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姫路城

中国地方における水害の前に姫路に立ち寄る機会がありました。

姫路城の訪問はもう6回目かな。今回はいつもと違ったところから撮影してみました。
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新幹線で通るたびに見る風景ですが、降り立ってみるとひとしおの感動です。
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アーケードの商店街を抜けて、西側の方に回ったら見事な枡形虎口がありました。
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土塁で囲まれた上級武士の屋敷跡?でしょうか、右手は小学校の敷地になっています。
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小学校の先は広大な駐車場となっていて、観光バスが何台も停まれるようになっています。
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道路の向こうは堀と石垣に守られた西の丸であります。
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ズームアップすると白亜の天守がそびえ立っています。
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小天守を従えた連立天守の様子をご覧あれ!
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正面入り口の櫻門橋を越えての姫路城の雄姿であります。
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今回は撮影スポットである鯱に囲まれたショットも収めることができました。
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2018/07/12 16:54 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

栃木:唐沢山城(後編)から館林城へ

さて、唐沢山城の主郭へ入城してみましょう。

先ずは三の丸方面へ行ってみます。
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奥の方にはきれいな藤棚がありました。
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グルッと回り込むと本丸の下には見事な高石垣があります。
この組み方は江戸期のものではないでしょうか。
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二の丸へ通じる虎口であります。
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中はやや小ぶりな二の丸でありました。
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そしてこれが本丸に通じる階段と門であります。
本丸は藤原秀郷公をお祀りする唐沢山神社が鎮座してあります。
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こちらは本丸の先にあった出丸から佐野方面を望む風景です。
ここからは関東平野の先にある江戸の火事なども見えたといいます。
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本丸を右手に見ながら下って行くと、ここは馬の訓練などもしていた桜の馬場だったとの説明がありました。
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そして最初に分かれた「四つ目掘」のところに戻って来ました。
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最寄の田沼駅に戻ろうと思いますが、マイカー以外は徒歩しか交通手段がなさそうですね。
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2.5kmくらいなら山道を下って行きましょう。
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こんな道を歩くのは本日は私くらいしかいないようです。
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15分くらいで麓まで降りて来ました。
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さて、田沼駅から館林駅に戻ってきました。
ここは分福茶釜で有名な茂林寺もあるようですが、野球の巨人軍とも関係があるようです。
そういえば沢村栄治のことで茂林寺の合宿という話を聞いたことがあります。
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古い商家とマンションが同居する町並みがありました。
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20分ほど歩いて住宅街をぬけると、かつての館林城の黒門がありました。
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5代将軍の徳川綱吉を輩出した館林城もかつての面影はなく、広大な敷地は市庁舎・文化会館・公園に変わっていました。
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自然の堀である沼地には5月らしい鯉幟がはためいていました。
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広大な本丸部分は平地となっており、なんとなく「もったいないなー」という気持ちがしました。
左手奥には天守があったようです。
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そんなこんなで、館林駅からJR久喜駅へと向かい夕方には再び上野東京ラインで横浜に戻ってきました。
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2018/05/12 19:23 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

栃木:唐沢山城(前編)

この連休にJRの「休日おでかけパス」(乗り放題で2760円)を使って、続100名城に指定された栃木県にある唐沢山城などを訪れてみました。

休日はグリーン車も安いので、大船から乗り込みましたがガラガラです。
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2時間ほど乗車して、久喜駅で東武鉄道に乗り換えます。
やっぱりグリーン車は落ち着きますね。まだまだ乗っていたい気持ちでした。
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途中の館林駅で乗り換えて、佐野方面へ向かいます。
佐野を過ぎてから見えてきた山の上に唐沢山城があるようです。
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佐野線は2両のみのいかにもローカル線といった風情でした。
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こちらが最寄り駅の田沼というところです。
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鄙びた駅ながら駅前にタクシー会社があったので、時間短縮のためタクシーを利用して一路山頂に到着です。
やはり連休ですね。駐車場は満杯でした。
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さすが続100名城に選定された城。入り口の石垣で造られた枡形は立派なものです。
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入城してすぐに「天狗岩」との表示があります。行ってみましょう。
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タモリが見たら興味を持ちそうな大きな堆積岩がありました。
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櫓のような見張台があった場所のようです。
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全体図や見所を紹介している看板がありましたが、かなり規模の大きな山城だったようです。
藤原秀郷の流れをくむ佐野氏の居城で、あの上杉謙信の猛攻を幾度と無く退けた名城でもあります。
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「大炊の井」と名付けられた井戸には今でも満々と水をたたえていました。
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今では唐沢山神社となっている主郭部分へ行けるのはこの道だけのようです。
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こちらは三の丸の外側にある空堀と土塁です。
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すぐには本丸に突入せずに三の丸を回りこんで搦め手側を覗いてみましょう。
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奥の方の曲輪に行ってみると、案外広くて館などが建てられた場所がありました。
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更にその先は空堀となっていますが、まだ先に曲輪があるようです。
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ここが最先端の出丸のようです。
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主郭部に戻ってみると、土塁の上の方は石垣で固められています。
江戸期以前には関東に石垣の城はないと言われていますが、以前訪れた群馬の金山城も同じような造りでした。
近江の穴太衆(あのうしゅう)がいなくてもここ北関東では石垣の技術があったのかもしれません。
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搦め手側にも立派な石造りの門があり、ここから主郭部へ入城することにしましょう。
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見所が多いのでつづく・・・

