このブログをご覧になっている方から見れば、「この人相当なヒマ人だな。」「旅ばっかりしている。」
と思われるでしょうが、一応しがない勤め人。月1回の有給休暇で「城めぐり」をしている次第であります。

ということで今回降り立ったのが九州は大分県の中津という町です。
中津の駅に着くと先ず出迎えてくれるのが、このオジサン。
慶応義塾大学の創始者、「学問のすすめ」を書いた福澤諭吉先生であります。
福澤さん中津藩の出身ということで、「町興し」に使われているようです。
諭吉さんは確か大坂で生まれて、中津は少年期まで過ごしたという関係だったみたいです。
福澤諭吉像

それともう1つ「町興し」のテーマを見つけましたよ。
駅前のさびれたアーケード街を歩いて中津城方面に向う途中、
「黒田如水を大河ドラマの主人公に!」という看板がありました。

司馬遼太郎の「播磨灘物語」がありますから、まずまず大河ドラマとしては可能でしょうね。
「天地人」の直江兼続よりは城持ち大名ですからマシな気がします。頑張ってください。
そんなことを思いながら、15分ほど歩くと見えてきました。
黒田官兵衛ゆかりの中津城です。
天守

隣接する奥平神社に圧迫されているので、城の風景としては堀を渡ったこちら側からの方が見栄えがします。
左の櫓とともにコンクリート製で造られた観光用の模擬天守です。
奥平という名前からも分かるように最後の藩主:奥平氏の所有だったのですが経営難でどこかに売却したらしいです。
昔の殿様も大変なんですね。

掘からの天守

そう言われて見てみるとこの城、石垣の土台より上物の方が大きくて不安定ですね。
そのうち傾くような気がしないでもないのが不安要素です。

それはともかく、天守の裏側に回ってみると面白い石垣がありました。
向って右側が最初の黒田氏の石垣、左側が後で入封した細川氏の石垣だそうです。
シロウト目には黒田の方が仕事が丁寧なように感じます。
黒田と細川

山国川の河口に築城した水城で今治城や高松城と並ぶ「三大水城」だそうですから、河側もチェックしておきましょう。
なかなか古城の雰囲気が残っていますね。
一般の観光客は城の正面には大勢いても、ここまでは来ないものですね。
河側の石垣

さて、城の周りをグルッと一周して駅への帰途につきました。
行きと違う道を歩いていたら、「大手門跡」の看板がありました。
今では隣接する小学校の塀として使われているようです。
大手門跡

今日は午前中所用がありスタートが午後になったので、もうじき夕方です。
16:10に中津を立ち17時に大分に到着。
ホテルに入る前にもう一仕事残っています。
この時期の九州は横浜よりかなり日が長くて幸いです。

大分といえば府内城。駅から歩いて10分程度で櫓が見えてきました。
手前が現存する宗門櫓、向こうは南側の再建された隅櫓です。
隅櫓

府内城名物の「廊下橋」です。
福井城や和歌山城にあったものと同様ですね。
そういえば、この府内城なんとなく福井城と似てますね。
ドドーンと役所の施設が城の大部分を占有しているところでしょうかね。
廊下橋正面

役所の罪滅ぼしでしょうか。この「廊下橋」はキレイに整備してありますね。
廊下橋側面

廊下橋に隣接する天守台周りも庭園などがあり、お城らしさをなんとか維持しています。
天守台より現存する人質櫓が見えます。
人質櫓

天守台下の庭園側から天守台を見上げます。
天守台

大分は大友氏以降は国持ち大名がおらず、10万石以下の小粒の大名に分割された地域です。
この府内城も江戸時代末まで2〜3万石程度の大名が入封し、最終的には譜代の大給松平家が領したものです。
その割には、城郭やこの大手門は立派過ぎるのではと思います。
大手門

最後に夕食に街に出て、歩いていたら見つけた「大分銀行赤レンガ館」。
旧二十三銀行の本店だったところで、今は銀行のサービスセンターになっています。
説明を見たら、やっぱり「辰野金吾」でした。
東京駅の赤レンガと白い縁取りがおんなじだもんね。
大分銀行

九州の旅まだまだつづく・・・。

2012.05.12 / Top↑
九州方面へ長旅のため当分更新できません。あしからず!
小倉城天守
2012.05.03 / Top↑
大垣を朝の8時に出立して向ったのは愛知の岡崎。
旅行最終日は岡崎から浜松へ「海道一の弓取り」と言われた徳川家康若き日の城をめぐります。
JRの岡崎駅から愛知環状鉄道というローカル線に乗り換え2つ目「中岡崎」という駅に降り立ちます。

駅から歩くこと10分くらいで「岡崎公園」と呼ばれている城址公園に到着。
まだ雨が上がらず、雨中の散策となりました。
用意万端、リュックの上から羽織る雨合羽が役に立ちます。
見えてきました。岡崎城の大手門です。
大手門

城内へ入場して進んで行くと、右手にこんな像がありました。
「三方が原の戦い」で武田信玄に一敗地にまみれた家康が、その時絵師に描かせたという有名な「しかみ像」のモニュメントですね。
この敗戦の屈辱と心意気があったればこそ、将来の「天下人への道」が開かれたのでしょうね。
家康しかみ像

