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「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文
久しぶりに「街道歩き」をしたくなり、足柄街道を約25kmほど歩いてきました。
東海道線の国府津駅で御殿場線に乗り換え、足柄駅で下車します。
結構、ハイキング客が多い路線でした。
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足柄駅は静岡県に入り、昭和の面影を残す駅舎でした。
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杉木立の続く足柄街道(県道78号線)を緩やかに登って行きます。
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古代(奈良・平安時代)からの歴史ある街道なのでしょう。様々な石柱が残されています。
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アスファルトの道路脇にはこのような古道もあり、街道歩きには箱根よりも趣があるのかもしれませんが、
すれ違う人はおらず、工事用のトラックが頻繁に通って行きました。
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汗だくになって1時間半ほど登ってきたら、大きな富士山とその雄大な裾野が見えてきました。
午前中は晴れていたのですが、やや雲が出て来ましたね。
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「六地蔵」が出迎えてくれています。そろそろ足柄峠なのでしょうか。
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向こう側が下っていますので、最高地点の足柄峠に達したようです。
おや、左手に階段があります。展望台なのでしょうか?登ってみましょう。
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ここは戦国時代に北条氏の築いた小田原防衛ラインの一環、足柄城でありました。
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本丸部分は館も築けるほどの広々とした平地となっています。
飲食店はないようなので、ここで持参したパンと菓子で腹を満たしましょう。
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雲が無ければ、富士山とのベストショットとなっていたことでしょう。残念!
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峠を下って行くと、「足柄の関」に達しました。
ここは古代から相模の国と駿河の国の境目の関所だったようです。
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足柄城の出丸のようなところに足柄明神の鳥居があります。奥まで行ってみましょう。
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さすが出丸、小田原の町から相模湾、さらには横浜のランドマークタワーまで肉眼で見えました。
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下りもところどころ旧道が残っていて、車も通らず歩き易い道となっています。
あの正面のパッチワークのような山は「矢倉岳」といってハイキングコースになっていると、
足柄万葉公園で出会ったオジさんが教えてくれました。
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やっとこさ、足柄街道の基点である「地蔵堂」に到着しました。
土休日だとここから足柄峠までのバスが出ているようです。また、ここからは2時間に1本くらいは大雄山駅や新松田駅行きのバスも出ていることが分かりました。
峠越えの道をもう10数キロ歩いているので、もしバスがあれば乗りたかったのですが・・・
時刻表を見たら出たばかりで次は1時間40分後、仕方ない歩きましょう。
まるでTV東京の「バス旅」ですね。大雄山駅まで約9kmか~頑張りましょう。
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足柄街道はこの様にかつての箱根のようなのどかな雰囲気があり、健脚の方にはおすすめですがシニアにはちとハードかな。(平日は途中飲食する店が開いてません。)
私もこの辺りで止めたくなったのですが、歩くしかないので続けました。
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周りは歩くにはいい感じですが、もう景色を楽しむ余裕はなくなっていました。
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後を振り返ると矢倉岳とその麓の集落が見えます。
江戸時代には箱根の裏街道としてここ矢倉沢に関所が置かれていました。
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そして約5時間半かけて、終点の大雄山駅に到着しました。
体がクタクタでもう1歩も歩けないという感じでしたが、駅構内の自販機で熱いコーヒー飲んだら少し回復してきました。
5年前の「東海道53次」を歩いた体力はまだ残っているのを確認できて少し安心できました。
毎日の水泳は結構体には役に立っているようですね。
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【2018/12/20 17:18】 | 街道をゆく
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滋賀県の近江八幡で1泊し、翌日は大阪で用事を済ませました。
そして向かったのは岐阜県の大垣。ここで2泊目の宿をとりました。
「おくのほそ道」で芭蕉が旅を終えた町であります。
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大垣は2度目の訪問ですが、前回は大垣城が中心でしたので今回は「水の都」といわれる掘割を中心に歩いて見ましょう。
駅南口から歩いて5分くらいのところに堀川が流れていました。
「さみだれをあつめて早し最上川」早速の芭蕉句碑ですね。
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季節的にでしょうか、それとも休日だけなのでしょうか。
堀川下りはやってないようです。
芭蕉もここら辺りから「おくのほそ道」の旅を終え、故郷の伊賀上野へ船で帰ったそうです。
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大垣は湧き水も有名なところで、ここ八幡神社にあるのが源泉のようです。
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堀川に沿って1kmくらい歩いてきました。
ここらまでが大垣城の外堀のようで、船着場の終点が見えています。
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近くに「奥の細道むすびの地記念館」という芭蕉の足跡を展示してあるところがあったので、
もちろん入館しました。入館料は300円とリーズナブルです。
3Dシアターが秀逸でもっと見たかったのですが、入館が16時過ぎで17時閉館であきらめました。
芭蕉好きにはここはオススメです!
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地味な町だと思っていましたが、案外の風情で寄ってよかったと思いました。
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駅の反対側(北口)方面にホテルをとっているので、中山道のたたずまいを残す道を戻ります。
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途中、大垣城の再建天守が見えたのでちょこっと寄ってみました。
戸田なんとかというあまり有名でない武将の騎馬像とのアングルです。
ここの天守も空襲で焼かれコンクリートで再建されたもので、とても残念な気持ちがします。
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ライトアップされた姿は、それなりに美しいものです。
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各駅停車の旅つづく・・・

【2018/10/17 09:35】 | 街道をゆく
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沖縄でもあちこち歩いてきました。
那覇空港からの足はいつもこの「ゆいレール」を使います。
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ホテルは県庁前にとったので、今日も「ゆいレール」で首里城に向かいます。
小さい2両編成なので、いつも観光客で一杯です。
3両くらいにできなかったものでしょうか?乗るたびに不満を感じます。
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運転手さんの後ろからのショットが撮れました。
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儀保駅で下車して、首里城まで歩くことにしましょう。

