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「大門軍団」復活!

80年前後に大河ドラマと同じ時間帯に放映された裏番組の雄:「西部警察」がDVDで帰ってくるそうです。
思い出しますね。「草燃える」や「獅子の時代」をほったらかして熱中したあの番組がまた見れるのですね。
レンタルは3月からとのこと。こりゃーえらいこっちゃTSUTAYAへ行かねばならんね!


とまあそれはさておいて、昨日は所用で浜松町へ出かけたので、ついでに初めて「芝離宮」を訪れてみました。
ほんとまあ、都心の一等地にこんな静かなところがあったのですね。
譜代大名の大久保家の屋敷があったところだそうです。入園料は150円。
正面口

東側を望むと、貿易センタービルと東京タワーの先っちょが見えてました。
貿易センタービルと東京タワー

1本の木にだけ花が咲いてます。梅かと思ったら何とか桜と書いてありました。
桜咲く

立派な「雪見燈籠」ですね。西側を望むとその名のとおり向こう側の中島には先日の雪が残ってました。
石灯籠
東京は大都会ながらもあちこちに美しい公園があるので、風景に退屈しませんね。

こちらはうって変わって本日の午前中に散歩したところです。
地元のタウン誌に載っていた辰年にちなんだものということで、自宅から歩いて4~5kmにある「昇龍橋」。
交通量の多い環状線を一歩中に入ると別世界がありました。
昇龍橋遠景

説明書きによると、明治30年代に作られたアーチ型の石橋です。
100年以上も前のものとは思えませんね。
説明書き

周りには自然の遊歩道があり、陽だまりの中で冬の寒さを忘れる時間が持てました。
昇龍橋近景

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2012/01/28 19:42 |散歩COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

「平清盛」は王家が楽しみ

「平清盛」が年明け第3話まで進んでいます。
「画面が汚い」とか「視聴率が悪い」とか「清盛の人気がない」とか批判的な記事が目に付きます。
でも今回まで観てみて、結構面白そうだなと感じました。

朝廷の貴族政治から武家政権の成り立ちまでの青春群像というとらえ方ですね。
いいじゃないですか、政権の勃興があり先の希望が見えてきます。

それと天皇家のキャラが人間くさくていいですね。
白河院(伊東四郎さん)が迫力あるなあと思っていたら、2回で退出してしまいました。
今回からは鳥羽院(三上博さん)が前面に出てきましたから、神経質で猟奇的な雰囲気が魅力的です。
この後に崇徳院や後白河院も出てくるはずだから、とても楽しみです。

今までの大河ドラマでは御簾の中で荘厳な雰囲気に守られていた天皇様たちをドラマの中心に据えた勇気は賞賛に値すると思います。
あまりドロドロと描き過ぎると宮内庁あたりから「横やり」があるのでは、と心配になりますね。
三上さん、勢いに乗って演技過剰にならないようにお気をつけて下さいな。

メイクや言葉遣いも公家たちが憎々しげでいいですね。
敵役はこうじゃないとつまりません。ワルは公家、イイ方は武家とはっきりしといた方がいいと思います。
その中心に天皇がいて、頭が良く裏で糸引くという構図です。

ということは、清盛最後のライバルは源氏ではなく後白河院ということになりますかね。
後白河院は、えーーと松田翔太さんね。陰湿なムードいいんじゃないですか。

今回の大河は「太平記」以上に天皇家内部に斬り込む内容なので、大いに期待がもてるのではないでしょうか。

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2012/01/22 22:23 |平清盛COMMENT(3)TRACKBACK(0)  

中国の旅:錦帯橋と岩国城

広島に泊まった翌朝は岩国へと向います。50分で到着。
駅前から「錦帯橋」行きのバスに乗り20分、朝日を浴びながら橋へと急ぎます。
橋のたもとでは入場券を売ってます。今後の予定を考えて・・・
錦帯橋の往復と岩国城のある山頂までのロープウェイ往復と岩国城の入場券がついたセット券を購入930円。
山頂の岩国城(写真右上)を目指し、いざ出陣!
錦帯橋

