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二川~吉田(豊橋)

やっとこさ静岡県(白須賀)を抜けて愛知県(二川)に入ってきました。
途中何の変哲もない単調なキャベツ畑だけが続く車道に沿って5kmくらい歩きました。
本日は風も強く、往時の旅人の苦労が身に浸みました。
何度も止めようかしらと思う気持ちを抑えながら二川宿にたどりつきました。
民家が見えてきた時には思わずホッとしましたね。
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二川宿は全戸をあげて往時の宿場を再現しようとしているようですね。
各戸の玄関にはそろいの暖簾と吊るし雛があります。
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商店もこんな感じで、ギラギラしたような現代風のものが全くありません。
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こういった格子戸の家が多く、環境保全に気を使っています。
この風情は蒲原・由比・興津あたりの雰囲気と同じです。
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喫茶店にでも入って冷えた体に熱いコーヒーでも一杯というところですが、やはり店はないですね。
でもありました。ボランティアの方々がやっている茶店を見つけました。
古い商店を借りて、旅人にお茶やコーヒーと菓子をふるまってくださっています。ありがたいことです。
オバサマ達に今までの旅の感想を話したりして、しばし疲れを癒すことができました。
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二川宿の見所は本当の本陣の遺構を資料館として公開していることです。
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本陣の中に入るとお雛様のオンパレードでありました。
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こういった形で6畳間が続いてますが、全体にお雛様を飾っています。すごい数ですね。
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吊るし雛もバラエティに富んでいます。
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こちらはオーソドックスな檀飾りで落ち着きます。
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本陣の奥まったところまで行き着くと「上段の間」があります。
こちらに殿様がお泊りになるのでしょうか。
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脇には庭園もしつらえてあります。本格的に復元されてます。
総建坪は233坪にもなるそうです。
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本陣の横には旅籠「清明屋」も復元されてあり、入ると若い女中さんが旅人の足を洗ってました。
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こちらは本陣の奥にある資料館の2階の「東海道再現コーナー」です。
ここの旅の娘さんの顔、さっきの女中さんに似てますね。モデルがいるのでしょうか。
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これが「二川宿本陣資料館」でした。入場料は400円です。
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そしてまた変哲のない道をたどり、次の宿場:吉田宿(現在の豊橋)へやってきました。
おおー、路面電車が通ってますね。
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豊橋は池田輝政が本格的に縄張りをした吉田城があります。初めてですので行ってみましょう。
大手門付近にはクラシックモダンな公会堂があります。
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本丸へ入場する門の石垣ですが、なかなかのものですね。橋の両脇は空掘りです。
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本丸の北西部にある再建された鉄(くろがね)櫓です。
この裏を流れている豊川の蛇行が美しかったので写真に収めようとしたら、何とバッテリー切れ!
残念でした。
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その後、城下町の枡形(直角に曲がる道)を忠実にたどりながら東海道を進み豊橋駅へ到着。
無事本日の日程を終了し、18:45発の新幹線ひかりで横浜へ帰ってきました。
帰りはわずか2時間!いつもながら新幹線は早すぎる。
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本日の歩いた距離は22km 37000歩でありました。

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2013/02/22 14:54 |東海道53次COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

新居~白須賀

今回は日帰りで53次の31番目:新居宿から旅しました。
朝6時に横浜の自宅を出発!日の出までやや時間があり、まだ薄暗い状態です。
それでも東海道線はほぼ満席。やっとこさ座れました。

沼津と浜松で各駅停車を乗り継ぎ、4時間半かけて10時半に新居町駅に到着。
快晴ですが風が冷たく、徒歩の旅には大変そうです。
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往時は舞坂から浜名湖を船旅でということですが、現代人の私はJRと徒歩で新居の船着場に到着です。
きれいに整備してあります。東海道を旅する人が増えてきているのでしょうか。
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船着場から見る新居の関所です。なかなかいい情景です。
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関所の全景です。資料館と旅籠「紀伊国屋」とのセット券で400円。
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中には関所のお役人さんたちが待ち構えていて、厳しい詮議を受けます。
「入り鉄砲に出女」をメインにチェックしますが、現存する唯一の関所の建物だそうです。
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こちらは通りの向い側にある「紀伊国屋」という旅籠の遺構です。
主人が紀州の出身で昭和30年代まで本当に営業していたとのこと。
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内部には資料と時節柄お雛様が飾られていました。
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2階に上がると黒光りする階段と板の間に歴史を感じます。
帰りがけ受付の方に聞いたら、明治7年に火事で焼けてすぐに再建されたものとのことです。
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同じく受付の方に教えてもらい、裏口を出てしばらく行くと芸者の置き屋さんがあるとのこと。
こちらも明治の建物です。
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2階には昔の芸者さんの白黒写真と習い事の道具が展示してあります。
時代感覚が遡り、東海道の旅にうってつけであります。
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先ほどの旅籠の主人も疋田さんという名前でしたが、この本陣の主も疋田さんです。
そういえば「疋田医院」とか「疋田魚店」とかもありましたね。
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上の本陣から先を歩きますが、早く起きたので腹が減ってきました。
何か食べるところがないかなと、探しますがありません。
ふと目についたのが「焼き芋始めました」との木札がぶら下がっていました。
小さいお店の中に入ると93歳になるというおばあちゃんが一人でやってました。
ふっくらホクホクのとっても美味しい焼き芋でした。

