2011.10.29 高輪:東禅寺
会社の昼休みに毎日のように散歩していますが、歩き回ることが1つの趣味ですので結構遠くの方まで行きます。
大体4~50分かけて3~4kmくらいは歩きますね。
先日は高輪の方まで行きました。四十七士で有名な泉岳寺を通り過ぎて、高輪プリンスホテルのすぐ近くまで。

こんもりと緑が多い一帯がありましたが、最初は一体何があるのか分かりませんでした。
1日目は昼休みの時間がなくなり、その「こんもり」としたものの正体が分からず田町まで帰ってきました。
翌日は地図で調べてみて「東禅寺」というお寺であることが分かり、入口も確認してからの再訪です。

「東禅寺」・・・聞いたことがあります。
確か幕末のイギリス公使館で通訳をしていた外交官:アーネスト・サトウの物語に出てきました。
攘夷を叫ぶ過激浪士に何度も襲撃され、殺傷事件が起きたところですね。

表門の右側に「最初のイギリス公使宿館跡」という石碑がありました。
両脇に仁王像もあり、臨済宗の大層立派なお寺です。
山門
都心の一等地、品川駅からも5分くらいのところに木々に囲まれたこのような空間があるとは驚きです。
サラリーマン風の人々の散歩コースとなっているようですね。
参道
緑のトンネルを抜けると広い境内が現れ、まるで京都か奈良にいるような錯覚を感じます。
境内の左手にはこんな三重塔もあって、都会の喧騒を離れて別世界を味わうことができます。
三重塔
そうこうしているうちに、時計を見ると午後の1時近く。会社に戻らないといけない時間です。
もう少し浸っていたいところですが、こちらに来るのに30分以上歩きましたから仕方がありません。
帰りも歩きたいところをそうもいかないので、帰りは品川駅から電車で僅か5分です。

「ブラタモリ」のようにいろいろなとこに出没していますが、東京の都心はホント奥が深いミステリーゾーンですね。

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今夜の「江」は林羅山も金地院崇伝も全く出番がなく、家康と本多正純とで方広寺の鐘銘事件が処理されていましたね。
いくら「坂の上の雲」が待っているとはいえ、あまりにもハショリ過ぎではないでしょうか?
江や秀忠は平和主義で家康だけが豊臣つぶしでシャカリキになっているという構図ですね。

まあ、それは田渕さんの脚本だから大目に見て、今夜は片桐且元役に注目しました。
今回はなんと三田村邦彦さんですね。
三田村さんと言えば、私としては「翔ぶが如く」の徳川慶喜役が印象深いです。
主役の西郷・大久保を向こうに回し、知力で幕府の建て直しを図る青年将軍。
颯爽とした二枚目という役どころでしたが、今回は老いの一徹:且元ですか。
毎度ながら50年も大河を観てますと時の流れを感じずにはおれませんね。

この片桐且元役は、何を隠そう名優・芸達者揃いなのであります。
だから、三田村さんも喜んで役をお受けしたのではないでしょうか。

83年「徳川家康」・・・久米明
87年「独眼竜政宗」・・・松村達雄
00年「葵徳川三代」・・・小林稔侍
どうです。年輪と意地を感じるすばらしい配役でしょ。

内容がかるーい「江」ですが、こういう楽しみ方もあるようです。
私もいづれか早いうちに方広寺に赴き、有名な梵鐘をじっくりと確認したくなりました。

あっそれと、「真田幸村」の話になるとどうして本多正信(草刈正雄さん)が必ず出てくるんでしょうかねー(フフフ)
2011.10.22 福井:丸岡城
彦根を後にして向ったのは福井です。
北陸本線を敦賀で一旦乗り換え、各駅で2時間かけて福井に到着。
夜行列車はつまらんですね。車窓からの風景も楽しめません。

夜8時頃に福井駅に着いたので、「20時以降のチェックインなら朝食付きで4千円」という駅前ホテルを見つけ予約。
ここは以前、出張で泊まったことがあるまあまあのところです。
少し冷えていたので、駅中で蕎麦など食べてからホテルへ。
明日も朝早いから夜遊びなどはしません。

