かねんて)」といって街道を直角にカーブさせて
大名行列が鉢合わせしないように見えなくする手法であります。
先行する人が判断し、向こうから来る大名が格上だったら殿様を寺などで待機させるよう準備するものです。
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そろそろ利根川が近くなって、川堤が盛り上がっています。
この近くは「権現堂公園」といって桜の名所だそうですが、利根川の治水のために堤を造って桜の木を植えたそうです。
明治天皇がこちらに行幸された際に、この堤の完成をお褒めになって以来「行幸堤」と呼ばれるようになったと碑に書いてありました。
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上の写真のところから堤の上は国道4号線が通り、歩道はありません。
仕方なく堤の下の細い道を延々と栗橋方面へ歩いて行く苦難が続きました。
歩くこと1時間半、5~6km進んだところで夜の帳が下りてきました。
1つ前の栗橋駅から東北線の電車に乗り、古河駅に到着です。夜の6時半でありました。
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本日はただひたすら歩き、なんと過去最高の5万歩を超え30km以上歩いたことになりました。
フーもうクタクタ。

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2014/03/14 09:47 |おくのほそ道COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

初日:千住~越谷

3月になれば少しは暖かくなるだろうと思い、満を持して松尾芭蕉の歩いた足跡をたどる旅に出かけました。
ところがどっこい意に反して季節は真冬に逆戻り、冷たい北風の吹く過酷な旅となりました。
これも天が与えた試練なのでありましょうか。
先ずは旅の安全を祈願するために千住大橋の手前にある「素盞雄神社(すさのおじんじゃ)」へ参ります。
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神社の境内にはあちこちに立派なお雛様が飾ってありました。
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隅田川をまたぐ千住大橋を渡ります。
昭和2年に建てられたといいいますから築90年近いですが、ビクともしない頑丈な造りですね。
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橋を渡った袂には「おくのほそ道矢立初の碑」があります。
矢立とは江戸時代に使われた携帯用の筆と墨ですね。
芭蕉は深川から舟できて、「行春や 鳥啼魚の 目は涙」と詠みました。
いざ出発!
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千住の旧道へ回ると、やはり「奥の細道」モニュメントがありました。
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日光街道における宿場の賑わいを残す北千住界隈であります。
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保存されている旧家が目を引きます。
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こちらは千住でも北端の荒川に近いところにある「名倉医院」。
江戸の頃から「ほねつぎ」で有名だったようで、今でも診療しているようです。
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荒川にかかる千住新橋を渡ります。
この日は風がことのほか強く、さえぎる物のない橋の上ではとても難儀いたしました。
東海道のときもそうでしたが、寒さよりも風の方が旅人にとっては大敵です。
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東武スカイツリー線の梅島あたりを北上して行きます。
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毛長川というところを渡ると埼玉県の草加に入ります。
足立区を過ぎるのに2時間も要しました。
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草加の駅を過ぎ、旧街道が綾瀬川にぶつかるところに芭蕉のパートナーである曾良の銅像がありました。
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そして道路の向い側には、これまた「草加せんべい発祥の地」という記念碑が、さすがです。
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川沿いは「札場河岸公園」という形で整備されており、ここら辺は日光街道の高札場(幕府のお達しを掲示するところ)であったのでしょうね。
メインの芭蕉の銅像もあります。
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木造の望楼も復元してあります。
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こちらは「矢立橋」と名付けられ、交差する道路を渡る歩道橋です。
向こうに見える松並木を整備し、芭蕉の足跡を守ろうとする努力が感じられます。
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松原団地あたりまで1km以上も松並木が続き、いい散歩コースとなっています。
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アスファルトの街道ですが、昔からある祠に花が手向けられています。
ここら辺は川が蛇行していて、江戸時代は度々氾濫していたのではないでしょうか。
そういう理由から水神を祀っているのでしょう。
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綾瀬川を渡ると、そこはもう越谷になります。
本日は初日ですが20kmは歩きました。
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越谷宿で300年も旅館を営んでいるという「河内屋」さんが今宵の宿。
レストランで夕食を済ませて午後6時にチェックイン。
2階の左端が私の泊まった部屋で、ここで一番いい部屋のようでした。
間口が狭くて奥行きが広い、典型的な昔の造りです。
1階に大きなお風呂もあり、ツインベッドのシングル利用で7400円(朝食付き)。
やや高めでしたが、とても落ち着いた部屋でぐっすり安眠できました。
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2014/03/08 20:47 |おくのほそ道COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

秀吉との遭遇

信長との出会いもさることながら、秀吉と知り合ってからの官兵衛は俄然輝きだしましたね。
播磨の小寺家の一陪臣だった黒田官兵衛が一躍全国規模の舞台にデビューしたという感じです。
やはり秀吉が太陽で、それなしでは輝かない月のような存在だったのでしょう。

この秀吉との遭遇から本能寺の変後の「中国大返し」までが一番官兵衛が活躍する時です。目が放せませんね。
今日は秀吉のもう一人の軍師である竹中半兵衛との知恵比べですか、楽しみです。
ところでこの「軍師官兵衛」の配役が絶妙です。
官兵衛の運命を握るであろう要所要所の人物に実に味のある俳優を持ってきています。

先ず最初の主君である小寺政職に片岡鶴太郎さん。
秀吉には96年「秀吉」の主役:竹中直人さん。
そして官兵衛を幽閉し生死を握ることになるキーマン荒木村重には田中哲司さん(今回初めて名前を知りました)。
この村重が面白いキャラになっています。
豪胆のようで繊細、小ズルイようなとても愛すべきキャラを田中さんが好演しています。

荒木村重という人物を以前より面白いと感じていました。
摂津池田の官兵衛と同じような一陪臣ですが、先祖は藤原秀郷だということですから名門です。
信長に接近してからは出世して、軍団長の一人として秀吉や明智光秀なんかと同格になりました。

そこからの人生が面白いのですね。
信長に反旗を翻して、有岡城に立て籠もり、説得に来た官兵衛を幽閉するのです。
それから後はドラマでも描くでしょうから簡単に説明します。

1年の籠城の後、妻子や家臣を捨てて逃げ出し、落城後は毛利を頼って生き延びるのです。
その後の歴史からは一旦姿を消すのですが、本能寺の変の後で堺に姿を現し、茶の湯で頭角を現して「利休十哲」の一人として復活します。
ですから、秀吉や官兵衛たちと再び会うこともあったでしょう。
その後も毀誉褒貶の多い人生で、いろいろトラブルを起こすようですが殺されること無く天寿を全うします。

戦国時代でも珍しいエレベーター人生で、官兵衛との生き方の比較が面白いユニークな人物だと思います。
物語の主役には難しいですが、スパイスの効いた脇役にはうってつけのキャラではないでしょうか。

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2014/03/02 09:36 |軍師官兵衛COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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