麓の城下町を横切り、ロープウェイで山頂へ到着。
錦帯橋が小さく見え、その向こうには瀬戸内海まで見通せます。なかなかの絶景。
ロープウェイ山頂

ロープウェイの駅から山道をしばらく登ると、こんな石垣が現れます。
「穴太積み」でしょうか。
石垣

城の裏側から登って行ったので、北の丸からの登城です。
本来の岩国城は錦帯橋からは見えないところにあったのですね。
これが天守台。1603年に初代岩国藩主:吉川広家が築城したものです。
しかし、その7年後「一国一城令」により、泣く泣く破却された悲運の城跡であります。
「関ヶ原」の西軍:毛利家と吉川広家の話になると長くなるので割愛。
私としては「葵徳川三代」の広家(なべおさみさん)の策に溺れた顛末の泣き顔が思い出されますね。
天守台

これが昭和になって再建された岩国城。
シンボルですから錦帯橋から見えるように山の前面に押し出されてあります。
岩国城

こちらは反対側からのアングル。こちらの方が見栄えはいいですね。
岩国城2

ロープウェイを下りると橋のたもとで何やら神事らしきものが始まるようです。
「吉香神社」へ御柱を奉納する儀式のようです。氏子さんが大勢集まって来ています。
旧いものを訪ねて歩いているとこういう祭事によく鉢合わせします。

白木の切り口には吉川家の家紋があるのを確認しました。
神事奉納

帰る前にもう1度「錦帯橋」の全景を記念撮影しておきましょう。
錦帯橋全景

時刻表で調べていた新幹線の新岩国駅行きのバスの時間が迫ってきました。
バスに乗り込みますと、おや後ろの方に「課長島耕作」と弘兼憲史さんの説明書きがあります。
弘兼さんはどうやら岩国の出身のようです。
バスの中

そういえば、このバス「島耕作号」という名前がついていました。
新岩国に到着し停車中に撮影することができました。
新岩国にて

これにて中国路の旅は終わりとなります。
(雑感)
昨年夏より「城めぐり」を始めて、日本のあちこちを旅してますが感じたことを一言。
山陽側より山陰。南より北。暖かい地方より寒い地方。
これらの風土の方が人の気持ちが細やかな気がします。
まあ、南の暖かい土地の方が端的に言えば明るく大雑把。
いろいろ良し悪しはあれど、旅している者としては細かい気配りの方が気持ちいいですね。

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2012/01/21 14:34 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

中国の旅:備中松山城

10:58の松江発「特急やくも14号」で次の目的地へ向け伯備線で中国山脈を越えます。
松江のとなり米子を通過するとこちらは大雪です。
すぐ近くなのにどうしてこうも天候が違うのでしょうかね。
シロウト判断ですが、米子の東側にそびえ立つ「大山」が影響しているような気がします。
列車はどんどん山の中に入って行きますが、積雪もどんどん増してきます。大丈夫でしょうか。
雪景色

しかし山脈を越え岡山県側に入ってきますと雪はさっぱりありません。
2時間かけて目的地の「備中高梁」に到着。鄙びた雰囲気です。
確かここは「男はつらいよ」で寅さんの妹:さくらの旦那:博のお父さん(志村喬さん)が住んでた町です。
2回ほどここが舞台になっていました。
備中高梁

さて、向うは「現存12天守」の1つ「備中松山城」です。
中国地方ではここと午前中に歩いた松江城のみであります。

地図でみると駅から城までは5km以上、しかも大半は山道。
徒歩ではちょっと時間がかかり過ぎるので、行きだけタクシーを使うことにしました。
と言っても車は途中の駐車場まで、あとは徒歩での登山が必須です。
こんな山道を登って行きます。山城とは大変なところですね。
山道

