大垣を朝の8時に出立して向ったのは愛知の岡崎。
旅行最終日は岡崎から浜松へ「海道一の弓取り」と言われた徳川家康若き日の城をめぐります。
JRの岡崎駅から愛知環状鉄道というローカル線に乗り換え2つ目「中岡崎」という駅に降り立ちます。

駅から歩くこと10分くらいで「岡崎公園」と呼ばれている城址公園に到着。
まだ雨が上がらず、雨中の散策となりました。
用意万端、リュックの上から羽織る雨合羽が役に立ちます。
見えてきました。岡崎城の大手門です。
大手門

城内へ入場して進んで行くと、右手にこんな像がありました。
「三方が原の戦い」で武田信玄に一敗地にまみれた家康が、その時絵師に描かせたという有名な「しかみ像」のモニュメントですね。
この敗戦の屈辱と心意気があったればこそ、将来の「天下人への道」が開かれたのでしょうね。
家康しかみ像

さらに天守の方へ進んで行くと、家康が能装束をまとった「からくり時計」がありました。
キリのいい定時になると、人形が能を舞います。
最後に「翁の能面」がポロッと取れるのがご愛嬌でした。
家康からくり人形

岡崎城の天守が見えてきました。
古色蒼然とした石橋がいい雰囲気を出していますが、老朽化しているのでこちらからは立ち入り禁止です。
旧正面

グルッと空堀を回ってから、現在の正面へ行きます。
この空堀も往時の雰囲気を残していますね。
空堀

こちら側が復興天守の正面であります。
いかにも三河武士らしい質素でピリッとした「たたずまい」を感じます。
若い頃の家康や松平家をイメージできますね。
天守

岡崎を後にして、次に向ったのは電車で1時間半の浜松。
浜松へ着く頃には雨は上がっていました。
ところでいくつもの「城めぐり」をしていますが、いつも地図を持参していません。
めぐるのは城下町ですから、駅を降りて道を見れば自ずと城の方向は分かるもんです。
浜松だと駅の北側に城があるから、大通りを北の方に歩けば大丈夫と思ってました。

ところがどっこい!
浜松の大通りは駅から斜めに走っていたのです。
私は北に向って歩いていると信じていたのですが、どうやら西に向っていたようです。
間違いに気付いた時には、昼を過ぎてお腹がペコペコ。
何でもいいから食べたいところを我慢して、ここは「浜松」やっぱり鰻でしょう。

カイドブックも持っていませんから、動物的カンでうまい飯屋をサーチします。
今回見つけたのはココ。
さりげない外見。外に匂ってくる蒲焼の香りはまずまずのようです。
うなぎ屋

メニューを見るとわりと高めだったので、一番安い「うな重」を注文。
結構待たされました。これでマズかったら浜松の印象はぐっと悪くなっていたでしょうね。
でもさすが浜松。待たされた甲斐がありました。柔らかくてとても美味しかった!
うな重

さて、間違えた道を修正して北の市役所方面へ向かいます。
市役所の隣が浜松城の公園なのですね。
毎度お馴染みの「家康公」が出迎えてくれます。
岡崎城、浜松城、駿府城には同じような雰囲気の家康像がありますね。
若き家康像

小高い丘の上に浜松城が見えてきました。
浜松城

コンクリート製の模擬天守ですが、「野面積み」の石垣は見ごたえがあります。
戦国の質実剛健さを今でも感じることができます。
天守正面

さて予定は終了しましたので、浜松駅に向いましょう。
浜松から新横浜方面の「ひかり」は1時間に1本しかありません。
「こだま」は2本ありますが、30分も早いからこれは「ひかり」にしましょう。
時計を見ると16時前、時間がありません。歩かずにバスに乗りました。
浜松駅まで僅か120円!何と浜松のバスは安いことでしょう。

16:11発「ひかり」の発車5分前に浜松駅に到着。
「みどりの窓口」を見ると長蛇の列。とても間に合いそうもありません。
横の自動券売機を見ると並んでいません。急いで指定席を購入。
ホームへ行くと予想どうり自由席は混雑していました。指定席で正解!
途中ゆっくりと富士山も堪能できました。
富士山

新幹線はやはり速いですね。夕方6時には横浜へ帰宅できました。
今回の旅は、これにてオシマイです。
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天橋立の「また覗き」を済ませると、特に用も無いので9:58発「特急はしだて2号」で京を目指します。
昨日泊まった福知山を通過して京都まで約2時間です。
本日の目的地は「二条城」ですから、山陰線だと二条駅で降りると近いなと思っていたら特急の停車駅でした。
さあ、二条駅に降り立ちました。
少しピンボケですね。携帯カメラは焦点がボケるとこういう画像になります。
二条駅

歩いて数分で南西の隅櫓が見えてきました。
このお城やや閉鎖的ですね。お堀端に高い生垣が植えられていて容易に写真を撮ることができません。
やっとあった隙間からの撮影です。
坤(南西)櫓

