2012
10.28

戸塚宿~神奈川宿を歩いてみました

Category: 東海道53次
日頃の散歩と水泳で鍛えている体力がどの程度のものなのか試してみたく、
思いついて昨日は東海道の旧道を歩いてみました。
横浜の自宅を朝8時にスタートして、先ずは戸塚宿へと向かいます。

柏尾川のほとりの住宅街をのんびり歩き始めました。
柏尾川

国道1号線にぶつかると「戸塚」の地名の元となった「冨塚八幡宮」があります。
ここで一旦お参りです。
冨塚八幡宮

芭蕉の句碑などもありますね。
芭蕉の碑

戸塚宿~JR戸塚駅を通過してさらに国道沿いを保土ヶ谷方面に行きます。
街道沿いには農家もあり、軒下にこんな風に作物を売っています。
人が誰もいないので、玄関から声をかけて買うのでしょうね。
農家の軒下

古い土蔵のある家もあり、ところどころに時代が取り残されています。
蔵の家

戸塚宿を過ぎたあたりで中間点でしょうか。歩数計をみるとすでに9kmは歩いてます。
腹も減ってきていますし、休みもとっていないので目に入った「かっぱ寿司」(回転ずし)で昼食をとりました。

食後さらに歩いて東戸塚を過ぎるあたりには高層マンションが立ち並び、新旧のコントラストが見られます。
東戸塚の高層マンション

マンション群を左手にみながら、高台の旧道を進みます。
こんな道ですが、れっきとした東海道なのであります。
品濃の旧道

だらだらと続く坂を登る途中に「焼餅坂」という表示があります。
かつての旅人が汗をかいて一休みする茶店で焼餅を出していたことからのネーミングだそうです。
焼餅坂

坂を登り切ったところの平地に「境之木」の標識があります。
ここが武蔵国と相模国の境目だそうです。
右手には境木小学校と境木中学校という名前の学校が並んでありました。
境木

途中こんな立派な門構えの住宅もあり、江戸時代からの名主か名士のお家なんでしょうね。
ホント、旧道沿いには広い家が多くあります。しかも横に広くて平屋です。
上に伸びるのは土地が狭いからですね。
門構え

これが有名な「権太坂」です。
名前の由来は、坂の名前を問われた老人が耳が遠いため自分の名前を聞かれたと勘違いし
「権太」と言ったことから名づけられたそうです。

今回の私は下りでしたが、江戸から来る旅人が最初に経験するきつい登りだったのでしょう。
でも私の感覚では、登りはきついだけですが下りの方が足の筋肉を使う(体重を支えるため)のでダメージが大きい気がします。
権太坂

保土ヶ谷宿に入ると、営業はしていませんがこんな旅籠の建物が残っています。
ここでもところどころに古い住居が残っています。
この辺にくると歩行距離も15kmを越え、30~40分に1回は休みたくなります。
でも日頃のトレーニングの成果か、マメや靴擦れなどはありませんね。
旅籠跡

相鉄線の天王町駅を過ぎると、古い商店街に入って行きます。
このくらいの道幅が旧東海道なのでありましょう。
松原商店街

こんな頑丈な蔵があったので、不思議に思ったら裏側に「○○質店」とかすれたペンキで書かれていました。
なーるほど、質草を保管するわけですね。
質屋の蔵

浅間下の歩道橋で横浜のシンボル「ランドマークタワー」が見えました。ゴールは間近です。
ランドマークタワー

ゴール目標にしていた「本覚寺」です。幕末にアメリカ領事館があったところです。
高台にあり横浜の港が一望できます。ハリスの眺めた風景です。
本覚寺

この山門はアメリカ領事館の時代に白ペンキで塗られていたこともある実物です。
このお寺なかなかいいですね。休むベンチやトイレもあり訪問者への気配りを感じます。
山門

