昨日で大掃除も終わり、今日は毎日行くジムもお休みということで鎌倉から散歩をしてみました。
行きは電車で、帰りは片道8kmくらいです。
ちょうど古いお札を鶴岡八幡宮に返しに行きましょう。

お札を返したら手ぶらになったので、いろいろ行けそうです。
ということで、先ずは巨福呂坂(こぶくろざか)を越え、建長寺へ向います。
総門には「三つ鱗」のマーク、そう北条氏の家紋ですね。
ここは鎌倉幕府の五代執権:北条時頼が建てた禅寺であります。
総門

なかなか重厚な雰囲気ですね。
そう、日本で初めての禅寺で鎌倉五山の中でも第一位の格式の高い寺なんです。
2月くらいだと梅が咲いているのでしょうか。
三門

これは山の上のほうにあった国宝の梵鐘です。
梵鐘

唐門ですが「崇源院霊屋」の門という説明がありました。
つまり、今年の大河の主人公「お江さん」の門を増上寺から移設したとのことです。
唐門

禅宗の枯れた雰囲気の庭園です。しばしここで椅子に座っていると心が洗われます。
今回初めてですが、お勧めのスポットです。
正月は混むことでしょうが、年末の31日ということで人はほとんどいません。
庭園

再度、正面の三門をアップで。坊さんの説明を聞いている人たちがいます。
三門

建長寺がよかったので長くなりましたが、円覚寺にも行ったので少しばかり。
こちらが円覚寺の三門ではなく、こちらは山門。
円覚寺三門

これは国宝の洪鐘(おおがね)です。
紐で囲ってありますね。「入るな」ということでしょうか。あまり感じがいいものではありませんね。
洪鐘

これも国宝の舎利殿ですが、立ち入り禁止になっています。
どうも円覚寺の方は閉鎖的な姿勢のようです。
だったら入場料など取らずに秘密主義にすればいいのにね。
皆さん、どうせ金払って行くんでしたら「建長寺」の方が断然いいでっせ。
舎利殿

北鎌倉の駅の横を通って帰路に着きましたが、最後に鎌倉らしい面白い道をパチリ!
北鎌倉駅の横道

それでは皆さん、よいお年を!来年もよろしく!
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宇和島から特急で50分くらい、乗っていた列車の先頭車両はこんなペイントが施されていました。
アンパンマンの作者:やなせたかしさんは高知の出身です。
アンパンマン列車

降り立った駅は「大洲(おおず)」。
あまり有名ではありませんが、古い城下町があります。
年配の人なら覚えているでしょうが、朝のテレビドラマの第3作でしたかね。
樫山文江さんが主演して高視聴率だった「おはなはん」の舞台となった町です。
その前年に大河「太閤記」の信長役でブレークした高橋幸治さんが旦那役でした。

そういえば、高橋さん最近見かけませんが、先日の市川森一さんをしのぶ「黄金の日日」第1回で同じ信長役で出ていましたね。
全大河を見渡しても信長役といえば、やはり高橋さんで「止めを刺す」のではないでしょうか。
伊予大洲

駅から歩くこと15分。川沿いに出たら見えてきました大洲城!
駅側より川向こうが城下町なのですね。
川向こうの城

橋を渡り、古い商店街をさらに歩くこと10分。天守が見えてきました。
2004年の復元天守ですから石垣の旧さとアンバランスなような気がします。
石垣はすっかり苔むして、いい感じになっていますね。
石垣と天守

これが本丸から見た天守群。
うーむ、あまりの白さに宇和島城と比べてしまい、なんとなく白々しい気分。
大洲城天守

どうも天守内に料金を払って入る気が無くなり、美しい周りの景色の方を堪能しました。
肘川(ひじがわ)の蛇行する流れが、風情を感じます。右側が「おはなはん」のいた旧城下町です。
肘川