こちらは南東の隅櫓。コーナーを曲がると入口です。
巽(南東)櫓

こちらが東大手門。
雨の平日ですが、さすがに京都。観光客が大勢います。
東大手門

これが国宝の「二の丸御殿」正面です。
15代将軍:徳川慶喜が「大政奉還」をしたあの有名な場所であります。
二の丸御殿

こちらは名人:小堀遠州の手による「二の丸庭園」であります。
二の丸庭園

内堀の橋を渡り、本丸へ入って奥まで行くと天守台があります。
かつては天守閣があったそうですが、やはりここも火事で消失して再建されなかったとのこと。
天守台から本丸御殿を望みます。
こうやって見てみると、広さ設備から戦闘用に立てこもる「城」ではありませんね。
政治を行うための「城」であることが一目瞭然です。
天守台より

さらに本丸の内堀にかかる西橋を渡り、奥の二の丸へ出ます。
キレイな「きり込みハギ」で作られた石垣が残っています。
本丸西橋

屋外の休憩所で休んでいたら、外人(ドイツ系?)の女の人が飲み物の自動販売機の前で思い悩んでいます。
何語で話していいか分からなかったので、日本語で「どうかしましたか?」と尋ねました。
その後お互いに英語でやりとりしていたら、どうやらどれがホットかコールドか、それとブラックのコーヒーはどれか?と迷っていることが分かりました。
「これがブラックのホットコーヒーね!OK?」と教えてあげました。

そうこうするうちに横でタバコをすっているオジサンが。
「オジさん!こんな国宝があるところでタバコはダメだよ。禁煙が当たり前でしょ。」と注意。(後で確認したらちゃんと小さく「禁煙」と書いてありました。)
ほんに外人も日本人もいろいろと世話がいりまんな。

内堀の南側には梅園が続いてます。
そしてスタートの東大手門まで戻ってきて、おしまいです。
梅園

元来た道を二条駅へ戻ります。
来た時には気付きませんでしたが、途中に門がありました。
門はあるけど橋はなし。何のために作った門でしょうか?
後で調べたら、「大正天皇の大典」というから即位の時に作った門とのこと。船を利用したのでしょうかね。
南門

二条城を後にして次に向ったのは岐阜の大垣。
翌日の東海道の旅をスムーズにするために宿としました。16:03に到着。
大垣駅

せっかくですから、ついでに大垣城も見てみましょう。
関ヶ原の合戦の際に石田三成ら西軍の諸将が集まり評定した場所です。
歩いて行ったら、街中のビルの合間にひょこっとお城がありました。
大垣城正面

1994年にコンクリート製で復元されたものです。
隅櫓も真新しい感じです。
隅櫓

外に出て、公園側から天守を望みます。サッシの窓が興ざめですね。
騎馬武者像がありますが、あまり興味がなかったのでうろ覚えです。
「戸田・・・」と書いてありましたかね。
天守

本日は雨の一日でした。明日には上がってくれるといいのですが・・・、つづく。
そういえば、前回の「竹田城」ではこんなこともありました。
山頂へ登りきって「北千畳」といわれる広場で休んでいたら、お腹も減ってきました。
昼食をとっていなかったのに気付き、ベンチに座ってリュックの中にあったパンを食べ始めました。
すると、上空をトンビが度々旋回してくるのです。
あれはやっぱり、私のパンを狙っていたのでしょうね。危ないところでした。

ということで次に山陰線を東へ1時間。兵庫県から京都府へ入ってきました。
16:24に福知山駅到着。先ず訪れたのは「福知山城」。
駅前のビジネスホテルを予約してますが、夕暮れが迫るので素通りして真っ直ぐ城へ向います。
歩くこと10分くらいで見えてきました。
福知山城1

1986年の復元天守ですが、板張りで往時の雰囲気を出してます。
築城は明智光秀で、丹波平定の中心としたものです。
福知山城2

石垣が「野面積み」で、しかも「転用石」といった石仏や寺の墓石などを数多く利用しているそうです。
かなり荒々しい戦国気風を伝える石垣です。
石垣

こちらは城内に展示してある「復元鯱瓦」です。
鯱

それほど福知山城に興味があったわけではありませんが、竹田城から翌日のスケジュールを考え宿泊地に決めた次第です。それなりに風情のある城で拾い物でしたね。

駅前のビジネスホテルは「松代屋」というところで、室内も清潔でリラックスできる小ぶりの宿でした。
「信州の松代(まつしろ)と関係あるのですか?」と聞いたら、
「ここで古くから松代屋(まつだいや)という旅館をやっていて、ホテルに鞍替えした。」そうです。

快眠後の翌日、JR福知山駅に併設されている北近畿タンゴ鉄道「KTR福知山駅」から次の目的地「天橋立」へ向います。
KTR福知山駅

これが乗車する「大江山1号」。左にはJRの特急が停車しています。
特急電車のように見えますが、普通切符750円で乗れます。
百人一首に「大江山 いく野の道も遠ければ まだふみも見ず 天のはしだて」と歌われています。
大江山1号

