「大人の休日倶楽部パス」を利用して茨城経由で雪の東北地方を旅してきました。
先ずは雪のない茨城で山城を攻略してみました。
品川から「特急ときわ」に乗り込みます。休日だったので、車内はガラガラでした。
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1時間ほどで土浦駅に到着です。
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お城までの道は城下町らしい古い町並みも残っています。
こちらは天ぷら屋さんでした。
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駅から10分ほど歩くと土浦城の東櫓が見えてきました。
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二の丸を通って本丸に入る太鼓櫓門がお堀に映えています。
これはどうやら現存する本物のようです。
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ここは本丸です。先ほど外から見た再建された櫓があります。
過去には平将門が砦を築いたという噂もありますが、
関東に入った徳川家康が次男結城秀康をここ土浦に置いたのが近世城郭の始まりです。
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堀の外側は官庁街になっています。
戦いのためよりも治世のための城郭という形になっていますね。
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駅へ戻る大手道の方にも質素な門がありました。
どこかで昼食をとり、次の目的地に向かいましょう。(結局は駅ビルでうどんとなりました。)
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常磐線で友部に向かい、水戸線に乗り換えて2駅の笠間駅で下車します。
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夕暮れが早いのを考えて、タクシーを使って山向こうの笠間城入り口まで、10分ほどで到着します。
ここに大手門があったようで、折れ曲がった坂を少し上がって行きます。
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空堀の下がトンネルになっていますね。ここを通ると町側にショーカットできるようです。
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坂を登りきると、館などがあったであろう平地にたどりつきます。
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ここにも門があったのではないでしょうか。
土塁の上に櫓跡の石柱が見えます。
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さらに奥の石段を登ると天主跡があるようです、進んでみましょう。
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中世の山城の雰囲気をよく残す天主でありました。今は佐志能神社になっています。
石垣も古い造りが感じられますが、明治維新まで牧野氏8万石の居城だったそうです。
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搦め手方面の山道を町の方に下って行きましょう。
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下ったところが下屋敷跡となっていて、ここが実際の政治の場であったのでしょう。
公園になっていて、時櫓が再建してありました。
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なぜか大石内蔵助の銅像があるので、調べてみると・・・
江戸期の初期に播州浅野家がここにいて、大石家の祖先が住んでいたからだそうです。
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さて夕暮れも近いので、今宵の宿を求めて水戸線に乗り込みます。
車両はローカル線にしては新しく快適であります。
しかもあまり乗客はおらずボックス席を独占できました。
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そして水戸駅に到着です。2度ほど訪れたことはありますが、泊まるのは今回初めてです。
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みちのくへの旅つづく・・・
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岐阜県の多治見という町に1泊して、翌日中央線の中津川で下車し苗木城へ向かいました。
実はこの城、数年前に恵那の奥地にある岩村城を訪れた際に地元の方にも勧められたのですが、
なかなか訪れる機会がなかった念願の山城でありました。
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アプローチからワクワクするような山城の雰囲気です。
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ここの石垣はスゴイですね。最初から石垣満載で城好きには応えられない展開です。
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ここに入り口にあたる門があって、左手には櫓があったのでしょう。
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左手には新設のトイレまであります。
私も使用しましたが、とてもキレイ(ウォシュレットあり)で地元の力の入れようが伝わってきました。
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大石の上に石垣を積み上げられた櫓台もなかなかのもので、なぜこの城が100名城に入らなかったのか???という気持ちです。
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しばらく進むと高台に見張台のような構造物が見えてきました。
ぐるっと回り込んで登るようになっています。
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近づいて見上げると、自然の岩と石垣のコンビネーションに圧倒されます。ただただスゴイとしか言いようがありません!
