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「清須会議」観ました

三谷幸喜さん監督・脚本の映画「清須会議」を観ました。
率直な感想は・・・イマイチ。

本も読んでいたし、期待して映画館に行ったのですが、あまり面白くなかった。
いつもの三谷ワールドのキレがありませんでした。
三谷作品の中でナンバーワンと言われる「THE有頂天ホテル」には遠く及ばないような気がします。
前作「ステキな金縛り」はそれほどヒットしませんでしたが、それと比べてもどうかなという程度でした。
(「ステキな金縛り」に出てた更科六兵衛がちょこっと出てきたのにはビックリ)

それでは何がウケなかったのか、今回は今までの三谷ワールドと違い、有名な歴史上の人物が登場します。
その人物のキャラが三谷流の喜劇のキャラとマッチしてなかったのでは。
それと誰でも知っている秀吉を始めとする登場人物のキャラについての掘り下げが足りなかったような気がします。
ですから、それらの人物に対してある程度事前知識のある人々には、物足りないかもしれません。
反面あまり史実を知らない人にとっては、コメディとしてスンナリ受け入れられるのかも。

柴田勝家役の役所広司さんやお市役の鈴木京香さんなどはよかったし、池田恒興役の佐藤浩市さんなどは面白いキャラに仕上がっていました。
しかし、羽柴秀吉役の大泉洋さんや丹羽長秀役の小日向文世さんはどうかなと思いました。
今回、秀吉は道化役でしたが、三谷さんならもうちょっとハチャメチャなキャラにしてもよかったのではと感じました。

また、この作品のキーマンである丹羽長秀についてもキャラが中途半端・・・多分、この清須会議でのどっち着かずが長秀本来の性格なんでしょうが、それが作品全体の雰囲気を覆ったような気分になりました。
だから私の鑑賞後の感想は、小日向文世さん主演の「苦渋の決断」というテーマになった気がします。

今まで架空の人物を扱った現代劇のドタバタ喜劇では自由闊達な三谷ワールドですが、実際の歴史上の人物を描いた今回の作品では、先入観というものから自由度が制限されて少し固めの作品になったのではないでしょうか。

1つ掘り出し物がありました。お寧(秀吉の妻)役の中谷美紀さんがチャーミングでした。
来年の大河「軍師官兵衛」では、これも官兵衛の妻役です。旬の女優さんなんでしょうね。

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2013/11/23 21:01 |未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

広島:郡山城

広島に用事があり、ついでに翌日朝早くから毛利氏の本拠地である安芸吉田の郡山城を攻めてみました。
晩秋の山城はどんな風情なのでしょうか。
正午着の新幹線で広島駅に到着、仕事の目的地へ徒歩で向う途中あえて広島城のお堀端を歩いて行きます。
隅櫓と堀、青空のコントラストがいい感じ。
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市内中心部で行われたイベントに参加し、夕方には川沿いを歩き今宵のホテルへ向かいます。
途中には世界遺産の「原爆ドーム」があります。
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外人観光客もチラホラいましたが、この無残な姿を後世に残していかなければなりません。
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ホテルにチェックイン後、夕食ついでに平和大通りを歩くと「光のページェント」となっていました。
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なんとも美しい。
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今の時期は試行期間ということで、30分ほどで帰る頃には消えていました。
丁度いいタイミングで外出しましたね。
この中を歩いて行けました。
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さて翌朝6時に起き、朝食を済ませ広島バスセンターから吉田という山奥の地へ向かいました。
なんと片道1時間半もかかり、途中トイレに行きたくなったのですが1時間に1本しかバスはなく、必死で我慢しました。
なんとまあ体に悪いことでした。
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上の案内図に沿って、左回りで登山開始です。
仕事でやって来ているので、スーツ姿にリュックですが靴だけはトレッキングシューズを履いてきました。
左の橋を渡り、山間を回り込んで行く様に進みます。
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先ずは毛利元就公の墓に参拝します。周りは荘厳な雰囲気に包まれています。
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こちらが元就公の霊廟です。この下の檀には家族のお墓もありました。
墓巡りはシロウトですが、なかなか質素でいい雰囲気がしました。
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山すそに沿って、毛利家の本城:郡山城の中心を目指します。
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約20分も登ると、破却された石垣もあり本丸が近いと感じられます。
ややガスってますね。
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97年の大河ドラマ「毛利元就」(中村橋之助さん主演)はここが作品の舞台でした。
原作の永井路子さんの小説のタイトルは「山霧」。
まさに永井さんは、このシチュエーションをご覧になって書かれたのではないでしょうか。
小説やドラマを見たら、その後その現場を歩くと主人公や作者と一体になれるもんですね。
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広場にでると、そこは二の丸でした。
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そして一段高くなっているところが本丸です。
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本丸から二の丸の方を見ると段差がよく分かります。霧の出具合も。
そういえば、朝早いのでここまで人に誰とも会っていません。
「熊」や「まむし」注意という看板がありましたが、そんなのには遭遇したくありませんよね。
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三の丸の大手道付近に残されている石垣の残骸です。
元和の一国一城令で破却されたのでありましょう。
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下ってくる途中の展望台で安芸吉田の町並が見えていました。
右手の山間の道が広島へ向う方向です。元就の時代は大変な山奥だったことでしょう。
ここでは尼子氏も大内氏も攻めきれないような気がします。
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今回の登山では、初めて貸し出し用の杖を使ってみました。
あまり人の気配がしなかったので、熊や山賊から身を守るための護身用にと持って出かけました。
使ってみると楽でした。特に下りで滑るので体を支えるのに重宝しました。
今後の山城登山には必需品になりそうです。
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帰りのバス停から見上げると、丁度下って来た山並みが見え、あそこに城があったんだなと。
晩秋の郡山城の余韻を楽しみながら、再び1時間半の路線バスで広島へ向ったのでありました。
帰りはトイレ大丈夫でした。
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2013/11/16 22:03 |城めぐりCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