後ろの絵はキャイーンのウド鈴木さんが、ここを訪れた時に描いたものだそうです。
なかなか暖か味があり、いいじゃん!
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腹ごしらえも済ませ、先を急ぎます。
街道右手には室町幕府の将軍:足利義教がここで紅葉を鑑賞したという紅葉寺の跡が残されています。
足利義教といえば、歴史上唯一「くじ引きで選ばれた将軍」です。
あまり評判のいい将軍ではありませんが、この辺にも現れたのですね。
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左手の向こう側は遠州灘ですが、今日は風が強くて歩くのに難儀しました。
東海道らしい松並木も続いています。
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ここら辺りは「元町」と呼ばれ、旧白須賀宿があったところですが津波で壊滅的な被害を受け宿場を小高い丘の上に移動させたそうです。
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進む右手の方に東海道の名所「潮見坂」が見えてきました。
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汗をかいて登りきり、後ろを振り向けば陽光に輝く雄大な遠州灘が眼前に広がります。
広重でなくとも絶景だと感じますね。
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そしてこれが新しく高台に移設された白須賀宿のたたずまいです。
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ここにはくっきりと曲尺手(かねんて)と言われる枡形が残されていますね。
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曲尺手については以下の説明を参照。
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今回は写真が多くなったので、次ぎの二川宿へ向う旅がさらに続く・・・

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2013/02/17 14:37 |東海道53次COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

浜松~舞坂

浜松の東海道沿いにあるホテルを朝8時前に出立!3日目に雨が降らないのは初めてです。
城下町では先ずはお城に立ち寄ってからですね。
街道沿いに「浜松城大手門跡」の立て札がありますが、往時の面影は一切ありません。
完全に都市化されています。
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去年3月に訪れた浜松城との再会です。天守の周りが全て工事中になっていました。
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さて東海道に戻って浜松宿の中心を歩きますが、つまらん!
いえいえ浜松がということではなく、東海道として。
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次ぎの舞坂宿へ向う道も単なる車道と化していて面白くもなんともなく退屈。
たまーに、こんな風に八幡神社があると立ち寄りたくなります。
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舞坂への手前でやっと東海道らしい松並木が現れました。
これがなかなかのもので、700mも続いてます。メンテナンスに苦労されていることでしょう。
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松並木の歩道側には53次すべての石碑が並べられてあり、今まで歩いた宿場、これからの宿場を一通り通過することができました。
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本家「舞坂」だけは大きめのレリーフで出来ていました。
「今切(いまぎれ)」と言って、1498年の地震で浜名湖は淡水湖だったのが陸地が切れて海水が流れ込んで来たと記述されてあります。
舞坂から次ぎの新居までは東海道は船旅となるようです。
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松並木が途切れるところが公園になっていて、トイレ休憩もできるようになっています。
これは「浪小僧」という遠州灘に住むという妖怪です。妖怪にしては可愛く出来てますが・・・。
漁師に助けられた浪小僧が波の音で天気を知らせるようになったとの伝説があります。
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長かった松並木もここでオシマイです。
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これより舞坂宿へ入りますが、入口に見付石垣の一部が残っています。
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中央付近に「本陣跡」の石碑だけがありますが、周りに面影は残っていません。
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しかしながら、宿場の浜名湖寄りには「脇本陣」が移築され無料で観覧できます。
入口横で案内のオバちゃんが昼飯を食べていましたが、手を止めて案内してもらいました。
ついでに記念写真なども撮ってもらい、お手数をかけましたね。
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鰻の寝床のように奥行きが広く、一番奥のエライ人が座るところから入口方面が見渡せます。
ここに座って写真を撮ってもらいました。
脇本陣の遺構が残っているのは、ここくらいだということです。
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脇本陣を出て進むと、すぐに浜名湖が見えてきます。
ここは「北雁木(きたがんげ)跡」といって、当時の船着場であります。
ここから新居までは船旅ですが、現代は船は出ていません。
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仕方がないので徒歩でJR弁天島まで進みます。
すると眼前には浜名湖が広がってきました。
今回は所用があり、ここで東海道の旅は一旦打ち止めとしました。
次回は船旅の代わりにJRで新居宿(写真の中央辺り)へ行き旅の再開をすることにしましょう。
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本日の歩いた距離は17km 28000歩でありました。
3日間トータルで66km 109000歩となりました。