途中、こんなセリフの看板があちこちに。なかなかユーモアのセンスがあります。
注意書き

かなり登ってきました。高梁の町並みが眼下に見えてます。
山頂から

20分ほど登ると城の石垣が見えてきました。
険しくて、いかにも難攻不落という感じです。石の崖と石垣が一体となっています。
岩壁の石垣

やっと人の手や細工が施された土塀があり、城らしい美しさがある一角です。
「筒狭間」が戦国の気風を残しています。
三の平櫓東土塀

二の丸から本丸の全景が見えてきました。右端が天守閣です。
二の丸より

こじんまりとした本丸ですね。
でも鎌倉時代から営々と続く山城ですから、伝統の重みを感じます。
幕末には最後の将軍:徳川慶喜を支えた老中:板倉勝静(かつきよ)の居城でもありました。
とは言っても、ここで政務はできませんから麓の屋敷でしていたのでしょうね。
ちなみに板倉勝静って、八代将軍:徳川吉宗のひ孫なんですね。
本丸

じゃーーん!これも小っちゃいけどピリッとした天守ですね。
天守閣

僅か二階建てですが、守護神を祀った祭壇があります。天守としては珍しい形式です。
望楼型ではないので、見晴らしはよくないですね。
ここでも「独占状態」は変わりませんが、どういうわけか街中の松江城より観光客はこちらの方が多かった。
時間帯の違いでしょうか。それと外人さんが多かったのが特徴ですね。
天守二階

帰り際に気付いたのですが、親切にも本丸のコーナーに給茶機が用意されてありました。
細かい心配りに感謝して、おいしく頂きました。
給茶機

帰りは1時間かけてトボトボと山道を下って行きます。
市街地に入ってすぐにこんな石碑がありました。
板倉勝静に次ぐ備中松山藩の有名人:山田方谷の記念碑です。
山田方谷・・・陽明学者で藩の財政を立て直した人物です。
司馬遼太郎の「峠」で河井継之助が師事しに来訪したと書いてありました。
そうそう、行きのタクシーでも運転手さんが「寅さん」と「山田方谷」のことを話してましたね。
牛麓舎跡

それから少し行くと城下町の名残を残す武家屋敷が続いています。
いつまでも守ってほしい日本の風景ですね。
武家屋敷

歩きくたびれて、スタートの備中高梁駅に戻ってきたのが15:20頃。
それから15:28発の各駅停車に乗って、広島へ向います。広島到着は18:33。
今宵の宿を広島にとろうと思ったのは、駅ビルの2階で「広島風お好み焼き」を食べたいがため。
全ての具材を入れた1番高いスペシャル1250円。このボリュームにとても満足しました。
広島お好み焼き

これにて「現存12天守」のうち11を制覇。残るは1つになりました。
中国の旅、さらに続く。

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2012/01/19 23:42 |城めぐりCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

中国の旅:松江城

さて、中国路の旅の続きです。
朝ホテルで食事をとり、8時前には始動しました。
やはり横浜とは比べようもないほど松江の朝は寒い!キーンとした空気です。
朝でも落ち着いたたたずまいの町並みがあります。
朝の松江

昨夜もこの辺を歩いた時に目をつけていた喫茶店です。
おやおや8時少し前ですが、開いてますね。吸い込まれるように入ってみました。
レンガ造りで窓からはお堀がみえます。
しゃれた喫茶店

コーヒーを飲みながら、客は私一人なので店の兄ちゃんと「城めぐり」の話などを。
やはり固定客がいるのですね。8時過ぎると常連さんらしき人が続々と入ってきました。
ニーズがあるから開店しているのですね。

そうゆっくりともせず、コーヒーを飲み終わるとすぐに松江城に向います。
天守閣は小さく見えてましたが、10分ほど歩くとお堀端へ到着。
内堀

大そう立派な大手門ですね。
堀尾氏~京極氏~松平氏とさすが20万石クラスの大名の居城です。
大手門跡

高低さがそれほどないので、すぐに本丸に到着。
どうです。惚れ惚れとするほど立派なお城ですね。
「野面積(のづらずみ)」の荒々しい石垣が質素で武家の本来の姿という感じです。
天守閣