早く寝たので、翌朝は快い目覚めです。
本日の目的地は、「現存十二天守」の1つ丸岡城です。
北陸に現存しているのは、ここだけですから日帰りしていたら、また来る必要があることに気付いたのです。
福井駅前から本丸岡行きのバスに乗り込みます。
8:12発です。1時間に1本しかありませんから、これを逃すと大変です。

乗客は3、4人。これじゃ赤字でしょうね。
中に1人、同じようなリュックを担いでペットボトル持参の中年男性がいます。
バスを降りてから話しかけたら、「日本100名城スタンプラリー」をやってる方でした。
やっぱり同好の方でしたね。
のどかな田舎道を40分かけて丸岡城に着きました。
丸岡城天守
犬山城よりこじんまりとした「侘び」の風情があります。
手前のかすかに「一筆啓上」と言う文字が読み取れる碑は、徳川家康の重臣:本多作左衛門の手紙からのものです。
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
日本一短い手紙として有名なこの一文は、作左が長篠の戦いの陣中から妻あてに書いた手紙です。
この「お仙」は嫡子仙千代のことで後に丸岡城主となります。
一筆啓上
周囲の堀も埋め立てられて、道路や住宅になっています。
小さい城なので1時間もすれば見終わり、丁度1時間後にやってくるバスに乗り込んで再び福井へ。

福井市内に入って来たところで寺町のあたりを通過するルートだったので、知り合いの住職へメールしてみました。
都合よく空いていて、福井城のお堀端のレストランで昼食。
久しぶりの再会だったので、奢ってもらいました。ラッキー!持つべきものは友人ですね。

これは珍しい「御廊下橋」といわれる木製の屋根のある橋を復元したものです。
福井城
城内本丸は県庁や警察本部になっていて、見るべきものは少ないです。
これが、「北ノ荘」から「福井」へと地名変更した時の語源となった「福の井」。
福の井
福井城のお堀の回りは遊歩道となっていて、散歩に適したつくりになっています。
福井城から福井駅はすぐ近くですが、ここはすぐには帰らず「北ノ荘城」の遺構を見てみましょう。
駅から5分ほど歩いた繁華街のすぐ横にありました。
お市の方と浅井三姉妹のそろい踏みです。(手前の一番小さい子が江)
「江」のゆかりの地ということで、観光客も多かったですね。
浅井親子
北ノ荘城の立派な石垣の上に鎮座するのが柴田勝家の銅像。
多分これが最初に出来た像なのでしょうね。
柴田勝家
というわけで、日帰り予定がつい福井・丸岡まで足を延ばすことになりました。
そうですね。やはり丸岡城まで再度ということは難しいので、今回行けてよかったです。
午後の3時前に福井を後にして、特急と米原で新幹線に乗り継ぎ夜の8時には横浜の自宅に戻ってきました。
これで十二天守のうち4天守ゲットしました。
2011.10.15 国宝:彦根城
次の目的地へは名鉄で終点の岐阜で降り、JRの岐阜駅に乗り換えます。
駅前には8月の末に訪れた時に見た黄金の信長像が見えますが、今回は素通りして駅ビルで昼食です。
昼食を済ませ12:49発の大垣行きに乗ります。
前回の安土から岐阜もそうでしたが、名古屋方面から関西への乗り継ぎがとても不便です。
新幹線はスーッといけるのですが、各駅停車では大垣と米原で必ず列車を乗り換えます。
なんとかならんもんでしょうか、JRさんよ!