本覚寺から見た「青木橋」です。この左手が神奈川宿となります。
丁度16時で約8時間の行程でありました。
ここから横浜駅まで歩き、自宅へ向いました。電車だと僅か30分弱の距離です。
青木橋

自宅に戻り歩数計を確認すると、38200歩22.9kmとなっていました。
足、腰、首の縦のラインの疲れはあるものの靴擦れや筋肉痛のダメージはほとんどありません。
これなら4万歩24kmくらいまでは守備範囲と考えていいようです。

今回の歩きでよーく分かったこと。
①食事とトイレは出来る時にする。特に用はなくても見つけたらとりあえず行く。
②コンビニこそ歩く者のサービスエリア。事前に地図でチェックしておいて活用しましょう。
③休憩はほぼ1時間おきに。とる間隔は最初長めに後半は短めに。20kmを越えるとドッと疲れてくる。
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2012
10.14

函館・五稜郭

Category: 城めぐり
はーるばる来たぜ ハコダテ~♪ 9月の下旬に函館にやってきました。
函館駅

駅の近くの港から見た「函館山」です。
町の中で自分の位置を知るためのシンボルになりますね。
函館山

港の周りは歴史を感じさせる倉庫街となっています。横浜に似てますね。
こちらは司馬遼太郎の「菜の花の沖」で有名になった「高田屋嘉兵衛」の蔵が資料館として残っています。
高田屋嘉兵衛倉庫

リニューアルされた「赤レンガ倉庫」ですね。ツタの絡まる風情がなんともいい。
赤レンガ倉庫

北海道に来た感激に浸る間もなく、お腹が空いてきました。
函館に来たら、先ず一番に寄りたかったのが「ラッキーピエロ」です。
ラッキーピエロ

お目当ては、この「エッグバーガー」。デカイ、うまい、安いの3拍子そろってます。
これで390円。コーラのMサイズをつけて120円。
かなりのボリュームでしたが、食後はビッグサイズの定番ソフトクリームが220円。
エッグバーガー

さて腹ごしらえをしてから、いざ「五稜郭」へ登城です。
五稜郭入口

まだ中には入らず、周囲の造りを確認するために1周します。
こちらは搦め手(裏口)の橋です。橋は正面とこちらの2箇所だけですね。
向こう側(正面)に五稜郭タワーが見えます。
手前の赤い自転車は今回も活用した電動レンタサイクル。ここも篠山と同じく4時間800円でした。
裏門

グルッと1周してから正面の「一の橋」を渡り、入場します。
と言っても「五稜郭」の星型部分ではなく、堀の外に突き出た「半月堡」と言われる部分の石垣です。
本来の西洋要塞はこの「半月堡」がいくつも重なって造られるのですが、ここは幕府の予算不足から1箇所しか造られませんでした。
これじゃ戦争になっても守りきれませんよね。
石垣

「半月堡」から「二の橋」を見渡します。ここから本体部分へ入場です。
半月堡からの二の橋

これが「半月堡」の先端部分。言わば「五稜郭」の頂点ですね。
半月堡先端

五稜郭の中央部には蝦夷松に囲まれた「函館奉行所」が見えます。
中央部

外側の石垣や土塁を確認してみましょう。
うーん、これで要塞として守りきれるのでしょうか?シロウト目にも不安です。
建設当時からすでに時代遅れの構造だったとの批判もあります。
石垣と土塁

さてこれが、2010年に復元された「函館奉行所」。入館料は500円でした。
匠の技で細部まできっちりと木造で復元されてありました。
函館奉行所

もう1度「一の橋」を渡って外に出てみました。
5個ある星型の先端部分の構造です。
堀も浅いし、石垣も低いですね。西南戦争にも堪えた熊本城とは比較になりません。
城郭というより迎賓館の様相ですかね。
星形の先端

