城めぐりの旅行記ばかり書いてましたら、いつのまにか「八重の桜」の出演者が大方出揃っていました。
この作品、最初はそれほどのモノとは感じていませんでしたが、八重の歩んだ人生をたどって行くと
なかなかこれほどドラマティックな女性もいるもんじゃないなと見直しました。

彼女には4つのステージがあるようです。
①会津戦争での活躍
②英語を話す洋装のレディー(同志社時代)
③日清・日露戦争での看護活動
④茶道家としての晩年

まさに幕末から明治にかけてのエネルギッシュな日本女性の典型。
「獅子の時代」や「春の波涛」に匹敵する大河らしい大河ドラマとなりそうです。
幕末から明治を敗者の会津側からの視点で描くのがグッドだと思いますね。

第2次出演者を見て、ン?と思ったのがお二方いました。
岩倉具視役の小堺一機さんと西郷隆盛役の吉川晃司さんかな。
策士の岩倉にひょうきんな小堺さん。重厚な西郷にニヒルな吉川さん。
果たして首尾はいかがなもんでしょうか?
また、小泉孝太郎さんの徳川慶喜や生瀬勝久さんの勝海舟なども面白そうですね。

反町隆史さんの大山巌もカッコよすぎますよね。
そういえば、薩摩の大山に嫁ぐことになる会津の女性:山川咲子(捨松)がまだ未定のようです。
そうそう今が旬の剛力彩芽ちゃんも八重の幼馴染としてしっかり出演していましたから、
うーん武井咲さんあたりにオファーが行っているのかしら。(平清盛にも出てるから無理かな・・・)

全体を通して、深刻な時代背景を明るめの出演者でサラッと表現するような気がしました。
そしてあくまでも視点は賊軍となった会津から幕末・明治を見つめ、エネルギッシュに生きて行く「八重」を描くのでありましょうか。
東北の底力にエールを!

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2012.08.18 高輪・泉岳寺
会社の昼休みを利用しての散歩、この炎天下の中でも毎日続けています。
約45分くらいですが、この時期はメッシュの帽子が必須アイテムですね。
でも空を見上げると、明らかに雲の形は秋へと進んでいます。

先日は高輪の泉岳寺まで行ってきました。
そう「忠臣蔵」で有名な浅野内匠頭と四十七士が眠るお寺です。
泉岳寺

大河ドラマで「忠臣蔵」が取り上げられたのは4回。(カッコ内は大石内蔵助を演じた俳優)
64年「赤穂浪士」(長谷川一夫)
75年「元禄太平記」(江守徹、主役は柳沢吉保の石坂浩二)
82年「峠の群像」(緒形拳)
99年「元禄繚乱」(中村勘九郎)

この中ではやっぱり長谷川一夫の内蔵助が一番インパクトがありましたね。
からみつく感じの低い声で「おのおの方・・・」視聴した方は今でも耳に焼き付いているのではないでしょうか。

さて、これが四十七士のお墓です。
中央の大きくて屋根のあるのが、大石内蔵助のお墓です。
四十八士の墓

実はこの中にお墓は48あるのです。
討ち入りに参加したのは47人。
そのうちの1人、寺坂吉右衛門は離脱して余命を全うします。
その理由は、内蔵助の密命を受けたとか、足軽の身分だったからとか諸説がありますが、
切腹した46人と一緒に葬られています。

それでは48人目は誰でしょうか?
討ち入り前に家の事情で吉良家と浅野家の板ばさみになり、非業の切腹を遂げた萱野三平のものです。

こういった48人とそれらを取り巻く人々の人間ドラマがあるから、いつまでも「忠臣蔵」は日本人の心を強くつかむのでしょうね。
鳥取からの「スーパーはくと6号」は12:24に姫路に到着。
昨年9月に城めぐりを始めた初日に訪れたのが岡山城と姫路城でした。
姫路駅で昼食をすませ、さて2度目の登城となりました。
大手道を歩くこと15分。大きくて広い道ですから歩き易い、しかも疲れない距離。
入口の橋と大手門が見えてきました。
入口

さて今回は2回目ですから、城の搦め手(裏側)を回ってみましょう。
公園の遊歩道があり静かなたたずまいです。こちら側には観光客も来ないようです。
堀周り1

広い堀と樹木に覆われた断崖絶壁に守られ、容易には攻めることはできませんね。
堀周り2

半周以上回ると、西の丸の櫓群が見えてきました。
この辺になると高石垣に囲まれ、攻めあがることは不可能ですね。
堀周り3

グルッと1周して大手門が見えてきました。
やはりこの城は平坦な正面から突破するしか攻め手はないようです。
とは言っても味方の損害が大きく、兵糧攻めや外交交渉しか手段はなさそうですね。
堀周り4