朝は9時からと思ってましたが、もうすでに8時半から天守内部は開いてました。
これは時間が効率的に使えます。
1階だと思ったのですが、ここは地下とのこと。
珍しいですね内部右手に井戸がありました。
地下の井戸

6階の最上階です。昨年から引き続きまたも「独占状態」です。
城の天守閣を「独り占め」にしたかったら、「真冬の平日早朝」がおススメです。
天守最上階

天守最上階から宍道湖方面を望みます。
うーむ、殿様気分ですね。この城は四方が開けていて、とても開放感があります。
天守より宍道湖

帰りは天守の裏側にまわり、「ギリギリ門」と名付けられたところから下ります。
石垣や階段もいい雰囲気に城の風格を残しています。雪が残っていますね。
ギリギリ門跡

松江城の締めには、コレに乗りたかったのですよ。「堀川めぐり」
おそるおそる「あのー、一人ですけど大丈夫ですか?」
「バスや電車と同じで、一人でもいなくても出発しますから大丈夫です。」と快く応じてくれました。
なるほど、公共交通機関なのですね。料金は1200円。
堀川めぐり

本日の船頭さんはこの方。客はたった一人でしたが、にこやかに対応してくれました。
船内にはコタツがあり、日差しもあったので全く寒くはありませんでした。
船内

こういった感じで、城の内堀を1時間くらいかけてめぐります。
北側には武家屋敷が続き、美術館や小泉八雲の記念館などがあります。
船からの風景

堀と道路の距離が近いので、歩いている人と時折目が合いますが若い娘さんなど挨拶してくれます。
人の気持ちが穏やかなのか、観光客に好意的なのか、松江の町が俄然好きになりましたね。
駅に近い船着場に着いたので、ここから徒歩で松江駅に向います。
船頭さんも名残惜しそうに「バイバイ」してくれました。
船頭さんとの別れ

さあてこれで宍道湖も見納め、松江から伯備線で次の目的地へ。
宍道湖

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2012/01/14 11:39 |城めぐりCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

中国の旅:出雲大社

年明け早々に中国地方を旅してきました。
先ずは「初詣」として、出雲へ向います。もちろん行き先は言わずと知れた「出雲大社」。
日本海側の雪で、飛行機の手配が遅れたため羽田出発が1時間遅れました。
旅の出鼻をくじかれた次第ですが、旅にはままあること。泰然と待ちました。

出雲空港到着、出雲大社行きの直行バスは飛行機が遅れてもちゃんと待っててくれました。
バスの乗客は私を含め僅か6人。申し訳ないことです。
どんよりとした天気ですが、かろうじて雪は降っていません。

さあて、これが「出雲大社」の入口です。
35年くらい前に一度訪れたことがありますが、こんなところでしたっけ。
出雲大社入口

参道も三が日を過ぎているので、こんなもんでしょうか。
参道

右側の方に何かあったので行くと、「大国主」さんが何やらやっておいでのようです。
左手は兎とのこと。そうは見えませんがね。
大国主大神

これが「拝殿」。大きな注連縄(しめなわ)ですね。重さが1tもあるそうです。
家族の健康だけをお祈りし、お守りを全員分買いました。
拝殿

こちらは「拝殿」の左手にある「神楽殿」。
こちらの大注連縄は更に大きく4.5tもあるそうです。
神楽殿

お参りをすませたら、次は今日の宿:松江へと向います。
「RAILWAYS」という中井貴一主演の49歳で電車の運転手になった映画の舞台「一畑電車」です。
これで終点の「松江しんじ湖温泉駅」まで1時間。
のどかな田園地帯を走ります。何とものんびりした時間ですね。
一畑電車