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ここにも門があったのですね。
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回り込んで次の門を上がって行きます。
これだけ石垣が凝った造りの山城はなかなかありません。
当代人気の但馬竹田城にも匹敵する名城だと私は思いますが、それにしては訪れる人が少ない穴場の城となっています。
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さて最後の最高点に登って行きましょう。
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頂上部はこんな感じになっています。ここにも巨石があります。
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はるか遠くに中津川の町が広がり、さらに奥には恵那山が見えています。
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守り神のような大岩が鎮座しています。
苗木城の岩に圧倒され続けでした。
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振り返って見上げるとこんな感じです。迫力ありますねー。
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わざわざやって来てよかったと思える山城でした。
イメージ的に岐阜はパッとしませんが(失礼)、なかなかシブい魅力のあるところだという感想をもちながら搦め手口から下山することにしました。
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途中の旧道を歩いていても、このような巨石があり目印の名前などがついていたように思われます。
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中津川の駅までは徒歩で約1時間、旧道ばかりではなくこういった車道も通って行かねばなりません。
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途中、木曽川を渡る橋から苗木城の山頂(写真中央部)を望むことができました。
丁度あそこからこちら側を写したものと対になる風景ですね。
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朝から登城していましたが、昼前に中津川駅に戻って来ました。
これから駅前で昼食を採ってから、午後の「特急ワイドビューしなの」に乗り塩尻で「特急スーパーあづさ」に乗り換えて横浜に帰宅し、4日間の関西への旅を終了することといたしましょう。
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次は京都から岐阜で途中下車して郡上八幡まで向かいました。
朝の8:30京都駅の0番線から「特急ワイドビューひだ5号」に乗り込みます。
現在では1日1本しかない関西始発のJR東海の特急列車であります。
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そして岐阜駅で下車して、正面とは反対側の加納口へ出ます。
なぜこちら側を「加納口」というかが後で分かります。
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時間が1時間しかないので、タクシーをすっ飛ばして住宅街の石垣のあるところで下車。
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ここは岐阜駅からも1.5kmくらいしか離れていない住宅地のど真ん中にある加納城であります。
あの徳川家康が天下普請で造らせた岐阜の中心となったお城でした。
当初は奥平氏が10万石で入城した城でもあります。
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本丸だけが公園として残っていますが、この石垣の外は内堀だったのでしょう。
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本丸内部は広々とした平地となっていて、いくつもの館があったのでしょうね。
内側は土塁で固められています。
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外部の石垣は崩れかけていますが、この辺は水濠の跡なのでしょう。
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時間がないので、足早に再度岐阜駅に向かいます。
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せっかくですから、正面に回って黄金の信長公にあいさつだけでもして岐阜を出発することにしましょう。
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岐阜から高山線に乗り40分、美濃太田というところで下車します。
ここからは長良川鉄道に乗り換えて1時間30分くらい各駅停車の旅となります。
車両にトイレがついていないので、水分を控えて乗り込みます。
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さほど退屈もせず、郡上八幡駅に到着しました。
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ここからは古い商店街を通り抜け、山の上を目指します。
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中腹まで登ったところで、山内一豊と千代?さんの像が駐車場にありました。
千代さんとは司馬遼太郎が「功名が辻」で名付けた名前で本名は不明だそうです。
頂上の天守閣も見えてきましたね。
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こういった九十九折の山道を登って行きます。石垣が見えてきました。
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昭和8年の再建天守ですが、なかなかの風格です。
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このスロープからの眺めは絵になりますね。
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木造で再建されたので、本物の優雅さがあります。
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木造4層5階の天守閣は大垣城を模したものだそうです。
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天守最上階から岐阜の北部を眺めた風景です。
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最後に天守の威容を眺めながら、郡上八幡を去ることにしましょう。
今宵の宿は多治見にとってあるので、再びあの長い長良川鉄道に乗らればなりません。
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大津を早朝に出発して、次は京都の伏見にやってきました。
伏見稲荷は始めての訪問です。
予想以上に大勢の人がいましたが、半数は外国人でした。
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入場は無料なので人が多いのでしょうか、それにしても立派な門で寄付や賽銭が多いのかも。
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油揚げを咥えたお稲荷さんがいました。
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これがあの有名な千本鳥居ですか。
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あまりにも人が多いので、わき道に逸れることにしました。