帰路の途中、上の写真の堤防沿いに珍しい形をした櫓がありました。
司馬遼太郎の「街道をゆく・南伊予」にも記述のある「芋綿櫓」という重要文化財であります。
芋綿櫓

その後、「おはなはん通り」と名付けられた観光スポットにも行きましたが、誰もいませんね。
おはなはん通り

夕暮れが迫り、気温も下がってきたので1時間半ほど滞在して今日の宿泊先へ急ぎます。
16:46発の特急で松山へ向かいました。僅か40分で到着。

体も冷えてきたので、すぐにホテルへ荷物を置き路面電車でさっそく道後温泉へ向います。
道後温泉に着く頃には、すっかり火灯し頃となり「いい湯だな♪」の気分です。
道後温泉

翌日へ続く。
四国の旅の続きです。
翌朝、高知のホテルを立ち高知駅に向かいます。朝のヒンヤリとした空気が清清しい。
高知駅の駅舎は新しく、駅前はどこの県庁所在地の駅よりもダダッ広い感じがしました。
土地が余っているのでしょうかね。
駅舎の天井は珍しくも板張りでありました。多分、県内産の杉でありましょうか。
高知駅前

8:21発の「しまんと1号」に乗り込みます。
この列車はグリーン車がついてました。でもガラガラで私と中年のご夫婦で貸切状態です。
特急グリーン車内

せっかくのグリーン車も僅か1時間で下車。
窪川というところで乗り換え、次の目的地:宇和島へと向かいます。
ここからは1両編成の各駅停車に乗って、さらに2時間かかります。
駅員さんに聞いたら、トイレはついてないそうです。
これは困った。しばらくは水ものは我慢して2時間過ごさなくてはなりません。

車内はこんな感じ。おやおや、グリーン車で一緒だった夫婦も乗っていますね。
やはり観光客の皆さんは宇和島を目指すようです。
隣に座っていた60代のオジサンと目が合いました。
そうそう、お互いに覚えていて昨日の高知城で見かけた人でした。
お蔭で話し相手ができ、2時間退屈しませんでした。
この方も一人で城めぐりをしているそうです。こういう中高年は多いみたい。
宇和島行き普通列車

これが有名な「四万十川」の流れです。ずーっと車窓で楽しめます。
四万十川

12:11やっとこさ宇和島駅に到着。あーー長かった。
終着駅のしるし、もうこの先には線路はありません。
終着宇和島駅

早速、駅から歩くこと15分くらいで宇和島城の登山口に到着します。
堀がありませんね。どうやら埋め立てられたみたいです。
移設された長屋門をくぐり、古城の面影を残す石段を登って行きます。
観光化されずにクラシックな状態が保存され、いい雰囲気ですね。
宇和島城石段

二の丸の石垣が見えてきました。これも穴太衆でしょうか?
丸亀城よりも高知城に近い荒々しさを感じます。
宇和島城石垣

登り始めて10分くらいで天守に到着。
少し汗をかいてますので、上着を脱いだら冷たい風が心地よい。

小さいですが立派な天守ですね。伊達10万石のキラリと光るものでしょうか。
やはり天守は端っこじゃなく、中央にそそり立つ方が威容がありますね。
晴天に美しく見栄えがします。
宇和島城天守

三層天守の最上階ですが、またしても一人で「独占状態」です。
宇和島城最上階

天守から眺める本丸とその先に広がる宇和海です。
かなり入り組んでて、天然の良港となっています。
美しくて温暖な町ですね。
天守からの宇和海

宇和島には1時間半ほど滞在して次の目的地へ13:55の「宇和海16号」で出発です。
また、あのオジサンと同じ列車になりました。
今度の列車はグリーン車がないようですから、ご一緒しましょうか。
目的地も同じようです。
3年間に渡って放映された「坂の上の雲」がついに終わりました。
日露戦争に入ってからは、俄然映像に迫力が増してきました。
「203高地」や「日本海海戦」のシーンはCGを駆使した今までにないスケールとなり、
「葵徳川三代」の関ヶ原シーンをはるかにしのぐ戦闘シーンの連続でありました。

多分、戦闘シーンだけをとったら過去のテレビドラマの中では一番ではなかったでしょうか。
肝心のドラマの内容はと言えば、最後が少しハショリ過ぎてあっけない終わり方でしたね。
司馬遼太郎の大作の映像化ということで期待は大でしたが、見る側が期待し過ぎていたような気がします。

