2017
04.21

三浦半島の城めぐり

Category: 城めぐり
三浦半島にあるかつての豪族・三浦氏の城を訪れてみました。
京浜急行で終点の浦賀駅までやって来ました。
何となく南国風の雰囲気があります。
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入り江に沿って20分ほど歩くと、渡し舟が見えてきました。
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すぐそこの対岸とを結ぶ「浦賀の渡し」、まだ現役で営業しているのですね。
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さらに5分ほど漁師町を歩くと「叶神社」というところがあります。
対岸にも同じ名前の神社があり、こちらは「東叶神社」となっています。
ここが浦賀城の跡であります。
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中腹まで登ると、勝海舟がここで断食した場所との記述がありました。
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三浦氏が築城し、後北条氏の水軍の拠点となった城でもあります。
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天気がよかったので、対岸の房総半島がよく見えますね。
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ここら辺りが本丸だったのでしょう。
秀吉の北条征伐後は廃城になりました。
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さて次は京浜急行のもう1つの終点である三崎口駅までやって来ました。
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三崎口から油壺行きのバスに乗ると、終点の先には東大の研究所がありました。
この中が三浦氏の終焉の地である新井城の跡であります。
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研究所の中は立入禁止のようですから、外周をめぐってみましょう。
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この辺りは確実に土塁の跡があります。
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眼下にはヨットハーバーとなっている油壺湾が見えています。
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高台にある新井城の下の海岸に下りてきました。
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断崖絶壁の上に城はあり、こちら側からは攻め登れそうにありませんね。
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再び湾を右手に見ながら、元来た道を戻ります。
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片方は崖でこちら側は土塁で守られています。
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そして東大研究所の向こう側が「油壺マリンパーク」の敷地となっています。
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マリンパークの正面玄関の右手を下りたところが三浦道寸(三浦氏最後の当主)の墓があるようです。
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北条早雲に攻められた三浦氏は、この新井城で悲運の最期を遂げたのでありました。
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三浦半島の城めぐりはこれで終わりですが、自宅から1時間くらいしかかからないのに京浜急行に乗って出かけると小旅行をしたような気分になりました。
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2017
04.01

日田から博多へ

Category: 城めぐり
日田に1泊し、翌日は横浜へ飛行機で帰るために博多へと移動しました。
日田温泉から歩いてすぐのところにもお城があるとのことで、早朝に散歩に出かけました。
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この橋を渡った川の中洲がかつての日隈(ひのくま)城というところです。
昨日最初に行った代官所の背後が月隈山となっていましたから、ペアのお城ですね。
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なかなか難攻不落の堅固さを感じます。
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今では神社となっているところが本丸跡でしょう。かつてはここに5層の天守があったそうです。
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反対側を下ると、大きな石碑がありました。
これを見ていると、通りがかりのオジサンが「この人は私の祖先です。」と説明してくれました。
江戸時代にこの地の農民を代表して代官の圧政を幕府に直訴し非業の最期を遂げた「穴井六郎右衛門」を顕彰するものだそうです。
なーるほど、だからかなり大きいのですね。
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背後が川で守られて、城の前に館を置くという構えの近世城郭の形がよく分かります。
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そこから川沿いを歩いて宿に戻ると、蔵のような商家も残っています。
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これはまた明治大正期の銀行だった赤レンガの洋館もありました。
日田という町はなかなかのものでありました。
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今日は休日で博多行きの列車が混んでいるようなので、残り僅か1席あった特急「ゆふいん」に乗車することにしました。
自由席だったら座れなかったようでラッキー!
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各駅停車で博多に向かう予定でしたので、1時間ほど早く着き過ぎました。
久しぶりに博多の町をブラブラしてみましょう。
ここは地下鉄工事で道路が陥没したというあの交差点ですね。おそるおそる歩きます。
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中洲や天神を通り過ぎて福岡城の外れまで来てしまいました。
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さすが黒田55万石の石垣ですね。
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天守台へ向かうスロープは見事なものです。
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母里太兵衛邸の長屋門が移設されてあります。
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そこを抜けると大濠公園が広がっています。これで1時間つぶすことが出来ました。
ここから地下鉄で福岡空港へ向かいましょう。
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2017
03.30