茨城:水戸城

JR佐倉駅から成田線、鹿島線、それと鹿島臨海鉄道を乗り継いで2時間半、水戸へ到着しました。
目指すは徳川御三家の居城:水戸城です。
午後の3時にやっとこさ水戸駅に到着。
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お城の方角である北口にでると、黄門様一行がお出迎えです。
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先ずは右手の方の搦め手から本丸を目指します。
二の丸の手前に義公(徳川光圀つまり黄門様)生誕の地という神社がありました。
わりと新しいもののようです。
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本丸と二の丸の間には大きな空掘があり、JR水郡線になっています。
右手が本丸で中央に大手橋が架かっています。
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本丸へ向って坂を登りながら振り返ると、本丸の隅櫓があったところという記述がありました。
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さていよいよ本丸への橋を渡ります。
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なんとそこは水戸第一高校の敷地でありました。
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看板があり、関係者以外は立ち入り禁止であるが、史跡見学はOKとのこと。
三の丸から移設された「薬医門」が保存されてありました。
これが水戸城として残された唯一の建造物らしい。なんとまあ・・・
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本丸から二の丸へ向う大手道です。両側に学校が並んでいます。
水戸城のほとんどが学校になったのですね。それはそれで有効活用ですが、なんとなく残念。
同じ御三家でも名古屋城や和歌山城の現状とはまるで違う形状になっています。
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三の丸へ進む手前に「大日本史編纂之地」という真新しい石碑がありました。
この右手の立派な門や白壁は何の施設かと思いきや、水戸第二中学校の校門でありました。
やはり黄門様の御威光はすごい。
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二の丸から三の丸へ渡る橋です。この下の空堀は道路になっています。
橋を渡ったところに藩校の弘道館があるはずです。
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弘道館は二年前の大震災で壊滅的なダメージを受けて、現在補修工事中で中に入れません。
ここは震災の1週間前に偕楽園を訪れた後に寄った場所であり、その有様に愕然としました。
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三の丸の弘道館公園を抜けると、大層格式のある建物がありました。
水戸市役所でしょうか?横浜のキング(神奈川県庁)に似ていますね。
ここも震災の被害を受けて、北側の仮庁舎で業務を行っているとのこと。
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この立派な建物の前には三の丸空掘の遺構が残されていました。
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その後、空堀前の道路を千波湖に向って下って行きました。
千波湖大橋を渡り、湖畔に到着する頃には夜の帳が降りてきました。
千波湖から眺める水戸駅、水戸城方面です。この湖が城を守る天然の外堀となっていたようです。
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そして水戸発の「スーパーひたち」に乗車し、上野経由2時間で横浜へ帰ってきました。
秋の1日、東関東日帰りの旅おわり。

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2013/11/08 23:24 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

千葉:佐倉城

横浜から2時間かけて、千葉の佐倉というところにやって来ました。
幕末まで存続した佐倉城がお目当てです。
ちょっと駅前が寂しげな京成佐倉駅に降り立ちます。
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駅から歩くこと10分くらいで、こじんまりとしたお堀が見えてきました。
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坂を登って行く途中に「臼杵大仏(大分県)」の切り出した岩壁がありました。
何故こんなところに?山の上にある国立歴史民俗博物館と関係あるのかしらね。
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小さなお城かと思ってましたが、意外にも大きな空掘のある巨大な城郭でした。
譜代大名の堀田氏11万石のお城ですもんね。
空掘りの向こうに見えるのが博物館です。今回は時間の都合で立ち寄れませんでした。
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戦前は陸軍の佐倉連隊の駐屯地になっていましたが、戦後は公園となり市民の憩いの場になっています。
石垣は使われておらず、土塁で囲まれた城郭です。
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二の丸へ向うところに幕末の老中:堀田正睦(ほった まさよし)の銅像がありました。
この像の左側には、やはり幕末のアメリカ総領事:ハリスの銅像もありました。
やはり佐倉では堀田さんはヒーローなのですね。
2008年大河「篤姫」では辰巳琢郎さんが演じてたのを覚えてます。
堀田正睦は元々は「正篤」という名前だったのを篤姫に遠慮して「正睦」に変えたという経緯があります。
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この辺が二の丸だったところです。
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二の丸から本丸に行く途中の空堀です。もうちょっと手入れしてほしい。
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そしてここが本丸に入場する「一の門」の跡であります。
左手に広がっているところが本丸です。
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本丸を取り囲む土塁です。かなりの高さに盛り土されています。
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本丸の一番奥にある「銅櫓」跡です。
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一番手前の台所門(不明門)から本丸全体を見渡しますが、かなり広い本丸です。
かつては御殿があったのでしょうが、今は芝生の遊び場となっています。
奥の中央生垣あたりには御三階櫓(天守)があったそうです。
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台所門から外に出て、本丸の裏手を歩いてみました。
本丸を取り囲む形で、帯曲輪(おびくるわ)という防御用の道がずっと続いてます。
この左手の崖の上が本丸です。
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帯曲輪をグルッと周って、正面の大手道を今度はJR佐倉駅方面へ歩いて行きます。
途中、「武家屋敷」という看板があったので行ってみると奥まったところに3軒ほど保存されてありました。
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それと右手の生垣にこんな看板がありました。
あの日露戦争のヒーロー、満洲軍総参謀長:児玉源太郎がここに住んでいたのですね。
中佐から大佐になる5年くらい佐倉連隊所属だったそうです。
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東関東の旅つづく・・・

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2013/11/03 09:24 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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