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大河の日日

「大河ドラマ」の感想・思い出と「城めぐり」や「街道歩き」の紀行文

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西日本縦断の旅(岡山・奈良・金沢)

ご無沙汰しています。
ほぼ1ヶ月くらい横浜を留守にして、西国の隠れ家に隠居していました。
寒くなったので、戻ってこようと岡山・奈良・金沢をめぐって帰宅しました。
山口県の厚狭駅から鉄道ファンに根強い人気のある500系新幹線に乗り込みます。
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広島県の三原駅で「ハローキティ」デザインの500系とすれ違いました。
実は翌日、岡山駅から上りのこれに乗りたかったのですが、指定席が満員であきらめました。
1日1往復、博多~新大阪を運行していますが結構人気あるのですね。
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というわけで、2時間40分ほどで岡山駅に到着しました。
500系は「こだま」なのであちこちで「のぞみ」などの速達列車に追い抜かれて時間はかかりますが、
6号車は旧グリーン車のワイドな座席のままの普通車ですので、お得感があります。
皆様も500系に乗る時は、ぜひ6号車を予約してください。
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さて、少し時間があるので後楽園と岡山城を見学しましょう。
後楽園は65歳以上だと140円(通常400円)と割安でした。
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さすが30万石池田氏の居城という雰囲気の大手門(櫓門)であります。
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コンクリート製の再建天守ですが、風格があります。
ここも戦災で焼失した国宝級のお城だったのですね。
古写真を見ると悲しくなります。
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翌日、新幹線「さくら」で大阪に移動し、奈良駅に向かいました。
近鉄の奈良駅には行ったことがありますが、JRは初めてです。
中央のレンガ造りの駅舎が残されてあり、土産物などのショップになっていました。
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JR奈良駅から近鉄方面に延びる三条通りです。正面が奈良公園ですね。
ここ数年できれいに整備したようです。
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15分ほど歩いて興福寺に到着しました。
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こちらが再建された中金堂ですね。屋根が東大寺に似ている天平風でしょうか。
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夕暮れの猿沢池が美しかった。
今回はこの地で高校の同窓会があったので、参加しました。
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翌日は忙しく京都駅に向かいます。
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0番線ホームに特急サンダーバードが入線してきました。
これで一路、金沢に向かいます。
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特急サンダーバードは東海道本線ではなく、琵琶湖の西側を通る湖西線を通るので、琵琶湖が間近に見える利点があります。
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そして2時間ほどで金沢駅に到着しました。
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ここでもやはり金沢城に向かいます。
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天守はありませんが、再建された櫓と長屋の白壁が美しい。
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こちらは兼六園に続く石川門ですね。
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兼六園(65歳以上はタダ)を散策してお茶などしていると夕暮れになりました。
ホテルに向かおうと歩いているとステンドグラスのある幻想的な風景がありました。
藩祖・前田利家を祀った尾山神社でありました。
この辺りの地名を尾山というそうで、金沢城も尾山城といわれるそうです。
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そんなこんなで、翌日は金沢から北陸新幹線「はくたか」で横浜に戻ってきました。
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JR秋の乗り放題パス③高天神城

最終日の3日目は大垣から豊橋、浜松と東海道線を乗り継いで掛川駅で下車します。
目指すは徳川家康と武田信玄が覇権を争った高天神城であります。
掛川は第1回目の城めぐり旅と東海道53次の旅で訪れたことがあるとてもなつかしい町です。
駅舎がクラッシクモダンにリニューアルされた気がします。
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駅前からバスで20分、山を越えて太平洋側の大東町・土方というところにやって来ました。
あの山の上が高天神城でありましょう。
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大手道を登ろうとすると大木が行く手をさえぎっています。
作業の方が数人いて、見ると電線も引きちぎられています。
作業の方に「この先には行けないのでしょうか?」と聞くと
「まあ、大変でしょうが自己責任で乗り越えるのは構いません。」とのことです。
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搦め手側から登るという手もありましたが、そこは正攻法の大手から。
なんとか左手根元の足場を使って向こう側に進みました。
ここが大手入り口ですか。
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しばらく階段を登ると、「追手門」だったところでカーブしています。
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さらに数分登って行きます。そんなに険しい道ではありません。
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中間地点に三の丸という空間が開けてありました。
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下の様子をうかがう絶好のポイントですね。
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どんどん主郭の方へ登って行くと険しい山道となります。
この左手の絶壁から攻め上ることは不可能な気がします。
右手の上が主郭のような気がしました。
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さて、山の頂上はもうすぐです。
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「御前曲輪」という見張り場所に出て来ました。
ここにはかつて私的に建てられた模擬天守があったそうです。
コンクリートの天守台だけが残っています。
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ここからは掛川の方までよく見渡せます。
晴れていたら富士山も望むことができたことでしょう。
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さらに回り込んで奥の方に行くと、ここが「本丸」でありました。
かなりの規模の館が建てられる空間があります。
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本丸を下りて西側の方に行くと尾根道の上には高天神社へ向かう階段がありました。
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そこを素通りして行き着いたところが「二の丸」でした。
かつては平地だったのでしょうが、数百年経ち雑木林となっています。
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二の丸の裏側には堀切があるようなので、行きたかったのですが倒木があるので諦めました。
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先ほどの高天神社の階段を登り「西の丸」へ行ってみました。
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「西の丸」の奥には「馬場平」という見張り場のようなところに出ます。
この奥には城が陥落した時の逃げ道が隠されています。
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ここからは遠州灘が見渡せる絶景が待っていました。
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高天神城の全貌を反芻しながら搦め手口を下りてきました。
こちら側の方が駐車場と山道が整備されていて、現在では本来の登山道となっているようです。
さすが家康と信玄が取り合っただけの価値ある山城であることを認識して帰途に着きました。
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その後再びバスで掛川駅に戻り、東海道線で静岡~熱海~大船と乗り継いで「JR秋の乗り放題パス」3日間の旅を終えたのでした。

