2011.05.29 坂東平氏
先日、来年の大河「平清盛」の主だったキャストが発表になりました。
主役の清盛役は松山ケンイチさんが決まっていましたが、彼の終生のライバルである源義朝役には玉木宏さん。
清盛の前に立ちはだかる後白河帝に松田翔太さんということで、この3人の関係が物語の展開となりそうです。

過去に清盛を演じたのは4人。
66年「源義経」・・・辰巳柳太郎
72年「新・平家物語」・・・仲代達矢
79年「草燃える」・・・金子信雄
05年「義経」・・・渡哲也

やっぱり主役だった仲代さんの清盛が一番印象に残っていますね。
とは言っても40年前の記憶だから、とても曖昧な状態です。
ここは確認のために、近いうちに総集編のDVDをTSUTAYAで借りてみましょうか。


ところで「西国の平氏、東国の源氏」という言葉がありますが、本当でしょうか?
平清盛一族が安芸(広島)を中心に西国に領地があったので、源平合戦の際に西へ西へと追い詰められていったことから言われるのでしょう。
しかし、実際の武家平氏の台頭は坂東の常陸(茨城)や下総・上総(千葉)のあたりからです。

あの76年「風と雲と虹と」の平将門も坂東平氏の一門であります。
坂東八平氏(ばんどうはちへいし)という言い方がありますが、坂東(関東地方)に土着して武家となった桓武平氏を祖とする諸氏です。
秩父氏、上総氏、千葉氏、中村氏、三浦氏、鎌倉氏の他、これらの諸氏から派生した土肥氏、梶原氏、大庭氏、長尾氏などが入るが、数え方はその時々の各氏族の勢力により様々であるそうです。
どうも私自身の先祖もこの坂東平氏の出であるようで、「平将門」に対する思い入れが強くなりましたね。
やはり一度は大手町にある将門の首塚にお参りしてみようと思っています。

海音寺潮五郎さんの説によると、坂東武者が荒々しくて強いのは古代朝鮮系の人々が関東地方に入植して土着したからだということです。
今でも朝鮮系の人は体が大きくて荒々しいイメージがあります。
その血が将門や坂東武者に流れているから、ああいった反乱が起こせたということです。
農耕民族の大人しい日本人の血では、激しい革新の流れは作れなかったという説は納得のいくものでした。

伊勢平氏(清盛を中心とする平家)は西国へ行ったので、軟弱になり源氏に滅ぼされたのでしょうかね。

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連休中、小田原を歩いている時に妻からメールが入りました。
「アタック25に児玉清が出てないけど、亡くなったのかしら?」
その時点では、入院して番組収録に出てないのを知っていたので、
「まだ亡くなってはいないけど、長くないのかもしれない。」と返事していました。

クイズ番組が好きなもので、日曜日には「アタック25」をよく見てましたが、
児玉さんが出なくなってからは見る意欲が無くなっていました。
児玉さんあっての番組であり、児玉さん自身も番組に出れないということは余程のことと思ってました。
あれほどの長寿番組を病気で降りるのは、さぞや無念だったことでしょう。
ご冥福をお祈りします。


大河ドラマにおける児玉清さんの思い出としては、先ずは88年「武田信玄」の飯富虎昌(おぶとらまさ)役が思い出されます。
武田家の重臣であり、信玄の嫡男である義信(堤真一さん)の傅役でもありました。
義信を盛り立てる段階で、信玄の正室である三条夫人(紺野美沙子さん)の侍女である八重(小川真由美さん)とねんごろになります。

この八重というのがまた三条夫人や義信を思うあまり、信玄やその愛人である湖衣姫(南野陽子)、その子:勝頼に対しても陰謀をめぐらせます。
大河史上ナンバーワンの悪女でもありますが、小川さんでもあり妖艶な魅力もありました。

この悪女にたぶらかされたこともあり、ついに飯富虎昌は信玄に反旗を翻した後切腹して果てます。
物語の中では、わざと弟に信玄暗殺の情報を流し討ち捕らえられるように仕向け、本当は忠臣だったことにしています。
そういう誠実なキャラにした方が児玉さんの役柄らしいということでしょうかね。
ちなみに「武田の赤備え」として有名な武田軍団の赤い装備は、彼の部隊が始めたそうですよ。


もう1つ思い出に残っているのは、80年「獅子の時代」の瑞穂屋卯三郎という架空の商人です。
この「獅子の時代」というドラマは大河の中でも変わっていて、幕末から明治初期にかけての物語ですが、
主役はいづれも架空の薩摩藩士(加藤剛さん)と会津藩士(菅原文太さん)です。
こういう成功者の側からでないドラマを1年間視聴者を飽きさせずに見せる脚本の腕を今の脚本家も見習ってほしいものです。
ちなみに脚本はあの山田太一さんでありました。

この加藤さんや菅原さんを陰になり日向になり支えるのが児玉さんの役回りです。
商人として財を成し成功するのですが、ここでも誠実な人柄の役でしたね。
思慮深く、実直な中にも胆の座った部分をもっているような役がとてもマッチしていました。

惜しい人物を亡くしました。合掌!
大河ドラマにおいて、「誰が秀吉を演じるか」がキーポイントである。というのが常々私の持論です。
大河ドラマらしい大河ドラマは、入れ替わり立ち代わり主役・脇役が交錯する戦国絵巻。
その中で、最も重要な役回りをするのが時代の寵児:秀吉なのです。

さて、今回の「江」の秀吉:岸谷五朗さんはいかがなものでしょうか?
「江」を引き立たせる道化役となり、あまり高い評価は得てないのではないでしょうか。
過去の大河におけるナンバーワン秀吉は、今は亡き緒形拳さんとするには異存はないでしょう。
そこで名優、芸達者たちがキラ星の如く演じた数々の秀吉の中で「もう1度観てみたい」ベスト3を論じてみましょう。