ということで、午後の2時くらいに彦根に到着。
5年前に家族旅行で寄ったことがありますが、その時とはお城を観る目が違います。
ここもいつものように城下町の定番、駅前の大通りを真っ直ぐ行くと彦根城です。
約10分くらい歩くと見えて来ました。佐和口の多門櫓といいます。
佐和口多門櫓
表門から石段を登って行きます。相変わらず急傾斜ですね。
表門山道

石段を登ると、写真の右手から回り込むように橋が架けられています。
面白い形をした入口ですが、「天秤櫓」といいます。彦根城の名物でしょうね。
敵を迎え撃つ時には、この橋を落として入口を閉ざすのでしょう。
天秤櫓
次の「太鼓門櫓」を通過するともうすぐ城の本丸ですが、櫓の中では特別の展示物があるようです。
入ってみましょう。
井伊直政の鎧
どうやら、有名な戦国武将たちの鎧兜が20体くらい陳列されていて、試着もできるようです。
上の赤いのが、この城ゆかりの井伊直政のもの。いわゆる「井伊の赤備え」というやつですね。

下の黒いのは御大:徳川家康のもの。ライバル石田三成のもありました。
徳川家康の鎧
さあ、いよいよ天守です。
正面からのカット。壮大な山の上に築かれた城郭のわりには、私にはなんとなく可愛らしく見えます。
失礼、落ち着いたたたずまいと申し上げておきましょう。
彦根城天守1
これが天守の裏側からのカット。こちらは荒々しさを感じますね。
彦根城天守2
その後、西の丸「三重櫓」を見て黒門口へ下って行きます。
堀を渡ると「玄宮園」という庭園があります。
うすぼんやりと、真ん中の山の上に天守が望まれます。(肉眼でははっきりと見えます。)
玄宮園
庭園を散策し、入ってきた佐和口に向う途中に訪れる人もなくひっそりと井伊直弼の銅像が・・・。
井伊直弼像
イメージが悪いのか人気ないですねー。少しかわいそーになったので弁明を少し。
直弼の曾孫で彦根市長だった方の奥様で井伊文子さんという方がいます。
その方は歌人としても有名で、その方の歌碑が銅像の横にありました。
そこには「一身に 責負ひまして 立ちましし 大老ありてこそ 開港はなりぬ」と刻まれていました。

直弼の銅像から少し離れたところに「花の生涯」のレリーフがありました。
記念すべき大河第1作の遺産ですね。(写真右手の奥に直弼像が小さく見えます。)
花の生涯
これを眺めていたら、中年のオバサマたちの一団が訪れました。
そこで大河ドラマの話になったようなので、ずうずしくも話に割り込みました。
「主演の井伊直弼には尾上松緑、長野主繕には中井貴一のお父さん・・・そうそう佐田啓二、村山たか役には淡島千景でしたね。」
「向こうに井伊直弼の銅像もありますから、寄ってみて下さい。」と
オバサマたち、しばらく大河の話で盛り上がっていました。

そぞろお堀端を歩いて、直弼が青春時代を過ごした屋敷や井伊家の現当主の家などをみていたら夕暮れ時になってしまいました。
彦根城夕暮れ
当初の予定では、犬山城と彦根城の国宝2城を散策したら日帰りで戻るつもりでした。
ところがここで気が変わりました。こういうことが出来るのが一人旅のいいところです。

そうだ、せっかくここまで来たのだからあそこに行こう!
ということで、次の目的地に向けて17:50発の列車に乗り彦根を後にしました。
さあて、今夜はどこに泊まりましょうか。
2011.10.09 国宝:犬山城
先日の「城めぐりの旅」がとても面白かったので、すっかり気に入ってしまいました。
現存12天守」という言葉も知り、先日訪れた姫路城以外の11の天守閣をもつ城にどうしても行きたくなりました。

ということで、先ずは先日台風の影響で行き損ねた「国宝:犬山城」を今回旅することにしました。
朝7時に横浜の自宅を出て、新幹線に乗り名古屋まで、それから名鉄に乗り換え犬山へ。
10時にはもう犬山に着きました。歩いて20分、犬山城の入口に到着。
おやおや修学旅行生たちと一緒ですね。
犬山城入口
うっそうとした木々の中を修学旅行生を追い越しながら石段を5分程度登ります。
犬山城石段