2018/05/04 12:03 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

伊豆の旅:河村城

江川邸から世界遺産の反射炉を回ろうかと思ったのですが、もう1つ行きたいお城があったので、

沼津に出て御殿場線に乗り換えました。
今日も車窓から富士山がきれいに見えます。
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初めてここ山北駅で下車してみました。
ここは首都圏からも近くて、ローカル線を感じることのできる路線です。
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駅の反対側に回り込むと、いかにも登山道という道に出てきました。
この先に目指す河村城があります。
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手軽に行けるハイキングコースのようで、案内はちゃんとしてありますね。
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大して高い山ではなさそうですが、中高年には厳しい坂が続きます。
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延々と続くこの坂を見上げた時には少しひるむ気持ちが出ましたが、行かないわけにはいきません。
さあ、元気を出して登りましょう。
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土塁が見えてきたので、頂上は近いと思われます。
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城の命運を握る水の手もちゃんと用意されていますね。
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主郭と曲輪(くるわ)を分ける堀もきれいに復元されています。後で上から覗いてみましょう。
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本来の大手道ではなく、ハイキングコースとして造られた山道を登ったのできつかったけれど短時間で本丸にたどり着きました。
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ここは下の石に描かれている左側の主郭部分ですが、かなりの広がりを持つ山城だったのですね。
あまり有名ではない城ですが、掘り出し物のようなところで来てよかった。
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先ほどの堀を上から見てみると、北条氏特有の畝堀(うねぼり)でありました。
箱根にある山中城(100名城の1つ)と同じような形で、よく復元してあります。
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更に先の曲輪へ行ってみましょう。
この辺りには大きな館があったのではないでしょうか。
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またまた畝堀を越えて曲輪が続いています。
土橋でここはつながっていたようです。
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橋を渡ったところには現代の水の手である水道が完備されていたのにはビックリ。
公園として整備しているので当たり前なのかもしれませんが、山城の雰囲気には場違いな気もします。
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先ほどの土橋の下に降りてきて、畝堀を確認します。
土橋がコンクリート製なのが興ざめですね。
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菜の花の向こうには相模湾や小田原の町が望め、ここが北条氏の出城だったことが伺われます。
秀吉の北条攻めであえなく落城して、廃城になった歴史を感じる風景でもあります。
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さて帰りはハイキングコースではない本来の山道を下って行きましょう。
人が通った跡があれば、麓には行くことができるはずです。
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畑のあるところまで下りてくると、向こう側の山に東名高速が通り、川沿いには御殿場線が通る山北の町が見えてきました。
箱根の山を迂回するこのルートは、人も鉄道もアップダウンを回避できる自然の交通路だったようです。
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山の麓から河村城を見上げると、高低差はさほどなく天然の地形をうまく利用したモデル的な山城であったことが理解できました。
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伊豆の旅おわり。

2018/04/29 13:09 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

伊豆の旅:江川邸

韮山城を下りて次は近くにある江川邸へ向かいます。
三の丸方面に行く途中には古く苔むした熊野神社がありました。
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三の丸は韮山高校のテニスコートとなっていて、そこからは切り通しで外に出られるようです。
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城山の外は自然の池が外堀となっています。
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本丸方面を見上げると、こんな感じです。
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次はこの地の代官を長く務めていた江川太郎左衛門の邸宅を訪れました。
数分歩くと立派な門構えと銅板の屋根が見えてきました。
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この外観は大河「篤姫」や今年の「西郷どん」でもロケに使われたそうです。
今回は島津久光の邸宅であったようです。
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入場料500円を払って屋敷の中に入ってみました。
江川家は清和源氏の血を引く名家で、頼朝の家臣になってからずっとこの地を治めていました。
徳川の世になっても代官として、伊豆・相模・武蔵に領地を持っていたということですから、信頼が厚かったのでしょう。
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上を見上げるとすごい構造になっています。
日蓮上人を泊めたこともあり、その時に揮毫してもらった書付を天井に置いてあるので火事や災害に合わなかったという言い伝えがあります。
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これは幕末の有名人でもある江川太郎左衛門(坦庵)が造った大砲。
江川家の当主は代々太郎左衛門を名乗るのですが、特にこの坦庵さんは頭がよくていろいろな発明をしています。
一番有名なのが世界遺産でもある反射炉で、そこでこの大砲を造ったのであります。
(砲筒のみレプリカで台車はホンモノ)
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もう1つ大きな発明は、このパン釜です。
今の乾パンのようなものを保存食としてこの石釜で作ったそうです。
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本宅の外にもいくつか倉が建っており、代官屋敷の風格がありました。
江川家は頭のいい家柄のようで、坦庵さんの後も東大医学部の教授などを輩出していて名家の血筋を今に残しているようです。
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全くの偶然ですが、訪れた日が全国のパン屋さんが決めた「パンの日」ということでビックリ!
庭には「パン祖江川坦庵先生邸」という記念碑がありました。つづく・・・
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2018/04/17 09:40 |城めぐりCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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