元々、司馬遼さんは映像化は許さないという姿勢でした。
あれだけの内容を映画やテレビでは表現しきれないと思っていたのでしょう。
終わってみれば、司馬遼さんの考えは間違っていなかったような感想ですね。
いくらいい役者さんを揃え、戦闘シーンに巨費を投じても映像では表現できる限界があるということです。
死んだ司馬遼さんは草葉の陰で、映像化を許した奥さんをうらめしく思っているかもしれません。

原作では登場人物が異常に多いにもかかわらず、その一人一人をつぶさに記述していましたね。
例えば、明石元二郎なんかは原作ではかなり活躍していましたがテレビではちょこっと出てましたっけ。
とんと記憶にありません。
高橋是清や小村寿太郎も大河の主役クラスを配してましたが、もうちょっと出番が多くてもいいのでは。
そんな感じで、登場人物が多すぎて全13回では時間がとても足りなかったみたい。
だから、どの人物もちょこっと出て、ちょこっと消えて行くことになり物足りなさが残りました。

一番丹念に描かれたのは、正岡子規ではないでしょうか?
子規と香川照之さんが区別がつかないほどに乗り移った演技でした。これはとても良かった。

秋山兄弟が日露戦争に突入したら活躍するものだと思ってましたが、
実際の戦争で活躍するのは最前線の兵隊さんだということが今回よく分かりました。
戦争と言うものは、命令を出している将校がやるのではなく末端の兵士であるという基本が描かれたのは大きな収穫でした。
これは今回の「坂の上の雲」における制作者の意図であるな。と強く感じましたね。

国家を挙げての戦争が、いかに人間を消耗するものかを痛切にとらえることができた作品でした。
戦争が終わり、知恵の限りを尽くした秋山真之、児玉源太郎、小村寿太郎などは精も根も尽き果てたという状態で、
あっけなくこの世を去った事実が、それを証明しているような気がします。
12:44発の特急南風9号で高知へ行こうと丸亀駅へ。
せっかくグリーン車にも乗れるバースデイパスを利用してますから、ここは優雅にグリーン車で。
と思いきや、この特急にはグリーン車がないそうです。ガクッ!

丸亀駅では、もう1つ小事件がありました。
昼時でお腹もすいてきたので、改札の駅員さんに聞きました。
「どこかに駅弁は売ってませんか?」
「駅弁ですか・・・売ってませんねえー。」

仕方なしに周りを見渡すと、キヨスクやミニスーパーがあります。
急いで弁当を探しに行くと、当然のようにありました。
駅員さんに「ちゃんとあそこで弁当売ってるじゃないですか!」
田舎の駅員さんは、融通がきかんというか、駅弁と普通の弁当は別のものだと思っているのですね。

特急の車内はガラ空き、弁当を食べながら、名所の大歩危・小歩危などを車窓に2時間。
はるばる来ました。四国の最果て「高知」です!
高知駅

丸亀で降っていた雨も上がり、高知駅に降り立ちます。
おやおや、何かのイベントをやっていますね。
駅前広場には土佐の三傑の勢ぞろいです。
左から武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎。
土佐の三人

いろいろ見てはみたいですけど、冬の宵は早いので高知城へ急ぎます。
もちろんいつものように交通機関は使わず、2本の足で。
本日泊まるホテルを横目で見ながら、チェックインもせず大手道を歩くこと15分くらい。
見えてきました。高知城追手門!
作業の方が何かやってますね。何でしょうか?
追手門

追手門に入る前に、ひっそりとした広場がありました。
こういうところには、あまり人目につかないけど意外と有名なものがあるものです。
それは足で歩く者のカンとして分かっています。
ありました。ありました。訪れる人もなくそそり立つ「山内一豊公の騎馬像」でした。
坂本龍馬などに比べて、あまりにも注目度が低くてかわいそうですぅ。
山内一豊像