沖縄を歩いていると、あちこちにウタキ(祭祀などを行う施設)があります。

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池の向こうに首里城が見えてきました。
ここら辺りもかつては琉球王朝の庭園の一部だったのでしょう。
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一通り首里城内部をめぐって行きます。
何度も来ていますので、有名なところは省略します。
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首里城の高台から眺めると、海が近くてここが島であることを認識します。
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あまり観光客がこない金城の石畳を歩きます。
この道なんかとても風情があるのに、どうして観光客は首里城だけ見て帰るのでしょうかね。
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坂道の途中には沖縄らしい古民家の休憩所があります。
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ここは確かNHK朝ドラ「ちゅらさん」の家だったところです。
門の上のシーサーが印象的でした。
今回もお土産はシーサーにしようかしら。
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こちらは別の日に立ち寄った「ひめゆりの塔」にある慰霊碑です。
なんとも空しい気持ちになりました。
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そしてこちらは先日、天皇陛下もこられた最南端糸満市の平和祈念公園です。
後ろにあるのが最終決戦地となった摩文仁の丘です、合掌。
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ここに米軍がウジャウジャ押し寄せたのでしょうか。
今は静かで美しい海が続いています。
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場所は変わって、左手山の上は南城市の斎場御嶽(せいふぁーうたき)。
琉球王朝発祥の地であります。海上にある久高島を拝む神聖な場所があります。
美しいところですなー。
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またまた移動して、中グスクという世界遺産のお城にやってきました。
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首里城よりも風情がありました。
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更にこちらは浦添にやって来て、浦添グスク。
海がすぐそこまで迫ってきています。ここも米軍の艦砲射撃で破壊されたのでしょうね。
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今はのどかな風景が広がっています。
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メインの国際通りでは若者たちがミニカーで気勢を上げていました。楽しそうですね。
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そんなこんなで沖縄の日日を夫婦同伴で楽しんできました。
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【2018/04/01 14:21】 | 街道をゆく
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実家の整理をしに行ったついでに自転車で山を越えて、高杉晋作ゆかりの東行庵というところへ出かけてみました。
小1時間、山を上り下りして山間の吉田というところに「東行庵」はありました。
東行は高杉晋作の号であり、西行法師と東へ行く決意を掛けたものではないでしょうか?
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先ずは幕末の奇兵隊兵士の墓をお参りします。
この近くに奇兵隊の本拠地があったそうです。
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意外とキレイに整備されてあります。
地元の方々が敬い大事にされているのでしょうね。
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幕末の志士たちを支持した下関の商人である白石正一郎の墓もありました。
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「長州は奇兵隊の国である。」という司馬遼太郎の記念碑もあります。
晋作とその師である吉田松陰のことを書いた「世に棲む日日」を記念してのものでしょう。
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入り口の左手にはわりと新しい高杉晋作の像がありました。
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その奥は広い池となっており、丁寧に維持されてあります。
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こちらが「東行庵」、こちらも比較的新しいので修復したのでありましょう。
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さて、晋作の墓にお参りしましょう。
登って行くと、先ほどの奇兵隊兵士の墓からも来れることが分かりました。
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維新回天の快男児・高杉晋作の墓であります。
享年27歳、なんとも波乱にとんだ短い人生でしたが地元の方に慕われ幸せではないでしょうか。
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あちこちで地域の方が手入れをされていて、
維新の英雄を今でも大事されていることがよく分かる場所でありました。

【2017/10/20 21:35】 | 街道をゆく
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由利本荘から秋田を経由して盛岡で1泊ます。
盛岡からは花輪線で3時間かけて大館へと向かいました。
途中、滝沢駅を過ぎたあたりでしょうか、岩手山の雄姿が車窓を横切りました。
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花輪線は終盤の南十和田駅でスイッチバックします。
その時写した車両です。東北のローカル線でよく使われるディーゼル車です。
対面式の2人掛けがあり、そこに座っていると何時間でもくつろげます。
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昼過ぎにやっとこさ大館駅に到着です。
駅前を見渡すと食事どころはなく、名物の駅弁である鳥飯を駅の待合室でいただきました。
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駅前には「忠犬ハチ公」の銅像が鎮座しています。
そうここは秋田犬のふるさとなのでありました。
ちなみに後ろの建物に駅弁のお店が近々オープンするので、食事はできそうです。
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大館の中心街に30分ほどかけて歩いて行くことにしましょう。
川を渡る時に山肌に「大」の字が見えます。大文字焼きでしょうか。
後で調べたら、旧盆に「大文字まつり」が行われ、河川敷では花火が打上げられるそうです。
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大館城の堀池に到達しました。城の風情を残すのはこの辺りだけでしょうか。
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内側はやはり土塁で固められています。
秋田に移った佐竹氏の分家が統治し、明治維新まで続きました。
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本丸には樹齢数百年と思われる立派な柳の木が植えられています。
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かつての大手口にあった堀は今では道路となっていて、そこに架けられた朱塗りの橋を渡ります。
そこにはなんと、秋田犬博物館がありました。
入場料は200円との記述でしたが、料金所もないのでそのまま見学してしまいました。
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最後に住宅地の奥の方まで歩いて行くと、スマホに「真田幸村の墓」という表示が現れました。
墓場の中を探すと、中心部にメンテナンス工事中の由緒ありげなお墓が3つありました。
左端の墓石には「信濃国・・・ 真田左衛門佐幸村」の文字が見てとれました。
ここ大館にも江戸時代?に熱烈なファンがいた証なのでありましょうね。
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【2017/07/08 09:36】 | 街道をゆく
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