さらに天守の方へ進んで行くと、家康が能装束をまとった「からくり時計」がありました。
キリのいい定時になると、人形が能を舞います。
最後に「翁の能面」がポロッと取れるのがご愛嬌でした。
家康からくり人形

岡崎城の天守が見えてきました。
古色蒼然とした石橋がいい雰囲気を出していますが、老朽化しているのでこちらからは立ち入り禁止です。
旧正面

グルッと空堀を回ってから、現在の正面へ行きます。
この空堀も往時の雰囲気を残していますね。
空堀

こちら側が復興天守の正面であります。
いかにも三河武士らしい質素でピリッとした「たたずまい」を感じます。
若い頃の家康や松平家をイメージできますね。
天守

岡崎を後にして、次に向ったのは電車で1時間半の浜松。
浜松へ着く頃には雨は上がっていました。
ところでいくつもの「城めぐり」をしていますが、いつも地図を持参していません。
めぐるのは城下町ですから、駅を降りて道を見れば自ずと城の方向は分かるもんです。
浜松だと駅の北側に城があるから、大通りを北の方に歩けば大丈夫と思ってました。

ところがどっこい!
浜松の大通りは駅から斜めに走っていたのです。
私は北に向って歩いていると信じていたのですが、どうやら西に向っていたようです。
間違いに気付いた時には、昼を過ぎてお腹がペコペコ。
何でもいいから食べたいところを我慢して、ここは「浜松」やっぱり鰻でしょう。

カイドブックも持っていませんから、動物的カンでうまい飯屋をサーチします。
今回見つけたのはココ。
さりげない外見。外に匂ってくる蒲焼の香りはまずまずのようです。
うなぎ屋

メニューを見るとわりと高めだったので、一番安い「うな重」を注文。
結構待たされました。これでマズかったら浜松の印象はぐっと悪くなっていたでしょうね。
でもさすが浜松。待たされた甲斐がありました。柔らかくてとても美味しかった!
うな重

さて、間違えた道を修正して北の市役所方面へ向かいます。
市役所の隣が浜松城の公園なのですね。
毎度お馴染みの「家康公」が出迎えてくれます。
岡崎城、浜松城、駿府城には同じような雰囲気の家康像がありますね。
若き家康像

小高い丘の上に浜松城が見えてきました。
浜松城

コンクリート製の模擬天守ですが、「野面積み」の石垣は見ごたえがあります。
戦国の質実剛健さを今でも感じることができます。
天守正面

さて予定は終了しましたので、浜松駅に向いましょう。
浜松から新横浜方面の「ひかり」は1時間に1本しかありません。
「こだま」は2本ありますが、30分も早いからこれは「ひかり」にしましょう。
時計を見ると16時前、時間がありません。歩かずにバスに乗りました。
浜松駅まで僅か120円!何と浜松のバスは安いことでしょう。

16:11発「ひかり」の発車5分前に浜松駅に到着。
「みどりの窓口」を見ると長蛇の列。とても間に合いそうもありません。
横の自動券売機を見ると並んでいません。急いで指定席を購入。
ホームへ行くと予想どうり自由席は混雑していました。指定席で正解!
途中ゆっくりと富士山も堪能できました。
富士山

新幹線はやはり速いですね。夕方6時には横浜へ帰宅できました。
今回の旅は、これにてオシマイです。
2012.04.28 / Top↑
天橋立の「また覗き」を済ませると、特に用も無いので9:58発「特急はしだて2号」で京を目指します。
昨日泊まった福知山を通過して京都まで約2時間です。
本日の目的地は「二条城」ですから、山陰線だと二条駅で降りると近いなと思っていたら特急の停車駅でした。
さあ、二条駅に降り立ちました。
少しピンボケですね。携帯カメラは焦点がボケるとこういう画像になります。
二条駅

歩いて数分で南西の隅櫓が見えてきました。
このお城やや閉鎖的ですね。お堀端に高い生垣が植えられていて容易に写真を撮ることができません。
やっとあった隙間からの撮影です。
坤(南西)櫓

こちらは南東の隅櫓。コーナーを曲がると入口です。
巽(南東)櫓

こちらが東大手門。
雨の平日ですが、さすがに京都。観光客が大勢います。
東大手門

これが国宝の「二の丸御殿」正面です。
15代将軍:徳川慶喜が「大政奉還」をしたあの有名な場所であります。
二の丸御殿

こちらは名人:小堀遠州の手による「二の丸庭園」であります。
二の丸庭園

内堀の橋を渡り、本丸へ入って奥まで行くと天守台があります。
かつては天守閣があったそうですが、やはりここも火事で消失して再建されなかったとのこと。
天守台から本丸御殿を望みます。
こうやって見てみると、広さ設備から戦闘用に立てこもる「城」ではありませんね。
政治を行うための「城」であることが一目瞭然です。
天守台より