JR秋の乗り放題パス②大垣

滋賀県の近江八幡で1泊し、翌日は大阪で用事を済ませました。
そして向かったのは岐阜県の大垣。ここで2泊目の宿をとりました。
「おくのほそ道」で芭蕉が旅を終えた町であります。
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大垣は2度目の訪問ですが、前回は大垣城が中心でしたので今回は「水の都」といわれる掘割を中心に歩いて見ましょう。
駅南口から歩いて5分くらいのところに堀川が流れていました。
「さみだれをあつめて早し最上川」早速の芭蕉句碑ですね。
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季節的にでしょうか、それとも休日だけなのでしょうか。
堀川下りはやってないようです。
芭蕉もここら辺りから「おくのほそ道」の旅を終え、故郷の伊賀上野へ船で帰ったそうです。
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大垣は湧き水も有名なところで、ここ八幡神社にあるのが源泉のようです。
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堀川に沿って1kmくらい歩いてきました。
ここらまでが大垣城の外堀のようで、船着場の終点が見えています。
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近くに「奥の細道むすびの地記念館」という芭蕉の足跡を展示してあるところがあったので、
もちろん入館しました。入館料は300円とリーズナブルです。
3Dシアターが秀逸でもっと見たかったのですが、入館が16時過ぎで17時閉館であきらめました。
芭蕉好きにはここはオススメです!
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地味な町だと思っていましたが、案外の風情で寄ってよかったと思いました。
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駅の反対側(北口)方面にホテルをとっているので、中山道のたたずまいを残す道を戻ります。
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途中、大垣城の再建天守が見えたのでちょこっと寄ってみました。
戸田なんとかというあまり有名でない武将の騎馬像とのアングルです。
ここの天守も空襲で焼かれコンクリートで再建されたもので、とても残念な気持ちがします。
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ライトアップされた姿は、それなりに美しいものです。
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各駅停車の旅つづく・・・

JR秋の乗り放題パス①田中城

鉄道の日(10月14日)を記念して、「JR秋の乗り放題パス」(7710円)が発売されたので、
早速それを利用して大阪までの普通列車の旅と城めぐりをしてきました。
ちなみにこのパスは「青春18切符」と似ていますが、3日間連続使用で普通列車のみで新幹線や特急には乗れないという制約があります。
静岡を過ぎ、安倍川を渡るころには最前列の座席をゲットして「乗り鉄」の面目躍如です。
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座席はこんな感じで自分だけの世界に入り込めます。
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3時間半ほど乗車して西焼津という駅で下車します。
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目指す田中城は歩いて30分くらいのこの橋の向こう側にあります。
城の山側の方に東海道が通っていて、6年前に東海道53次を歩いた時にもこの城の存在を知っていたのですが、
先を急ぐために見学できなかったことを後悔していましたので、今回はその時のリベンジであります。
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かつての城内に足を踏み入れたようで、三日月堀の跡がありました。
田んぼのところが掘跡で、その向こうに人工的な土塁が盛り上がっています。
この辺の住所は田中2丁目なんですね。
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本丸跡である小学校に到着しました。
この城がお城好きに有名なのは、本丸を中心とした同心円で堀と郭が形作られていることです。
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さすがというか、校内には田中城の模型が造られています。
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「藤枝市立西益津小学校」という風格のある校門がありました。
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校門の先には二の門跡と二の堀の一部が残されてありました。
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なんとなく往時がしのばれる風景です。
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反対側から眺めるとこんな風景。
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さらに円の外側に歩いて行くと、外堀がありました。
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ここは外側の三の堀なのですね。右手には中学校があるようです。
明治以降は日本の城郭のほとんどが学校や軍部の敷地になりましたが、ここもそうなんですね。
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現存する水堀は以上の2ヶ所のようです。
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駅に戻るに際して、小学校の周りの道を歩くと円形であることがよく分かります。
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堀と廓(曲輪)をこのように円形にしたのは武田信玄の配下である馬場美濃守でしょうか。
この馬出を見ると、なんとなく武田流の築城術があちこちにあるようです。
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駅に戻る途中の川沿いには下屋敷跡に本丸櫓が復元されてありました。
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堀に見立てた川の外側に城の防衛線である屋敷が出丸として建てられたことが分かります。
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櫓の1階には田中城のミニチュアが置かれていて、この城が円形であることが見て取れます。
右下にこの下屋敷が配置されてあります。
本丸、二の丸、三の丸に続いてここが防衛の最前線になっていますね。
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櫓の2階は資料室となっています。
そうそう、この城を有名にした話がもう1つあります。
徳川家康が鷹狩りの帰りにここに立ち寄り、当時京で流行っていた「鯛のてんぷら」を食したところ、
食あたりを起こし、それがきっかけで死に至ったということです。
(元々は胃がんを患っていたことが主な死因というのが通説です。)
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西焼津駅から各駅停車の旅はさらに続きます。