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どんどん進んで行くと一人も観光客がいなくなり、竹林に入って行きます。
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滝があって、水ごりをしてる人などもいるところを通るとこんなところに出て来ました。
伏見稲荷の裏道ですね。
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さて次は桃山駅にやってきました。なんとも質素な駅です。
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伏見の町とは反対側の山を登って行きます。
かつては車道にもこんな石畳が敷かれてあったのではないでしょうか。
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大手道の坂を登りきると、そこは明治天皇陵。
そうかつては豊臣秀吉の隠居城であった伏見城の跡地なのであります。
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雰囲気が明治神宮に似ていますが、玉砂利が敷き詰められた本丸への道を歩いて行きます。
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途中左手には桓武天皇陵もありましたが、今回は時間の都合でカットしました。
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小高いところが平坦になっているそれらしいところに到着しました。
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これぞ明治天皇の陵(みささぎ)、かつての伏見城本丸でもあります。
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恐れ多いことですが、少しだけアップにさせていただきます。
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陵墓の反対側を眺めると、桃山の南側が開け、この右手に伏見の城下町が広がっています。
つまり伏見は近江から京都を経由して大坂へ向かう交通の要衝だったわけで、秀吉がここに目をつけたのは当然の成り行きだったのです。
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天皇陵の先を下りて行くと、昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の陵墓もありました。
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ちょっと天皇陵より小ぶりですが、立派なものです。
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階段の下からはこれほどの段差があり、伏見城の大手道からはここを登るのが登城ルートではなかったのでしょうか。
つまり玉砂利の道は後に陵墓を建設した際に通されたもののように感じました。
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最後にこれは伏見の町に戻り、御香宮神社に寄った時に発見した伏見城の石垣の残骸であります。
今も残してあるのですね。
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ふと富士山が見たくなって、御殿場線に乗り込みました。
ついでに「城めぐり」もということで、北条早雲が旗揚げしたという興国寺城にも足を延ばしました。
国府津から御殿場線に乗り換え、しばらく行くと車窓から富士が見えてきました。
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1時間くらい乗って、御殿場が近づいてくるとさらに大きくなります。
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そして御殿場駅付近で、富士は最大になりました。これはスゴイ!
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御殿場を過ぎると徐々に小さくなり、列車の後方を見ることになるので終わりという感じです。
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そして御殿場線の終着駅の沼津に到着しました。
1時間40分の乗車でしたが、結構満足できました。
反省点としては沼津から乗車して富士を前方に見るルートの方がよかったかなという気がしました。
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さて次は沼津駅から更に2駅進み、原駅というところで下車します。
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ここは東海道53次の宿場町であったところで、5年前の「53次歩き旅」の時もここを通過したのでありました。
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当時もこんな本陣跡の石碑あったのかしら、記憶にありません。
あの日は雨が降っていたような気がします。
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本日は快晴、歩道橋から富士も見えますが手前の愛鷹山が邪魔になって、先っちょしか見えませんね。
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この道を真っ直ぐ行った突き当りに目指す「興国寺城」はあるようです。
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駅から歩くこと30分で到着しました。
天気はいいですが風が冷たかった。幸いなことに海風で後ろからの風でまだましでした。
5年前の東海道の時はまともに正面から風を受け、止めたくなる日もありましたもんね。
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大手道を歩きますが、人っ子一人いませんね。訪問者は私1人のようです。
左右のこの辺りは、築城当時は沼地だったようです。
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この辺りはもう二の丸で一段高くなったところは本丸だそうです。
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本丸の奥まったところは神社になっています。
更にその上の盛り土がスゴイことになっています。
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北条早雲(伊勢新九郎)が今川氏からここを与えられ、伊豆一国を切り取る足掛かりとなった城だということです。
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本丸の上は天守台となっていて、石垣が積み上げられています。
これは早雲の時代のものではなく、戦国後期に作られたものでしょう。
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土塁の上から登って来た方向を眺めると、城下町と相模湾が見渡せる絶好の立地といえます。
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天守台の更に奥には大きな堀切があり、その向こうは詰めの丸らしき構造になっています。
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堀切の下にも行けたので、下りてみます。そして詰めの丸にも行ける階段が整備してありました。
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最後の砦となる場所もちゃんと確保されてあります。
フェンスのある向こう側は東海道新幹線の線路となっていました。
ここからも富士の頭が白く覗いていました。
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