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2013/02/07 14:50 |東海道53次COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

掛川~袋井~見付(磐田)

さて東海道の旅に戻ります。
朝8時前に掛川の旅館を出発!朝早いですが掛川城を確認しておきましょう。
一昨年の城めぐりの旅1回目で訪れたなつかしい場所です。

宿から東海道に出る交差点の向こう側に清水銀行掛川支店の珍しい建物が見えます。
感心ですね。朝早いのに行員さんが周りを掃除しています。「ご苦労様」と声をかけました。
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前回訪れた時には確認しなかった掛川城の大手門です。
5万石程度の大名の格としては立派な造りです。
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そしてこれが天守閣。再建ですが木造でしっかり造られています。
昨夜もこの城が遠目に見えて、掛川に着いたという安堵感がありました。
早朝なので登城はせず、そのまま東海道を上ります。
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東海道をそのまま1kmほど行くと、右手に「平将門十九首塚」の案内表示があります。
将門一門19人を討ち取った藤原秀郷が、敵とはいえそれなりの武門ということで丁重に弔ったといいます。
真ん中の大きいのが将門の塚で周りを取り囲むように18人のものがあります。
この辺りで首実検をしたのでしょうか。地名が十九首町となっていました。
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袋井宿が近づくにつれ、美しい松並木が見えてきました。
単調な歩き旅にホッとした気分が流れます。
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一里塚も整備されて、歩く旅人の心情をくすぐります。
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隣の小学校も「東海道53次どまん中」をウリにしていますね。
そう袋井宿は53次の27番目、丁度真ん中なのであります。
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街道を一歩中に入るとのどかな田園風景が広がっています。
本当に駿河もそうですが遠江も豊かで温暖な国だと分かります。
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そしてこれが袋井宿の入口にある「どまん中茶屋」という資料館です。
そろそろ昼時だったので、ここのオジサンに聞いた蕎麦屋で昼食をとりました。
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昼飯をすませ、現在の袋井宿を歩いて行きます。ただの田舎町という雰囲気です。
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袋井宿の京側はずれには宿場公園があり、高札なども復元されてあります。
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東海道を歩いていると神社仏閣が多いのが特徴ですが、それと同時に徳川家康がらみの逸話も多いですね。
ここもあまり有名な神社ではありませんが、ふと立ち寄ると興味ある立て札がありました。
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「徳川家康公腰掛石」だそうです。
私めも休息のためにどっかりと座ってみました。
そうかー家康公もこの石に座ったのかーと、ちょっと恐れ多いけど自己満足も。
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そんなこんなでトボトボとひたすら歩いて午後の2時過ぎには見付宿(現在の磐田)へ入ってきました。
右手に「旧見付学校」という看板が見えます。
現存最古の小学校であり、明治の洋風建築を体験できます。
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タダですので、中も拝見させてもらいました。明治時代の授業風景でしょうか。
4階5階は展望室となっていて、当時の見晴らしのよさが想像できます。
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これが現在の見付宿の有様です。
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日も傾いてきましたが、富士川・大井川に続く東海道に待ち構える大河:天竜川へ差し掛かりました。
ネットでかつて東海道を歩いた方のレポートを見ると、左側に見える車専用の橋しかなく怖い思いをしたりバスで渡ったという記述がありました。
今はこちらの新しい橋ができ、左側に広い歩道もあって容易に歩いて通過できるようになりました。
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この橋をわたると、そこはもう浜松市であります。
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ただひたすら旧道を歩いて行き、夜の帳も下りた頃に浜松駅前に到着です。
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宿は東海道沿いの旧本陣付近のホテルを確保していますが、その前に夕食ですね。
浜松といえば「鰻」!これしかありません。
1年前に浜松城に登城した際に寄った店がホテルの近くにあると気付きました。
2度訪れると土地勘が増すようですね。ここで前回横の人が食べていた「鰻茶漬け」を注文。2800円。
1杯目はそのまま、2杯目は薬味を入れて、そして3杯目は茶漬けで。美味でした。
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本日の歩いた距離は26km 43000歩でありました。

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2013/02/01 12:23 |東海道53次COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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