こちらは正面入口の横にそびえる「五稜郭タワー」です。
このタワーも5角形をしているのですね。知らなかった。
五稜郭タワー

五稜郭の見学を終え、函館でもう1つ食べたかったお店「味彩(あじさい)」。
「ラッキーピエロ」の丁度道を隔てて真向かいにあります。
味彩

ここで食べるのは、やはり「塩ラーメン」。器がキレイ。
バーガーとラーメンで腹一杯になりました。「函太郎」の寿司もと思ってましたが、次の機会ですね。
塩ラーメン

五稜郭通りの交差点には、こんな看板も。そうそうもう1箇所訪れるところがありました。
五稜郭街道

ここです。幕末の函館戦争で壮絶な最後を遂げた「土方歳三最後の地」です。
今日も記念碑の前には彼の写真と花束が手向けられていました。
すぐ横のベンチには彼を慕って若い娘さんが二人いたのには、「やっぱりねー」という感慨でした。
土方歳三最後の地

また旅に出ますので、しばらくブログの更新ができません。悪しからず。
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2012
10.13

丹波・篠山城

Category: 城めぐり
所用で九州に行った帰り、途中神戸に一泊し翌日尼崎経由でJR福知山線の篠山口へやって来ました。
神戸の三ノ宮からは1時間半ほどかかりました。随分山の中に入ってきたという感じです。
当日は土曜日でリュックをしょった中高年の登山客が多かったようです。
篠山口駅

私は篠山口駅から篠山城へ向いますが、5km以上あるので徒歩ではなくレンタサイクルにしました。
甲府で借りたのと同じ赤の電動サイクルであります。料金は4時間で800円。
途中追い抜いた徒歩の若者と後でお城で会いましたが、徒歩だとやはり1時間以上かかったそうです。
レンタサイクル

電動だからビュンビュン行けます。10時半頃お城に到着です。
先ずは手前の西側にある武家屋敷を散策。
武家屋敷

昔ながらのお堀端を東へ向います。
いい雰囲気です。南馬出土塁が残されています。
JRの駅から離れているので、こういう環境が残されているのでしょうね。
都市化されていたら、埋め立てられて宅地になっています。
南馬出土塁

こちらは城の東側にある妻入商家群です。
江戸の面影を残す町並です。天候もよく午前中から観光客の姿も多く見られます。
妻入商家

さて、城の南側から北側の大手口へ向います。
途中三の丸から内堀沿いの石垣を見上げますが見事な造りです。
今でこそ鄙びた土地柄ですが、当時は徳川家康が豊臣の押さえとして丹波に築かせた天下普請の大城郭でした。
内堀

正面の大手口から眺めると大きな城であることが分かります。
築城の名手:藤堂高虎の縄張りで僅か6ヶ月で完成させたと聞きます。
親藩の松平家から譜代の青山家へ引き継がれ明治維新を迎えました。
僅か6万石の大名の城としては、身に余る城郭ではありますね。
大手門

石橋を渡る左手の内堀と石垣です。なんとも美しいフォルム、さすが高虎サマ!
石垣の下の「犬走り」が高虎風ですね。
石垣

ちゃんとお決まりの枡形の虎口からの入場です。
枡形虎口

そしてこれも形どうりの鉄(くろがね)門跡であります。
鉄門

先ほど三の丸から見上げた石垣の上から眺めてみました。
結構高いでしょ!人が小さく見えます。
三の丸方面

二の丸の隅から屋敷跡と大書院を望みます。二の丸はほとんどが館だったのですね。
二の丸方面

裏側(南側)の搦め手門です。こちらは入場不可になってます。
そうそう大書院以外は入場は無料となっています。
メンテナンスに費用がかかるのにいくらか取ってもいいような気もします。
搦め手門

さあこれが篠山城の目玉である大書院です。
唯一残っていた歴史的遺産が1944年に火事で焼けてしまったのを2000年に復元しました。
イメージ的には7月に訪れた津山城にも似てますね。
山間の盆地に残された巨大な城郭と復元された書院造りの遺構という点でしょうか。
大書院