さあ、本丸を目指して大手道の階段を登ります。
広くてゆったりとした登りやすい階段です。さすが24万石のお城、余裕を感じますね。
石段

この階段を登りきると右手に山内一豊の妻の銅像があります。
司馬遼太郎の「功名が辻」では「千代さん」になっていますが、「見性院」としか後世に伝わっていません。
秀吉の「おね」、利家の「まつ」に並び称される賢夫人ですね。
千代さん像

これが高知城の石垣。丸亀城のものと比べると荒々しく素朴な感じです。
土佐の風土を感じるような雰囲気ですが、説明によると穴太衆(あのうしゅう)によるものだそうです。
石垣

天守が見えてきました。坂がゆるやかなので、体へのダメージが少ないです。
これは観光客への大きなメリットではないでしょうか。
天守遠景

雨上がりの青空に天守が映えます。
天守閣と本丸御殿が隣接した珍しい形状をしています。
こういった造りの天守で現存しているのは、高知城だけです。
天守と本丸御殿

ここが3層6階の天守閣最上階です。
午前中の丸亀城と同じように私の「独占状態」です。ワッハハハ!
中央に私のリュックが写っていたのを後で気付きました。
天守最上階

この天守は外に出られるので、見晴らしがとてもいい。
下の多門櫓の右側に白い「三菱」のマークが見えるでしょ。
さっきまで、作業の方々が一生懸命に形を作っていました。
「何をしているのですか?」と聞いたら、「キャンドルでライトアップする。」とのこと。

上から眺めて、「あっそうか!」と分かりました。
これは「三菱」じゃなくて、山内家の家紋「三つ柏」だ!
ちなみに三菱のマークは岩崎弥太郎が山内家の家紋をアレンジしたものです。
天守からの眺め

本丸広場にもキャンドルライト用のガラス瓶が敷き詰められていました。
夜に訪問すれば、幻想的な高知城が見られたことでしょう。
ボランティアさんお疲れ様。
キャンドルライト

高知城を後にして県庁側に山を下り、まだ明るいうちに市内の目抜き通りを歩いてみました。
途中、路面電車が見える商店街を通って「はりまや橋」まで来ました。
朱塗りが美しい、案外と小じんまりとした微笑ましい橋でありました。
はりまや橋

「はりまや橋」から泊まるホテルへの道すがら、今晩の夕食の店を物色。
土佐といえば「かつおのたたき」。
アーケード街にある2~3店を頭にインプット。

ホテルにチェックイン後、町を散策して目当ての店へリターンです。
そして注文したのが、この「くろしお御膳」1800円。
メインディシュは左から「くじら、まぐろ、かつお」であります。
ご飯にはシラスがまぶしてあり、タレをかけて食べました。
「かつおのたたき」は塩で食べるのを勧められましたよ。
くろしお御膳

食事中、地元の人が周りで「○○ぜよ。」と言っていたので、「ああ、土佐に来たんだなー」と。
旅行中は毎日歩け歩けなので、基本的に早寝早起きです。
この日も夕食を済ませると、ホテルに戻り入浴して就寝の規則正しい日日であります。
さあて、明日はどういう風に予定をこなそうかな。
今朝10時からNHKで「黄金の日日」第一話をやってました。
録画しておいたので、先ほど観てみました。
実は風邪を引いて、昨日・今日と家でおとなしくしているので、ブログの更新とテレビ鑑賞が可能です。
普段の土日は必ずと言って体を動かしているので、こういった休日もたまには落ち着いていいですね。

先日、市川さんの「蝶々さん」の話題を書いたばかりでしたのに突然の訃報に驚きました。
市川森一さんと言えば、大河では「黄金の日日」「山河燃ゆ」「花の乱」ですね。
よく日本アカデミー賞の解説をしていたのを思い出します。

ということで「黄金の日日」の第一話は「信長軍包囲」で主だった出演者は全員出てました。
35年前の作品で、すでに鬼籍に入られた名優も大勢出てましたので、なつかしくてうるうるでした。
ざっと志村喬さん、宇野重吉さん、鶴田浩二さん、丹波哲郎さんらの堺の会合衆の面々。
それに秀吉役の緒形拳さん、杉谷善住坊役の川谷拓三さん、モニカ役の夏目雅子さん。

