2018
04.17

伊豆の旅:江川邸

Category: 城めぐり
韮山城を下りて次は近くにある江川邸へ向かいます。
三の丸方面に行く途中には古く苔むした熊野神社がありました。
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三の丸は韮山高校のテニスコートとなっていて、そこからは切り通しで外に出られるようです。
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城山の外は自然の池が外堀となっています。
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本丸方面を見上げると、こんな感じです。
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次はこの地の代官を長く務めていた江川太郎左衛門の邸宅を訪れました。
数分歩くと立派な門構えと銅板の屋根が見えてきました。
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この外観は大河「篤姫」や今年の「西郷どん」でもロケに使われたそうです。
今回は島津久光の邸宅であったようです。
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入場料500円を払って屋敷の中に入ってみました。
江川家は清和源氏の血を引く名家で、頼朝の家臣になってからずっとこの地を治めていました。
徳川の世になっても代官として、伊豆・相模・武蔵に領地を持っていたということですから、信頼が厚かったのでしょう。
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上を見上げるとすごい構造になっています。
日蓮上人を泊めたこともあり、その時に揮毫してもらった書付を天井に置いてあるので火事や災害に合わなかったという言い伝えがあります。
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これは幕末の有名人でもある江川太郎左衛門(坦庵)が造った大砲。
江川家の当主は代々太郎左衛門を名乗るのですが、特にこの坦庵さんは頭がよくていろいろな発明をしています。
一番有名なのが世界遺産でもある反射炉で、そこでこの大砲を造ったのであります。
(砲筒のみレプリカで台車はホンモノ)
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もう1つ大きな発明は、このパン釜です。
今の乾パンのようなものを保存食としてこの石釜で作ったそうです。
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本宅の外にもいくつか倉が建っており、代官屋敷の風格がありました。
江川家は頭のいい家柄のようで、坦庵さんの後も東大医学部の教授などを輩出していて名家の血筋を今に残しているようです。
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全くの偶然ですが、訪れた日が全国のパン屋さんが決めた「パンの日」ということでビックリ!
庭には「パン祖江川坦庵先生邸」という記念碑がありました。つづく・・・
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2018
04.14

伊豆の旅:韮山城

Category: 城めぐり
朝に横浜を出て、伊豆の韮山というところにやって来ました。
三島で乗り換えた伊豆箱根鉄道には派手なラッピングが施されてありました。
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三島から30分で鄙びた韮山駅に到着です。
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韮山反射炉が世界遺産になったので、駅からの道はきれいに整備してあります。
歩道も広く、この地の歴史的人物などがタイルに記述されてありました。
(源頼朝、北条氏、北条早雲、江川太郎左衛門など)
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駅近くの保育園も新しく、すでに5月のような鯉幟がはためいていました。
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しばらく歩くと、頼朝と北条政子の像が現れ、ここが頼朝が流されていた「蛭ヶ小島」であることを知りました。
頼朝の隠棲していたここは、当時は沼地の中の島のような環境だったのでしょうね。
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さらに歩いて山へ向かうと切り通しの道が続いています。
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そこを越えるといかにも人工的な土塁が現れました。
どうやらここは目指す韮山城の一角のようです。
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池のほとりにも人為的な船着場のような場所があります。
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登り口があるので、この上あたりが韮山城の本丸なのでしょう。
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山の中腹に出ると韮山高校から登ってくる道と更に上に登る道が交差していました。
多分この広い道の方が大手道なのでありましょう。
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登りきったところがやや開けていて、建物の礎石らしきものがあります。
更に奥があるので、さしずめ二の丸あたりでしょうか。
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細長い山の稜線を利用していくつもの郭が形成されているようです。
大して期待していなかったのですが、なかなかの城郭ですね。
ここは後北条氏の初代早雲の本城だったところです。
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それほど高い山ではありませんが、ほぼ平地全体を見渡せます。
この風景を見ていると、ここが伊豆の中心のように思えます。
さすが北条早雲!いいところに目をつけましたね。
ちなみに通称:北条早雲は生きている時は、北条とも早雲とも名乗らなかったそうです。(本名は伊勢宗瑞)
2代目以降が北条氏を名乗り、戒名として早雲としたのですね。
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隅の方まで歩いて行くと、土塁で造られた空堀がありました。
いわゆる北条氏の築城術の様子がよく表れています。
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この階段を登ったところが本丸でした。
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本丸の方からはずーっと土塁が続いています。
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後ろから攻められることはなく、前は土塁で守られています。
後に豊臣秀吉軍が数万の大軍で押し寄せて来ても、数ヶ月持ちこたえたくらいの堅固な造りなので、
戦国前期の槍や弓矢あたりでは落城させることは不可能だったでしょう。
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山の麓は韮山高校の敷地になっており、ここに館を置き平時ではそこで生活をしていたことが推測できます。
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はるか向こうには富士の高嶺も垣間見え、気候温暖な当地は早雲ならずとも手に入れたい要衝の地だと思われます。
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本日は雲も少なく、富士の絶景を堪能できました。つづく・・・
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2018
02.23