この大書院の右手奥が本丸で、青山神社の横に天守台があります。
江戸時代を通して天守は築かれなかったとのことです。
天守台

天守台の上に登ってみると、明るい日差しに四方がくっきりと見えます。
天守台の上

おやおや、三の丸にある小学校では今日が運動会のようです。
この小学校に通う子たちは幸せだなあ、という気がしてきました。毎日お城に通えるもんね。
小学校

いやー感激しました。交通の便が悪いからでしょうね。
江戸時代の雰囲気そのままのお城跡と武家屋敷、商家群が残されていたとは。
拾い物をしたような気持ちになって丹波・篠山を後にしました。
最後にお城の北口にある「大正ロマン館」という古い木造建築のお土産屋さんで「丹波の黒豆」関連品を沢山購入しました。
大正ロマン館

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2012
10.10

2014の大河は「軍師官兵衛」!!

Category: 戦国
今日の午後4時過ぎにネットで確認しました。
2014年の大河はV6の岡田准一クン主演の「軍師官兵衛」ですって!

そうですか、ついに黒田官兵衛(如水)が大河の主役ですか。
私も彼の画像を拝借している手前、うれしゅうございます。
今年の5月九州の旅で大分県中津城を訪れた際に、地元の商店街で「黒田如水を大河ドラマの主人公に!」という看板を見つけ、応援してる旨を書いた覚えがあります。
よかった、よかった。
中津の皆さんも喜んでいることでしょうし、姫路の皆さんも福岡の皆さんもね。

それと出演者はまだ主役の岡田准一クンしか決まってませんが、
彼が2005年のNHK正月時代劇「大化の改新」で主役の中臣鎌足を演じた時から、いつかは大河の主役をやると思っていました。
NHK大河とジャニーズは相性がいいですもんね。
タッキー(義経)やモッくん(徳川慶喜)、香取クン(近藤勇)松岡クン(佐々木小次郎)なんかも出ていますよね。
そうそう現行の「平清盛」でも同じV6の森田剛クン(平時忠)がキーマンとなっています。

さーて、ライバルの竹中半兵衛は誰がなるんでしょうか?
そして秀吉は?家康は?
1つ予想ですが、信長は同じジャニーズのキムタクがなるのではないでしょうか。(お先にトヨタのCMがありましたが)出番も少ないし。

それにしても久々にワクワクする大河が始まりそうで、楽しみだわい。

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2012
10.08

北陸の旅:松代城

Category: 城めぐり
富山を朝の9時前に立って、今回の旅の最終目的地である長野へと向います。
旅の初日に訪れた直江津経由で信越線に乗り換え、約3時間かけて正午前に長野に到着。
それからバスで30分、信州松代へやってきました。

この駅舎はすでに廃線となった長野電鉄の駅が、そのまま保存されています。
駅の看板にも書いてあるとおり、真田10万石の城下町であります。
江戸時代の初期に真田信之が上田から移封となり、明治維新まで存続しました。
松代駅

第4次川中島の合戦の際に武田方の高坂弾正が守っていた「海津城」が現在の松代城となりました。
周りに何もなく、この城だけがポツンと復元されてあるのでやや違和感がありますね。
松代城正面

この角度からの「太鼓門」ですと自然な雰囲気があります。
太鼓門

橋を渡ると内側には真新しい「櫓門」があります。この辺は忠実に復元しているのでしょうね。
櫓門

櫓門をくぐると本丸ですが、何もなく人もいません。
まだ残暑の厳しい時期でしたので、訪れる人が少ないようです。
後で行く真田邸あたりは観光客がいましたので、「お城」ファンは少数なのかもしれません。
本丸跡

入って左奥の「戌亥櫓」跡から眺めてみました。
10万石のお城としては規模が小さい気がしますが、真田家は幕府に遠慮したのでしょうね。
外様大名でしたが、譜代並みの待遇を受けていたと聞きます。
戌亥櫓から