第一話だけでしたが、それ以降の登場人物も多士済々で戦国オールスターキャストという布陣でした。
そういえば、第一話には出てませんでしたが家康役はこれも亡くなられた児玉清さんでした。
今年の「江」も戦国オールスターの出演でしたが、内容は雲泥の差。比べようもありません。

市川さんの作品で「花の乱」はDVD化されていますが、「山河燃ゆ」はないようです。
もう1度観てみたい作品ですので、ぜひDVD化をお願いします。

何年経っても骨太の作品は鑑賞に値します。
市川さんは亡くなられても作品は生き続け、感動を送り出した作家の功績は残ります。
ご冥福をお祈りします。
先日の「歴史能力検定1級日本史」ですが、不合格でした。
4択式が20問中13問正解、記述式が10問中3問正解、トータル30問中16問正解。
案の定、記述式がダメでしたね。
感想としてはあの難問ばかりをよく半分も答えられたな。という気持ちです。
正確に書ける知識を定着させねばなりませんね。

というわけで、試験を済ませてから所用があり旅に出ました。
その帰り道、四国をグルッと1周してきました。1度は行きたかったのですよね四国。
今回はJR四国のバースデイパスというものを利用し、3日間四国内の列車が乗り放題。
しかもグリーン車にも乗れて1万円ポッキリという格安料金です。

先ず手始めは岡山から瀬戸大橋を経由して丸亀に向います。
瀬戸内海が見えてきました。ワクワクしますね。
瀬戸大橋

丸亀駅で下車して、駅前を南の方へ歩くこと10分。
今日は生憎の雨です。この日のために用意した雨合羽を着用です。
前回広島で雨の時、傘を差していたらリュックの中がびしょ濡れになったので同じ轍は踏みません!
おお、四国での1番目のお城:丸亀城が見えてきました。小高い丘の上にあります。(標高66mだって)
丸亀城遠景

これが正面の「大手二の門」からの風景です。なかなかシブいですね。
丸亀城大手二の門

大手門をくぐると「見返り坂」と呼ばれるなだらかな坂が続きます。
お城でよくある石段よりも登り易いですね。
丸亀城見返り坂

坂を登りきると美しい曲線を持った石垣が見えてきます。
この洗練された石垣技術は大したもんです。丸亀城の自慢だそうです。
丸亀は畿内にも近いので、穴太衆(あのうしゅう)といった石垣の職人集団が呼ばれたのかもしれません。
丸亀城石垣

これが天守です。
「ひょっとして櫓?」と思えるほど小さい天守に思わず笑みが。
まあ、10万石未満ですからね。このくらいが分相応なのかもしれません。
丸亀城天守

天守最上階(三階)の内部です。
12月の平日しかも雨の早朝ですから、私以外訪れる人はいません。
今回の旅で四国の現存天守を全て回りましたが、全てのお城で天守最上階は私の「独占状態」でした。
非常にラッキーな旅でもありましたね。
丸亀城天守内部

これが「独占状態」の殿様気分で眺めた丸亀の町並みです。
雨でも気分は爽快です。
丸亀城天守からの風景

さて2時間ほど丸亀に滞在して、次の目的地に向かいます。続く・・・
28サンチ榴弾砲
本日、203高地がついに落ちましたね。
写真はその作戦に重要な役目を果たした「28サンチ榴弾砲」であります。
そう実際に「坂の上の雲」で使われたものです。

実は昨日、四国松山に滞在していました。
松山城のロープウェイ上り口にあるスペシャルドラマ館で撮影したてのホヤホヤです。
四国の旅については後日ゆっくりと語りますが、本日の主役は児玉と乃木。
伊予の秋山兄弟の出番は少なく、長州人が主役でした。

柄本明さんの乃木・・・まずまずではないでしょうか。
映画「二百三高地」の仲代達矢さんよりは良かったような気がします。仲代さん少しギトギトしてるから。
雰囲気的には映画「日本海大海戦」(主役は東郷役の三船敏郎さん)での笠智衆さんの枯れた感じが出色でした。