日田の古城めぐり

Category: 城めぐり
少し間が空きましたが、大阪から所用で山口、さらに北九州の小倉まで旅行しました。
そこで小倉からローカル線の日田英彦山線に乗り、かつては九州の中心部とも言える日田を訪れました。
泊まったホテルから小倉駅に向かう途中に小倉城を目にします。
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日田彦山線のホームへ着くと、向こう側の下関行きホームにもキハ40系の気動車(ディーゼル)が停まっています。
旧国鉄時代の客車ですね。
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空いているので、こういう風にマイポジションをキープします。
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日田まで2時間以上かかります。
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発車まで少し時間がありますが、車内はこのようにガラガラです。
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ローカル線に乗る至福の時が過ぎ、日田駅に到着しました。
しかし、よう揺れましたね。
意外とモダンな駅舎になっており、「I」には人が立って記念撮影するのかしら。
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江戸時代の日田は天領(幕府の直轄地)となり、大分、小倉、福岡、熊本からいづれも等距離で、九州の中心地であったようだ。
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幕末にここで広瀬淡窓という人が、咸宜園(かんぎえん)という全寮制の私塾を開いて、全国から弟子が集まってきました。
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咸宜園では、入学金を納入し名簿に必要事項を記入すれば、身分を問わず誰でもいつでも入塾でき、身分・出身・年齢などのバックグラウンドにとらわれず、全ての塾生が平等に学ぶことができるようにされました。
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塾出身者には、高野長英や大村益次郎などがいたそうです。
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豆田という江戸の町並みが残るところを歩いてみました。
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そこを通り過ぎ、橋を渡ると旧幕府の代官所があった場所へ。
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堀と石垣に囲まれ、見るからにお城ですね。
永山城といったそうですが、今では日田林工という高校の体育館も建っています。
そういえば、ここ出身で期待され阪神に入団した源五郎丸というピッチャーがいましたが、
サッパリ活躍しなかったのを覚えています。
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堀の内側はこんな風に館があった場所が公園になっており、背後の山に本丸があるのでしょうが、
入場は禁止されていました。
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さらにそこから東側に歩いて500mくらいのところには城町という地名が残っていて、
中世の山城があった場所のようです。
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現在はお寺になっていて、階段を登るとかつての日田城があったところです。
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鐘突台からは遠くが見渡せて、いかにも中世の山城風であります。
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麓に町が広がり、ここを治めるのに丁度よい高台でもありますね。
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さて豆田の町並みに戻り、散策を続けましょう。
酒蔵の表には大きな杉玉がありました。
商売繁盛の縁起物のようですが、古い町を歩くと必ずありますね。
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今宵の宿は、ここから2kmくらいの三隈川沿いの日田温泉に取ってあるので、歩いて向かうことにしましょう。
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2017
03.11