城の裏側、搦め手側の門も復元されています。
搦め手門

城として見るべきものはあまりないので、その後は城下町を歩いてみました。
静かで落ち着いた・・・と言うか地味で寂しいお屋敷町ですね。
屋敷町

こちらは松代藩の藩校「文武学校」です。日本最古の木造学校跡だそうです。
文武学校

次ぎは真田邸(お殿様の屋敷)へ向います。
文武学校・真田邸・真田宝物館のセットで入場料500円でありました。
真田邸

真田邸入口の冠木(かぶき)門です。
真田邸冠木門

真田邸の庭から見える風景です。質素な家柄が偲ばれますね。
真田邸庭園

その後、宝物館も見てバスで再び長野へ戻ることにしました。
途中「川中島古戦場」というバス停があり、発作的に下車して散策してみました。
しかしながら単なる公園と神社に「謙信と信玄の一騎打ち」銅像があるのみで、期待はずれでありました。

そして次ぎのバスで長野駅に午後3時半に到着。
それからが電光石火、お土産購入と「信州信濃の蕎麦」を食いたいと思い。
新幹線ホームの立ち食い蕎麦のオバちゃんをせかしてモリ蕎麦を平らげ、3:50の新幹線に乗り込んだという早業でした。
新幹線はやっぱり早い!夜の7時前には横浜の自宅へ戻ってきましたもんね。

これが、4日間の旅の証しでもある「大人の休日倶楽部パス」であります。北陸の旅オシマイ。
大人の休日倶楽部パス

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2012
10.07

北陸の旅:高岡城・富山城

Category: 城めぐり
福井からまたまた特急サンダーバードで向ったのは「高岡」。1時間ちょっとです。
ここにも100名城の1つがあると聞き、やってきました。
そういえば、富山県のお城ってあまり思い浮かびませんよね。

駅前は北陸新幹線の駅舎新築で仮設の状態です。
駅からは現実を見せられるようなシャッター通り商店街が続きます。
果たして新幹線開通でなんとかなるもんでしょうか。
10分ほど歩くと、うっそうとした水掘が見えてきました。高岡城です。
水堀

お堀端を大手道の方へ行くと、さらにその先に朱塗りの橋「駐春橋」が見えたのでそちらから登城します。
駐春橋

二の丸を通り過ぎて、次の堀を渡るともう本丸です。
樹木と堀に囲まれた城郭というより「公園」という雰囲気が色濃く感じられます。
後で説明を読んだら、前田利長の隠居城として建てたが僅か6年で一国一城令で廃城となったそうです。
だからあまり「お城」という実戦感がないのですね。
本丸跡

本丸の奥には前田利長公の銅像がありました。長兜がとても印象的ですよね。
前田利長像

さらに奥に行くと、またもや朱塗りの橋が。「朝陽橋」といいます。
土塁作りの水掘と木立が特徴的なお城?で、落ち着いた庭園風のたたずまいです。
朝陽橋

全体の散策を終え、大手口から退出しようとしたら「高山右近像」がありました。
この城の縄張り(設計)は彼によるものだそうです。
高山右近像

次に訪れたのは高岡から特急で10分ほどの今日の宿泊地「富山」であります。
ここも新幹線の工事で仮設の駅舎となっていて、食事やお土産購入に不自由してます。
富山駅

到着が午後3時頃だったので、先ずはホテルにチェックインしてから駅の観光案内所へ出向きます。
富山では公共機関が無料でレンタサイクルを運営しています。観光に力を入れようとしているのですね。
富山ほどの町ですから、大きな城址があると思ったのですが地図を見ると小さい。
加賀前田家の支藩10万石の城下町だったのですがねえ。
唯一残る遺構「千歳御門」です。
千歳御門

明治維新での廃城後、お城をあまり大事にしてこなかったのでしょう。
失った物の大きさを行政が認識して、模擬天守の「郷土博物館」前は復元工事真っ盛りです。
郷土博物館