高橋英樹さんの児玉はどうなんでしょうか?
映画「二百三高地」の丹波哲郎さんもそうなんですが、迫力で他を威圧し神通力で作戦を成功しちゃうところがあります。
物語ではそういう風にした方が面白いのでしょうが、実際の児玉はもっと繊細で理知的な長州人のイメージを個人的には持っています。

ところで、児玉の指示で28サンチ榴弾砲を1日で移動させる命令に砲兵責任者が「不可能です!」と返事していました。
あれって多分、設置するためには砲の台座をコンクリートで固める必要があるから無理と答えたのでしょうね。
当時の技術ではそう簡単なことではなかったのでしょうが、何故簡単にできたのでしょうか?

その辺の説明がなく、ともかく「203高地は落ちた」という結果だけでした。
これではまるで児玉マジックです。
まあ細かいことは野暮として、日本国民として「勝った!勝った!」と提灯行列をすればいいのかな。
そういうストーリー展開なら高橋さんでも「よし」としましょうか。
明日日曜日、「歴史能力検定1級日本史」を受験します。
10月くらいから徐々に勉強していますが、なにせ範囲が古代から現代までと広い。
重箱の隅をほじくるような問題がでますから、果たして結果はいかに。

きっかけは4年前に娘から「お父さん歴史に詳しいから受験してみたら?」と勧められたことから。
先ずは手始めに「3級日本史」から。これは難なくクリアできました。
次に一昨年「2級日本史」にトライ。
娘の教科書「高校日本史B」を読み、これだけでは不足と過去問集も読んでみました。
最初はあまりの難問ばかりで、とても無理かなと思いました。
でもやってるうちに、全問は無理だけど合格の60点くらいは、という気持ちになりました。
結果はかろうじてセーフ。

そして今回が「1級日本史」ですね。
基本の「高校日本史B」と2級の過去問集をおさらいして、本番に臨みます。
読み返しても半分は忘れていますね。2年前はよくこんな難しい問題を解けたなと思います。
特に古代~中世あたりはメタメタです。

ある程度知識が蓄積されているので四択問題はなんとかこなせますが、記述式や論述式は本当の実力がないと書けませんから難題です。
試験は明日の午後ですから、少しでも勉強して達成感を得たいと思います。

浅井三姉妹の衣装
今週の木曜日に用事があり、港区の愛宕あたりに行きました。
ハタと思いつき、山の上にある「NHK放送博物館」に立ち寄ってみました。
4Fの展示室に上の写真のような「江」で実際に使われた衣装がありました。
左から江、茶々、初のものです。

多くの大河ツウからのバッシングを受けながら、なんとか大河「江」が終了しました。
私も「やっと終わったか!」という安堵感に包まれています。
こんな気持ちを感じる大河は初めてですね。
名作はもちろん、駄作と言われた作品でも終了したらいくばくかの寂寥感が残ったものです。
それが今回だけは、恥ずかしくて見ていられないという感覚でしたもんね。

特に前半のドタバタがひどかった。
「日本国の歴史」を無視して、浅井家の姫が縦横無尽に戦国の世を駆け巡る展開ですから。
まるで女子供向けの戦国ロールプレイングゲームでしたね。
やはり、脚本:田渕久美子さんのあの時代への洞察力不足が原因でしょう。
歴史上有名な人物ばかり登場したのに、人物描写が浅くどれも単純で薄っぺらな人物になっていました。

NHKも「篤姫」で女子供への視聴率稼ぎに成功したので、田渕さんに期待したのでしょうね。
「時代劇」と思えば腹も立ちますが、戦国期の人物を借りた「現代劇」と見れば、結構楽しめたのかもしれません。
収穫としては浅井三姉妹の皆さんは、いづれも存在感を出して好演していたと思います。
特に淀殿役の宮沢りえさんは、流転の運命の中での「心の葛藤」をうまく演じてました。
「太平記」での藤夜叉に匹敵する「もの悲しさ」を20年ぶりに引き出していましたね。
この辺は田渕さんの得意とするところでしょう。

まあ、何はともあれ終わった。早く次の「坂の上の雲」や「平清盛」が見たい!
というのが正直な感想であります。