平日の早朝7:44発ですので、車内はガラガラ。なかなかいいシート。
車内

最前列に座り、運転手気分で40分・・・でも運転手の目線での景色はリラックスできませんでした。
本日はベテランが見習いをコーチしてましたね。
運転席

8:25、さあ着きました「天橋立駅」。
天橋立駅

駅から歩いて5分くらいの「天橋立ビューランド」へ向います。
早朝でしかも生憎の雨ですから、誰もいませんねえー。
たった一人でリフトに乗りました。ケーブルカーもありますが、一人で乗るのは憚れました。
山の上の展望台で、有名な「また覗き」をやって早々と帰途につきます。
これは下りのリフトから傘を差しての「天橋立」。これにて日本三景は全て制覇です。
天橋立

周辺をブラーとしてから、次のスケジュールがあるので駅へ。近畿の旅、さらに続く・・・
播州姫路から播但線というローカル線を乗り継いで1時間半。
但馬の山の中に「竹田城」という日本のマチュピチュと言われる「天空の城」があると聞き、行ってきました。
ここは今回の旅の目玉であると感じてます。

2両編成の電車は、通勤列車と同じ横向きで結構混んでます。満席です。
途中、寺前という駅で乗り換えます。多分、電化されてない区間になるのでしょう。
ここらまで来ると、乗客も少なくなり座席もボックスシートになりました。
4人掛けのところに私と後で乗り込んできた若い娘さんと二人で座ってます。

娘さん、私の倍くらいある黒いリュックを横に置いてます。話しかけてみました。
ズバッと「竹田城に行くのですか?」答えはYESとのこと。
当たりました。こうなると私のペースです。
「城めぐり」の話から「東京散歩」のことなど、ベラベラと。
娘さんも田町・三田近辺は土地勘もあって盛り上がりました。

「こんな大きいリュックを背負って山道は大変でしょう。」と聞いたら、
1つ先の和田山に宿を取ってあるので、そこに荷物を置いてから竹田城へ登るそうです。
というわけで、私の方はリュックを背負って登りますので1つ手前の竹田駅で下車しました。
なかなか、いい雰囲気の駅舎ですね。
竹田駅

駅の正面を出てから左の方へ行くと線路をくぐれるところがあり、そこから駅の裏側へ出ます。
お寺が並んでいるところが登山道の入口です。
登山口

こんな山道を延々30分くらい登って行きます。
途中休憩スポットがありますが、息が上がって汗だくであります。
年初の「備中松山城」の時もそうでしたが、よくもまあこんな山の上に巨大な石垣と城を築くことができましたね。
何の動力も持たない昔の人の根気に頭が下がります。

登山道

クタクタになりながら、やっとこさ山頂の城跡が見えてきました。
山城は冬に限りますね。昨年夏の「安土城」は汗と塩が出切ってバテましたもんね。
城の入り口

入口の右手に広がる「北千畳」と呼ばれる広場から麓の竹田の町が望めます。
標高は350m。あの「応仁の乱」で有名な山名宗全の築城です。
眼下の町並み

北千畳から二の丸へ進みましょう。
そうこうするうちに先ほどの娘さんと合流しました。
三の丸

二の丸の入口です。館はありませんが、城の構えは雰囲気が残っています。
両脇には櫓が建っていたことでしょう。
二の丸入口

こちらは南千畳と呼ばれる広場から天守台を望みます。
石垣は近江:穴太衆(あのうしゅう)による野面積み(のづらづみ)であります。
南千畳から天守方面

上の写真と反対に天守台からの南千畳の風景。絶景です!
早朝だと朝靄がたちこめ、それこそ「天空の城」と言われる景色が出現します。
天守より南千畳

名残惜しいですが、そろそろ下山しなくてはなりません。
最後にもう1ショット。どうです天守閣はなくて石垣だけでも十分楽しめる空間でしたね。
南千畳遠景

15:22の和田山行きの列車に乗ろうと、竹田駅に着くとやっぱりあの娘さんと一緒になりました。
四国でもそうでしたが、オフシーズンに旅すると行く先々で同じ人と会うことがありますよね。
和田山でバイバイして、私は山陰線を東に向かいます。もう一仕事残っているのです。
2012.04.06 東京駅
東京駅が大正時代の姿に復原されたという新聞記事を見て、早速行ってきました。
会社のある田町からは、昼休みを利用して往復できます。

おー!これが新しい東京駅ですか。
あの有名な建築家:辰野金吾の大正モダンの雰囲気が再現されてます。
辰野は赤レンガと白い縁取りが得意だったようです。
復原前の東京駅にはなかったドームもしっかりと復原されてます。
南口

上は有楽町よりの南口。そしてこれは中央部分です。
本来は3階建てでしたが、空襲で破壊されずーっと2階建ての状態でした。
中央

こちらは神田よりの北口のドームです。
外観はほぼ完成ですが、内装は覆われていてまだ見ることができません。
北口

丸ビル方面からの遠景ですが、完成したら新しい東京の名所となることでしょう。
スカイツリーもそうですが、次から次へと東京は変わって行くのですね。
遠景