身延線と甲府・要害山城の旅

Category: 城めぐり
日帰りで東海道線~身延線~中央線を回って、武田信玄公が生まれたという甲府・要害山城に登ってきました。
朝の8時前に自宅を出て、東海道線の富士駅で静岡駅始発の「特急ふじかわ」へ乗り込みます。
富士駅から列車は方向転換をして甲府を目指しますが、残念ながら今日は曇天で富士山は片隅しか見えません。
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身延線は富士川に沿ってクネクネと曲がっているので、スピードは出ずにゆっくりと進んで行きます。
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車両の端にはこのような4人席(コンパートメント席)があり、いづれも空いていたので次回は1人でもここを予約してみましょう。
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私の座った指定席は1号車2番でしたので、運転席からのこの景色がよく見えました。
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そんなこんなで富士から2時間ほどで甲府へ到着しました。
左手には6年前に訪れた甲府城の櫓が見えています。
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こちらが乗車していたJR東海色の特急ふじかわ3号であります。
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途中で購入していた駅弁で昼食は済ませているので、早速城めぐりに出かけられます。
今回は有名な武田神社を通り過ぎて、更に奥地にある山城へ行く事にします。
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甲府は盆地なので、どの方面に行くにも登って行かねばなりません。
甲府駅から4kmくらい北上したところですが、もう山奥という雰囲気です。
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今回は要害山を攻めるに当たって、交通機関を何にするか迷いました。
徒歩では時間がかかるし、バスはなし、タクシーはもったいないということで、
結局6年前にも利用したこの赤い電動自転車をレンタルしました。
僅か500円で甲府の山登りをラクラクにしてくれる最強の乗り物でした。
後ろに少し見えているのが要害山であります。
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おー、降った雪が日陰では凍っていますね。山は大丈夫でしょうか。
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ここからが登山道のようです。急な坂ですが頑張って行きましょう。
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多分本日登山しているのは私1人でしょう。人の気配が全くいたしません。
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登山靴ではなく防水性のブーツで来ているので、もし雪が積もっていたら絶対に登れない道ですね。
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石が見えてきたので、山城の雰囲気が出て来ました。
もしかしてその名残でしょうか。
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30分ほど登ってきて、やっとそれらしい表示がありホッとしました。
あまり時間がないので、城の遺構が無いのなら帰ろうかなと思っていたところでした。
奥には土塁らしきものが見えます。
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人工的な石段の跡があります。まさに山城ですね。
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登ること1時間ほどで曲輪(くるわ)いわゆる建屋の敷地跡も出現です。
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上の曲輪位置から甲府の中心地方面を望むと、はるか向こうに武田神社も確認できます。
本城である武田館が落とされた時には、ここに籠り応戦する詰め城であったのです。
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更に山の頂上に向かっては門と階段と曲輪が繰り返しで造られてあり、
武田流の築城術がくどいくらいに続いていますが、かなりしつこいので割愛します。
武田家というのは粘着質のかなり用心深い家柄だったと推測できますね。
この地であの信玄公は産湯を使ったと言われているのです。
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さて帰りの列車の時間も迫ってきたので、元来た道を下山しました。
さほど高い山ではありませんが、この要害山城はかなり懐の深い山城と言っていいでしょう。
麓のこのあたりに家臣の屋敷などがあったものと思われます。
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というわけで帰りは下りなので電動自転車をぶっ飛ばして30分弱で甲府駅まで戻ってきました。
甲府滞在は3時間半、ここからは中央線を八王子まで「特急かいじ」で進み、そこからは横浜線を使って帰宅することにしましょう。
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2018
02.09