終点に着く頃には、すっかり「火灯し頃」であります。
暮れなずむ宍道湖。
宍道湖の夕暮れ

駅から今宵の宿に向う道では、しとしとと雨が降り出しました。
松江はどこまでも派手さを押さえた落ち着いた町並みが続いてます。
夜の松江

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2012/01/11 23:28 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

四国の旅:今治城・高松城

四国旅行の最終日、「現存12天守」のうち四国で丸亀城・高知城・宇和島城・松山城と4つを制覇、ついに9つになりました。
最終日は瀬戸内海を西から東へ進みます。先ずは松山から40分、今治を目指します。

「特急しおかぜ14号」の最後尾グリーン車に乗り込みますと、高知・松山でお会いした中年のご夫婦にまた再会。
ここまで偶然が重なりますと、お互いに親近感を感じます。
ここからストレートに岡山まで乗車、ご主人の実家がある滋賀へ向うそうです。
今治で私が下車する時は、手を振って名残を惜しみました。旅には出会いと別れがあるもんですね。

さて、今治駅から今治城までは歩いて30分くらいでしょうか。
港町の風情を感じる町並みを歩いていますと、「ドンドビ」と名づけられた商店街がありました。
珍しい名前ですが、後で調べたら「呑吐樋」と漢字では書き、今治城の堀の海水を調整する水門のことだそうです。
ドンドビ商店街

駅からかなり歩きましたが、潮風の匂いがします。
全国でも珍しい海水を掘に引き込んだ「水城」であります。
橋・門・櫓が比較的新しくきれいです。2007年の復元とのこと。
高麗門

築城した「藤堂高虎」と天守とのいいコントラストです。
ここの天守は存在自体が不明で、高虎の亀山城を参考にした1980年築の模擬天守とのこと。
台風で被害を受けた修復工事のシートがまだかかってました。
先を急ぎますので、天守には登りませんでした。
藤堂高虎と模擬天守

逆光ですが、工事のシートが見えないこちら側からのアングルの方が「水城」らしくていいですね。
水城遠景

お城を見たあと、先ほどの「ドンドビ商店街」に戻り、目をつけていた「讃岐うどん」の店へ。
ここは正確には讃岐ではありませんが、「釜揚げ肉玉うどん」550円ボリュームがあっておいしかった。
食べ終わると、最終目的地:高松へ向け今治駅に戻ります。
この特急に乗れれば、スケジュールどうり旅を完遂できますね。
前の車両「いしづち」が高松行き、後ろの車両「そよかぜ」が岡山行きとなります。
今治駅

今治から約2時間で高松に到着。ここも終着駅のしるし、もう先に線路がありません。
下関駅や門司港駅もこんな感じで、なんともいえない寂寥感がありますね。旅人の感傷でしょうか。
高松駅

高松城は城というより「玉藻公園」という市民公園になっています。
城の名残である三の丸の「桜御門跡」です。
櫓があったそうですが、空襲で焼けたそうです。石垣の下の部分が赤く焼け焦げた状態になってます。
公園全体が松で美しく覆われています。
桜御門跡

重要文化財の良櫓(うしとらやぐら)です。ここが記念写真スポットですね。
高松城良櫓

今治城と同じく海水を引き入れた「水城」です。
天守はありませんが、立派な天守台が残っています。
右側に木造の屋根のある「鞘橋」で二の丸と繋がれています。
この橋だけが本丸への通路となります。

ここも親藩松平家12万石の城ですが、これくらいの規模が妥当な気がします。
いかに松山城が飛びぬけて大きかったかが分かります。
天守台と鞘橋

これで3日間に渡る四国の旅が無事終了しました。
訪れた城は7城、そのうち4つが「現存天守」という充実ぶりです。
四国は空襲がそれほど激しくなかったのでしょうか。ホント、お城の宝庫でしたね。