シンボルとして建設した富山城(博物館)ですが、実体に則してない復元だったので評価がイマイチのようです。
でも真新しい石垣でも天守があるとないとでは大違い。それなりの雰囲気が出てきます。
富山城①

堀と石垣と天守。3点セットで見上げるとなかなかいいじゃありませんか。
新しい富山城の築城に応援したくなりました。
富山城②

こちらは同じ城址公園内にあった櫓風の美術館です。こちらの石垣はホンモノのような気がします。
佐藤記念美術館

自転車を利用したので、夕方まで市内のあちこちを散策できました。
これは観光名所にもなっている池田屋という旧薬問屋のお土産屋さんですね。
こういった土塀作りの店がまだ残っているようです。大事に守ってください。
池田屋安兵衛


最近大河で顔なじみの俳優さんが続けて亡くなりました。

馬渕晴子さん、「春日局」と「葵徳川三代」で2度も大蔵卿局を演じました。
馬渕さんの訃報を聞いて、すぐに「大蔵卿局」を連想しました。

もう1人は大滝秀治さん。
なんと言っても一番の思い出は「独眼竜政宗」の虎哉和尚ですね。
あの有名な「梵天丸もかくありたい」の名場面ですよ。
それと「八代将軍吉宗」での吉宗の父:光貞ですかね。
70代80代になったら、こういう老人(ユーモアと厳しさと少しイジワルさを持った)になりたいなと思ってました。

お二方のご冥福をお祈りします。
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2012
10.06

北陸の旅:一乗谷遺跡

Category: 城めぐり
さて、北陸の旅に戻ります。
七尾から次に向ったのは、今回の「大人の休日倶楽部」パスで行ける西の最端「福井」であります。
特急サンダーバードで2時間。17時過ぎに福井到着。

昨年城めぐりで立ち寄った時に友人の住職に昼飯を奢ってもらったホテルに今回は宿泊。
こじんまりとして家庭的な雰囲気でしたので、ぜひ泊まってみたいと思ってました。
福井城のお堀端に立つホテルで、最上階の部屋から早朝の風景です。
城好きにとっては絶景ではないでしょうか。
福井城

チェックアウト後、表から写してみました。なんとなく落ち着くムードのホテルです。
朝食の洋食がシャレてました。
宿泊ホテル

朝8時の路線バスで「朝倉氏遺跡」に向います。
路線バスだから、あちこち停まりながら30分くらい時間がかかりました。
「武家屋敷前」で下車。でもまだ8時半だから訪れる人はほとんどいません。
朝露を踏みしめながら、「朝倉義景館」へ一番乗りです。
朝倉義景館

周りに堀をめぐらし、城郭というより中世の面影を残す「館」ですね。
掘割

「朝倉館」といえば、これがよく写真で見る「唐門」です。
信長に滅ぼされた朝倉一族の悲哀を感じさせるように、これだけがポツンと残っています。
唐門

中に入って、全体を見渡すために石段を登ってみましょう。
石段

屋形跡の置石などか見られ、広大な敷地の中全体に建物があったことが偲ばれます。
反対側の山すその風景が谷あいの地であることを感じさせます。
声を上げれば、「こだま」が返ってきそうです。
館全景

遺跡を散策したあとは「御屋形橋」を渡り、反対側の復元した町並の方へ行ってみましょう。
御屋形橋

「復元町並」へは入場料が必要ですが、良心的な料金で一乗谷駅前の遺跡資料館と合わせて230円と格安です。
後で資料館にも行きましたが、一乗谷全体を空撮したようなCGが秀逸でした。
復元町並①

表の町並から内側に入ると、山すその杉木立をバックに一本の大きな銀杏?の木が立っていました。
何やら舞台のようなものがあり、休日はイベントがあるのでしょうか。
あまり人影もなく、この狭い谷あいの遺跡に立っていると500年の時代の移り変わりを感じずにはいられません。
大木

