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田原坂

雨は降る降る 陣羽(じんば)は濡れる 越すに越されぬ 田原坂

右手(めて)に血刀 左手(ゆんで)に手綱(たづな) 馬上ゆたかな 美少年

美少年
これは4年前に熊本県の西南戦争の激戦地である「田原坂」を訪れた時に撮影した「美少年」の銅像です。
この少年は誰がモデルなんでしょうか?
薩摩軍の中には、十代の少年兵が多数いて亡くなったといいます。
それら全員の悲劇をイメージしたもののようです。

何となく「白虎隊」を連想しますね。
実は昨日・今日とで日本テレビ系で87年に放送された年末時代劇「田原坂」を観ました。
うーむ、確かに物語の流れは視聴率のよかった前年の「白虎隊」ムードを踏襲していましたね。
滅びの美学とでもいいましょうか。
主題歌も同じ堀内孝雄。
ドラマチックな場面になると、その歌が流れ涙を誘います。
日本人って、こうゆう泣かせるドラマが好きなんですよね。

主役はあの維新の英雄:西郷さん。年末時代劇の常連:里見浩太朗さんが演じてました。
悪くはなかったですが整いすぎた西郷さんで、もっとドロドロした桜島の溶岩流のような雰囲気が欲しかった。
あとどうしても90年の大河「翔ぶが如く」と比べてしまって、物語の展開が速すぎました。
それとライバルの大久保(近藤正臣さん)が大河の鹿賀丈史さんと比べると軽かった。
まあ大河の方は鹿賀さんの一世一代の名演ですから、これは仕方のないことでしょう。
でも昨今の時代劇と比べれば十分佳作に入る見事な作品だったと思います。楽しめました。
幕末から明治維新とはかくも小説のようなドラマチックな時代だなあと再認識。

おもしろデータとして、3人ほど「翔ぶが如く」とダブル出演の方がいましたよ。
        (田原坂)    (翔ぶが如く)
高品格   西郷の従僕   調所笑左衛門  
竜雷太   桂久武      川口雪篷 (どちらも西郷を支える人)
坂上忍   西郷菊次郎   大山巌  (どちらも西郷の親族)

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テーマ : 日々の出来事 - ジャンル : ブログ

2011/07/31 18:59 |未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

原田芳雄さん逝く

原田芳雄さんが亡くなってしまいました。71歳だそうです。惜しいですね。
長髪にサングラスが似合うワイルドな雰囲気の役者さんでした。
いかにも70年代アウトロー的で、現代劇では殺し屋、時代劇では股旅物なんかが似合いそう。

70年代にヒットした「木枯らし紋次郎」という股旅物がありました。
主演の中村敦夫さんも雰囲気出てましたが、原田さんも渡世人のライバルで出演していたのを記憶してます。
二人とも俳優座の仲間だったのですね。

俳優座といえば、松田優作さんとの因縁話が有名です。
87年「独眼竜政宗」で政宗の前にライバルとして立ちはだかる東北の雄:最上義光(よしあき)役に最初は松田さんにオファーがあったそうです。
しかし、最終的には実現せず先輩である原田さんがその役を受けることになります。
政宗の母:義姫(岩下志麻さん)の兄の役ですから政宗(渡辺謙さん)とは年齢差が近い松田さんでしたら、やや軽くなっていたかも。
結果論ですが、私は原田さんでよかったと思います。

権謀術数を使い、執拗に政宗を追い詰める役ですから年齢・陰湿さ・執念深さいづれをとっても原田さんのハマリ役でした。
そんな義光でしたが、愛娘の駒姫(とても可愛かった坂上香織さん)が関白秀次事件に巻き込まれ斬殺されることになり嘆き悲しみます。
血も涙もないような非道の性格のように描かれていた義光が、人の親として「お駒~!」と泣く姿は胸に迫るものがありました。
また、57万石の大大名となりながらも「器量では政宗に及ばなかった」と述懐するなど物語の前半であくどく描き過ぎたのを後半でフォローしている面もありましたね。

この「独眼竜政宗」に遡ること3年。
実はもう1つ松田優作さんが断った役を原田さんが受けていたのですね。
それは「西部警察Part3」の最終回で大門部長刑事(渡哲也さん)を狙撃する犯人役です。
日本テレビの「大都会」という刑事物で渡さんと共演した優作さん。
「とても渡さんを殺す役なんてできない」と言って、断ったそうです。
この時から原田さんは優作さんの尻拭いをする役目になったのでしょうか。
なんとなく原田さんの懐の深さを感じさせる話ですね。