高松より岡山まで50分、瀬戸内海を眺めながら四国を後にします。
四国はコンパクトでそれぞれの県民性も明確で、2~3日の旅には最適の地でした。
本四架橋

17:40の「のぞみ132号」で横浜に戻ります。
横浜まで3時間、わりと早いのですね。これなら夜の9時半には自宅に着けます。
充実した旅の余韻を楽しむには、3時間はあっという間でした。
岡山駅のぞみ

四国の旅おわり。

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2012/01/03 11:33 |城めぐりCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  

四国の旅:松山城

新年明けまして、おめでとうございます。今年も当ブログをよろしくお引き立て願います。

さて、いよいよ四国の旅の白眉:松山城に登城です。
通常の観光ルートの正面口やロープウェイからの東側を避け、あえて自然の登山道が残る西側からの道を選択。
この日のために、そこに一番近いお堀端のホテルを予約しました。

朝、出発前ホテルの部屋からの景色です。あの勝山に上るのですね。櫓らしきものが見えます。
ホテルより勝山

息が切れてピンボケですが、こんな山道を15分ほど登って行きます。
後ろから登ってきた70代の黒いジャージ姿のご老人が、あっと言う間にヒョイヒョイと追い抜いて行きました。
いくらこちらはリュックを背負っているとはいえ、毎日の水泳でスタミナに自信があったのに・・・。

「オジサン早いねー!」と声をかけたら、平然とニヤリとしてはるか彼方へ。
多分、毎日の散歩コースなのでしょうね。
登山道

山を登り切ると、櫓群らしきものが見えてきました。
山の傾斜に、よくぞこれだけの石垣を築いたものですね。
これだけでも、なかなかの城だと感じられます。
多門櫓

さあ、「乾門」からの入場です。板張りがシックでいいですね。
乾門

城の側面からの登城だったので、左から北隅櫓・十間廊下・南隅櫓と巨大建造物の様子がよく分かります。
小型トラックと比べても大きさが分かることでしょう。
十間廊下

じゃーーん!これが松山城の天守群です。
とても15万石クラスの大名の城ではないですね。
親藩の松平家だから許されたのでしょうね。

中央にいるのは、マスコットの「よしあきくん」だそうです。
最初の築城主:加藤嘉明からと推察できます。

加藤嘉明といえば「賤ヶ岳七本槍」の一人ですが、ドラマなどではパッとした活躍はありません。
印象に残っているのは、「葵徳川三代」で三代将軍:家光の元服に際して烏帽子親を務めたことですね。
その役目に任じられた理由として、
無骨一辺倒で賤ヶ岳合戦から大坂の陣まで全ての合戦に参加し、生き残った戦国武士の鑑という口上でありました。
天守群近景

やや離れた位置からの天守群。冬の曇り空がいい雰囲気を出してます。
この写真を撮っている時に横を見たら、高知からのグリーン車で一緒だった夫婦連れがいました。
お互いに「やあやあ、また会いましたか。」と再会を喜ぶ。
四国って案外狭いのですね。
天守群遠景

早く着きすぎたので、9時の開門を皆さん待っています。
入門待ち

これが「一ノ門」。
今日は休日なので中央の大きい鋲を押すように促され、太鼓を鳴らして迎えてくれます。
私はど真ん中の鋲を押して一番の入門を果たしました。
一ノ門

いの一番に天守を駆け上がりましたが、下を見ると僅かな時間の差ですが続々と本丸へ観光客がやってきてます。
天守より本丸

この松山城でも偶然「独占状態」で天守最上階にいることができました。ラッキー!
天守最上階

城の周りを散策してみましたが、文句なしに四国ナンバーワンの城と言えるでしょう。
これは帰路に本丸の外を歩いてロープウェイのある東口方面に下りる途中の「巽櫓」です。
巽櫓

その後、勝山の麓にあるロープウェイの駅内で「坂の上の雲」スペシャルドラマ館を観覧。
秋山兄弟や子規と記念撮影をして、松山を後にしました。
本日はスケジュールが押していますので、ここだけは徒歩でなくタクシーで松山駅へ。
次の目的地へ向かいます。

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2012/01/02 10:13 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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