浜松城~あべのハルカス~茶臼山~大坂城

Category: 城めぐり
浜松を午前中に出発し、途中乗り継ぎのために新大阪で下車しました。
早朝、浜松のホテルをチェックアウトして、近くの浜松城を少しだけ散策しました。
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訪問は3回目ですが、この角度からは初めてですね。
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毎度ながら、野面積みの石垣は立派なもんです。
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浜松からは新幹線で新大阪に向かい、ここで乗り換えるのですが観光の時間を3時間ほど取りました。
最初は大坂城に寄るつもりでしたが、地下鉄御堂筋線でそのまま天王寺に出て「あべのハルカス」を見学することにしました。
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横浜のランドマークタワーを抜いて日本一の高層ビルであります。
途中の15階から高速のエレベーターに乗り換えて、一気に60階を目指します。
ちなみに入場料は1500円とややお高め。
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あっという間に60階です。
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全面ガラス張りで、エレベーターの横からは生駒山?などの奈良方面が広がっています。
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こちらは海側の関空方面ですね。
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大阪湾を越えて神戸の方まで見渡せます。
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足元もこのようにガラス張りとなっていて、すくむ思いです。
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天王寺の駅の向こう側は通天閣があり、その右手には茶臼山が広がっています。
茶臼山は大坂冬の陣では徳川家康が本陣を置き、夏の陣ではあの真田幸村が城とした由緒ある場所であります。
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ということで、「あべのハルカス」を下りてから通天閣を目指しました。
平日なのに大層な人出ですが、半分は外国人かな?
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「ビリケン」「串かつ」「てっちり」に通天閣。なんとも大阪らしい「ごった煮」の賑わいです。
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今でも大阪のシンボルなのでしょうね。
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茶臼山の堀からハルカスの威容が望まれます。
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こちらは茶臼山と通天閣。ここもかつてはお城だったことが偲ばれるところです。
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茶臼山の山頂です。大坂の陣では家康や幸村がここで作戦を練ったのでありましょう。
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新幹線の乗車時間までにあと1時間ちょっとあります。駆け足で大坂城にも寄ってみましょう。
最短で行けるのは地下鉄谷町線に乗り谷町四丁目で降り、大坂城本丸を目指します。
ここも外国人観光客ばかりですね。天守が見えてきました。
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なんとか天守閣をゲット!急いで新大阪駅に向かいます。
スマホを駆使して最短で行けるのは?梅田で地下鉄谷町線から御堂筋線に乗り換えるルートだそうです。
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発車10分前にホームにたどりつきました。スマホがなければ、こんな芸当はできなかったでしょうね。
新大阪で乗り換えたのは観光もありましたが、大きな理由は新大阪発の「さくら」に乗りたかったからです。
JR東海ののぞみ・ひかりは1列5席ですが、JR西日本のみずほ・さくらは同料金で4席と座席がワイドなのであります。
横浜から新大阪より西に向かう時はいつも新大阪で乗り換えることにしています。
鉄道ツウのノウハウですので、ぜひご利用ください。
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2017
03.06

二俣城と鳥羽山城

Category: 城めぐり
次はディーゼル列車で30分くらいの二俣本町という駅で下車して、2つの山城を攻めてみましょう。
小高いあの山の上が二俣城であります。
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中腹まで登ると見える右手の山の上に、この二俣城を攻略するために家康が築いた鳥羽山城があるそうです。
後でそこにも行ってみましょう。山と山の間を抜けると天竜川が流れています。
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武田信玄と徳川家康が覇権を争った交通の要衝にある山城です。
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中世の城かと思っていましたが、石垣を用いた近世の城になっていました。
家康が武田勢を駆逐した後は、浜松城を守るための出城として重要視したのでありましょう。
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立派な天守台も残っています。
この城で家康の嫡男・信康は織田信長から武田への内通を疑われ、切腹に追い込まれています。
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野面(のずら)積みの石垣ですが、かなりしっかりしているので家康の後に浜松を拝領した堀尾氏の時代のものでしょうか。
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雨が本降りになってきましたが、先ほどの鳥羽山城にも行ってみましょう。
Uの字形に回り込む道があり、ここを進むと鳥羽山城に行けるようです。
この辺りが二俣という地名の語源ではないでしょうか。
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15分ほど山道を登ると、大手道と書かれた整備された道が現れました。
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石垣も用いられた近世の城の雰囲気です。
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何ら遺構は残っていませんが、公園となっているこの辺りが本丸のようです。
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土塁の上に登って本丸全景を眺めますが、かなり広い城郭だったことが窺われます。
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山の下には天竜川が流れていて、金指から乗ってきた天竜浜名湖鉄道や道路の橋脚が見えます。
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今宵の宿である浜松に戻ろうと思いますが、天竜浜名湖鉄道は1時間に1本くらいしかないので、
浜松に直接向かう遠州鉄道の駅まで天竜川を渡って歩いて行こうと思います。
雨も小ぶりになってきたのはラッキーでした。
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天竜川もこの辺りだと川幅も大したことはありませんね。
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30分ほど歩いて遠州鉄道の終点である西鹿島駅に到着しました。
始発なのでやっとこさ座れます。ここから30分ほど乗車すれば浜松に行けます。
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