さらに本丸の内堀にかかる西橋を渡り、奥の二の丸へ出ます。
キレイな「きり込みハギ」で作られた石垣が残っています。
本丸西橋

屋外の休憩所で休んでいたら、外人(ドイツ系?)の女の人が飲み物の自動販売機の前で思い悩んでいます。
何語で話していいか分からなかったので、日本語で「どうかしましたか?」と尋ねました。
その後お互いに英語でやりとりしていたら、どうやらどれがホットかコールドか、それとブラックのコーヒーはどれか?と迷っていることが分かりました。
「これがブラックのホットコーヒーね!OK?」と教えてあげました。

そうこうするうちに横でタバコをすっているオジサンが。
「オジさん!こんな国宝があるところでタバコはダメだよ。禁煙が当たり前でしょ。」と注意。(後で確認したらちゃんと小さく「禁煙」と書いてありました。)
ほんに外人も日本人もいろいろと世話がいりまんな。

内堀の南側には梅園が続いてます。
そしてスタートの東大手門まで戻ってきて、おしまいです。
梅園

元来た道を二条駅へ戻ります。
来た時には気付きませんでしたが、途中に門がありました。
門はあるけど橋はなし。何のために作った門でしょうか?
後で調べたら、「大正天皇の大典」というから即位の時に作った門とのこと。船を利用したのでしょうかね。
南門

二条城を後にして次に向ったのは岐阜の大垣。
翌日の東海道の旅をスムーズにするために宿としました。16:03に到着。
大垣駅

せっかくですから、ついでに大垣城も見てみましょう。
関ヶ原の合戦の際に石田三成ら西軍の諸将が集まり評定した場所です。
歩いて行ったら、街中のビルの合間にひょこっとお城がありました。
大垣城正面

1994年にコンクリート製で復元されたものです。
隅櫓も真新しい感じです。
隅櫓

外に出て、公園側から天守を望みます。サッシの窓が興ざめですね。
騎馬武者像がありますが、あまり興味がなかったのでうろ覚えです。
「戸田・・・」と書いてありましたかね。
天守

本日は雨の一日でした。明日には上がってくれるといいのですが・・・、つづく。
2012.04.22 / Top↑
そういえば、前回の「竹田城」ではこんなこともありました。
山頂へ登りきって「北千畳」といわれる広場で休んでいたら、お腹も減ってきました。
昼食をとっていなかったのに気付き、ベンチに座ってリュックの中にあったパンを食べ始めました。
すると、上空をトンビが度々旋回してくるのです。
あれはやっぱり、私のパンを狙っていたのでしょうね。危ないところでした。

ということで次に山陰線を東へ1時間。兵庫県から京都府へ入ってきました。
16:24に福知山駅到着。先ず訪れたのは「福知山城」。
駅前のビジネスホテルを予約してますが、夕暮れが迫るので素通りして真っ直ぐ城へ向います。
歩くこと10分くらいで見えてきました。
福知山城1

1986年の復元天守ですが、板張りで往時の雰囲気を出してます。
築城は明智光秀で、丹波平定の中心としたものです。
福知山城2

石垣が「野面積み」で、しかも「転用石」といった石仏や寺の墓石などを数多く利用しているそうです。
かなり荒々しい戦国気風を伝える石垣です。
石垣

こちらは城内に展示してある「復元鯱瓦」です。
鯱

それほど福知山城に興味があったわけではありませんが、竹田城から翌日のスケジュールを考え宿泊地に決めた次第です。それなりに風情のある城で拾い物でしたね。

駅前のビジネスホテルは「松代屋」というところで、室内も清潔でリラックスできる小ぶりの宿でした。
「信州の松代(まつしろ)と関係あるのですか?」と聞いたら、
「ここで古くから松代屋(まつだいや)という旅館をやっていて、ホテルに鞍替えした。」そうです。

快眠後の翌日、JR福知山駅に併設されている北近畿タンゴ鉄道「KTR福知山駅」から次の目的地「天橋立」へ向います。
KTR福知山駅

これが乗車する「大江山1号」。左にはJRの特急が停車しています。
特急電車のように見えますが、普通切符750円で乗れます。
百人一首に「大江山 いく野の道も遠ければ まだふみも見ず 天のはしだて」と歌われています。
大江山1号

平日の早朝7:44発ですので、車内はガラガラ。なかなかいいシート。
車内

最前列に座り、運転手気分で40分・・・でも運転手の目線での景色はリラックスできませんでした。
本日はベテランが見習いをコーチしてましたね。
運転席

8:25、さあ着きました「天橋立駅」。
天橋立駅

駅から歩いて5分くらいの「天橋立ビューランド」へ向います。
早朝でしかも生憎の雨ですから、誰もいませんねえー。
たった一人でリフトに乗りました。ケーブルカーもありますが、一人で乗るのは憚れました。
山の上の展望台で、有名な「また覗き」をやって早々と帰途につきます。
これは下りのリフトから傘を差しての「天橋立」。これにて日本三景は全て制覇です。
天橋立

周辺をブラーとしてから、次のスケジュールがあるので駅へ。近畿の旅、さらに続く・・・
2012.04.14 / Top↑
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