群馬:岩櫃城

大河「真田丸」で有名になった群馬原町にある岩櫃(いわびつ)城へ行ってきました。
真田ブームが去った後の城跡はどうなっているのでしょうか?
大船から3時間の長丁場なので、高崎までリラックスできるグリーン車で向かいます。
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更に高崎から1時間の吾妻線に乗り換えます。
今日は曇っていて赤城山は見ることができません。
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吾妻線は乗り心地のよくないロングシートでしたが、1箇所だけこういう座席がありました。
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草津の手前の「群馬原町」という駅で下車します。
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目指す岩櫃城までは徒歩1時間の道のりですが、登りなので大変そうです。
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ほー熊が出るのですか、注意しないといけませんね。
武器を持っていないのがやや不安です。
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20分ほど歩いて「東の木戸跡」という標識がありました。
ここからが城内なのでしょう。
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途中、遊水地があり平坦になっていて少し息をつきます。
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かなり大きな池のようで、この辺りの水源なのでしょう。
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おー遥か彼方に岩櫃山が見えてきました。あの中腹あたりが岩櫃城なのでしょうね。
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左手には「真田街道」と名付けられた隣の駅である郷原に抜ける間道があるようです。
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登り始めて40分で岩櫃城の入り口に到着です。
もう衣服は汗だくですが、休憩は我慢して本丸を目指します。
この後ろの方には案内所や駐車場なども整備されていて、ほとんどの方が車で来ているようです。
ちなみに徒歩での城攻めは本日は私1人だったのかも。
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大手道はもう無くなっているようで、登山用の尾根道を上がります。
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この辺りはかつての大手道のような雰囲気が残っています。
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山の中腹には「中城跡」という開けた場所がありました。
ここには館などがあったのでしょう。
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本来の道ではない、かなり険しい土塁のへこみ部分を登って行きます。
雨が降ったら滑って登れなかったことでしょう。
この辺りからやぶ蚊が増えてきて、はらうのに大変でした。
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登りきったところには最大の堀切があり、この上が本丸部分のようです。
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この土塁と堀切は見事ですね。
中世の山城の造りですが、難攻不落という感じです。
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さー最後の登りです。
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平らに開けた本丸へ到着です。1mくらいの段差がある2段構造になっています。
予定どうり丁度1時間かかりました。
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ここは真田の本拠地:上田から領地の沼田をつなぐ重要拠点だったのです。
いざという時には、ここに逃げ込めば当分の間はしのげることでしょう。
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本丸からは群馬原町の駅や途中の遊水地まで見渡せます。
こりゃー戦略的に見事な山城ですね。
武田氏が織田信長に対抗するために築いた「新府城」の造りと似てるような気がしました。
そうそう、あそこも真田昌幸の縄張りでしたもんね。
ゆくゆくは武田勝頼をここへ迎え入れる考えだったと言われています。
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そしてまたこの堀切がスゴイ!
この風景はまさに戦国そのものですね。
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下って行く途中の風景はのどかで、あの時代にもこの辺りで米とかの農作物を栽培していたことでしょう。
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途中の小高いところには岩櫃神社が祀られていましたが、ここも岩櫃城の出丸だったところです。
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そんなこんなで、群馬原町駅に戻りまた4時間かけて横浜に帰ってきました。おわり

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プロフィール

柴 銑次郎(通称しばせん)

Author:柴 銑次郎(通称しばせん)
大河ドラマ大好き。
小学生の時に第1作「花の生涯」を見てから、すでに半世紀。
日本のドラマ作りの執念が、作品1つ1つに凝縮されています。
リアルタイムに見続けた感動を後世に伝えるのが私の使命と信じています。

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