米倉斉加年さんが亡くなられたとの記事を見ました。
最近あまりテレビなどへは頻繁には出られてなかったですが、たまに見かけた時には元気そうな感じでした。
出先で急死されたようで、もう80歳になられていたのですね。

大河ファンとして、先ず最初に思い出されるのは、1967年「三姉妹」での薩摩の刺客:中村半次郎役です。
憶えている方もほとんどいないでしょうが、半次郎のニヒルな雰囲気を僅かながら記憶しています。

それと強烈だったのは1976年「風と雲と虹と」での国司でありながら将門の乱をたきつける皇族・興世王ですね。
いかにも公家風の何を考えているか分からないような策士ぶりでした。
この演技が1996年「秀吉」での今川義元役に「かぶる」と思うのは私だけでしょうか。
それと翌年の「花神」の桂小五郎などは秀逸でした。知性と神経質さをうまく表現した名演技でもありました。

あとは「男はつらいよ」での学者肌で寅さんから恋の手ほどきを受ける役や警察官の役で出ていたのが思い出されます。
そういったちょっと変で不器用な役柄をうまく演じることのできる役者さんでした。

またまた貴重なバイプレーヤーを亡くしました。ご冥福をお祈りします。
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2011.01.16 細川俊之
またまた訃報です。最近多いですよね。
細川俊之さんが亡くなりました。まだお若いと思ってましたが、急なことでした。

静かな雰囲気ですが、しゃべると太い声で存在感がありました。
2000年「葵徳川三代」での大谷吉継は歴代の吉継役の中でもTBS「関ヶ原」の高橋幸治さんと並ぶ迫力でした。

95年「八代将軍吉宗」で1つ前の七代:徳川家宣なんかも学問好きの将軍というイメージに合ってました。
側用人:間部詮房(石坂浩二さん)とのコンビでイヤミっぽさ全開という感じでしたね。

あとは80年「獅子の時代」の江藤新平や76年「風と雲と虹と」の紀淑人が思い出されますが、
そういえば「関ヶ原」にも直江兼続役で出てましたね。

知的で何を考えているか分からない役がピッタリの役者さんで、まだまだ活躍できたのに残念です。
ご冥福をお祈りします。
高師直
毎度お馴染みの肖像画について。
この画像も「伝:足利尊氏」ということで歴史の教科書に載っていました。
しかし最近の研究では家紋からして尊氏ではなく、家臣の「高師直」という説が有力です。
画像をよく見ると、荒々しい騎馬武者で源氏の御曹司である尊氏にしては
いささか気品がないように感じるので、私も師直説に軍配を上げてみたい。

昨日も書きましたが高氏は代々足利家の執事職で「太平記」では飄々とした
柄本明さんが好演していました。
言うべきことは誰が相手であろうとキチンと言い、武断派であり合理主義の
かたまりのような人物として描かれていました。

尊氏(真田広之)の正室:登子(沢口靖子)のセリフに
「師直殿も不思議なお方じゃ。いつおうても初対面のような気がする。」と
なんとなく心の通い合う付き合いができない雰囲気を感じてたようです。

「太平記」の終盤で、尊氏の弟:直義(高嶋政伸)と師直の反目で
幕府内の争いが起きます。
それはついに尊氏と直義との兄弟の争いに発展します。
戦いは直義側の勝利となり、負けた尊氏は師直の出家を条件に和議を結ぶのです。

出家し坊主頭になった師直と尊氏の一行は意気消沈して京へ向かう途中、
直義側の恨みを抱く連中に斬りつけられた師直は、非業の最期を遂げてしまいます。
結局「太平記」とは鎌倉幕府を倒した功労者たちが内紛で次々と死んで行く
物語なのですね。
何でこんなんで「太平記」というタイトルなのか疑問です。

特に可愛そうなのが師直。
「仮名手本忠臣蔵」ではスケベで塩谷判官の妻女を横取りしようとする
悪党にされています。
南朝側で死んだ楠木正成や新田義貞に比べても、後世の扱われ方があんまりだと
思いませんか。
この場を借りて「高師直」の名誉回復を強く訴えておきたいものですね。
2010.02.15 名参謀とは
今宵は名参謀と言われた人たちをご紹介しましょう。

先ずは65年「太閤記」の竹中半兵衛(福田善之)と黒田官兵衛(田村高廣)。
半兵衛役の福田さんは、元々は役者じゃなく脚本家と聞いていますが、
繊細なインテリ風の雰囲気で、病弱な半兵衛にピッタリでした。

田村さんの官兵衛はいかにも豪胆で意地っ張り風が侍らしくステキでした。
独自の意見を常に持っているようで、頼りになるというイメージ。
最大の活躍場面は本能寺後の毛利との和睦、秀吉を励ましながらの
「中国大返し」の場面だったでしょう。

81年「おんな太閤記」と2000年「葵徳川三代」で家康の腹心である
本多正信役を2度も演じたのが、神山繁さん。
この方、声も大きく押し出しも強いのでわりと悪役が多いですが、
大河で2度も同じ役をやるとは、よっぽどイメージが合っていたのでしょうね。

名参謀として主役に寄り添うように尽くしていたのが、
87年「独眼竜政宗」の片倉小十郎(西郷輝彦)ですね。
少年の時から傳役(もりやく)として政宗に従います。
疱瘡で政宗が片目を病んだ時、放っていては腐ってしまうので
小十郎が短刀で目玉をえぐり出すのです。
それ以来、死ぬまで政宗のことだけを思いながらの人生でした。
時には身を賭して意見を言い、政宗の暴走を諌めます。
政宗も怒りながらも小十郎の意見に最後は考え直すのです。
大河史上最高の主従関係でしたね。

あとは91年「太平記」の高帥直(柄本明)ですかね。
足利家代々の執事として尊氏に従います。
幕府成立後は、ややもすると傲慢さと好色さが出てきて内乱の火種を作りますが、
基本的には武家の棟梁である尊氏を尊敬していました。
色と欲に弱い人間的な参謀として、わりと嫌いではありませんでした。
2010.01.28 脇役列伝3
今宵は元に戻って、出番の多い俳優:江守徹さんについて。
この人も沢山の作品に出てますよね。
金田さんや佐藤さんと違って、準主役といった役も多いです。

「元禄太平記」の大石内蔵助や「葵徳川三代」の石田三成なんかは
完全に主役を食っていました。
中でもユニークだったのは、「八代将軍吉宗」での番組の最初や途中で
解説をする狂言回しのような近松門左衛門役。
私が思うに、ひょっとしてこれが代表作ではないでしょうか。

話は少し飛びますが、この「八代将軍吉宗」の脚本はジェームズ三木さん。
同じく「葵徳川三代」もジェームズ三木が脚本で、この時の狂言回しは
水戸光圀役の中村梅雀でした。

この中村梅雀が注目されたのが「八代将軍吉宗」での徳川家重役。
家重は吉宗の長男で言語障害があり、よだれを垂らしながらの熱演は秀逸でした。
結局9代将軍にはなれるのですが、親父の吉宗によく叱られていましたね。

この時、吉宗をやっていたのは西田敏行。
11年後の「功名が辻」での終盤、家康役の西田敏行に対して、
2代将軍:秀忠に中村梅雀を抜擢したのはNHKスタッフの
粋な計らいとお見受けしました。