みちのくへの旅①土浦城・笠間城

Category: 城めぐり
「大人の休日倶楽部パス」を利用して茨城経由で雪の東北地方を旅してきました。
先ずは雪のない茨城で山城を攻略してみました。
品川から「特急ときわ」に乗り込みます。休日だったので、車内はガラガラでした。
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1時間ほどで土浦駅に到着です。
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お城までの道は城下町らしい古い町並みも残っています。
こちらは天ぷら屋さんでした。
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駅から10分ほど歩くと土浦城の東櫓が見えてきました。
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二の丸を通って本丸に入る太鼓櫓門がお堀に映えています。
これはどうやら現存する本物のようです。
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ここは本丸です。先ほど外から見た再建された櫓があります。
過去には平将門が砦を築いたという噂もありますが、
関東に入った徳川家康が次男結城秀康をここ土浦に置いたのが近世城郭の始まりです。
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堀の外側は官庁街になっています。
戦いのためよりも治世のための城郭という形になっていますね。
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駅へ戻る大手道の方にも質素な門がありました。
どこかで昼食をとり、次の目的地に向かいましょう。(結局は駅ビルでうどんとなりました。)
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常磐線で友部に向かい、水戸線に乗り換えて2駅の笠間駅で下車します。
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夕暮れが早いのを考えて、タクシーを使って山向こうの笠間城入り口まで、10分ほどで到着します。
ここに大手門があったようで、折れ曲がった坂を少し上がって行きます。
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空堀の下がトンネルになっていますね。ここを通ると町側にショーカットできるようです。
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坂を登りきると、館などがあったであろう平地にたどりつきます。
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ここにも門があったのではないでしょうか。
土塁の上に櫓跡の石柱が見えます。
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さらに奥の石段を登ると天主跡があるようです、進んでみましょう。
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中世の山城の雰囲気をよく残す天主でありました。今は佐志能神社になっています。
石垣も古い造りが感じられますが、明治維新まで牧野氏8万石の居城だったそうです。
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搦め手方面の山道を町の方に下って行きましょう。
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下ったところが下屋敷跡となっていて、ここが実際の政治の場であったのでしょう。
公園になっていて、時櫓が再建してありました。
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なぜか大石内蔵助の銅像があるので、調べてみると・・・
江戸期の初期に播州浅野家がここにいて、大石家の祖先が住んでいたからだそうです。
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さて夕暮れも近いので、今宵の宿を求めて水戸線に乗り込みます。
車両はローカル線にしては新しく快適であります。
しかもあまり乗客はおらずボックス席を独占できました。
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そして水戸駅に到着です。2度ほど訪れたことはありますが、泊まるのは今回初めてです。
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みちのくへの旅つづく・・・

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2018
02.04

関西への旅④苗木城

Category: 城めぐり
岐阜県の多治見という町に1泊して、翌日中央線の中津川で下車し苗木城へ向かいました。
実はこの城、数年前に恵那の奥地にある岩村城を訪れた際に地元の方にも勧められたのですが、
なかなか訪れる機会がなかった念願の山城でありました。
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アプローチからワクワクするような山城の雰囲気です。
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ここの石垣はスゴイですね。最初から石垣満載で城好きには応えられない展開です。
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ここに入り口にあたる門があって、左手には櫓があったのでしょう。
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左手には新設のトイレまであります。
私も使用しましたが、とてもキレイ(ウォシュレットあり)で地元の力の入れようが伝わってきました。
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大石の上に石垣を積み上げられた櫓台もなかなかのもので、なぜこの城が100名城に入らなかったのか???という気持ちです。
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しばらく進むと高台に見張台のような構造物が見えてきました。
ぐるっと回り込んで登るようになっています。
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近づいて見上げると、自然の岩と石垣のコンビネーションに圧倒されます。ただただスゴイとしか言いようがありません!
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ここにも門があったのですね。
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回り込んで次の門を上がって行きます。
これだけ石垣が凝った造りの山城はなかなかありません。
当代人気の但馬竹田城にも匹敵する名城だと私は思いますが、それにしては訪れる人が少ない穴場の城となっています。
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さて最後の最高点に登って行きましょう。
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頂上部はこんな感じになっています。ここにも巨石があります。
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はるか遠くに中津川の町が広がり、さらに奥には恵那山が見えています。
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守り神のような大岩が鎮座しています。
苗木城の岩に圧倒され続けでした。
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振り返って見上げるとこんな感じです。迫力ありますねー。
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わざわざやって来てよかったと思える山城でした。
イメージ的に岐阜はパッとしませんが(失礼)、なかなかシブい魅力のあるところだという感想をもちながら搦め手口から下山することにしました。
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途中の旧道を歩いていても、このような巨石があり目印の名前などがついていたように思われます。
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中津川の駅までは徒歩で約1時間、旧道ばかりではなくこういった車道も通って行かねばなりません。
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途中、木曽川を渡る橋から苗木城の山頂(写真中央部)を望むことができました。
丁度あそこからこちら側を写したものと対になる風景ですね。
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朝から登城していましたが、昼前に中津川駅に戻って来ました。
これから駅前で昼食を採ってから、午後の「特急ワイドビューしなの」に乗り塩尻で「特急スーパーあづさ」に乗り換えて横浜に帰宅し、4日間の関西への旅を終了することといたしましょう。
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