大手門をくぐると、おー見えて来ました国宝のお姿が!
犬山城遠景
これが正面からのアップです。それほど大きくはないですが、シブい貫禄がありますね。
どうせ修学旅行生たちでごった返していますから、あわてて中に入らず外で写真を撮りながら時間を待ちます。
犬山城天守
城の周りを散策していたら、どうやら中が落ち着いてきたようです。
それでは、いざ天守内部へGO!
いつもながらですが、天守の中の階段は急ですね。
足腰を日頃から鍛えている私でさえスイスイとは登れませんから、普通のオジサン・オバサン方は「よっこらしょ」でしょう。
天守閣とは日常生活の場ではなく、シンボリックな建造物だということがよく分かりますね。
天守より1
犬山の町並みや木曽川の流れがよーく見えます。
岐阜城から見た長良川の流れとも似ていますが、こちらの方が山が低いので景色に迫るものを感じます。
犬山城は四方の眺望がウリの城でもあると認識しました。

天守の写真を撮った場所を逆から撮ってみました。小じんまりとした城ですね。
以前の掛川城もこれくらいでしたが、全部が見渡せる城の方がなんとなく愛着を感じます。
天守より2
ほぼ1時間もあれば全体を見終わり、11時過ぎには次の目的地へ。
最初の入口へ戻り、グルッと城の外周道路を木曽川の方へ歩いて行きます。
それから木曽川沿いの遊歩道を歩くと15分で「犬山遊園駅」に。
先ほど山の上の天守から見た風景が河岸の高さから確認できますよ。
犬山城帰路
次は名鉄で岐阜へ向います。
岐阜城は先日行きましたね。さて次はどこへ行きましょうか?
2011.10.01 大船散歩
先週は天気もよく、自宅から大船(鎌倉市)の方まで歩いてみました。
途中、丘のふもとの住宅街を歩いていると由緒ありげな大きな寺が。
曹洞宗「正翁寺」と表示されてます。
なかなか風格があるので、興味をそそられ奥の方まで入ってみました。
正翁寺
この写真の右手の方から若い坊さんらしき人から「おはようございます。」と声をかけられました。
多分、ここの住職の息子さんではないでしょうか。
こちらも「おはようございます。大そう立派なお寺ですね。いつごろ建てられたのですか?」
「そうですね。戦国時代くらいと聞いてます。」
「それはそれは、500年くらい経つのですね。散歩が趣味でいろんなところを歩き回っている者です。失礼しました」

そんなこんなで、それからは道を「いたち川」と言われている川沿の遊歩道を進み大船方面へ向かいます。
動物のイタチと混同されますが、名の由来は鎌倉街道の出立点としての「いでたち」からきているそうです。
いたち川
途中で昼食をすませながら、かれこれ2時間以上歩いて東海道線の陸橋を越えると鄙びた田園地帯になります。
するとそこは、なんとあの上杉謙信のご先祖様の出身地だそうです。
この看板を見よ!
長尾氏発祥の地
ひっそりと御霊神社もありますが、あの有名な不識庵謙信公の先祖にしてはなんともお粗末な扱いに愕然。
上杉家の方々、なんとかならんもんでしょうかね。
御霊神社
そこからだらだらとJR大船駅方面へ「いたち川」の流れ込む「柏尾川」沿いを歩きます。
そういえば、JRから見える山の上に「大船観音」というものがあるが、一度もお参りしたことがないなと。
足はかなり疲れていたが、このチャンスを逃すのは惜しいと急遽山を登ることにしました。

最後の階段を登るとついに見えてきましたよ。
大船観音1
さあ、これが大船の観音様です。やっぱり上半身しかなかったのですね。
でも神々しい。300円払った甲斐がありました。
大船観音2
翌日、どういうわけか「ふくらはぎ」に筋肉痛が発生しました。
散歩で10kmくらい軽く歩く私がなぜに?
小高い山に登ったから当然下るわけです。下りは普段全く使わない筋肉なのですね。およよ。