最後に私が始めて原田芳雄という俳優を知ったのは70年「春の坂道」だと思います。
あのワイルドさは柳生十兵衛にピッタリではなかったでしょうか。
何となく当時流行っていたマカロニウエスタンのガンマン風だったような。
今となっては確認したくても、その映像は何処にも残っていないそうです。

柳生十兵衛と言えば「春の坂道」の原田芳雄と「魔界転生」の千葉真一を比較できる人とできれば語り合いたいものです。

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2011/07/23 23:37 |俳優COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

羽柴完子(さだこ)

先週の「江」では、夫の秀勝が朝鮮で亡くなり、それと同時に女の子も生まれました。
なかなかドラマチックな回になるはずでしたが、秀勝の亡くなり方があれでいいんでしょうか。
武将としてはなんとも情けないような最後で、あんなことではいかに歴女といえども感激はせんのでは。
朝鮮の農民を守って配下の者に斬られたのでは、あまりにも秀勝がミジメじゃありませんかねえ。

従来あまりスポットライトが当たらなかった羽柴秀勝に今回はEXILEのAKIRAを充て、
十分物語を作っていただいたのでよしとしましょうか。
ところで生まれた女の子・・・名前は定かではありません。記録にないのです。
過去の大河でも出番があったのは2000年の「葵徳川三代」くらいです。
演じていたのは小川範子さんというキュートな雰囲気の女優さん。多分記憶にある人は少ないでしょう。

でもこの女の子、江が徳川秀忠と結婚してから運が向いて来るのです。
江の結婚後、豊臣家の養女となり姉の淀殿が育てます。
豊臣完子と名乗り、豊臣家から公家の九条家へ嫁ぐことになります。
実母が徳川将軍家の御台所、義理の弟が左大臣:豊臣秀頼ですからね。
当然と言えば当然の輿入れでしょう。

夫の九条忠栄(後の幸家)が関白となり、自身も関白夫人で従三位北政所となるのです。
子供にも恵まれ、豊臣家が滅亡した後でも安泰で67歳の天寿を全うします。
たった一人の豊臣の血をひく女性ですが、その血脈がスゴイですよ。
九条家における彼女の子孫が、大正天皇に嫁ぎ昭和天皇を生むのですね。
そして現在の天皇陛下に豊臣と浅井それに織田の血を少しづつ繋いだわけですから、その功績は偉大であります。

「江」の方ですが、秀勝を失ったことで次は徳川秀忠と再々婚することになります。
でも秀忠の方も「再婚」ということはご存知ですか?
最初の正室は織田信雄(信長次男)の娘で豊臣秀吉の養女となった小姫(おひめ)という女の子です。
秀忠は12歳、小姫は6歳であったというからまさに政略結婚の典型ですね。
実父の信雄(のぶかつ)と秀吉が不和になったため離縁され、直後に亡くなったというから不憫です。

ところで秀忠といえば実直で父:家康に逆らうこともなく温厚な性格だと一般に描かれています。
しかし今回の「江」では小生意気で醒めた雰囲気で世の中を見ているようなキャラですが、
後半は江とのやりとりで盛り上げようとしているのでしょうか。
これからのお手並み拝見ですね。

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2011/07/17 18:37 |COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

楠木正成と平将門

有楽町に所用があり、終わって時間が少しあったので皇居の方まで足を延ばしてみました。
二重橋の手前に「楠木正成」の銅像があると聞いていて、今回初めてお目にかかりました。
午後の暑い最中でしたので、訪れる人は外人さんがチラホラいるだけで静かに拝見できました。
おー、なかなか勇ましい姿ですね。
楠木正成
大河で楠木正成が登場したのは、僅か1回。91年「太平記」のみです。
やはりこの時代は南北朝の動乱の時代で天皇や皇族の扱い方に難しいものがあって、映像化しにくいのでしょう。
その難しさに挑戦した当時のNHKスタッフの心意気は見事と言っていいのではないでしょうか。
うまく1年間の壮大なドラマに仕上げました。あの頃の情熱が今となってはなつかしいですね。