先ずは第3位は、81年「おんな太閤記」の西田敏行さん。
えーーっ、こんな太めな秀吉!と、大変違和感がありましたね。
でも観続けるうちに、さすが芸達者:西田さん。妙にホンワカとした秀吉像を作り出しました。
事実とは違い姉さん女房的な「ねね」役の佐久間良子さんとしっとりフィットして来ました。
西田さんは「八代将軍吉宗」の主役然とした作品よりも、この作品や「翔ぶが如く」のように
ダブル主役の作品の方が生き生きとしてくる俳優さんなのですね。

次に第2位は、96年「秀吉」の竹中直人さん。
風貌はこの人が一番秀吉らしい人なのではないかな。
やっぱり秀吉役は西田さんもそうですが、竹中さんのようにコメディアン風の人がいいのでしょう。
天性の明るさをかもしだすには、出てきただけで笑いたくなるようなキャラが必要です。
最近そういったオーラのある役者さんをとんと見かけませんね。
「秀吉」自体も再度観てみたい作品なので、完全版のDVD発売が待たれます。

あっそういえば、この両作品とも弟:秀長役もよかったですね。
「おんな太閤記」は中村雅俊さん。「秀吉」では高嶋政伸さん。
どちらも茫洋としていて誠実な補佐役という役どころがマッチしていました。
こういう稀有な人材を失うと政権が傾いて行くという暗示がありました。

さて、「もう1度観てみたい秀吉」の第1位は、そう87年「独眼竜政宗」の勝新さんです。
あの迫力、タマランですね。天下人にはこういう重々しさがほしいものです。
勝新の秀吉なんて、いくら何でもミスキャストだろうと最初は思ってました。
でも小田原で政宗との初対面のシーンを見て、参りましたね。
ビシッ!と杖で首筋を打たれたのは、政宗の渡辺謙さんだけではなく視聴者も打たれた気持ちになったのではないでしょうか。
夕日をバックに床几に座っている秀吉のオーラにビビリながら平伏する政宗。
放送回は24年前の6月頃だったと思いますが、今でも鮮明にこのシーンを覚えてます。

こういったドキドキの大河名シーンを再びつづって行こうと思います。
それにしても映画で観たかったなー。勝新の「影武者」!

品川から二十里、ついに本日当初の目的地である小田原に到着しました。
初夏のような好天に恵まれ、汗を拭きながらの最終日でありました。
振り返ってみると最初は自宅から歩き初め、近場を攻めていたのですが途中から品川~小田原80kmを結ぼうという遠大な計画に変わりました。
GWの4日間をこれに充て、都合10日間で踏破したことになります。

江ノ島から平塚までの海岸線を離れ東海道を歩いてからは、まさに江戸時代の旅人の心境でした。
現代の東海道はこんな感じですが、往時をしのぶ雰囲気もところどころ残っています。
松並木

小田原の城下町に入ってきた時には、胸に迫る万感の思いがありましたね。ついに来たかと。
やはり城下町はいいですね。町並みに歴史や伝統を感じます。
それが残っているところを歩くのは退屈しませんね。まさに「街道」です。
小田原宿

1本道(東海道)をどんどん進んで行くと、小田原城のお堀端に突き当たります。
さあ、最終目的地です。大手門から天守閣を目指しましょう。
大手門

これです。80km歩いた結果がここなのです。
休日とあって結構にぎやかな人出です。
歴史めぐりや城郭めぐりの中高年の一団が、いくつかあちこちで解説を聞いていました。
やっぱり日本人はお城が好きなんでしょうか。
小田原城

小田原駅で蒲鉾を買って、電車で横浜の自宅に帰りました。
電車では僅か1時間弱。本日は約24000歩のお散歩でした。
2011.05.01 関白秀吉
今夜の「江」は久ぶりに面白い展開でしたね。
やっぱり足利義昭役の和泉元彌さん、もう1度出てきました。
1回こっきりではもったいないと思ってましたが、さすがの存在感を示しました。
和泉さんの新境地を見た思いです。
和泉さんのこのキャラ決して嫌いではありません。どちらかと言えば好きです。
過去の伊丹十三さんや玉置浩二さんに匹敵する好演だったのではないでしょうか。
できればここ一番でもう1回くらい出番をお願いしたいものです。

さて岸谷五朗さんの秀吉はどうなんでしょうか?
少々粗忽というか、知恵やキレが足りない秀吉キャラになっているような気がします。
本来はアイデアマンである秀吉が、全部「江」に相談してアイデアを出しているということになっています。
要するに「江」は秀吉の知恵袋ということですね。
物語が進んで行くごとに、この傾向は強まってくるのでしょうね。
きっと秀吉亡き後は、家康や夫の秀忠の知恵袋になるはずです。

時代が信長から秀吉の時代になるにつれ、ユーモアの要素が多くなってきました。
やはりこれは秀吉というキャラが持っている天性の明るさからくるものでしょう。
この時代の明るさは「北野大茶会」から「北条攻め」あたりまでがピーク。
その後、秀次事件や利休切腹と翳りが出てきてからの「江」の動きも期待できそうです。

そうなんです。今回の大河「江」は史実がどうのこうのを問題にしてはいけないのです。
「江」が戦国の世を縦横無尽に明るくユーモラスに翔んで駆け巡ればいいのです。
だから岸谷さんの秀吉もあれでいいのです。

最近やっとこさ、このムードが分かってきました。
オジサンはこれだから時代に乗り遅れるのですねー。
今年は上野樹里ちゃんと一緒に弾ければいいのだ!
理解するのに4ヶ月もかかったとはね~、トホホ・・・