ということで、やっと内部を見てまいりましょう。
「三の丸広場」からの天守群ですが、相変わらず白亜の大天守は工事でスッポリと覆われています。
昨年もこの状態でした。工事が完成するのはまだ2年先ということです。
その頃に3度目の訪問をしましょうかね。
三の丸より

これが姫路城で1番大きい「菱の門」です。
ここからが入場料400円を払って入れる部分です。
菱の門

大天守があればベストショットになるのですが、ここは小天守で我慢しましょう。
小天守といえども他の城の天守並みに見事な造りであります。
天守群1

いかにも姫路城らしい道を通り抜けて行きます。
天守群2

このアングルも大天守があれば、絶景ポイントですね。
天守群3

この「二の丸」から「西の丸」に抜ける坂は、個人的には非常に気に入っています。
左手の鉄砲狭間が効果的に配置されています。
45年くらい前に映画「007二度死ぬ」の撮影で壁を傷つけたのは、このあたりでしょうかね。
二の丸から西の丸へ

「西の丸」の櫓群です。何やら空模様が怪しくなってきました。
こういった徒歩での旅を続けていると、気候や天気に敏感になってきます。
天気予報の情報集めと空を見ての状況判断は必須項目であります。
西の丸櫓

急いで姫路駅に戻って来て正解です。
15:44発の新横浜方面行き「のぞみ」の切符とお土産を購入する頃には雨が降り出しました。
さて、心地よい新幹線のシートで疲れた体に約3時間の休息がとれます。
いつもながらホッとする一時です。

「中国大返し旅」おしまい。

集中豪雨で津山からの因美線が動いているか心配でしたが、智頭方面はかろうじて遅れだけで済んだようです。
津山から智頭まで約1時間、智頭で乗り換え目的地の鳥取までさらに1時間。
午後の7時過ぎに鳥取駅前のホテルに到着!ホッ。

翌朝よく眠れたので、朝の7時半には出発です。
このホテル、無料でレンタサイクルがありました。ありがたい助かりました。
自転車だと徒歩に比べて機動力が全然違いますね。これは今後も使えます。
駅前から15分程度で鳥取城へ到着。「吉川経家公」がお出迎えです。
なんとなく昔の大映の「大魔神」に似ていますね。
吉川経家像

「三木の干殺し」と「鳥取の渇え殺し」と言われる秀吉の有名な兵糧攻めが行われた鳥取城。
その中で毛利方の援軍の将として入城した「吉川経家」。
最後は自分の切腹と引き換えに城兵を守ったことで今でも尊敬を集めています。
そうですね。大河「黄金の日日」では浜畑賢吉さんが演じていましたね。
右手に見えるその鳥取城の山頂まで本日は登ります。
山頂を望む

こちらは復元された唯一の「中仕切門」であります。
中仕切門

門をくぐり石段を登って行きます。この辺は江戸時代の城郭であります。
石段1

二の丸へ登る石段。池田家32万石の風格を感じます。
石段2

特に石垣以外の建造物は残っていませんが、そのあたりが一抹の寂しさと風情を感じさせます。
石垣

さて次に中世の山城を探索しようと登山道に入るとすぐにこんな看板が!
そういわれても困りますよね。もし出会ったらどうしましょ。
くま注意

こんな山道を20~30分登り続けます。汗が吹き出てきます。
山城はいくつか登りましたが、但馬竹田城の次くらいにキツかった。
でも本当のダメージは翌日以降でした。
登りは息が切れるだけですが、慣れない下りで体重を支えた足の前部筋肉が痛くなったのです。
山道

さあ、中世の山城部分である「山上の丸」へ到着です。
夏草に覆われた天守台が見えてきました。
天守台

天守台内部です。草と花に埋もれていますが、わりとこじんまりとしています。
天守台内部

曇りで見晴らしがよくありませんが、肉眼では左手の方に鳥取砂丘と日本海が僅かに確認できました。
天守からの眺め

元来た道を下山してくると、鳥取市街をバックに由緒ありげな洋館がありました。
「仁風閣」といって、大正天皇が皇太子時代に来られた時の宿舎として建てられたものです。
元々は池田家の御殿だったところだそうです。
仁風閣

これはベストアングルですね。
「仁風閣」をベースに二の丸の石垣と山上丸を望むショットです。
仁風閣からの城址

朝が早かったので、まだ午前11時前ですが次の目的地に向け智頭急行に乗り込みます。
中国大返し旅まだ続く・・・。