楠木正成を演じたのは、武田鉄矢さん。
「金八先生」や「101回目のプロポーズ」などにも同時に出演しており、その時分は役者としてノリに乗っていた頃でしょう。
田舎の人のいいオッサンという雰囲気で、従来の正成のイメージとは異なり「義の人」というよりは「情の人」という感じでした。
やはり旬の役者さんを起用すると、自然にいい味を出して好演してくれます。
やはりプロジェクトは、いい人材を揃えるところからが成功の基といえるのでしょうね。


お堀端をそのまま真っ直ぐ大手町の方へ歩いて、三井物産のビルのところまで来ました。
以前より訪れてみたかった「将門塚」があるはずです。
ありました。ありました。大きなビルの谷間にひっそりと木々に覆われた一角が。
数人の訪問客もあり、首塚には花や線香も手向けられてありました。
ちゃんと手入れしてくれる方がいるのですね。
平氏一門の末裔としては、ありがたいことで感謝の気持ちであります。
将門塚
この平将門も大河で扱われたのは1回のみ。
76年「風と雲と虹と」で加藤剛さんが清清しい将門を演じていました。
これも従来の荒々しい将門像を覆すような新鮮な内容でしたね。

ちなみにこの「将門塚」がある一角は古くは老中:酒井雅楽頭(さかいうたのかみ)の屋敷があったところで、
70年「樅の木は残った」で有名になった仙台伊達騒動の原田甲斐が暗殺されたところだそうです。

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2011/07/09 09:58 |散歩COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

大河ドラマと西部警察

80年代のテレビドラマを調べているところで、思い出したことがあります。
「大河ドラマを見続けて半世紀・・・」という私の口上ですが、日曜夜8時に大河を見ていなかった時期があります。
実は79年の10月から3年くらいは裏番組を観ていたのです!スミマセン。
大河は優先順位を下げ、土曜の再放送で観ていたのです。

それで、日曜8時は何を観ていたかというとこれです。
西部警察オープニング

東京のチャンネルで10はそれまで「NET」と呼ばれていたのですが、79年10月より「テレビ朝日」と呼称が変わりました。
ちなみに「NET」の意味は日本教育(エデュケーショナル)テレビだそうです。
社名変更に際して、鳴り物入りで石原プロに制作を依頼したのがこの「西部警察」でありました。
この番組自体も日本テレビで直前まで放送していた「大都会」という刑事物をそっくりそのままパワーアップさせて引き抜いたものでありました。

主役の大門部長刑事(渡哲也さん)は角刈りにレイバンのサングラスでショットガンをぶっ放す。
小暮捜査課長(石原裕次郎さん)は高級オープンカーで乗りつけ、夜はブランデーをチビリ。
巽刑事(舘ひろしさん)は暴走族風にヘルメットなしでオートバイに乗り、ハンドルから手を離して銃を撃ちまくる。
その他の大門軍団の刑事も犯人を殴る蹴るの違法捜査のオンパレードでありましたが、それがまた決まってました。

とにかく奇想天外の刑事物で、断然「草燃ゆる」や「獅子の時代」より面白くてハマってしまいましたよね。
特に団長と呼ばれていた渡さんがカッコよかった。
日本のアクション物で一番カッコよかったのは、この大門部長刑事ではないでしょうか?
いつも三つ揃いのスーツでネクタイに濃い目のワイシャツで決めていました。

番組のストーリーはほとんど覚えていませんが、車が転倒したり火を噴いたりのカーアクションがすごかったのと、
建物や乗り物(船や電車)がドハデにぶっ壊されるシーンが印象に残っています。
今ではもうこんな番組は作れないでしょうね。

第1作では自衛隊から盗まれた装甲車に乗り込んだ犯人たちが都心を蹂躙します。
そして何故か犯人グループは新装なった「テレビ朝日」へ向かいます。
緊張するシーンながら、「なんでよりによってテレビ朝日なんだろう。」と噴出した覚えがあります。

3年くらい楽しませてもらった「西部警察」ですが、PART2頃からやや飽きてきてPART3の頃には見なくなってきました。
西部警察PART3

最初のシリーズとPART2・3ではオープニングの音楽が違いますが、どちらもドラマチックで今聴いても感激モノですね。
個人的には思い入れのある最初の方が好みです。
ちなみに石原さん、渡さんと私は誕生日が同じみたいです。

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2011/07/03 20:05 |未分類COMMENT(5)TRACKBACK(0)  

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