天気もいいのに平日の早朝だと人っ子一人おらず、遺跡も独占状態です。
復元町並②

一乗谷の駅前までは武家屋敷から無料のシャトルバスが30分おきに出ており、それを利用しました。
次の予定があるのでバスを利用しましたが、もっと時間を割いて散在する遺跡を確かめながら駅に向う方がよかったかな。
10:49発の越美北線で福井へ取って返し、次の目的地へ向います。
今日は盛りだくさん予定を詰め込んでいます。
一乗谷駅

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2012
10.01

山寺

Category: 街道をゆく
以前から行ってみたかった山形県の「山寺」立石寺に寄る機会がありました。
仙台から仙山線で1時間。鄙びた駅舎が出迎えてくれます。
山寺駅

駅から歩いて5分ほどで登山口へ到着。
案内

山門で300円の参拝料を払います。
入口

すぐに芭蕉と曾良の像がありました。
「しづけさや 岩にしみいる 蝉の声」
さすがに蝉の声はもうしませんでしたが、まだまだ残暑きびしく夏同様の暑さでした。
芭蕉像

この辺はまだ楽な状態でした。
山城で鍛えているのでコインロッカーも探さず、リュックをしょったままの登山でした。
階段①

中間を過ぎた「仁王門」あたりでは、大汗が噴き出し小休憩です。
ベンチでペットボトルの水を飲み干します。
下から見たら山頂が見えていたので、「但馬竹田城」や「鳥取城」よりは・・・と思ってましたが、
暑さが思いのほかきつかった。
階段②

さあやっと「奥の院」に到着です。
一般の方は水も持たず、サンダルで来てるオバサンなどもいて驚きです。
奥の院

奥の院を下ったところに重文の「三重小塔」という表示がありました。
この大きな岩のことだと思ったので、「全然小さくないじゃないか!」と感じて、
よく見ると、岩の洞穴の中に「小塔」がありました。
三重塔

右が「開山堂」左の小さいのが「納経堂」だそうです。
開山堂

この開山堂の右手奥に写真でよくみる「山寺」の見せ場「五大堂」がありました。
五大堂①

ここがやはり一番混雑していますね。
五大堂②

うーん、いい眺め。大汗かいたのも忘れ、「来てよかった!」という気持ちになります。
五大堂からの眺め

登りに30分下りに15分、観光に45分という時間配分でしょうか。トータルで1時間半かかりました。
帰り道ですが、橋を渡った向こう側に駅があります。
橋を渡る途中で川沿いの巨岩がよく見えます。何かゆかりの講釈が書いてありましたが、忘れました。
川沿いの巨岩

駅の正面には、すでに営業を中止した「山寺ホテル」のクラシカルなたたずまいがあります。
文化的遺産として保存してほしいものです。
山寺ホテル

列車の到着までにしばし時間があったので、駅前を散策。
「かどや」という果物屋さんの中から賑やかな声が聞こえてきたので、のぞいてみました。
二十歳くらいの娘さんたち3人が店のオジサン・オバサンと話してます。
誰ともなしに「何がおススメですか?」と話しかけてみました。
中の一人が「これとても美味しかったですよ。」と5cmくらいのリンゴのような桃のような果物を指しました。
「これは すもも?」「プラムです。」「そうですか1つもらいましょう。」
1個200円。山形は果物が豊富なようですね。

そして駅のベンチで列車の到着まで買ったプラムをかじっていたら、先ほどの娘さんたちがやってきました。
「あっ、さっきのプラムを買った人だ。」と目が合いました。
「あなた方どこから来たの?」「盛岡と仙台からです。」
「そうなの。私は城めぐりをしていて、盛岡~仙台~山形と旅してるんだよ。盛岡城も仙台城も立派な城郭だったね。」
と自慢の日本全国城めぐりの旅の一節をしばし。

そんなこんなであっという間に山形行きの列車が到着しました。彼女らは仙台方面に戻るそうで10分後の到着らしい。
明るい娘さんたちと会話でき、心も軽やかに山形へと向いました。
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